ティラノサウルスの、"恐竜界最強"の噛む力。どれ位強い?番組や本によって力の数値が異なるのはなぜ?

2023.09.20

こんにちは!恐竜好きな方へのサポートなどを行っているタレント「恐竜のお兄さん」加藤ひろしと申します。

ティラノサウルス・レックス Tyrannosaurus rexといえば、以前の記事でも紹介したとおり「最大級の肉食恐竜」として非常に有名な恐竜です。さらに最近の恐竜に関する本やテレビ番組では、その大きさのみならず「恐竜のなかで一番強い噛む力」についてもよく紹介されています。

しかし、紹介されるティラノサウルスの噛む力の数値は、ある番組では6トン、他の本では3トンであったり、また他の番組では4トンであったりと、本や番組ごとに違っています。同じ恐竜の噛む力なのにどうして数値に違いが出てしまうのでしょうか?

画像はイメージです

 

今回は【恐竜の噛む力を測ることの難しさ】、そして【ティラノサウルスの噛む力についての研究はどのように行われてきたか】を紹介します!


恐竜の噛む力を測ることの難しさ

まず、私たち人間を含めた「今生きている動物の噛む力」を測る方法は簡単で、噛む力を測る計測器があるので、それを噛めばすぐに数値が出ます。この計測器を噛ませる方法によって、人間や、今生きている動物のなかで一番強いと考えられているワニの噛む力についての研究論文が出版されています。

それぞれの噛む力についての研究論文を調べると、人間のなかでも成人男性については2006年の研究論文で最大値: 999.3ニュートン(約102キログラム)( )、そしてワニのなかでも特に大型の種であるイリエワニについては2012年の研究論文で最大値: 16414ニュートン(約1.7トン)というとても強い数値が計測されました( )。

 

ですが恐竜を含む古生物は絶滅している、つまり現在生きている個体がいない動物なので計測器をそのまま噛ませることはどう頑張ってもできません。

 

これまで、さまざまな方法や化石標本を使った古生物の噛む力を推定する研究が数多く発表されてきましたが、噛む力などの古生物の身体能力についての研究に触れるときならではの主な難しさが3つあります。

 

1つ目は、発見される古生物、特に恐竜の化石はほとんどの場合バラバラで、なおかつ多くの骨が化石になる過程で失われてしまうということです。骨を動かす筋肉はなくなってしまっていますし、多くの骨のなかでも頭骨が失われてしまうと、噛む力の推定はおろか、どんな頭の形をしていたのかさえも分かりません。

 

2つ目は、私たち人間の体格や身体能力に個人差があるのと同じように、ある一つの種の古生物に注目した上で個体毎の同じ部位の骨を比べると、その大きさや形、太さには個体差がみられるということです。

 

3つ目は、同じ個体を研究対象にしていても、研究の方法によって身体能力に関する数値が全然違ってしまうということです。技術の発展によってこれまで多くの研究方法が生み出されてきましたが、後述するように、たとえ同じ個体を対象にしていても、研究に使われた方法が違っていた場合は身体能力に関する数値が大きく変わってしまうのです。

 

この3つの難しさを踏まえた上で、古生物の身体能力の推定をする研究において大切なことをまとめると、同じ種の、なるべく骨が失われていない(=完全度が高い)何頭かの骨から得られたデータや筋力などの推定値同士を比較することも、別種から得られたデータや推定値とを比較することと同じ位に大切なことになるのです。

 

さらに今回のテーマである「噛む力」に合わせて要約するならば、噛む力を推定する研究の対象になる恐竜は、「より完全な頭骨が残されている、複数の個体」が発見された種の恐竜が望ましいということになります。

 

ティラノサウルスの場合、亜成体(若者)から成体(大人)のものまで完全度の高い頭骨が数多く発見されていますから、噛む力を推定する研究にはうってつけの恐竜といえるでしょう。

しかし、人間やワニを対象にした研究で行ったように、複数の生きているティラノサウルスに計測器を噛んでもらうのが一番手っ取り早くて正確な方法であることに変わりはありません。今生きている動物を調べればすぐに分かる情報でも、恐竜を含む古生物が相手となると途端に調べるのが難しくなってしまうのです。

