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レンタル博士には無限の可能性がある。推しの研究者を丸一日レンタルして、その知識を自分の好奇心を満たすために使うもヨシ! 仕事に活かすもヨシ! 我が子の教育に使うもヨシ! 私はこれまでに6件のレンタル博士の依頼を受け、水族館同行からオンライン雑談まで様々な形式で実行してきた。一番モットーとしているのは、私も依頼者も双方楽しくやることである。そして今回、7件目となるレンタル博士の依頼を実行してきた。これからの研究者の多様性や可能性を示す参考になると思うので、ここで詳細を紹介しよう。
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今回のレンタル博士の依頼はこれまでの個人的なケースと違って少し複雑だ。依頼者自体は北海道旭川市在住の中学1年生である大串雪花さんであるが、大串さんは「令和4年度あさひかわっ子☆夢応援プロジェクト」という旭川市が主催するプロジェクトを通じての依頼となるので、厳密には旭川市から依頼されたことになる。レンタル博士は個人相手が主体であるが、企業や団体からレクリエーション的な感じでレンタル依頼されるのもありかなと最近は思っている(報酬は要相談になるが)。
今回依頼があったプロジェクト「あさひかわっ子☆夢応援プロジェクト」とは、旭川市が企画する市内の中学1~3年生を対象とした、将来の夢を叶えるために今チャレンジしてみたいことを支援するプロジェクトである。2018年から毎年行われ、今年が第5回目にあたる。4月~5月の間に応募が行われ、6月上旬に書類審査による一次選考、7月上旬にプレゼン審査による二次選考があり、その場で大賞1名(助成金50万円)、奨励賞4名(助成金5万円)が決定する。助成金は市の担当者と相談して、翌年1月まで研修に使うことができ、翌年2月上旬に研修報告会を行ってプロジェクト完了となる。大串さんは見事大賞を受賞したので、研修の一環として今回私がレンタル博士をする流れとなったのである。
大串さんは私の著書「マンボウは上を向いてねむるのか」を小学生の時に読んでマンボウの魅力に取りつかれたとのことで……まさに私の本がきっかけでマンボウが好きになったという子であった。これには私も驚いた。とうとう私も人の人生に影響を与える存在になってしまった……と思うと、すこし不安になりつつも、やはり嬉しいものである。大串さんは「マンボウの海洋資源としての可能性を広げ、将来人々の役に立たせるためにマンボウ研究者になりたい」という熱い想いを二次選考で発表していた。大串さんは、マンボウ専用の大きな水槽があること、常時マンボウ複数個体が飼育展示されていること、私が過去に24時間観察を行ったことがある水族館であることから、大洗水族館を選び、私と一緒にマンボウの行動観察をしたり、マンボウ研究についていろいろ質問したりしてたくさん学びたいと考え、今回大洗水族館でレンタル博士を実施する流れになった(平日に学校を休むことに関する中学校側の了承は得られている)。
当日、大洗水族館は休館日で、ある意味貸し切り状態だった(売店もショーもやっていない)。コロナの第8波に入ったと連日ニュースになっていたので、実行できるか若干不安があったものの、両者とも無事に現場に着くことができた。大串さん、大串さん母、旭川市職員の方と合流し、早速水族館の中へ。知り合いの飼育員の方と2年ぶりに会い、近況を聞くと、魚類担当から海獣担当に異動したとのことに少しビックリした。水族館でも普通に部署移動はあるもので、私が大洗水族館のマンボウ担当者と最初に知り合ってから、既に3回担当者が変わっている。今回、ちょうどいいタイミングで新しい担当者の方を紹介して頂けたが、他の水族館でも数年連絡を取っていないとマンボウ担当者の方と連絡が取れなくなり、問い合わせから改めて現在の担当者を紹介してもらうということも過去にはあった。
飼育員の方に24時間観察と同じようなセットを準備して頂き、早速仄暗い水族館でレンタル博士スタートである。今回のレンタル時間は市の方から事前に9時~19時半までと提案されていたが、天候などの事情によって臨機応変に変更することとした。
