自己家畜化の科学:ヒトとボノボ、チンパンジーの違いから考える

2026.09.28

はじめに

ある意味、ヒトは家畜の一種である。
なぜなら家畜特有の特徴があるからだ。

それはひらべったい顔だったり、幼さの残る顔つきだったりするが、その中で最たるものが「おとなしさ」である。

牧場に囲われた牛や馬は野生種と比べておとなしいが、ニンゲンも他の類人猿と比べておとなしく、滅多なことでキレることはない。

通常の家畜化は、おとなしい個体どうしをかけ合わせてすすめていくが、ニンゲンはみずからそれを推し進めて家畜のような性質を手に入れたという説がある。自己家畜化仮説と呼ばれるものだ。

とはいえ、ヒトは完全な家畜とは言い切れない。なぜなら身内同士で凄惨な殺し合いをすることがあるからだ。

前回の記事では、家畜化に関わるメカニズムについて説明した。

自己家畜化の科学:私たちはどうやって自分たちを飼いならしてきたのか?

今回の記事では、ヒトがどのようにして自らを家畜化してきたのか、そしてなぜヒト特有の攻撃性が残されたのかについて考えてみたい。

ボノボに見られる自己家畜化:チンパンジーとの比較

ヒトは自らを家畜化してきたが、人間以外にも自己家畜化を進めてきた種がある。それがボノボだ1)。

ボノボは平和で平等な社会で生きている。仲間同士ではめったに喧嘩することもなく、緊張が高まっても性行為を通して和やかな関係性が保たれる。そして乱暴なオスは、女性連合に制裁される1)。

それに対してチンパンジーの社会は暴力的である。そこは、ボスチンパンジーをトップとする男性優位の序列社会であり、血なまぐさい権力闘争が繰り広げられる。

それだけではない。

ボスチンパンジーは気に入ったメスがいれば、その赤ん坊を殺害し、自分の子孫を種付けしようとする。そして外部グループとの闘争では、多数のチンパンジーが少数のチンパンジーを嬲り殺すことが報告されている1,2)。見方によっては森のギャングとも言えなくもない。

←ボノボ

↑チンパンジー

では同じような地域に住んでいるのに、なぜボノボとチンパンジーは異なる進化を遂げたのだろうか。これには地形的特徴が関係していたと考えられている。

 

チンパンジーはコンゴ川の北側に、ボノボは南側に住んでおり、その餌場には違いが見られる。チンパンジーが住む北側では餌場が小さく散らばっていて、ゴリラとの競争もある。

それに対して南側では餌場が大きくまとまっていて餌にありつきやすく、競争相手のゴリラもいない。そのような環境では、攻撃的であることはメリットにはならない。むしろ、そのようなオスはメス連合によって排除される。結果としておとなしいオスがメスに選ばれ、穏やかな種になったのではないかと考えられるのだ1)。

ニンゲンとボノボの違い:能動的攻撃性

ニンゲンもボノボと同様、おとなしい個体をかけ合わせて自己家畜化していった。しかし、攻撃性の面では違いが見られる。

たしかにニンゲンは攻撃性が少ない。しかし、それは不安にかられての反応的攻撃であって、能動的攻撃性は非常に強い。例えば待ち伏せして攻撃する、取り囲んで攻撃する、計画的に攻撃するといったものである3)。

これはサイコパスのことを考えるとわかりやすい。

サイコパスには大きく分けて二種類のタイプがある。
一つは粗暴なサイコパスで、ちょっとした刺激で暴力を振るうようなものである。これは反応的攻撃性が高いタイプである。

そしてもう一つはクールなサイコパスで、目的を持って計画的に攻撃することに躊躇しないタイプである。言うことを聞かせるためにリンチする、口封じのために謀殺する、そういったことをためらわないタイプのサイコパスである。

クールなサイコパスに見られるこのような特質が能動的攻撃性であり、ニンゲンにはそれが色濃く残されている。計画的に害虫を殺し、計画的に害獣を殺し、計画的に外敵を殺す。大雑把な言い方をすれば、ニンゲン誰しもみなこのサイコパス的特性を持っている。

