ニキビ菌を遺伝子操作してニキビ菌を制する(1月9日 Nature Biotechnology オンライン掲載論文)

2024.01.31

細菌叢の研究が進むと、操作した細菌を用いて細菌叢やホストの反応を制御したいと誰もが考える。これまでのヨーグルトのような経験の積み重ねで開発したプロバイオのように、最初から効果をデザインしたプロバイオだ。

 

多くのバクテリアの遺伝子が解読されており、様々なベクターも開発されている現在、デザインした細菌を作ることは簡単そうに見えるが、実はこれが難しい。確かに、大腸菌をはじめとする一部の細菌については遺伝子操作の方法が開発されているが、我々が付き合っているほとんどの細菌では、ただエレクトロポレーションをしたぐらいでは遺伝子を導入できない。

 

本日紹介する論文

今日紹介するスペイン Pompeu Fabra 大学からの論文は、モデル細菌以外の遺伝子操作の困難がよくわかる研究で、1月9日 Nature Biotechnology にオンライン掲載された。

 

タイトルは「Delivery of a sebum modulator by an engineered skin microbe in mice(皮脂のモジュレーターをマウスの操作した皮膚細菌を介して供給する)」だ。

 

解説と考察

この研究で操作したのは、ニキビ菌(Cutibacterium acnes)で、ニキビ菌に皮脂分泌を抑える働きを付与して、ニキビ菌が増殖できない皮膚に変えるという戦略だ。要するに遺伝子操作したニキビ菌で普通のニキビ菌もともに増殖できなくしてしまおうという戦略になる。

 

このためにはまずニキビ菌に遺伝子導入する方法が必要になる。こういう場合、とりあえず膜に電気で穴を空けるエレクトロポレーションを用いるが、ニキビ菌の場合これだけでは遺伝子導入できない。そのため、エレクトロポレーションに用いる緩衝液から検討し、なんとか遺伝子導入出来るところまで来ている。

 

次の難関は、ホストの防御機構で、プラスミドがホストと同じメチル化パターンを持っていないと導入したい遺伝子がすぐ壊される。そこで、大腸菌にニキビ菌のDNAメチル化システムを導入して、ここでプラスミドもメチル化した後、ニキビ菌に導入する方法を開発している。

 

これに加えて、細胞壁を弱める溶液を開発して、最初から比べると1200倍という遺伝子導入効率を達成している。

 

その上で、操作ニキビ菌の安全な選択をするため、通常の抗生物質抵抗性選択法に加えて、チミジンキナーゼ遺伝子をノックアウトしてFUDR分子でこの細菌だけ増殖させられるようにしている。

 

ここまではニキビ菌の遺伝子導入法の開発で、ようやく次にニキビ菌を用いたニキビの治療法に進める。ニキビ菌は皮脂腺から分泌される皮脂を栄養として増殖し、炎症を起こす。このため、よほどひどい場合レチノイド薬イソトレチノンが使われる。勿論この薬剤は催奇形性があり、さらに皮膚の落屑が起こる。

 

この薬剤がニキビに効果を示すのは、抗炎症作用もあるが、ゲラチナーゼ分泌を促進して皮脂の量を減らす効果があるからだ。そこで、ゲラチナーゼだけをニキビ菌に組み込めば、皮脂の分泌を低下させ手、ニキビ菌全体の増殖が下がると期待できる。

 

このためには、最も遺伝子発現が高いプロモーターを選ぶ必要がある。その上でゲラチナーゼを組み込んだニキビ菌を作成、マウス皮膚に移植すると、期待通り毛根内に潜り込んで、皮脂の分泌を抑えることが明らかになった。

 

まとめと感想

結果は以上で、この方法だと操作ニキビ菌の増殖も低下するので、ニキビを抑えることが出来ても、また再発する心配はある。ただ、モデル以外の細菌の操作の困難がよくわかる論文だと思う。

著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

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