LINE公式アカウントから最新記事の情報を受け取ろう!
みなさんこんにちは! サイエンスライターな妖精の時々VTuber彩恵りりだよ!
今回の解説の主題は、「液体水素が超流動を示す」という半世紀前に予測されていた現象を実証した、というものだよ。実はこれ、水素が固まってしまうより低い温度で現れるという内容だから、そもそもそんな温度の液体水素が用意できず、実験自体が無理と思われていた範囲なんだよね。
ではどのように証明したのかと言うと、水素分子を1個ずつ液体ヘリウムに埋め込んで、何個の分子ならその性質が現れるのか?というのを確かめたんだよね!一見すると何をしているのか分からないと思うけど、それも含めて解説していくよ!
CONTENTS
超流動状態となった液体は粘性がゼロになるので、一度流れ出すと永久に止まることはなく、勝手に液面差を埋め、壁や天井すら伝わるんだよね!ただ、実証された例は少なく、液体ヘリウムと一部の原子ガスだけなんだよね。
身近に存在する普通の流体 (液体や気体) は、その物質を構成する分子同士が引き合っているので、どんなに見た目がサラサラしていようとも、実際にはわずかに粘性 (粘り気) や抵抗が存在するよ。なのであまりにも小さな穴を通ることができなかったり、容器の縁を乗り越えて勝手に外に流れ出る、なんて現象は起きないよね。
しかし、「超流動」と呼ばれる性質を示すごく一部の流体は、粘性や抵抗がゼロになるという奇妙な性質があるんだよね。代表的なのは液体ヘリウムで、-270.98℃ (2.17K) より低温の場合、原子1個分の隙間も通過し、容器の縁を乗り越えて流れ出るような、非常に奇妙なふるまいを示すんだよね![注1]
この超流動は、通常は原子の世界で起こる量子力学的現象が、肉眼で観察可能な液体ヘリウムにおいて現れることで発生するよ。電気抵抗がゼロになる超伝導と並ぶ「巨視的量子現象」であり、ミクロの世界における量子力学的現象がマクロの世界にも影響を与えるという分かりやすい例なんだよね。
しかし、多種多様な物質で発見された超伝導と違い、超流動はかなり狭い範囲の物質でしか見つかっていないという大きな違いがあるよ。超流動は1937年に液体のヘリウム4で発見されたけど[注2]、それ以外の超流動を示す物質は、同位体のヘリウム3と、一部の金属ガス[注3]でしか見つかっていないよ。
超流動と関連の深い超伝導に関わる研究でノーベル物理学賞を受賞したヴィタリー・ギンツブルクは、1957年に液体水素の超流動を予言したよ。ただし、それが現れる温度は固まってしまう温度以下なので、一見すると実証自体が無理に思えるよね? (画像引用元番号③)
とはいえ理論的には、もう少し多くの物質が超流動を示すだろう[注4]、とは予測されていたよ。例えばヴィタリー・ギンツブルク[注5]らは、1972年にH2、つまり水素分子が超流動を示す、と予測したんだよね。ところがそれから半世紀以上、この予測は実験的に証明されたことがなかったよ。
なぜなら、水素分子の超流動は約-272℃ (1-2K) 以下で現れると予測されたのに対し、水素はどんなに頑張っても-259.4℃ (13.80K) より低い温度では液体を維持できずに固まってしまうのよね[注6]。超流動を示すかもしれない温度の液体水素が準備できないのでは、実証も何もないじゃないか、ってことになっちゃうよね。
ただし、先ほど書いた「実験自体が無理」と言う話は、目に見える大きさの水素の場合、という重要な前提条件があるよ。普通はそのような状況を想定するために何も書かないことが多いよね。この場合、多少大きさが変わったところで大きく性質は変化しないので、共通認識を打合せしなくても話を合わせることができるよ。
しかし、分子や原子の数が数えられるほど小さなスケールで話をするならば、この前提は重要になってくるよ。原子や分子が数えられるほど小さな物質の場合、量子力学の効果が強く表れるので、目に見えるほど大きな物質の時とは全く性質が変わってしまう、ということが知られているからね。
例えば、2023年のノーベル化学賞の対象となった「量子ドット」は、まさにその一例なんだよね。原子が数えられるほど小さな塊になれば、まるで新種の“元素”のような、大きな塊では決して見られない性質が現れるのよね。なので小さなスケールの場合、「実験自体が無理」とは必ずしも言い切れなくなるよ。
2023年ノーベル化学賞について分かりやすく解説!『量子ドットの発見と合成』
