著者紹介:西川 伸一
京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。
【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。
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現在腸内細菌叢のバランスを壊す病原菌をファージウイルスを用いて溶かしてしまうという治療方法開発が行われている。しかし、分子生物学で習う大腸菌とファージといった極めて限られたモデル系と異なり、何千もの異なるバクテリアが対象になる細菌叢でのファージウイルスの胴体についてはほとんどわかっていない。
CONTENTS
本日紹介する論文
今日紹介するオーストラリア・モナーシュ大学からの論文は、様々な培養系を用いて腸内細菌叢のゲノムに統合されているプロファージウイルスの活性化のメカニズムについて調べた研究で、極めて地道な研究だが、ともかくチャレンジしてみたという点が評価され、10月15日 Nature にオンライン掲載された。
タイトルは「Isolation, engineering and ecology of temperate phages from the human gut(ヒト腸内の溶菌ファージの分離、操作、生態)」だ。
解説と考察
10月11日に腸内の Bacterioides に限って水平遺伝子伝搬とバクテリアの多様化に関わる Diversity Generative Retroelement (DRG) の論文を紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/27611)、腸内細菌叢研究が徐々に新しい方向へ進んでいるのを感じる。特に、ファージやプラスミドの研究は、そのまま複雑な細菌叢の操作に直結する。
プロファージとはホストバクテリアの中に統合されているファージウイルスを指し、完全なプロファージの場合、バクテリアに対する刺激により活性化して増殖し、ホスト菌を溶解したあと周りのバクテリアに再感染する。即ち、バクテリアが危機にさらされたとき、ホストと心中する代わりに、増殖して新しいホストへ乗り移る。この過程を研究するためには、腸内バクテリアを培養して、溶菌を誘導する実験系が必要になる。
この研究では252種類のバクテリアを腸内細菌叢の代表として、一般的な細菌培地による培養、あるいはヒト培養細胞との共培養を行い、これに溶菌を誘導することが知られている様々な刺激を加えて、上清中に遊離してくるファージを調べ、溶菌を誘導できるかまず調べている。
多くのプロファージは培養するだけで活性化されるが、他の誘導因子を加えるとさらに多くのプロファージを活性化できる。面白いことに溶菌してくるプロファージの種類は人間の細胞と一緒に培養したときの方が倍以上多い。一方、培養内に残るバクテリアの種類は培養細胞と共培養して多くのファージが活性化されると、大きく低下し、ファージにより強い選択を受けることがわかる。
とは言え、ゲノムから推察できるプロファージの数と比べると、せいぜい3割のプロファージしか活性化できていない。これがゲノム内でプロファージが不活性化されているためかどうか、様々な観点から比べている。
もちろん多くのプロファージは活性化する条件がわかっていない結果と言えるが、コードされた構造遺伝子が欠けていたり、アミノ酸変異を伴う遺伝子変化が多い等の特徴がある場合は、プロファージが不活化されていると考えられる。
さらに多くのプロファージはゲノムに複数統合されており、同時に活性化されるポリリソゲンといわれる状態になっている。これらは様々な刺激因子で活性化でき、因子とプロファージの間に特異性が見られるケースもあるが、現在のところゲノムからの切り出しに必要なトランスポジションタンパク質以外に、明確なメカニズムはわかっていない。
まとめと感想
以上が結果で、腸内細菌叢でのファージ活性化研究がようやくスタートラインに立つことができたと言ったところだが、個人的には重要な研究だと思う。