アホウドリもゾウもホッキョクグマも!? モビリティ技術へと変貌するバイオミメティクス

2024.07.31

これまで業界にわけてバイオミメティクス(生物を参考にしたモノづくり)の事例を紹介してきたが、今回はモビリティに着目する。

 

ここでいうモビリティ(Mobility)とは、人やものを移動させる機構のことを表す。たとえば車や電車、飛行機などである。

 

モビリティは多くの部品や要素技術によって支えられており、多様な技術が必要とされる。その分、バイオミメティクスが活用された技術や、開発中の技術もかなり幅広い。

とはいえ、普段の生活に深く関係する業界なので、他のバイオミメティクス事例にくらべて身近に感じられるかもしれない。

 

エネルギーを節約する、「渡り鳥の隊列飛行」

鳥が“Vの字”や“くの字”のような整った隊列を組んで飛んでいるのを見ると、きれいだなと少し感動するのだが、その形には実は意味がある。

 

“くの字”隊列になることで、前を飛ぶ鳥の羽の後に生じる上昇気流を、後ろの鳥が自身を浮かすのに利用しているのである。上昇気流はその名の通り下から上へ動いている気流なので、鳥たちはその上昇気流に乗ることで、体を浮かせるための羽ばたきを少なくすることができ、飛ぶエネルギーの節約になる。

 

渡り鳥であるハクガンの飛行を飛行機に活かす「fello'fly」という技術が、欧州の航空機メーカーAIRBUSで開発されている。

 

fello'flyは、近くを飛行する飛行機の間で位置情報を共有し、前方を飛ぶ機体の後ろに発生する上昇気流にうまく乗るように後方の機体の航空経路を調整する技術である。

 

航空機が飛んだ後に生み出される気流は、時間がたてば消えるのでこれまでは無駄になっていたが、消える前にその気流の力を再利用しようという、斬新なアイデアである。


なお、AIRBUSは他にもバイオミメティクス技術の開発に取り組んでおり、トラフズク、ホホジロザメ、アホウドリ、ハクトウワシなどの生物が着目されているそうだ。

 

今後、航空機業界のバイオミメティクスを牽引するかもしれず、個人的にとても注目している。

雪の上でも滑らないホッキョクグマ

ブリザック(BLIZZAK)というタイヤは、聞いたことがある人も多いだろう。株式会社ブリヂストンのスタッドレスタイヤである。実はこのスタッドレスタイヤは、ホッキョクグマとヤモリから発想されたそうだ。

 

雪が積もった時や水たまりが凍るような寒い日は、人間は滑って転ばないよう注意して歩く。

 

ホッキョクグマはどうだろう。氷の上を移動することが多いホッキョクグマがよく滑っていては話にならないので、滑らない仕組みが実は足の裏に隠されている。

 

ホッキョクグマの足の裏には直径1mm程度の粒状の凹凸があり、氷の上で滑る原因となる薄い水の膜をその凹凸で吸収することで、足と地面で摩擦をしっかり効かせて滑りにくくしている。足の裏にある毛も、水を吸い上げるのに役立っているそうだ。

 

このホッキョクグマの足裏の凹凸構造からヒントを得て、スタッドレスタイヤ『BLIZZAK』(ブリザック)が開発された。1988年に発売された製品である。

 

発泡ゴムの内部にある無数の気泡によってタイヤ表面に小さな凹凸がつくことで、ホッキョクグマの足裏と同様に水を吸収する仕組みとなっている。

 

さらに『BLIZZAK』の開発には、ヤモリの足も参考になっている。

ガラス面でも滑らずに移動でき、壁面との驚異的な吸着力を発揮するヤモリの足には、無数の毛が生えていて、その先端でさらに 細かく分割されたパッドのような構造となっている。その構造をヒントに、タイヤの表面にある細かな切れ込みが開発されたとのこと。

 

雪道を安心安全に車で移動できるのは、実は生物のおかげなのかもしれない。
ちなみに、同じくブリヂストンが開発する、月面探査機に使用されるタイヤにはラクダの足裏が参考にされたそうだ。

 

ゾウの頭蓋骨は軽くて丈夫

ゾウには、大きな耳と大きな牙、そして長い鼻がついている。頭部が重そうに見えるが、それらを持ち上げ歩いているのは改めて考えると不思議である。

 

実は、ゾウの頭蓋骨は空洞が多く、重くなるのを防いでいる。空洞は多いが、骨の壁を仕切りのように随所に配置することで、軽さと丈夫さを両立できる構造になっている。

 

自動車メーカーで有名なドイツのAudiは、その構造を参考に車を開発した。自動車の軽量化は燃費改善のための大きな課題であったが、スチールから単に材料をアルミに置き換えただけでは強度に課題が残るため、ゾウの頭蓋骨を参考にした設計で強度を確保している。

 

軽量と強度の両立に関しては、エネルギーを節約できるように進化してきた生物と通ずるものが多いのかもしれない。


最後に

他にも、有名な例だとハコフグを参考にした車や、フクロウの風切りばねを参考にした新幹線の消音技術が知られている。

 

最近でも、サハラギンアリの三角形の毛を参考にした内装材や、魚群を参考にした自動運転技術、マンボウの形態を参考にした旅客機など、多くのバイオミメティクス技術がモビリティ分野で誕生している。

 

今後バイオミメティクスの利用と発展がとても楽しみな業界である。

参考資料

AIRBUS. How a fello'fly flight will actually work

AIRBUS. Biomimicry: a fresh approach to aircraft innovation.

株式会社ブリヂストン. スタッドレスタイヤのスベらない話。しろくま編(くっつく性能のヒミツ).Bridgestone Blog.
株式会社ブリヂストン. スタッドレスタイヤのスベらない話。ヤモリ編(引っかく性能のヒミツ).Bridgestone Blog.
株式会社ブリヂストン. ブリヂストンの月面探査車用タイヤ.

Audi. Biomimicry. Innovaties met de natuur als inspiratie.

【著者紹介】橘 悟(たちばな さとる)

京都大学大学院 地球環境学堂 研究員
バイオミメティクスワーククリエイト 代表   

X(Twitter)では記事公開や研究成果の報告などバイオミメティクス関連情報を呟きます。
パナソニック株式会社の開発研究職を経て、2024年京都大学大学院人間・環境学研究科 博士課程修了。博士(人間・環境学)。高校への出前授業といった教育活動や執筆活動なども積極的に行い、バイオミメティクス関連テーマを多角的に推進する。
※参考「学びコーディネーターによる出前授業」
研究知のシェアリングサービスA-Co-Laboにてパートナー研究者としても活動中。バイオミメティクスの紹介や生物提案など相談可能。

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