著者紹介:西川 伸一
京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。
【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。
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IL-27 のように、ガンや感染に対するキラーT細胞の活性を長続きさせるための様々なシグナルが探索されている。ただ、そのシグナルによって細胞内に引き起こされる過程についての研究は簡単ではない。基本的には様々なシグナルによって転写される遺伝子レパートリーが変化するが、それと同時に代謝も大きくリプログラムされる。
CONTENTS
本日紹介する論文
今日紹介する米国ソーク研究所からの論文は、転写と代謝がエピジェネティックな機構を介して密接に統合されていることを示した研究で、2月7日号の Science に掲載された。
タイトルは「Nutrient-driven histone code determines exhausted CD8 + T cell fates(栄養素により誘導されるヒストンコードがCD8T細胞の疲弊を決定する)」だ。
解説と考察
タイトルを見ると栄養素を変えるとT細胞のプログラムを変えられると受け取ってしまうが、この研究が最初に調べたのは、これまでも何度も紹介してきたT細胞の刺激が続くと、T細胞の反応を落とし疲弊させるプログラム (Tex) が誘導される現象で、いかにエフェクターT (Tef) を維持し、Tex を抑えるかの方策を探っていた。
両者の転写を比べる実験から、acetyl-CoA synthetase2 (ACSS2) の発現が Tex で低下することを発見する。ACSS2 は酢酸から Acetyl-Co Aを合成する酵素で、acetyl-CoA合成にはもう一つATP-citrate(ACLY)によるグルコース由来のクエン酸からの経路が存在するので、通常気にしないのだが、著者らはこれに興味を抱いた。そして様々な実験を重ねて、この変化の上流や下流を詳しく調べているが、複雑なので全てすっ飛ばして結果だけを箇条書きにする。
まとめと感想
以上が結果で、代謝と転写が極めて複雑に関わっていることを見事に示した力作だと思う。
ただ、この研究はこれまで紹介してきたキラー活性維持研究を深く理解するためにも重要なヒントを示してくれる。例えば、試験管内でキラー活性を維持するためにはグルコースの利用を抑えるといいことがわかっているが、この結果から ACLY 経路を高めてしまった結果と言える。しかし代謝はややこしく、いつも頭が混乱する。