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管理栄養士の栄 養太郎です。
6月中旬から始まったサッカーワールドカップ。本コラム執筆時点で、日本代表は決勝トーナメント進出を決めたも
さて、大会中に大変面白い出来事を見かけました。
アメリカ対オーストラリア戦での出来事、主審が足をつって (筋けいれん)、倒れ込んでしまいました。
近くにいた選手が駆け寄り、けいれんした足をストレッチで伸ばしていました。ここで、何か飲み物を持って走り寄ってきた第4の審判。
足をつっている主審は、その飲み物を口に含み、数分後に回復して試合が再開されました。
実は、第4の審判が持ってきた「飲み物」が大変興味深く、面白いものでした。
今回は、主審に手渡された「謎の飲み物」の正体についてコラムを書いていきたいと思います。
CONTENTS

運動中に突然に襲われる激しい痛み。みなさん、一度くらいは「足がつる」という経験をしたことがあるのではないでしょうか。
足をつるという状態は、専門的には「運動誘発性筋痙攣(EAMC:Exercise-Associated Muscle Cramps)」と呼びます。
運動誘発性筋痙攣は、昔からよく知られている症状ですが、その原因については完全に解明されていません。意外ですね。
現在、運動誘発性筋痙攣が発生する仮説として、2つ考えられています。
1つ目は、「脱水・電解質異常説」です。
「足がつるのは、水分や塩分が不足するから」と聞いたことがあると思います。大量の発汗によってナトリウムなどの電解質が失われ、神経や筋肉の働きに異常が生じることで筋痙攣が起こると考えられていました。
一方で、「脱水・電解質異常説」では説明できないことがあることも事実です。例えば、脱水や電解質不足は全身的に起こっていることなので、運動で酷使した特定の筋だけがけいれんするという点について、この仮説だけでは説明が難しいと考えられています。
2つ目は、近年支持が強まっている仮説で「神経筋コントロール異常説」です。
筋肉が疲労すると、筋肉を収縮させる働きをもつ「筋紡錘」の活動が強くなり、一方で筋の過剰収縮を抑制する役割を担う「ゴルジ腱器官」の働きが弱くなると考えられています。その結果、脊髄レベルでの反射のバランスが崩れ、筋肉が過剰に収縮したままになってしまいます。
つまり、足がつる現象には、筋肉そのものだけでなく、筋肉をコントロールする神経系の働きの変化が深く関わっている可能性があると考えられるようになってきました。
運動誘発性筋痙攣は、何か一つの原因で起こっているのではなく、様々な要因が複合的に重なり合って発生していると考えるのが自然なようです。
さて、先の説明から、水分や電解質の摂取だけでは、速やかに筋けいれんを収めることは難しそうです。それでは、試合中に審判が摂取していた飲み物はなんだったのでしょうか?
その正体は、「ピクルスジュース」でした。

ピクルスは、野菜などを酢漬けにした食品で、海外ではハンバーガーやホットドック、肉や魚などの添え物などとして親しまれています。
ピクルスと聞いて思い浮かべるのは、ガーキン (小型のきゅうり) の瓶詰めかもしれませんね。
ピクルスを漬ける液体は、酢、食塩、砂糖を主な調味料として、ローリエ、ブラックペッパー、唐辛子などで風味を出します。
この、ピクルスジュースが、運動誘発性筋痙攣からの速やかな回復に一役買う、という少々信じられないような研究報告があります。
アメリカでは以前から、足がつった際の対処法としてピクルスジュースを摂取することが知られていました。近年の研究では、筋痙攣を和らげる可能性が報告されるようになりました。
筋けいれんに対するピクルスジュースの効果を検証した代表的な研究(Miller et al., 2010)があります。 ・人為的に筋けいれんを起こした被験者に体重1kgあたり約1mLのピクルスジュースを飲んでもらった ・水を飲んだ場合と比べてけいれんの持続時間が短縮され、飲用から平均約85秒(約1分半)で効果が現れた
というものです。 この効果の迅速さは、ジュースを摂取して吸収されて筋へ届くよりも早いため、ピクルスジュースに含まれる塩分や水分の補給による作用では説明できません。 そこで考えられているのが、「口咽頭反射モデル」というものです。
少し難しいのですが、機序について説明してみます。 私たちの口や喉の粘膜には、「TRPチャネル」と呼ばれる感覚受容体が分布しています。このチャネルは温度や化学的な刺激に反応するセンサーの役割を果たしていて、この中でもTRPV1とTRPA1という2種類が酢酸のような刺激物質によって活性化されることがわかっています。