大串さんは前日にも大洗水族館で飼育員の方による研修を受けていたので、マンボウは昨日も見ている。昨日は休館前だったので売店も開いており、大量にマンボウグッズを買い込んだとの話だった。私の研修は、実際に私が水族館で行っているマンボウの行動観察の方法を一緒にやってデータを取ってもらうことである。私の著書「マンボウは上を向いてねむるのか」にも観察方法は書いているので、愛読してくれている大串さんも何となくイメージは湧いていたものと思う。しかし、文章からのイメージと実践は結構違っていたりする。上向き行動も一緒に調べるので、ストップウォッチやマンボウの行動に注視しなければならず、結構忙しい。特に行動の記録としてスマホやデジカメの写真撮影や動画撮影は必須だ。充電器はホテルに置いてきたとの話だったので、充電が減ってきたら、途中、大串さん母が充電器を取りに行く事態にもなった。
観察風景はこんな感じで、水槽前に立ってマンボウをただひたすらじっと見つめるだけ。何かリアクションを起こしたらそれをノートにメモする。この非常に地味な作業を面白いと感じることができるかどうかで研究者としての気質があるかどうかが分かれる。大串さんは興味津々にマンボウを観察していた。マンボウの何に興味があるのかと聞くと、成長や分布、年齢など生態的なことに興味があるようだ。私がやっていない成分分析とか化学的な実験はどうかと薦めてみたが、そちらはあまり興味がないとの回答だった。
この時は10時と15時頃に餌やりがあった。餌やりの時に水面からニョキっと手が生えてくるのが、大洗水族館特有のマンボウ餌やりタイムのパフォーマンスである。初めて見た人は驚くことも多い。なかなかシュールな光景だ。餌やりタイムはその日の状況によって変わるため、確実に見たい場合は、来館時に水族館職員に質問するのがベストである。
ウシマンボウの剥製も観察しに行った。マンボウとウシマンボウを見分けるポイントを大串さんに教える。百聞は一見に如かずと言うように、実物を実際に観察することはとても重要だ。特にこれからの時代はマンボウ科各種を明確に識別できることが前提で研究が進んでいく。形態的種同定の方法は早く身に付けた方が有益だ。
水槽にマンボウが4個体いたので、どの1個体を観察したいか大串さんに選んでもらった。大串さんが選んだのは舵鰭の波型が明瞭な個体(68番)で、ナイスチョイスだった。複数個体が水槽にいる場合、行動観察する個体はパッと見て識別できる個体がベストだ。何かの拍子に目を逸らした後、他の個体と見分けが付かなくなってしまったら、それまでの観察の意味がなくなってしまう。68番が上向き行動をする時間はどのくらいかなとずっと観察していたが、この日はほとんど上向き行動をしなかった。
日が沈んでマンボウ水槽も少し暗くなる。夜の時間の始まりだ。夜の時間の観察は昼間よりも個体識別が難しい。水槽の奥の影になっているところにマンボウが行ってしまうと、個体を間違えてしまう可能性が高くなる。大串さんに見失わないように気を付けて観察を続けてもらった。結局この日は少し早めの18時半に観察を終了することにした。大串さんに感想を聞いたら「癒されました~」と返って来たので、マンボウ研究者の気質は高そうだ。今回9時間ほど長時間連続してマンボウを観察し、大串さんは水槽の明るい時と暗い時・餌やり前後でマンボウの行動が大きく変化することを目の当たりにして驚き、ますますマンボウに興味を持ったそうだ。メモもいろいろ取っていたし、有意義な時間を過ごしてくれたことを願う。
今回の観察の様子を動画で残したので、興味があったらあわせて見てほしい。
研修の終わりに私は大串さんへのとっておきのプレゼントを用意していた。このまま理系の大学に進んだ時に必要になる白衣である。将来を縛るつもりは毛頭ないが、もし大学生になる時まで研究者になるぞという志を持っていたのなら、是非使って欲しいと思ってプレゼントした。コスプレとかに使ってもらっても全然構わない。
ところでこの白衣、読者の方でどこかで見た覚えがある人はいるだろうか? 実は……アズワンの抽選企画で当たった白衣なのだ! 私が抽選で当たったのも、もしかしたら大串さんの手に渡るように運命が決まっていたのかもしれない……(そんな訳ない)。事実は小説よりも奇なり。人の興味は移ろうものだ。私が大学院時代にお世話になった共同研究者も、「マンボウは上を向いてねむるのか」で紹介した弟子も、マンボウの研究では生活できないと見切りを付けて研究の世界から去ってしまった。私だけが何とか低所得ながらもマンボウ研究を続けて論文を出し続けている。研究者を取り巻くこの悲しい現実が、大串さんが研究者として活躍するであろう10年後の未来に、少しでも改善されていることを願うばかりだ。大串さんがこれから先、マンボウ研究者になろうともならなくとも、どのような道を選ぼうとも構わない。願わくば、この時のレンタル博士が一つのフラグとなっていれば、私としては嬉しいと思う。
~今日の一首~
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未来を紡ぐか