処刑仮説とコミュニケーション能力

ではなぜこの能動的攻撃性が残されたのか。それには2つの要因が関わっていると考えられる。

一つは他の集団との生存競争である。
ヒトは太古の昔から他の集団と競争して生きてきた。生存競争が熾烈な場合、おとなしいだけでは滅ぼされてしまう。場合によっては先んじて相手を滅ぼす必要がある。そのため能動的攻撃性が残されてきたのではないかというのだ4)。

もう一つは内部の敵を滅ぼす必要があったからというものである。
見境なく暴力を振るうような、反応的攻撃性が高いニンゲンは、コミュニティの存続にとってマイナスである。このような乱暴者を処刑すべく能動的攻撃性が残されたというのだ5,6)。

さらには、このような処刑を繰り返す中で、反応的攻撃性の高い遺伝子は淘汰され、能動的攻撃性に関わる遺伝子が残り、特殊な形での自己家畜化が進んでいったのではないかと考えられている5,6)。

では、この処刑を可能にしたのはどのような能力だろうか。

それはおそらく「言葉」であったろうと考えられている。互いの意思を確認し、説得し、計画を立てる能力。この力があったからこそ、力を合わせて乱暴者を処刑することができたのだ6)。

まとめ

ではここまでの話をまとめてみよう。

・自己家畜化はニンゲンだけでなく、ボノボにも見られる。
・自己家畜化には環境要因も影響する。
・反応的攻撃性が高い個体を処刑することで、ヒトは自己家畜化を進めてきた。
・処刑を行うために必要な能動的攻撃性は保たれることになった。

このようにニンゲンは長い歴史の中で自分たちを飼いならしてきたが、能動的攻撃性はしっかり残されている。つまり、あなたも私も一皮めくれば、チンパンジーのような凶暴性を抱えて生きているのだ。

幸い、私たちには言葉がある。
殺し合うことなく資源を分け合う智慧を完成させたい。

【参考文献】

1) Hare, B., Wobber, V., & Wrangham, R. (2012). The self-domestication hypothesis: Evolution of bonobo psychology is due to selection against aggression. Animal Behaviour, 83(3), 573–585.

2) Wilson, M. L., Boesch, C., Fruth, B., et al. (2014). Lethal aggression in Pan is better explained by adaptive strategies than human impacts. Nature, 513(7518), 414–417. 

3) Wrangham, R. W. (2018). Two types of aggression in human evolution. Proceedings of the National Academy of Sciences, 115(2), 245–253. 

4) Wrangham, R. W., & Glowacki, L. (2012). Intergroup aggression in chimpanzees and war in nomadic hunter-gatherers: Evaluating the chimpanzee model. Human Nature, 23(1), 5–29. 

5) Boehm, C. (2012). Ancestral hierarchy and conflict. Science, 336(6083), 844–847.

6) Wrangham, R. W. (2019). Hypotheses for the evolution of reduced reactive aggression in the context of human self-domestication. Frontiers in Psychology, 10, 1914.

 

著者紹介:佐藤 洋平(さとう ようへい)

博士(医学)、オフィスワンダリングマインド代表
脳科学・医学的知見を企業のマーケティングコミュニケーションに活用する専門家。理学療法士として15年の臨床経験を持ち、筑波大学大学院にてコミュニケーションに関わる脳活動の研究で博士号を取得。 2012年より、企業の製品・サービスの価値を科学的エビデンスに基づいて説明するコンサルティング業務を展開。「なぜそれが効果的なのか」「どこに価値があるのか」を神経科学・医学生理学・心理学の研究知見から解明し、 ステークホルダー向け資料やマーケティング素材として翻訳・構成・監修することを専門とする。多くの大手企業への学術支援実績を持ち、研究知のシェアリングサービスA-Co-Laboではパートナー研究者として活動。
日本最大級の脳科学ブログ「人間とはなにか? 脳科学 心理学 たまに哲学」運営者。

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