LINE公式アカウントから最新記事の情報を受け取ろう!
マンボウは食べられる魚である。しかし、マンボウは一般的には食材として全国普及していない。その理由は、そもそもマンボウが食べられることをあまり知られていないこと、鮮度が落ちると生臭くなってしまうことなどが挙げられる。最近は冷凍技術や輸送技術の発達でマンボウを提供する飲食店も増えてきているようだが、まだまだ少ないのが現状だ。そんな中、大阪の真ん中に位置する心斎橋駅から徒歩10分以内の場所に、マンボウ料理が食べられる非常に珍しい居酒屋があった。その名も「まんぼうの家」。おそらく大阪でマンボウが食べられる店はここだけだろう。「あった」と過去形になっているのには理由がある。この居酒屋は2023年1月29日を以って閉業してしまったのだ。私はこの居酒屋に以前も食べに行ったことがあったのだが、最近閉業の話を知り、最後にもう一度食べに行こうと思って、今回は店が閉まってしまう前の2023年1月26日に訪問した。今回はその記録を回想したいと思う。
心斎橋のメイン通りから少し外れた位置にある居酒屋「まんぼうの家」。大きな提灯にまんぼう料理と書かれているので昼でも夜でも分かりやすい。
店にもっと近寄ってみよう。看板には東紀州(三重県)の味!と書かれている。どれも美味しそうだ。よく見ると、赤い字で「(移転?)のため1月29日(日)で閉店となります!」と張り紙が張られている。店長に話を聞くと、このビルが建て直しになるので、入っていた店が立ち退かなくてはならなくなったとのことであった。悲しい……。移転先は記事を書いている時点では見付かっておらず、今後どうするかは未定とのことだった。
開店時間は18時。今回は少し前に中に入れて頂き、人が入る前の店内を撮影させて頂いた。手前にカウンター席、奥にテーブル席がある(※551の豚まんは土産用に買った私の私物)。こじんまりとした店だが、これぞTHE居酒屋という感じで親しみがある。
トイレにはマンボウの食に関するちょっとしたトピックが貼られていたが、店内は特にマンボウに関する装飾はされていない。しかし、店員の方のTシャツには渋いマンボウのイラストがあった! このTシャツ、すごく良いので、個人的に買いたいと聞いてみたのだが、在庫はもう無いとのことで買うことは叶わなかった。ちょっと残念。
この日はちょうど最強寒波が襲来し、各地で豪雪になっていたので、私単独でささっと食べて店長と話をして帰る予定だったのだが、ツイートを見たアズワンの横本さんが数人誘って同席して下さったので、賑やかな会食になった。人が揃ったところで早速、注文を始める。
この店の名物は何と言ってもマンボウ料理である。「マンボウ三昧(マンボウ肉の刺身・湯引き・フライ)」を注文する。この日は肝臓がなかったので、煮つけや肝和えは食べられなかったが、個人的にサンプリングしていた時にたくさん食べたので味は何となく思い出せる。そうこうしているうちにマンボウ料理がやってきた。左上がマンボウの湯引き、左下がマンボウの刺身、右がマンボウのフライだ。仕入れ状況によって、腸が提供されることもあるが、今回はすべて筋肉で作られていた。
マンボウの刺身は3ヶ月以上寝かせた自家製ポン酢、マンボウの湯引きは柚子を使用したオリジナルの酢味噌、マンボウのフライは自家製ブレンドのソースがかかっている。どれもお好みでレモンを絞って食べる。最近マンボウを食べていなかったので、改めてマンボウの肉を食べてみて思ったのが、同じ水分が多い魚でも以前の記事で食レポしたキアンコウの肉とは食感が全く違う。キアンコウの肉は煮てもほろほろと崩れる柔らかい食感なのだが、マンボウはグニグニとした弾力のある食感だ。魚でもここまで食感が違うとは何とも不思議な感じである。マンボウの食感はやはり魚肉というより鶏肉ぽい。目を瞑って食べさせられたらマンボウと分からない人もいるだろうと思った。この3種のマンボウ料理の中で一番注目すべきはマンボウのフライである。マンボウの肉は放置しておくとどんどん水が出てくるくらい水分が多いので、フライにすると油で結構跳ねそうだが、うまく水分を切って衣を付けている。食べるとサクサクした衣にマンボウのジューシーな肉汁も出てきて美味い。これは是非この店で食べてもらいたかった一品である。
