奈良県吉野の奇祭、7月7日に行われる「蛙飛び行事」に行った話

2023.07.19

 奈良県には奇祭がある。先日、その情報をTwitterで偶然仕入れ、行ったことのある場所だったので実際にその奇祭を見てみようと考えた。奇祭は民俗学的にそそられる行事だ。私は奈良に住んで長いが、あまり奈良の文化を知らない。そして、2023年7月7日、その奇祭を見るために、私は春の桜を見に行った時 以降今年二度目となる吉野へと足を運んだ。

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 奈良県は吉野、修験道の総本山である金峯山寺では、毎年7月7日に「蓮華会・蛙飛び行事」 という行事が行われる。蓮華会と蛙飛び行事は別々の場所で始まり、最終的に金峯山寺の蔵王堂に集結する。私は今回、蓮華会の一部として行われる蛙飛び行事の方を見に行った。

 白河天皇の時代 (1069~1073年)、神仏を侮る高慢な男がいた。男は山上ヶ岳に登り、金剛蔵王大権現や修験者に「神や仏が何だ。こんな修行が何になるんだ」などと暴言を浴びせた。するとすぐにバチが当たり、大きな鷹がやって来て、男を断崖絶壁の場所に連れ去った。男もさすがにこれには参り、懺悔した。男が懺悔していると、偉いお坊さんが通りかかり、男はお坊さんに助けを求めた。男の願いを聞き入れたお坊さんは男をカエルの姿に変え、カエルになった男は断崖絶壁をペタペタと這い降りることができた。しかし、お坊さんは「自分の力では男を人間に戻すことはできない。金峯山寺蔵王堂の僧侶達の読経が必要だ」と言い、男を連れて帰った。そして、蔵王堂の僧侶達の読経によって、男はカエルから人間の姿に戻ることができた。

 ――という伝説があり、蛙飛び行事はこの伝説を元にした行事である。 これは金峯山寺の公式youtubeで紹介されている内容である。しかし、永池(2020)によると、蛙飛び行事は昔とかなり内容が変わっているようだ。元々は修験道を軽んじたためにカエルに変えられた男を験力で人間に戻すという験力の偉大さを示す行事だったという。1800年代の江戸時代の資料によると、蛙飛び行事は6月に行われ、カエル役の人は、行法によって正気を失い、神懸かりのようなトランス状態になって、あちこち飛び回ったり、油を嘗めたり、奇行を繰り返すが、行法が終わると正気に戻るという、行法のすごさを示す行事だったらしい。長い歴史の中で元々の行事の内容が改変されていくのはよくあることだ。

 現代の蛙飛び行事は、カエルの着ぐるみを着た人を乗せた太鼓台が吉野山を練り歩くお祭り的なパートと、カエルから人間に戻る場面を再現した金峯山寺蔵王堂での儀式的なパートに大きく分けられる。吉野山を練り歩くお祭り的なパートは、神輿が12時半に中千本に位置する竹林院前から出発し、何回か休憩を挟みながら、下千本に位置するロープウェイがあるケーブル吉野山駅まで下り、その後、金峯山寺蔵王堂に向かって引き返して上って行き、15時半に金峯山寺蔵王堂に到着して終了。そのまま儀式的なパートに移っていく。どうもイベントのタイムスケジュールは毎年同じようなので、12時半から15時半の間に中千本から下千本の間を歩いていれば、ほぼ間違いなくカエルの乗った神輿に遭遇できるだろう。ちなみに、主役のカエルは「青蛙」とされているが、生物分類的に特定の種を指すものではなさそうだ。

 私は竹林院前から出発する神輿を見るために、11時頃、吉野駅に降り立った。

しかし、桜の時期と比べて全然人がいない!


 前回の記事と見比べてみたらお分かり頂けると思うが、すごい人が並んでいたバスも無い。バス停の時刻表を見てみたら、この日は休みだった! なるほど、これが普段の吉野なのか。しかし、これはこれで景色をじっくり見て回れるから良さそうだ。今回は12時半に始まるイベントに間に合いたかったので、ロープウェイをさくっと使って、下千本へと上がる。花粉も飛んでないし、緑が眩しい。良い森林浴ができる。


 ロープウェイの乗車時間は約3分。着いたケーブル吉野山駅にはトイレが近くにあるので、電車で着いた駅のトイレを使わずにここまで一気に来るという手もありだ。

 ケーブル吉野山駅から竹林院までは徒歩30分を見ていれば余裕で着いた。イベント開始前の竹林院前では、神輿を担ぐ地元の人達と、神輿を見ようとカメラを持った人達が何人かいた。私は時間になるまで近くを散策したりしてイベント開始に備えた。神輿には担ぐ部分に盛り塩のようなものが盛られたり、イベント成功を願って担ぎ手が乾杯してお神酒を飲んだりしていた。そして、12時半になり、いよいよ神輿が動き始めた! 



