飼育記録更新に期待がかかる越前松島水族館のマンボウ

2024.10.08

人とマンボウが関わってきた歴史は古く、確実なところでは少なくとも1500年代にまで遡ることができる。しかし、人がマンボウを飼育できるようになったのは、まだ100年ちょっと前からでしかない。今でこそ水族館で気軽に見ることができるマンボウだが、外洋で暮らす大型魚類のマンボウを閉鎖空間の水槽で飼育することは難しく、飼育が始まった年代の水族館は苦労の連続だった。今回はマンボウの飼育記録に関連した話をしたいと思う。

最古の飼育記録は?

世界最古のマンボウの飼育記録とされているのは、1919年に出版された雑誌New York Zoological Societyに掲載されている、New York Aquariumで飼育された165ポンド(約75kg)のマンボウである。

 

簡単な紹介しか情報が載っていないので、何日間飼育されたのかは不明である。海外のマンボウの飼育に関しては、学術的にほとんど報告されておらず、内部資料に留まっている所が多いので、どのくらいの期間飼育できる技術を持っているのかは私もよく分からない。

 

私が調べた限りでは、日本最古のマンボウの飼育記録は、1956年に京都大学瀬戸臨海実験所(現在の京都大学白浜水族館)が飼育した体長(全長?)約1ⅿの個体である。この個体の飼育日数は5日間だった。

この年代ではマンボウは今よりももっと未知の生き物で、どうやったら長期間飼育できるのか謎だらけだったことと思う。

飼育記録の発展

1960年代に入ると、マンボウの飼育に挑戦する水族館が増加し、動物園水族館雑誌などでマンボウを飼育して明らかになった生態などが報告されるようになった。

 

しかし、この年代でも四苦八苦し、マンボウを一ヶ月以上飼育することができず、最長飼育記録は21日だった。マンボウの飼育記録が一番盛り上がったのは1970年代で、飼育記録の更新があるたびにニュースになったりした。

 

様々な水族館がマンボウの長期飼育に挑戦し、1979年に鴨川シーワールドが初めてマンボウを1年以上飼育することに成功した。1年以上マンボウを飼育できるようになったことで、世間の熱は少し冷めたようだが、マンボウの飼育記録は順調に伸びていった。

日本での飼育日数ランキング

鴨川シーワールド(2010)は、日本各地の水族館(61園館)を対象として、1977年~2006年までのマンボウの飼育に関するデータを取りまとめた。1年以上マンボウを飼育した記録についてもまとめており、少なくとも116個体の記録があることが分かった。この文献におけるマンボウの飼育日数ランキング5位から見ていこう。

 

5位は2015年に閉業したマリンピア松島水族館で1781日(1989年6月20日~1994年5月6日;飼育開始時の全長92cm)。

4位もマリンピア松島水族館で1930日(2001年7月20日~2006年11月1日;飼育開始時の全長96cm)。

3位もマリンピア松島水族館で2016日(1994年7月30日~2000年2月5日;飼育開始時の全長68cm)。

2位は海遊館で2164日(2001年3月23日~2007年2月24日;飼育開始時の全長86cm)。2006年までのデータのはずなのに、海遊館のデータに2007年の分が含まれているのは、論文の出版が2010年だから直近のデータも含めたからだと思われる。

そして、1位は鴨川シーワールドで2993日(1981年12月24日~1990年3月5日;飼育開始時の全長72cm)。

 

日本近海にはウシマンボウの出現も確認されているが、現在確認されている日本近海のウシマンボウはすべて全長116.8 cm以上 であるため、これら1位~5位の個体はおそらくマンボウであると考えられる。

【2024年新論文】ウシマンボウの日本最小記録を更新!

