著者紹介:西川 伸一
京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。
【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。
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アルツハイマー病は発症前から脳で何が起きているのか。最新の長期コホート研究により、アミロイドβ(Aβ)がPETで検出される7年以上前から脳皮質の肥厚が始まっていた可能性が明らかになった。
マウスのアルツハイマー病 (AD) モデルでは、遺伝的に均一な系統にアミロイド (Aβ) を蓄積させることでADを発症させられることから、Aβの蓄積によるADの誘導には他の要因はほとんど関係ないと考えてしまう。また、AβやTau以外のAD評価にはもっぱらMRIによる海馬を含む脳全体の大きさが使われ、脳の萎縮=ADと思いがちだ。しかし、ADの発症までの軌跡を調べる大規模コホート研究から発症前のデータが得られるようになり、人間ではAD発症までの軌跡も極めて複雑であることが明らかになってきた。例えば、Aβ蓄積がPETで検出されるようになると脳皮質は厚くなることがわかってきた。逆にTau蓄積が始まると今度は皮質が薄くなる。即ち、Tau蓄積で細胞が死ぬと皮質は薄くなるが、Aβの蓄積は皮質の肥大を誘導していることになる。事実、Aβを除去する抗体治療が始まってわかったことは、Aβ除去により急速に皮質が薄くなることで、Aβが何らかの機構で脳皮質の肥厚を誘導していることがわかる。
CONTENTS
本日紹介する論文
今日紹介するノルウェー・オスロ大学からの論文は、ノルウェー及びカリフォルニア バークレイで行われた認知症の長期コホート研究でAβ蓄積がPETで検出された方についてMRI画像を遡って調べ、Aβ検出の7年以上前から脳皮質の肥厚が認められることを示した研究で、9月号の Nature Neuroscience に掲載された。
タイトルは「Cortical thickness changes precede high levels of amyloid by at least 7 years(皮質の肥厚は高いレベルのアミロイドが検出される7年以上前から起こっている)だ。
解説と考察
これらのコホートでAβPETが行われたのは691人で、このうちAβ陽性に転換した方と、Aβ陰性のまま経過を見ている方の2グループについて、PET検査前に行われたMRI検査を遡って調べ、グループ間でMRI画像の変化がないかを調べている。このうち、27人についてはPET陽性になるより10年前、93人については7年以上前からMRI画像が得られている。
多くの人の画像をを平均化して差を抜き出す処理についてはほとんど理解できていないが、途中でたくさんデータがあっても、PET陽性になる1-10年前のどれか一回の画像だけを選んで、まず皮質の構造に差が見られるか調べている。
結果だが、Aβ陽性にならなかった人たちでは、老化とともに皮質の厚さが減少する。これに対し少なくともPET陽性になる7年前から左前頭葉を中心に皮質の厚さの現象が抑えられる。各個人をPET陽性から2年ごとののデータをプロットすると、PET陽性になったグループで明確に皮質が厚いのが検出できる。
次に、Aβの蓄積との重なりを見ると、完全一致ではないが皮質厚の減少が少ない領域は概ね重なっており、Aβ蓄積機構と何らかのつながりがありそうだ。Aβが蓄積する場所と、そうでない場所で厚みの時間ごとの変化を見ると、Aβの蓄積が高くなる領域でより変化が大きいことがわかる。
まとめと感想
結果は以上で、PETで検出されるAβが蓄積される領域を中心に、7年以上前から皮質の構造に変化が見られ、通常年齢に伴い薄くなる皮質が何らかの機構で通常よりは肥厚するという結果だ。
問題はこの変化のメカニズムが全くわからない点で、炎症が先にあるのか、あるいは先天的なものなのか、それともAβの見えない蓄積が早い段階から起こっているのか、今後の研究が必要だ。しかもこれは平均値なので、最初から皮質の厚さを指標にAβの蓄積を予想できるかも調べる必要がある。とは言え、人間のADを単純なスキームで説明してしまうことに対する一つの反証になることは確かで、今後同じようなコホートにさらにバイオマーカーを加えて追跡し、ADの早期発見による治療へとつなげてほしい。