 警察官が先導して道を開け、その後にカエルを乗せた神輿が町の中を練り歩く。神輿にカエルを乗せているのは、なかなかシュールな光景だ。地元の店の人も、毎年見ているものだろうが、太鼓やワッショイワッショイの掛け声に反応して店の前に出てくる。屋台が出ていなかったのは練り歩く邪魔になるからかもしれない。また、いくつかの店が閉まっていたのは、担ぎ手に参加していたからかもしれない。神輿の担ぎ手はみんな苦しそうな表情を浮かべていた。かなり重いことが表情から察せられる。度々休憩を取るにしても、3時間はこのイベントから離れられない。神輿も揺らすパフォーマンスもあり、見応えがあった。大変そうだが団結力が試され、楽しそうでもあった。


 観光客は神輿が自分の前を通り過ぎるのをカメラで撮影して、その後をぞろぞろと付いて行く。私もこの中に混じり、休憩タイムの時に、神輿より前に移動して、また神輿が来るのを撮影するというのを繰り返した。カエル役の人は観光客にひたすら手を振っていた。休憩時は、カエルと写真を撮ることができるので、記念に一枚撮影した。ちなみにニュース によると、600年以上続くこの伝統行事の現在のカエルの中の人は団子屋を経営していて、20年ほどこの役を務めているとのことだ。


 金峯山寺蔵王堂での儀式も見て帰りたかったが、雨の予報が出ていたので、儀式は見学せずに帰ることにした。その前に、改めて町を散策する。七夕に行われ、カエルがメインの行事なので、店のあちこちにカエルの装飾や短冊が飾られていて可愛かった。

 せっかく吉野までに来たのだから、帰る前に前回食べられなかった名物の葛餅を食べようと思い、中井春風堂に入った。この店には、賞味期限10分しか持たないスイーツが提供されているとの情報を得て、前回から気になっていた。私が訪れた時は、ちょうど誰もいなかったので、中に入ることができた。店の人と話をしたところ、通常なら店主は神輿の担ぎ手に出ていて店は閉めているのだが、この日は足を痛めていて神輿を担げないので店を開いていたとのこと。私的には店に入れて良かったのだが、店的には良かったのか悪かったのか微妙なところである。

 噂の賞味期限10分しか持たないスイーツというのが、こちらの吉野本葛餅である。吉野周辺地域で採れたマメ科クズ属クズPueraria lobataの根から吉野晒しという手法で作られたデンプンで、吉野クズのみを100%使用したものを吉野本葛と言い、サツマイモなど他のデンプンも混ぜたものは吉野葛 という。吉野本葛餅は、吉野本葛と水だけを使った店舗でしか食べる事が出来ないシンプルなスイーツで、きなこと黒蜜に漬けて食べる。

 早速食べてみた。葛餅自体は薄い味がして、他の味に例えようが無いので、これが葛の味だと思われる。少しざらつきを感じる瞬間があった。出来立ての温かいうちに食べるのが最良とされ、すぐに食べると柔らかい弾力があり、口の中で溶けていく。このトロっと溶けていく感じは、葛湯と似ている。黒蜜ときなこで食べると甘さが増してより美味しかった。

 出来立ての時は箸で持ち上げても少しどろっとして落ちてしまいがちだったが、時間の経過と共に硬くなっていく。賞味期限10分という由縁はその透明感にあった。

 提供されてから8分後に撮影した葛餅は、非常に美しい透明感がある。それに対し提供17分後の葛餅は、熱が冷め、白濁化が進み、弾力が増しており、口の中でのとろけ具合もなくなってきていた。まさかこれほどまですぐに変わるとは! 普段葛を食べない私的にはこれはこれでありだが、こだわりの逸品を追求するこの店では、出来立てほやほやの味を実食して欲しいのだろう。優しい味わいであった。ちなみに、この店ではスマホの充電が可能で、黒蜜ときなこも自分で好きな量を掛けられる。

 吉野は秋の紅葉もきれいなようなので、また行くかもしれない。今回残念ながら見ることができなかった蛙飛び行事の儀式的なイベントは、インターネット上にたくさん動画があるので、気になった方はググってみて欲しい。また、私も奇祭の類を作ろうと、今年マンボウの都市伝説10周年にかこつけて、8月5日に大阪で「マンボウの都市伝説 流行10年祭 」というイベントを企画しているので、良かったら是非参加して欲しい。

 

夏吉野
  七夕の日に
   奇祭あり
    蛙飛び行事
     600年也

 

【著者情報】澤井 悦郎

海とくらしの史料館の「特任マンボウ研究員」である牛マンボウ博士。この連載は、マンボウ類だけを研究し続けていつまで生きられるかを問うた男の、マンボウへの愛を綴る科学エッセイである。

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参考文献

村元由佳利・大谷貴美子・稲村真弥・杉本温美・岩城啓子・饗庭照美・冨田圭子・松井元子.2010.クズ(Pueraria lobata)でんぷんの湿熱処理に伴う調理科学的特性の変化.微量栄養素研究,27: 1-6.

永池健二.2020.オオバコと蛙どののお弔い―死と再生の遊戯と信仰―.奈良教育大学国文:研究と教育,43: 1-24.