不動の1位・鴨川シーワールドの「クーキー」

長期飼育された個体は愛称が付けられることがあり、鴨川シーワールドで2993日(8年2ヶ月)飼育されたマンボウは「クーキー」と愛称が付けられていた。「クーキー」を飼育していた鴨川シーワールドの職員の話によると、マンボウも個体によって性格が異なり、「クーキー」はのほほんとしたかつてのマンボウのイメージを体現したような穏やかな性格の個体だったという。水槽の中からでも飼育係を識別してしいたらしく、エサの時間に飼育係が給餌場所に姿を現す前に、給餌場所で待っていることも時々あり、愛着を感じさせるマンボウだったとのことだ。

 

「クーキー」が死亡したことがテレビなどで報道されると、全国から花束や寄せ書き、手紙などが届いたという。飼育されたマンボウは水族館の事情によって、ある程度大きくなったら海に放流されるか、死亡するまで飼い続けるかの2つの運命に大きく分けられる。水族館の生物は「生きた標本」として我々来館者に学びの機会を与えるとともに、水族館職員にとっては「ペット」のような存在でもあるのだ。

 

鴨川シーワールド(2010)は2006年までの水族館のマンボウ飼育データなので、2024年10月の現在は全国の水族館でのマンボウ飼育個体数も増え、飼育日数ランキングも大きく入れ替わっているものと思われる。少なくとも、下関市立しものせき水族館「海響館」では、2476日間飼育されたマンボウ個体の記録(2017年4月25日~2024年2月4日;飼育開始時の全長90cm程度)が追加され、鴨川シーワールド(2010)の海遊館の記録(2164日)を破って全国2位の飼育記録を樹立した。

 

しかし、「クーキー」の飼育日数記録を超えたという話は世界的にも全く聞かない。8年2ヶ月の飼育記録を抜くには、それ相応の年月が必要になるので簡単ではないのだ。それ故に、「クーキー」の飼育日数はマンボウの世界最長飼育日数として不動の位置に君臨している。

「クーキー」に迫る注目株

しかし、この「クーキー」の飼育日数に迫る勢いの注目すべきマンボウがいる。それは、福井県の越前松島水族館で飼育されているマンボウで、三重県尾鷲市九鬼沖で2017年2月19日に定置網で漁獲され、和歌山県すさみ町立エビとカニの水族館で24日間飼育された後、2017年3月15日に越前松島水族館にやって来た個体だ(越前松島水族館に確認済み)。

 

この記事を書いている2024年9月29日時点で(生きているのを越前松島水族館に確認済み)、越前松島水族館での飼育日数は2755日(漁獲から2779日)で、上述の海響館の飼育記録(2476日)を既に抜き、現在世界飼育記録2位である(つまり上述の海響館の個体は3位に下がる)

結構デカくなっていると思うが、不思議なことに舵鰭が全然波打っておらずウシマンボウの舵鰭のように見える……しかし、鱗の形状を確認すると確かにマンボウであった。何とか鴨川シーワールドの飼育日数を塗り替えて長生きしてほしいと思う。

 

マンボウの飼育最長記録2993日と同列に並ぶのが、越前松島水族館では2025年5月25日(漁獲日から考えると、もう少し早く2025年5月1日)だ。ちょうど大阪万博が開かれている年であり、一緒に盛り上がれればいいなと思っている。


 マンボウの
  最長飼育
   8年超え
    注目個体
     頑張れ生きろ

参考文献

鴨川シーワールド.2010.マンボウ類の飼育に関する調査.動物園水族館雑誌,51: 62–73.

森一行.2018.鴨川シーワールドアルバム マンボウの「クーキー」.さかまた,92: 6.

澤井悦郎.2019.マンボウは上を向いてねむるのか:マンボウ博士の水族館レポート.ポプラ社.東京,207pp.

【著者情報】澤井 悦郎

海とくらしの史料館の「特任マンボウ研究員」である牛マンボウ博士。この連載は、マンボウ類だけを研究し続けていつまで生きられるかを問うた男の、マンボウへの愛を綴る科学エッセイである。

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