男性の中年太りの原因は脂肪細胞が増殖する結果かもしれない(4月25日 Science 掲載論文)

2025.05.10

神経細胞と同じで、脂肪細胞は大人になると新しいリクルートがないと考えられてきた。即ち、脂肪太りはもっぱら脂肪細胞が大きくなる結果で、数は増えていないことになる。これに対し、人間の神経細胞が成長後も増殖をしていることを原爆実験時に取り込んだアイソトープの減衰から調べた同じ方法を用いて、脂肪細胞も増殖していることが証明された。

 

本日紹介する論文

今日紹介する米国シティーホープ医学センターからの論文は、さらに一歩進んで、発生後一度は新しいリクルートが途絶えた脂肪細胞が、中年になると俄然新しい細胞がリクルートされることが我々の中年太りの背景にあることを示した研究で、4月25日 Science に掲載された。

 

タイトルは「Distinct adipose progenitor cells emerging with age drive active adipogenesis(年齢とともに新しく出現する特別な前駆細胞により年齢に伴う脂肪合成が起こる)だ。

 

解説と考察

新しい脂肪細胞のリクルートを調べるため、成長期に分化した脂肪細胞の全てを遺伝的に標識する方法を用いることで、新しいリクルートが寄与した場合、標識細胞が薄まって行く現象を使っている。

 

結果は、これまで示されてきたように新しいリクルートがあることが確認されるのだが、驚くことにこのリクルートはマウスが9ヶ月例になるまでにはほとんど見られず、9ヶ月目ぐらいから急速に新しい脂肪細胞が作られて脂肪組織に供給されることがわかった。そして12ヶ月例を超えるとこのリクルートは減少するので、マウスで言えば一種の中年期に新たな脂肪細胞合成が起こって、肥満の原因になっていることになる。

 

次に異なる時期の脂肪細胞を移植する実験から、若いマウスの脂肪細胞は新しい脂肪細胞を供給する能力は低く、12ヶ月例の白色脂肪組織にリクルーターが存在していることを確認している。

 

次に脂肪組織の single cell RNA解析から、中年期に数が増えてくるリクルーター集団を特定し、なんとES細胞の維持にも用いられるLIFに対する受容体とPDGF受容体αを同時に発現している細胞としてセルソーターで生成することができることを発見する。

 

この集団を取り出して試験管内で培養すると、12ヶ月例の脂肪組織では増殖性の高い細胞を分離することができ、この培養に脂肪細胞分化のカクテルを加えると脂肪細胞への分化を観察することができる。また、この細胞を精製して移植する実験を行うと12ヶ月例の幹細胞は組織内で強く増殖して組織の脂肪細胞を増加させることを確認している。

 

このように脂肪細胞をリクルートするこれまで記載されていない幹細胞をLIF受容体とPDGF受容体αを組み合わせて特定できるようになったわけだが、LIF受容体はたまたま発現しているだけなのか、幹細胞の増殖に必要なのかをノックダウン実験や、阻害剤を用いて検討し、脂肪幹細胞の増殖にLIF受容体が必要であることを明らかにしている。また、若いマウスの脂肪細胞にLIF受容体を過剰発現させる実験も行い、増殖能が2倍に増えることを示している。

 

LIF受容体阻害自体は正常組織にあまり大きな影響がないので、脂肪幹細胞が働き出す9ヶ月目から10週間長期に阻害する実験も行い、内臓脂肪が選択的に減少することを明らかにしている。

 

最後に、人間の中年男性から脂肪組織を提供してもらい、PDGR受容体αとLIF受容体を発現している脂肪幹細胞が中年のヒトにも存在することを明らかにしている。

 

まとめと感想

以上が結果で、もちろん代謝で脂肪細胞が肥大することも重要な要因だが、中年になると脂肪細胞自体が、特に内臓脂肪でリクルートしやすくなっているということで大変面白い研究だと思う。ただ、人間でも同じかどうかはこの研究だけでは不十分なので、是非調べていってほしい。

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著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

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