マンボウ科の「57個目」の学名が発見される

2025.09.08

研究の進展によって変化する学名

「生き物の名前が変わる」と聞いて、どういうことなの?と思う人は多いはずだ。我々日本人が普段使っているマンボウやライオンといった和名が変わることはめったにない。しかし、研究の世界で使われている学名は、研究の進展具合に応じて実は結構頻繁に変更されたりする。マンボウ科(現生種)の学名はこれまで56個が確認されていたが、2024年6月、57個目となるマンボウ科の学名Cephalus barrowiiが発見された。この学名が与えられた種は一体どういう魚なのか? 詳しい話をしていこう。

 

まず学名とは、簡単に言うと、1つの生き物につき1つしか付けることができない世界共通の学術的な名前である。1つの生き物に1つの名前しか付けられないという国際動物命名規約の絶対的なルールがあることにより、私達は生き物を1種1種呼び分けて認識することができる(この絶対的なルールがなければ生き物に自分の好き勝手な名前を付けることができるが、他人と呼び名を共有できないのでかなりカオスな状態になる)。しかし、昔は現代のように通信技術が発達していなかったので同業者と簡単に議論を行うことなんかできず、世界中の研究者が各地で自分の発見した生き物に好き勝手な学名を付けまくった。そうなると……当然ながら分布域の広い生き物は、複数の学名を持つことになる。1つの種が複数の学名を持つ状態は国際動物命名規約上、よろしくない状態で、どれか一つに決めなければならない。学名は基本的に早い者勝ちというシンプルなルールがあるので、その生き物に一番最初に付けられた学名がその生き物の学名として採用されることになる(実際の学名の命名のルールはかなり複雑)。学名は学術的な雑誌で命名することが一般的なルールなので、生物分類学者はひたすら自分の研究対象に関連する生物の文献を収集し、そこに記載されている文章や図から、どの生き物になんという学名が与えられたのかを整理している……それこそ数百年に渡って。分類学者は世界中に散らばる文献を収集し、最初の命名者を探し出し、その偉業を称える学問と言っても過言ではない。

 

魚類の場合、こういう作業を延々と続けて各魚種の学名を一覧にまとめているサイトが、以前の記事で紹介した「Catalog of fishes」だ。このサイトは本当に素晴らしい。私もかなりお世話になっている。さて、私の研究対象であるマンボウ科魚類は、これまで56個の学名が確認されていた。しかし、世の中は広く、人類が築き上げてきた歴史も膨大だ。見逃している文献があることも当然ながら想像できるだろう。「Catalog of fishes」は一ヶ月に一回の頻度で更新されており、時々見ると自分の知らない文献が追加されている。先日、ふと気になってマンボウ科の学名を久々に検索してみたら……57個になっていた! つまり、私の知らない学名が新たに見付かったのだ。確認すると、その学名、Cephalus barrowii Webster, 1830は2024年6月にリストに追加されたらしい。まだ最近だ。「Catalog of fishes」の判定では、マンボウMola mola のシノニム(異名)となっていた。本当だろうか? 早速文献を入手して、Webster (1830)の文献を読んでみた。

 

Webster (1830)には南アフリカのTable Bayで捕獲したsun fishに関する知見が書かれていた。sun fishはマンボウ類に使われる英名なので、マンボウ科魚類である可能性はかなり高い。この個体は長さ7フィート5インチ(おそらく全長に相当する部位)。各国、時代によって使用された測定単位は異なるため、南アフリカの場合を調べてみたところ、南アフリカのメートル法化は1971年で、それ以前はイギリスの帝国単位が使われていたようだ。帝国単位となると、1 foot = 30.48 cm、1 inch = 2.54 cmでメートル法に変換できる。7フィート5インチをメートル法に変換すると……全長226.06 cm。結構デカい、十分に種の形態的特徴は出ているはずだ。南アフリカは非常に興味深い海域で、マンボウ属全種(マンボウ、ウシマンボウ、カクレマンボウ)が出現することがSawai et al. (2020)で分かっている。となると、実はマンボウじゃなかった可能性もある訳だ。文献を読み進めていくと、この個体を解剖して、腸や眼を調べた記述がある。なので、おそらくこの個体は解剖後捨てられてタイプ標本は残されていない。論文には絵や写真も無い。つまり、論文に書かれている文章からマンボウ科のどの種に当てはまるかを推測するしかない……(私の研究チームがマンボウ属は世界的に調べたので、この個体が新種の可能性はかなり低い)。

 この個体の形態に関する気になる記述は、「体は鈍い灰色、表皮はザラザラした凹凸、尾は非常に小さく体の輪郭とほぼ一体化しておりそれぞれ約2インチ(約5 cm)ほどの3つの等しい曲線またはホタテ貝状の部分から構成されている」という部分だ。尾は舵鰭のことを指すと思われる。尾がホタテ貝状という表現は、縁辺が波打っていることを指す。マンボウ属の中で舵鰭縁辺が波打っている個体はマンボウしかいない。ということは、この個体はマンボウで、学名Cephalus barrowiiはマンボウのシノニムということになる。しかし、舵鰭は「3つの等しい曲線またはホタテ貝状」と書かれているのが少し引っ掛かる。論文には舵鰭の中央部が突出しているとは書かれていないが、舵鰭が3つのパーツに分けられると解釈すると、ヤリマンボウが当てはまりそうでもある。実際、南アフリカにはヤリマンボウも出現する……。しかし、ヤリマンボウの舵鰭の表現にホタテ貝状とは通常書かないので、やはりマンボウを指している可能性が高い。私の結論としても、Cephalus barrowiiはマンボウのシノニムになるものと思われるが、ヤリマンボウを指している可能性も捨てきれない。なかなか文章からだけで種を特定するのは難しいのである。

ちなみにこの学名の語源についても調べてみたところ、属名Cephalusはギリシャ語で「頭」を意味し、種小名barrowii はおそらくイギリス英語のbarrowのラテン語化で、barrowは「手押し車,円形の古墳」を意味する。この学名はマンボウの体形に由来して命名されたようだ。

 

マンボウ科

  57個目

   学名や

    多分マンボウ

     シノニム増えた

 

 

【参考文献】

Webster, WHB. 1834. Narrative Narrative of a voyage to the Southern Atlantic Ocean in the years 1828, 29, 30, performed in H. M. Sloop Chanticleer, under the command of the Late Captain Henry Foster, F. R. S. &C. Vol. 1. Richard Bentley, London.

Sawai, E., M. Nyegaard & Y. Yamanoue. 2020. Phylogeny, taxonomy and size records of ocean sunfishes, pp. 18–36. In Thys, T. M., G. C. Hays and J. D. R. Houghton (eds.) The ocean sunfishes: evolution, biology and conservation. CRC Press, Boca Raton.