【呪い】マンボウのイラストに見られる「たらこ唇」【呪い】

2024.10.02

2024年9月末、一般的にイラストに描かれる蝶と、実際の生きている蝶では、翅の開き方が異なり、この情報を知ってからイラストで描かれる蝶の翅が気になる呪いにかかってしまった、というXユーザーのポストが大きな反響を呼んだ。

 

当該ポストと「マンボウイラストにかけられた呪い」

イメージで描かれるイラストと実物との間で相違がある現象は、マンボウについても一つ言えることがある。それは「たらこ唇」だ。イラストで描かれるマンボウはたらこ唇で描かれることが多いが、野生にいるマンボウではたらこ唇をしている個体はまずいない。これはどうしてなのか? 今回はこの件について解説しようと思う。

 

水族館のマンボウは「たらこ唇」

私もマンボウの研究を始めるまでは特に意識したことはなかったのだが、漁獲された100個体以上のマンボウの形態を調査し、総計200時間以上あちこちの水族館で飼育されたマンボウを観察して気が付いた。野生のマンボウはたらこ唇をしていないが、水族館で飼育しているマンボウはたらこ唇をしている、と。水族館でじっくりマンボウを観察して初めて気付いたので、これは自分でも意外な盲点だった。野生のマンボウのたらこ唇をしていない口がデフォルトであるのは間違いない。では、何故水族館のマンボウはたらこ唇をしているのだろうか?

 

答えは簡単。マンボウが水槽の端に口を擦り続けてしまうからだ。水族館でマンボウを見たことがある人ならお分かり頂けると思うが、マンボウは時々、水槽の端(透明のビニールシートや壁)に向かって一心不乱に泳ぎ続けていることがある。マンボウは魚類の中でも視力は良い方なので、障害物を視覚的に認識していないとは思い難いが、どの水族館でも同じような行動を行うので、理由はよく分からない。

 

この水槽の端にぶつかり続ける現象は、人に置き換えると大きな問題があることが分かる。例えば、18世紀のフランスでは罪人がひたすらヤギに足を舐められ続けるという拷問が行われていた。この拷問は一見すると、軽い刑罰のように思えるが、ヤギにひたすら舐められ続けていくうちに表皮は裂け、血が出て、やがて骨まで見えるようになる……ゆっくり体が削られていく恐怖を植え付けられる恐ろしい拷問だ。

 

体が削れるという意味で、これと似たようなことが水槽の端にぶつかり続けるマンボウの口にも起きていると考えれば、おのずとその深刻さが分かることだろう。水槽の壁は硬いので、壁にぶつからないように緩和措置として、多くの水族館で柔らかいビニールシートを水槽の内側に張っているのだが、ビニールシートでも表皮を何度も何度も長時間擦り付けていれば、少しずつ削れていってしまう。

 

削れて傷付いた表皮が化膿するのは人もマンボウも同じようで、腫れあがってしまう。この腫れあがった口がマンボウのたらこ唇の正体なのだ。下の写真は閉館したマリンピア松島水族館で私が2006年に撮影したマンボウである。下唇がすごくたらこ唇になっていることが分かるだろう。少なくとも私は野生個体でこんなたらこ唇のマンボウは見たことない。

みんなが水族館で見るから、水族館にいるものがイメージをつくる

マンボウは堤防から見える距離で観察できる魚ではなく、また一般的に魚屋に並ぶ魚でもない(スーパーでは大抵切り身になっている)。今の時代はインターネットでマンボウの水中動画をいくらでも見ることができるが、昔はインターネットが無かったので、普通の人がマンボウを見ようとすると必然的に水族館に行くことになる。

しかし、水族館のマンボウは口が腫れあがってたらこ唇になった個体が多い。水族館のマンボウを見てイラストを描くので、たらこ唇のマンボウになってしまう。昔からたらこ唇のマンボウのイラストがあるので、最近のイラストレーターも伝統的にたらこ唇のマンボウを描いてしまう……これが私の推察するマンボウのイラストにたらこ唇が多い仮説だ!

 

水族館のマンボウがたらこ唇にならない方法は、単純に水槽の空間を広げてマンボウが水槽の端にぶつからないようにすることだが……水族館の敷地も限られているので、水槽の拡張はなかなか難しい。それじゃあ、マンボウがかわいそうだから飼わなければいいのではないか?という極論に達する人もいると思うがそれは違う。水族館で飼育しているからこそ分かるマンボウの生態もあり、これから先の未来、もし野生のマンボウが本当の絶滅の危機に瀕した時、飼育方法が全く分からないより、少しでも分かっていた方が良いだろう。もしマンボウが水槽の端にぶつからないようにするアイデアをお持ちの方がいれば、是非教えて欲しい。

 

おまけ 星のカービィの「カイン」

最後に、たらこ唇のマンボウが話題になると、『星のカービィ』シリーズのカインは飼育個体だったのか?というコメントが私に飛んでくるが、衝撃的な事実をお伝えしよう。任天堂の公式ホームページにあるカインの紹介を見て欲しい。「マンボウそっくりのヒョウキン者。」と書かれている。もう一度言おう、「マンボウそっくりのヒョウキン者。」と書かれている。

カイン・イメージ図(イラスト:犬派 ※ラボブレインズ編集員)

 

これはカインが初登場する『星のカービィ2』のゲームボーイの取扱説明書にも書かれている。そう、実はカインはマンボウにそっくりなだけで、マンボウに似て非なる存在なのだ。

マンボウの
 たらこ唇
  真実は
   水槽の端
    擦れて腫れてた

参考文献

澤井悦郎.2019.マンボウは上を向いてねむるのか: マンボウ博士の水族館レポート.ポプラ社.東京,207pp.

【著者情報】澤井 悦郎

海とくらしの史料館の「特任マンボウ研究員」である牛マンボウ博士。この連載は、マンボウ類だけを研究し続けていつまで生きられるかを問うた男の、マンボウへの愛を綴る科学エッセイである。

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