 

ティラノサウルスの噛む力についての研究はどのように行われてきたか

ティラノサウルスは亜成体から成体まで完全度の高い頭骨が数多く発見されていることを先述しましたが、最初のほぼ完全な頭骨を持つ個体(成体)は1908年7月1日にアメリカのモンタナ州で発見されました。

ティラノサウルス・レックスという学名が命名された原記載論文は1905年10月4日に出版されましたが( )、命名の際に種の基準となった標本(ホロタイプ標本)には完全な頭骨が残されていなかったのです。そのため命名されてから最初の数年間、ティラノサウルスの頭骨はジュラ紀後期のアメリカに生息していたアロサウルスの頭骨の要素も合体させたものでした。

その状況をひっくり返したのが1908年の発見で、多少歪んではいるものの完全な頭骨などが一気に発見されたため、ティラノサウルスがどんな頭の形をしていたのかも分かりました。

1908年7月1日に発見された個体の頭骨レプリカ

 

この発見によって、ティラノサウルスを命名した古生物学者のヘンリー・フェアフィールド・オズボーンはティラノサウルスの頭を構成する骨についての詳細な研究を行い、1912年の6月に出版した研究論文で「ティラノサウルスの頭骨は非常に強力で破壊的な機能に対して適応している」と記述しました( )。

 

それから84年後の1996年、あるトリケラトプスの骨盤に残された、成体のティラノサウルスの歯形から得られたデータ( )を基に、【アルミニウムと銅で作られた成体のティラノサウルスの一本の歯の模型をウシの骨盤に押し当て、トリケラトプスの骨盤に残されたものと同じ歯形を再現する実験】を記録した研究論文、つまりティラノサウルスの噛む力を具体的な数値で推定しようとする論文が出版されました。

実験の結果、歯一本の模型が生み出した力を基にした噛む力の最大推定値は13400ニュートン(約1.4トン)となりました( )。

ティラノサウルスの噛む力についての具体的な数値を推定する研究はこれが初めてでしたが、一本だけの歯の模型と歯形の大きさから割り出した数値なのもあって、この研究をきっかけにティラノサウルスの噛む力についての多くの研究論文が出版されることになりました。

 

「噛む力」を調べるための様々なアプローチ

ここからはそれ以降のティラノサウルスの噛む力についての研究論文を紹介していきます。

 

2002年の研究論文では、【今生きている肉食動物の体重と噛む力の相関関係】を基に、ティラノサウルスの噛む力の最大推定値を235123ニュートン(約24トン)と見積もりました( )。この約24トンという数値は今までに推定されたティラノサウルスの噛む力の数値でもっとも大きな値になります。

 

2004年の研究論文では、ある構造物に何らかの力が加わったときにどのような歪みや力の掛かり具合が起きるかをコンピューターモデルで予測する【有限要素解析】をティラノサウルスの頭骨の2Dモデルに適応して、噛む力の最大推定値を156120ニュートン(約16トン)と見積もりました()。

また、この研究論文においても「ティラノサウルスの頭はものを噛んだり引き裂いたりする際の負荷に耐えられるようによく適応しているようだ」と結論付けています。

 

2012年の研究論文では、【コンピューターで成体のティラノサウルスの頭骨などの複数の3Dモデルを作成し、顎の筋肉も推定】した結果、この研究での噛む力の最大推定値は57158ニュートン(約5.8トン)となりました()。

この研究はテレビなどで「ティラノサウルスの噛む力は6トン」と多く取り上げられたため、ティラノサウルスの噛む力についての研究のなかではよく知られているものになりました。しかし、この研究論文の筋肉に関する計算には間違いがあったため、2018年に成体のティラノサウルスの噛む力の最大推定値は53735ニュートン(約5.5トン)へと訂正されました()。

 

2017年の研究論文では、【7頭のティラノサウルスの成体を研究対象にした噛む力についての分析】がおこなわれ、スーと呼ばれる個体の噛む力が一番強く、その最大推定値は34522ニュートン(約3.5トン)でした()。7頭のティラノサウルスを研究対象にした噛む力についての研究はこれが初めてです。

