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毎年5/10 〜 5/16は愛鳥週間だ。なぜこの時期なのか調べてみたところ、発祥地のアメリカでは4/10がBird Day(愛鳥の日)だったらしい。日本では、北国にも渡り鳥が飛来する時期ということで1ヶ月遅く制定された、という経緯のようだ。積極的に鳥を探さずとも、せっかくなので日常生活で見かけた鳥の姿や、さえずりに興味を持ってみるのも良いだろう。
それにしても不思議なのは、渡り鳥はどのようにして『渡り』をする時期や経路を認識しているのだろうか? 葉月など、この時期になっても冬布団をしまえずにいるし、方位磁針があっても北に行けるか怪しいというのに。
というわけで、今回は渡り鳥がどのように渡りを行なっているのかを、順に解説していきたい。
キーワードは『地球』だ。
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突然だが、みなさんが引越しを望む、あるいは決めるのはどんな時だろうか? いまの住まいが嫌になったから、住みたかった物件が空いたから、中にはなんとなくという人もいるだろう。多い理由としては、就職や結婚などのライフステージの変化をキッカケにしたものではないだろうか?
それでは渡り鳥はどうだろう?
渡り鳥は春と秋の年に二回、数千kmあるいはそれ以上にも及ぶ大規模な移動を行う。春の渡りも秋の渡りも、餌を求めて行うという点では共通している。だが、その目的が異なる。渡り鳥が移動するのは主に『繁殖』と『越冬』が目的だ[注1]。
春になると繁殖のため、渡り鳥は南から北上してくる。鳥たちはインターネットや文通などしない[注2]ので、当然、パートナー選びはその場にいる個体間で行われることになる。それではなるべく早く飛来した方が良いのかと言えば、そうではない。餌が見つからないのだ。それもそのはず、南で春でも、北ではまだ冬だからだ。動物も植物も眠っている。早ければ餌が見つからず、かといって遅ければパートナーが見つからず……。ジレンマだ。
では秋の場合はどうだろう。秋の渡りは越冬のためであり、渡り鳥は南下する。相手のことを考えなくて良いなら、いっそ夏の終わりくらいから先行して飛来すればとも思ってしまうが、そうはならない。実りの秋というように、食物が栄養を蓄えるのは秋をすぎてからだ。一方で、冬の始まりまで待ってみるともっと悲惨な目に遭う。寒さとの戦いだ。そもそも今いる場所が寒いから越冬のために渡るのに、その場所に長く留まるのは本末転倒である。早ければ餌が乏しく、かといって遅ければ寒くて動けず……。ジレンマその2。
渡りの目的とともに、渡り鳥にとって時期が重要らしいというのがわかった。
それでは鳥たちは、なにを頼りに渡りを行うべきかを決定しているのだろうか? 続いては渡りの時期を知らせる因子について解説していこう。
読者の皆さんは、どんな時に季節の変化を感じるだろう? 季節の草花が芽吹いた時や、スーパーで食材が安くなっていた時だろうか。あるいは、エアコンの設定が変わったから、体調を崩しやすくなったから、という方もおられるだろう。ただ、肌感覚で認識する季節感というのはかなり流動的で、日によって最高気温・最低気温が上下するという例はいくらでもある。春や秋であれば尚更だ。
それでは鳥たちは何をもって渡りの目安にしているのだろうか?
実は私たちが生活する上で日頃、気温や天候ほどは意識しないが、確実に日々変化する条件がある。日長、すなわち昼の時間の長さだ。
日長時間は、冬至から夏至(12月〜6月)にかけては確実に毎日長くなるし、反対に夏至から冬至(6月〜12月)にかけては確実に毎日短くなる[注3]。これを利用しない手はない。
とは言え日長はあくまで目安である[注4]。
私たちが「春になったらピクニック」「秋になったら運動会」と考えるくらいのイメージであり、実際には局地的な気温や天候、気圧や湿度も考慮して、スケジュールはかなり柔軟に調整していると考えられている[注5]。
時期については、「日長を大まかな目安に、局地的な情報で詳細に」決定しているらしいと分かった。
では、経路はどのように決定しているのだろうか?
私たちが移動をする際、脳内や実際の地図上の目印と、路上の目印を照らし合わせながら移動する。では鳥はどうだろう?
鳥の場合、当たり前だが私たちより高い位置から景色を見渡せる。ヒトの視界の限界(地平線や水平線までの距離)が、およそ4〜5 kmなのに対し、鳥類の場合高度にもよるが 50〜100 km程度は見渡せる[注6]。それだけ見渡せるのなら、見えてるまま飛行すれば良いのでは? と思ってしまうが甘い!
実のところ、陸上だけを選んで飛行するのならそれでも良いかもしれない。しかし地球の7割は海であり、地球規模の大移動を行う渡り鳥が常に陸上だけを選んで飛行をするのは実質的に不可能だ。そして50〜100 km程度の視界では、全方位見渡す限り水平線という状態に簡単に陥ってしまう[注7]。遭難を避けるためにも、経路の把握は必須だ。
それでは本題。経路はどのように決定しているのだろう?