ピクルスジュースを口に含むと、含まれる酢酸がこのTRPチャネルを刺激します。この刺激が口咽頭領域の受容体に伝わり、脊髄より上位の中枢を介した抑制性の神経反射が引き起こされ、抑制性の神経伝達物質の活動が高まることで、痙攣を起こしている筋を支配する運動ニューロンの過剰な興奮が抑えられると考えられています。
一連の流れをまとめてみると、 ①酢酸が口・喉のTRPチャネルを刺激 ② 感覚神経を介して脳幹・大脳へ信号が伝わる ③上位中枢から脊髄へ下行する抑制性信号により、運動ニューロンの過剰な興奮が抑制される ④過剰収縮していた筋肉が弛緩する
この経路に関しては、まだ研究が進められているところであって、仮説の域は脱していないのが現状です。
重要で面白い点は、筋けいれんの抑制、回復が「口や喉が刺激された瞬間から始まる」というところです。 ピクルスジュースに含まれる栄養成分が効果を発揮しているというよりも、ピクルスの酸味が神経系に働きかける「スイッチ」のような役割を果たしているところが大変興味深いですね。
(補足:実際に、少量のピクルスジュースを摂取しても血液中のナトリウムやカリウム濃度にはほとんど変化が認められないことが報告されているので、この考え方が支持される形となっています。)
ワールドカップの試合中に運動誘発性筋痙攣を起こした審判が摂取したのはピクルスジュースでした。
日本ではあまり馴染みがありませんが、スポーツ科学、スポーツ栄養学的に大変興味深い食品です。
ピクルスジュースが筋けいれんに必ず効果を発揮するといえるエビデンスレベルではありませんが、けいれんしやすい方は試してみても良いかもしれません。
(高血圧の方・腎臓病の方・胃腸の弱い方は安易に試さないでください。)
今回は運動誘発性筋痙攣に対する効果を紹介しましたが、肝硬変で筋けいれんを起こしやすい患者さんの痛みを軽減するという報告もあります。大変興味深いですね。
筋けいれんの主たる原因はまだ解明途中ですが、筋収縮に必要な電解質を不足させないこと、十分に体水分を維持すること、そしてストレッチなどで筋のコンディションを良好に保つことも、けいれんの予防には重要でしょう。
ピクルスジュースの摂取はあくまでも緊急的な対処として考えるにとどめ、今後の研究に期待したいところです。
参考資料
The Athletic: Why was a World Cup referee drinking pickle juice?
参考文献
1)大野政人, 野坂和則. (2004). 筋疲労および脱水が運動誘発性筋痙攣に及ぼす影響. 体力科学, 53(1), 131-139.
2)Miller, K. C., Mack, G., Knight, K. L. (2009). Electrolyte and plasma changes after ingestion of pickle juice, water, and a common carbohydrate-electrolyte solution. Journal of athletic training, 44(5), 454-461.
3)Miller, K. C., Mack, G. W., Knight, K. L., Hopkins, J., Draper, D. O., Fields, P. J., Hunter, I. (2010). Reflex inhibition of electrically induced muscle cramps in hypohydrated humans. Medicine & Science in Sports & Exercise, 42(5), 953-961.
4)Jahic, D., Begic, E. (2018). Exercise-associated muscle cramp-doubts about the cause. Materia socio-medica, 30(1), 67.
5)Miller, K. C., McDermott, B. P., Yeargin, S. W., Fiol, A., Schwellnus, M. P. (2022). An evidence-based review of the pathophysiology, treatment, and prevention of exercise-associated muscle cramps. Journal of athletic training, 57(1), 5-15.