 

2019年の研究論文では、【恐竜のみならずあらゆる脊椎動物の噛む力の進化の速度】について調べ、2頭のティラノサウルスの成体を研究対象にしたところ、先に紹介した1908年7月1日に発見された個体の噛む力の最大推定値が48505ニュートン(約4.9トン)となりました()。

 

2020年の研究論文では、【ティラノサウルスの頭を構成する骨同士の繋がり具合】を調べるために成体のティラノサウルスの1/6スケール頭骨モデルをCTスキャンしました。そしてスキャンデータを解析した結果、この研究での噛む力の最大推定値は63492ニュートン(約6.5トン)となりました()。


 
ここまで紹介したとおり、成体(大人)のティラノサウルスの噛む力について具体的な数値を推定した研究論文は多く出版されてきましたが、いろいろな方法で調べられていて、いろいろな個体が研究対象に選ばれてきたのが分かります。

 

なかでも多く選ばれている個体はスタンというニックネームの個体で、2004年(⑧)・2012年(⑨)・2017年(⑪)・2019年(⑫)・2020年(⑬)の研究論文で研究対象になっています。

 

スタンの実物の頭骨

 

さらに、それぞれの研究論文でのスタンの噛む力の最大推定値の範囲を調べると24272ニュートン(約2.5トン)(⑪)~156120ニュートン(約16トン)(⑧)となり、同じ個体の噛む力であるにもかかわらず研究によって数値が大きく違います。

 

これが「同じ個体を研究対象にしていても、研究の方法によって身体能力に関する数値が全然違ってしまう」ケースになりますが、スタンのように同じテーマの研究の対象になることが多い個体を調べる際には「それぞれの研究でどんな方法を使ったのか」を特に意識することをおすすめします。


ちなみに、亜成体(若者)のティラノサウルスの噛む力については今までに2012年(⑨)・2021年()・2022年(、“ナノティランヌス・ランセンシス”に分類)に研究論文が出版されており、2012年と2021年の研究論文ではジェーンというニックネームの個体が研究対象になっています。

ジェーンの頭骨レプリカ

 

亜成体のティラノサウルスの噛む力の最大推定値の範囲は3752ニュートン(約383キログラム)(⑮)~5641ニュートン(約575キログラム)(⑭)となっています。

成体の噛む力と比べるとかなり弱いですが、この記事で紹介したようにティラノサウルスの亜成体は成体と比べて素早く走ることができたと考えられており、それもふまえて成体とは違う獲物を襲っていたとも考えられています(例えば)。

 

まとめ

今回の内容をまとめると、歯一本の模型とトリケラトプスの骨盤に残された歯形の大きさから割り出した数値はさておき、「成体(大人)のティラノサウルスの噛む力は複数の研究で3トン以上」と説明することができます!

冒頭紹介した、今生きている動物のなかで一番強いと考えられている「イリエワニ」。噛む力の数値がいくつだったか覚えていますか? 1.6トンです。

3トン以上の噛む力があるのなら、かつてBBCの番組が実験したように、自動車を噛み潰すことも可能だったでしょう。

「生きているティラノサウルスはどれくらいの力でものを噛んでいたのか?」という疑問はタイムマシンができない限り分かるものではありませんが、ティラノサウルスだけではなくさらに多くの古生物の噛む力についての研究が増えることを期待しています。

 

 

参考文献(本文登場順)

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【著者紹介】恐竜のお兄さん 加藤ひろし

恐竜についての難しい研究論文について、わかりやすく解説しています。
そのほかにも、動物園・博物館・恐竜イベント等をさらに楽しむ為に注目すべきポイントについて紹介します。幅広い知識を子供から大人まで、ご要望に応じた層に分かりやすく対応いたします!
出身地:東京都
誕生日:1993年10月28日
身長:167cm
資格:学芸員資格(博物館資料の収集・整理・保管・展示・調査など)
   大型特殊自動車免許(ブルドーザー・ショベルカー・クレーン・除雪車など)
   車両系建設機械(整地・運搬・積込み用及び掘削)運転技能講習修了

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