おせち料理の「田作り」 なんの魚か知ってる?

2024.01.02

 おせち料理には、新年を祝い、今年一年が良い年になるように願いを込めた海産物が入っている。田作りもその1つだ。

 株式会社紀文食品が20~60代の主婦7015名に対して調査した「2021年好きなおせち料理ランキング」では、田作りは第14位だった。飯島ら(2006)の調査では、田作りは近畿地方や東海地方での喫食率が高く、これらの地方より東北もしくは西南にいくほど低下する傾向があったことが報告されているが、皆さんのおせち料理に田作りは入っていただろうか?

 今回は、そんな「田作り」について語っていく。

 

 

田作りのメイン素材「カタクチイワシ」

 田作りはカタクチイワシの幼魚を乾燥させたものを指し、おせち料理ではそれを炒って、醤油・砂糖・みりんを煮詰めたもので食べられる。その昔、田んぼの肥料に乾燥したカタクチイワシを使ったところ豊作になり、大量の米が収穫できたことから、田を作ることに掛けて、五穀豊穣を願い、この名で食べられるようになったという。私も田作りは子供の頃から食べてきたので、馴染みが深いおせち料理の一品だ。

 

 そんな田作りのメイン素材になっているものが、既に上述したカタクチイワシだ。私がスーパーで買った田作りにも、原材料名として国産のカタクチイワシと書かれているが、本当だろうか? やはり本物かどうか確かめたくなるのが分類学者のサガである。

 

 カタクチイワシはニシン目カタクチイワシ科カタクチイワシ属に属する魚類……ん? フグ目マンボウ科マンボウ属マンボウと似たような分類状況だな。日本近海ではカタクチイワシ以外のカタクチイワシ属はいない。近縁のタイワンアイノコイワシ属との識別点は、「腹部に稜鱗りょうりん(アジ類などの体後部にある中央に見られる鋭い棘を持つ大きな鱗)が無いこと」である。実際に確かめてみよう。

 

 

スーパーで買った田作りは本当にカタクチイワシなのか

 青沼・柳下(2013)による識別点の腹部を観察してみる。目立った大きな鱗は見られない。つまり、稜鱗りょうりんは無いと思われる。しかし、この田作りは全長5 cm前後の幼魚ばかりだったので、成魚の分類形質が当てはまるかちょっと不安……いろいろ探してみると、上田・守岡(2007)に全長約6 cmのカタクチイワシとタイワンアイノコイワシを比較した写真があった! これを見ると、腹部の稜鱗の他に、吻端の突出具合で識別できるようだ。カタクチイワシは上顎が下顎より著しく突出している一方、タイワンアイノコイワシの上顎はそれほど突出していない。田作りの個体は吻が著しく突出しているので、カタクチイワシでよさそうだ。



 一方、日本産タイワンアイノコイワシ属にはタイワンアイノコイワシの他に、シロガネアイノコイワシとミズスルルがいて、この2種は上顎が下顎より著しく突出しカタクチイワシとよく似るのだが、稜鱗りょうりんがあるため、田作りの個体はやはりカタクチイワシと判断してよさそうだ。

 

 実際のところ、カタクチイワシとタイワンアイノコイワシ属はよく似ているので、漁獲現場で区別されずに混じったまま乾物になっているようなので、気付かずに食べているかもしれない。味もよく似ているようなので、気にする人もいないだろう。

 

 

カタクチイワシに関する研究斜め読み

 カタクチイワシは主要な食用魚なので、これまでに多数の研究がなされている。比較的最近の文献を斜め読みしてみた。

 

 カタクチイワシの分布は日本各地、北はカムチャッカ半島南部から南はインドネシアのスラウェシ島あたりまで。沿岸域の表層で大きな群れを作り、沖合でも見られることがある。

 

 成魚は標準体長15 cm前後。食性は主にカイアシ類。

 

 カタクチイワシは1950~1960年代では資源量が多かったが、1970~1980年代では少なくなり、1990年以降は多いようだ。カタクチイワシが多い時はマイワシが少なく、マイワシが多い時はカタクチイワシが少なくなるという魚種交代現象が確認されている。

 

 カタクチイワシは産卵期が長く、太平洋側ではほぼ周年仔魚が出現する。これはありがたいことだ。よく、アーモンドと小魚がセットになった小袋を見るが、あの小袋の小魚の正体は大体カタクチイワシなのだ。普段気付かないところで、カタクチイワシはカルシウム摂取役として、我々の健康を支えてくれているのである。

 

 インターネットで検索すると、カタクチイワシを飼育している水族館は結構多いようだ。たまにはおせち料理の食材に注目し、その恵みに感謝して思いを馳せるのも良いのではないだろうか。

 

 

今日の一首

 田作りは
  おせち料理の
   準主役
    カタクチイワシ
     カルシウム役

参考文献

飯島久美子・小西史子・綾部園子・村上知子・冨永典子・香西みどり・畑江敬子.2006.年越し・正月の食習慣に関する実態調査.日本調理科学会誌,39(2): 154-162.

上田幸男・守岡佐保.2007.南方系魚類リュウキュウヨロイアジとタイワンアイノコイワシの来遊.徳島水研だより,(60): 1-3.

安江尚孝.2010.紀伊水道東部海域におけるカタクチイワシシラスの生態と漁業管理に関する研究.和歌山県農林水産総合技術センター水産試験場特別研究報告,(6): 1-42.

青沼佳方・柳下直己.2013.カタクチイワシ科.中坊徹次(編),pages 302-304, 1812-1813.日本産魚類検索 全種の同定 第三版.東海大学出版会,神奈川.

藤本麻里子.2017.田作りはマングローブ林作り.In: 田中樹(編)フィールドで出会う風と人と土.総合地球環学研究所「砂漠化をめぐる風と人と土」プロジェクト,京都,pp. 71-74.

本村浩之.2023.日本産魚類全種目録.これまでに記録された日本産魚類全種の現在の標準和名と学名.Online ver. 22.

【著者情報】澤井 悦郎

海とくらしの史料館の「特任マンボウ研究員」である牛マンボウ博士。この連載は、マンボウ類だけを研究し続けていつまで生きられるかを問うた男の、マンボウへの愛を綴る科学エッセイである。

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