水素の場合、十数個の水素分子のクラスターならば、通常の水素が固まる温度以下でも液体を維持し、しかも超流動を示すということが予測されたんだよね。後は、このような小さなクラスターを作り出し、超流動になっているのを測定する方法を見つけるんだけど、これは最近になって確立されてきたよ。
原子や分子が数えられるくらいに小さなスケールになると、物質の性質は大幅に変化することが知られているよ。なので数えられるほど少ない水素分子の集合体ならば、超流動が予言される温度でも液体水素ができるんじゃないか?という感じで実験ができるかもしれないよ。 (画像引用元番号①)
まず液体水素の準備として、普通の圧力では絶対零度でも凍ることがない液体ヘリウムの小さな滴の中に、1個単位で水素分子を埋め込むことが技術的に可能になったよ。この方法により2021年には、超流動を示すと予測される温度で水素が液体になる状態を維持できることが実験的に証明されたんだよね。
そして超流動を証明する方法として、水素の中にメタン分子を1個入れ、その中で回転速度を測る、と言う方法が検証されたんだよね。メタン分子は球形に近い上に、他の分子とあまり強く引き合わないという性質を持っているから、元々回転速度が速い分子にはなるよ。
そして、もし超流動を示す液体の中にメタン分子を入れれば、一切の抵抗がなく回転するはず。逆に超流動ではない場合、メタン分子は周りからの抵抗を受けてしまうので、回転速度が落ちることになるよね。メタン分子の理想的な回転速度は予測できるので、実験による測定値から超流動状態か否かを見分けることができるというわけ。
メタン分子はパルスレーザーを使うことで回転させることができる上に、回転速度はレーザー光が当たった時に現れる波長成分 (スペクトル) を調べることができるので、メタン分子は液体水素が本当に超流動状態を示しているのかを調べるのにうってつけというわけだよ。
実際に、既に超流動であることが知られている液体ヘリウムで実験してみると、メタン分子の回転速度から、液体ヘリウムが超流動になっているか否かを知ることができることが実証されたので、今度は液体水素で実験してみれば分かるんじゃない?という段階になったんだよね!
ブリティッシュコロンビア大学の大谷初季氏などの研究チームは、これらの研究を元にして、-272.25℃ (0.4K) の液体ヘリウムの中に、水素分子を1個ずつ入れた上で、メタン分子をパルスレーザーで回転させ、その速度から超流動になっているのか否かを測定する実験を行ったよ。
1個ずつ追加して効果を測定する実験は、水素分子が1個から20個の範囲までで行われたけど、精度良く測定が行えたのは18個までの範囲だったよ。そして、液体水素のほぼ100%が超流動である状態になったのは、水素分子の数が10個以上である場合であることが分かったんだよね。
しかし、1分子ずつ増やしたことで新たな発見もあったよ。例えば水素分子が10個から14個の範囲内では、理論的にも実測的にも全体が超流動状態だと見なされるんだけど、それでもメタン分子の回転速度は、若干引っかかりがあるかのように遅くなっていたんだよね。
これは、水素分子同士の相互作用を組み込むとうまく説明できる現象なんだけど、これまでの研究では見逃されていた性質でもあるんだよね。なので、メタン分子が引っかかりなく回転するという意味での、液体水素の超流動状態が現れるのは、水素分子が15個以上の場合である、と今回の実験から分かったよ。
また、水素分子の数が12個の場合には、水素分子同士の相互作用が特別な状態を満たし、液体水素であるにも関わらず固体っぽいふるまいをすることも分かったよ。これも理論計算で説明できるとは言え、分子が数えられるくらいの世界だと振る舞いが全く変化することを示す一例と捉えることができるよ。
そして予備的な測定結果として、水素分子が約100個という、今回の実験からすればかなり大きな塊になった場合も調べてみたよ。今のところの測定では、約100個の塊でも液体水素が現れることが示唆されているんだよね。超流動になっているかどうかまでは定かではないけど[注7]、メタン分子は再びこの種の測定に登場するかもしれないよ。
今回の実験結果により、半世紀前に予測されていた現象が確認され、液体水素はめでたく超流動を示す液体の仲間入りを果たしたよ。また、メタン分子はこの種の測定に威力を発揮するツールと言う点も再確認されたので、水素に限らず他の物質の測定にも登場するかもしれないんだよね。