この店でもう一品注目して頂きたい料理があった。それが鮫軟骨梅肉和え(だしとヤゲン軟骨も入っている)だ。Amazonなどでも「サメ軟骨の梅水晶」として売られているが、普段目にすることのない料理なように思う。コリコリした食感に梅のさっぱりした酸味があって美味しい。サメやマンボウの軟骨は伝統的に食されており、マンボウの軟骨もサメと同じくコリコリした食感を楽しむことができる。マンボウの軟骨は「透骨(すきほね)」とも呼ばれ、梅酢に浸して食べると、酒の肴にいいと言われている。私はマンボウの軟骨を梅酢に浸した料理を食べたことはないが、今回食べた鮫軟骨梅肉和えと同じような味や食感になるのではないかと思った。
「食」は人がその生物に興味を持つ大きな動機になるので、科学的にも重要である。今回の会食でもマンボウを食べたことを通じて、マンボウに関する話が広がった。この店が建て替えに巻き込まれてこのまま無くなってしまうのは非常に惜しい。「まんぼうの家」の店長である濱田さんは、三重県尾鷲市出身で、地元の飲食店では料理の腕を磨き、スーパーでは仕入れを担当し、2008年に和歌山県新宮市に「まんぼうの家」1号店を開いた。「いつでもマンボウが食べられる店」ということがわかりやすいように、とこの名が付けられた。2017年7月にこの心斎橋に2号店を開いたのだが、コロナ禍に入った影響で売り上げが減少し、2020年4月に1号店は閉業した。なので、実質この心斎橋の店が唯一の「まんぼうの家」になった。今後、「まんぼうの家」を再開するかどうかは未定で、もしかしたら居酒屋から寿司屋にするかもしれないという。寿司屋になったとしてもマンボウは出す予定という話を聞いたので、マンボウ研究者の私としては嬉しい限りだ。もし居酒屋だったら、以前記事で話したマンボウのどぶ汁を是非開発して頂きたい。私はまた何かしらの形で、大阪でマンボウ料理の店が再開されることを心待ちにしている。最後に店を出て、店長と奥さんと私とで記念撮影。
ところで、ここまでマンボウマンボウと言ってきたが、この店で出されるマンボウには実はウシマンボウも混じっている。過去に店長が入荷した尾鷲で漁獲された個体のツイートを見てみると、頭部と下顎下が隆起していたので、ウシマンボウで間違いない。さすがに切り身になると、私もマンボウかウシマンボウかは同定不可能だが、ウシマンボウが入荷されることもあるという点でも今後も続けて欲しい店であった。
大阪の
心斎橋の
居酒屋や
まんぼうの家
再開望む
荒俣宏.1989. 世界大博物図鑑 第2巻[魚類].平凡社,東京
中嶋昭正.1994.軟骨の食品としての利用.福岡女子短大紀要,47: 1-16.
参考文献
原南陽.1802.查魚志.国立公文書館 デジタルアーカイブ(請求番号「197-0153」)
栗本丹洲.1825.翻車考.国立国会図書館デジタルコレクション(請求記号「特1-966」)
辻本滿丸.1916.マンボウ肝油及ギンザメ肝油に就て.工業化学雑誌,19: 723-727.
Akahori, F., Masaoka, T., Yamada, F., Arai, S, and Kubo, G. 1990. Effects of liver extract from the ocean sunfish (Mola mola) on acute gastric lesions in the rat. The Japanese Journal of Veterinary Science, 52: 419-421.
藤井弘章.1999.マンボウの民俗―紀州藩における捕獲奨励と捕獲・解体にまつわる伝承―.和歌山地方史研究,36: 13-33.
小野忠義.2000.肝油の産業技術史的研究(4) ――肝油工業の発展期(大正から昭和前期)――.技術と文明:日本産業技術史学会会誌,12: 25-43.
秋久俊博.2002.『「マンボウ肝油」で心臓病を完全克服!!』.史輝出版,203pp.