実のところ、経路決定について決定打となる証拠は現在見つかっていない。
視覚情報として太陽や景色を利用しているという説や、匂いを利用しているという説まで様々な説が唱えられているが、どれも根拠としては弱いようだ。そんな中で、現在有力視されているのが地球の磁気を感じ取っているのではないかという説だ[注8]。
この説では、マグネタイトと呼ばれる非常に小さな磁石が方位磁針と同じように働き、その情報が脳に伝達することで経路決定していると考えられている。しかしながら、強い磁場の条件下では無反応であったり、N極S極を逆にしても同じ方向を向くなど、説明できていない疑問もある。なにより、私たちは地球の磁気を感知することができないため、渡り鳥が磁気をどのように感じているのかをイメージするのが困難だという根本的な難しさがある。
読者の皆さんなら、渡り鳥が何を手がかりに移動していると想像し、どのようにそれを証明するだろうか?
これまで、渡り鳥がなんのために移動し、どのように渡りを成功させているかを解説してきた。日常の中で渡り鳥を見かけた際は、彼らのこれまでとこれからの旅路に思いを馳せても良いかもしれない。
最後に、記事の趣旨から少し外れるが、野生生物を対象にした現代の研究手法について2つ紹介して、記事を締めくくらせていただく。
野生生物を対象とした研究において障壁となるものがある。研究者の行動力の限界だ。やる気や熱意の問題ではなく物理的な意味合いで。
例えば、1年に1度、決まった日にだけ咲く花があるとする。その花が、本当にその日にだけ咲いたのかを、北海道から沖縄まで1人で調査するのは現実的に不可能だ。10人の共同研究グループでもまだ厳しいだろう。その人らの親族や友人を巻き込んだ100人のグループになれば少し希望が見えるかもしれない。さらに近所の人やSNSまで利用した1000人のグループになれば、なんだかできるような気がする。
このような、研究者の域に止まらず、一般市民の参加によって進められる研究の手法を、市民化学という[注9]。
一方で、市民の手を借りてもどうにもならない例も存在する。空高く飛ぶ鳥も、海底深く潜るクジラも、直接観察し続けるにはあまりにもハードルが高い。であれば、鳥やクジラ自身に観察日記をつけてもらえば良い、というのがバイオロギングという研究手法だ。各種センサーやカメラ、GPSなどを搭載した小型の装置を対象となる動物に取り付け、そのデータを解析することで、生態を解明する。
何気ない日常の一コマでも、知らないうちに研究活動が行われているのかもしれない。
公益財団法人 日本鳥類保護連盟HP(https://www.jspb.org/)
江口和洋, 髙木昌興. 『鳥類の生活史と環境適応』. 北海道大学出版会.
鈴木孝仁監修. 『視覚でとらえるフォトサイエンス 生物図録 改訂版』. 数研出版.
前田公憲. 『渡り鳥の光化学コンパスと分光測定』. 化学と教育 2016 年 64 巻 7 号 p. 332-333
前田公憲, 立野明宏. 『渡り鳥の光化学コンパス―生物と量子力学と制御』. 計測と制御 2022 年 61 巻 1 号 p. 25-30
植田睦之ら. 『長崎県池島近海における鳥類の飛行高度』. Bird Research 2011 年 7 巻 p. S9-S13
Watanabe YY, et al. “Biologging and Biotelemetry: Tools for Understanding the Lives and Environments of Marine Animals”. Annu Rev Anim Biosci. 2023 Feb 15;11:247-267
[注1] 繁殖地では春になると飛来する鳥を夏鳥といい、越冬地では秋に飛来する鳥を冬鳥という。 (本文へ戻る)
[注2] 書いていて、インターネットする鳥をちょっと見たいと思ってしまった。だが現在のところ、数十キロ以上での情報のやり取りは、ヒトにだけ与えられた発明だ。 (本文へ戻る)
[注3] 曇りや雨で日差しが感じにくい日もある。だが荒れた天気の昼間と晴れ渡った夜で、夜の方が明るいということはないのだから、やはり目安としては利用可能だ。 (本文へ戻る)
[注4] 気象条件は毎年変化するし、それに伴う季節の変化も一定ではない。春が早い年に例年と同じように渡っていたのでは繁殖の機会を失うし、冬が遅い年なら慌てて移動する必要もない。 (本文へ戻る)
[注5] 気圧の変化は、鼓膜近くにある傍鼓膜器官と呼ばれる器官で感知していると考えられている。 (本文へ戻る)
[注6] 飛行高度を250〜800 mとして算出。久しぶりに関数電卓を召喚しました。 (本文へ戻る)
[注7] せまく見える日本海でさえ、遠いところでおよそ500 kmある。 (本文へ戻る)
[注8] 渡り鳥に限らず、ウミガメやショウジョウバエなど、地球の磁気情報を行動決定に役立てていると考えられている動物は多くいる。 (本文へ戻る)
[注9] 「シチズンサイエンス」で検索すると、参加募集のサイトが色々見つかる。興味がある研究に参加してみるのはいかがだろう? (本文へ戻る)