これからの研究では、どれくらいの水素分子を用意すると超流動性が失われてしまうのか、あるいは固体になってしまうのか、というところが対象となるよ。もちろんこれらは基礎研究のうちに入るけど、この実験を繰り返すことで得られる情報は、一般社会にも還元される可能性があるんだよね。
水素と言えば、使い方次第でクリーンエネルギーになりうるとして注目されているよね?ただ使い方次第と書いた通り、現状では様々な課題もあるわけなんだけど、その1つが貯蔵や輸送が難しいという点にあるよ。水素分子はとても軽いので量子力学の効果が表れやすくて、身近で取り扱える量でも無視できない現象が起こるんだよね。
これによって困るのは、液体水素として貯蔵・輸送しようとする時に、漏れ (リーク) を防ぐのが困難だということ。これは本質的には、量子力学の効果として表れる位置の不確定性が、他の分子と比べても大きいという、中々に解決しがたい部分に関わってくるんだよね。
分子の個数が小さいと液体水素が現れ、しかも超流動を示す、という部分を正確に理解することは、数えきれないほど分子の個数が大きく、超流動が現れるよりずっと高温の液体水素であっても、そのふるまいを理解する手助けになる基礎的な情報を提供してくれるんだよね。
こんな風に、一見するとこれが分かると何がうれしいのかという研究も、そこで得られた基本的な情報が、思わぬ発展性の基盤になるかもしれない。そのための基本的な情報を教えてくれるのが基礎研究の面白さでもあるんだよね。
[注1] 超流動の流れ方
壁や天井を登る様子から、時々「重力を無視している」と表現されることはありますが、これは誤りです。超流動の液体が壁や天井を登るのは、液体を構成する分子同士に働く分子間力より、液体と壁や天井に対する分子間力の方が大きいという性質の表れによるものです。実際、無重量状態の液体ヘリウムは、容器に液面を形成せず、全ての壁に均等な厚みの膜を形成することから、液面が生じているのは重力の影響を受けている表れであることが分かります。 本文に戻る
[注2] 超流動の発見
ピョートル・カピッツァ、およびジョン・F・アレンとドン・ミゼナーのグループが独立して1937年に報告した内容を元に、超流動の発見者の功績は3氏に帰せられています。しかし、超伝導の発見者であるヘイケ・カメルリング・オネスは、超伝導を発見した1911年に液体ヘリウムの超流動を報告したとも言われています。 本文に戻る
[注3] 金属ガス
金属ガスと言っても、高温で生じる蒸気のことではありません。リチウムやルビジウムなど、一部のアルカリ金属は、原子数個から数十個のクラスターとして取り扱うことで、極低温でも気体のようにふるまう状態を示すことがあり、このことを指します。 本文に戻る
[注4] 超流動が予測される物質
中性子星の内部など、極端に高温高圧の環境では、原子核やその他のバリオン、あるいは素粒子の混合物が超流動を示すという予測があります。あまりにも極端な環境であるため今のところ実験ができず、予測の段階に留まります。 本文に戻る
[注5] ヴィタリー・ギンツブルク
超伝導に関する先駆的な研究で2003年にノーベル物理学賞を受賞していますが、超伝導と超流動はどちらも似たような理論的基盤があります。また、レフ・ランダウと共に提唱した超伝導に関する「ギンツブルグ-ランダウ理論」の功績でも知られていますが、そのランダウはヘリウム3の超流動の発見などの功績で1962年にノーベル物理学賞を受賞しています。 本文に戻る
[注6] 液体水素の限界
13.8Kという液体水素の限界は、正確には水素の三重点のことを指します。つまり (塊状の) 水素は7.041kPaの圧力で、13.8033K (-259.3467℃) の液体水素が現れます。 本文に戻る
[注7] 液体水素はどこまで超流動になるか
今回の実験で12個の水素分子クラスターが固体のようなふるまいを示したように、特別な数を満たした場合には振る舞いが変化する可能性があります。理論計算では、水素分子が26個、29個、32個、37個の場合では振る舞いが変化する可能性が予測されています。また、今回の実験で使われた水素分子は、正確には「パラ水素 (p-H2)」と呼ばれる、原子核 (陽子) のスピンが反対同士の組み合わせのものであり、もう1つのスピンが揃っている「オルト水素 (o-H2)」では状況が変わる可能性もあります。 本文に戻る
<原著論文>
<参考文献>
<画像引用元の情報> (必要に応じてトリミングを行ったり、文字や図表を書き加えている場合がある)