「演技」の脳科学:その心理学的メカニズムと教育効果とは?

2023.10.18

人間は他の動物にはできないことを色々とやってのけるが、その中の一つに「演技」がある。しかし、演技をしている時には脳の中では何が起こっているのだろうか。今回の記事では演技に関わる心と脳の働きについて紹介したい。

本記事の結論としては、以下のとおりである。

・演技ではコミュニケーション能力と意識調整能力が求められる。
・具体的には、心の理論、共感能力、自己意識抑制能力、意識の分割である。
・心の理論には右側頭頭頂接合部、共感能力にはミラーニューロンネットワーク、自己意識抑制には内側前頭前野、意識の分割には楔前部けつぜんぶが関わる。
・演技訓練を通じてコミュニケーション能力を高められる可能性がある。

では、その理由とメカニズムを述べていこう。


演技に関わる心理的機能と脳領域

演技ではコミュニケーションに関わる能力が求められる。一つは「心の理論」と呼ばれるもので、理詰めで他人の心を理解するものである。

役を演じるためには、その心を理解する必要がある。どんな背景で育ってきたのか、どんな性格なのかを理解することで役柄に沿った演技をすることが出来る。

 

もう一つは共感能力である。私達の心は相手と同調するようにできている。相手が笑っていたら自然と自分も楽しくなるし、相手が怒っていたら自分の機嫌も悪くなる。この同調作用を通じて相手の気持ちを感じ取ることが出来る。舞台では場の空気を読むことが求められるため、共感能力が重要になってくる。

 

また演技では、自己意識を調整する能力も求められる。一つは自己意識の抑制である。役になりきるためには素の自分を抑える必要がある。実際、役者は演じている時には自分が消える感覚があるという。

もう一つは「意識の分割」である。これは役柄としての意識と、その意識をコントロールする意識の2つが同時に立ち現れる現象である。この意識の分割があるおかげで、役者は役柄としての自分を暴走させることなく役を演じきれるという。

 

このように演技する上では様々な心理的能力が求められるが、その背景となる脳の仕組みにはどのようなものがあるのだろうか。


演技に関わる脳の仕組み

「心の理論」に関わる脳領域には様々なものがあるが、その中でも重要なものに右側頭頭頂接合部がある。この領域の主な機能はシミュレーションであると考えられている(田中と諸富, 2014年)。

英語では相手の気持を推し量るのに「人の靴を履いてみる」ということわざがある。これは相手の立場に立って物事を感じてみるということで、いわば他人の視点のシミュレーションである。実際に他者の信念を推測させるような課題では、この右側頭頭頂接合部の活動が増加することが報告されている。

 

また共感能力に関わる仕組みとしてはミラーニューロンネットワークがある。笑っている人の顔を見ると自分の口角が上がることがあるが、それができるのはこのミラーニューロンネットワークのおかげである。ミラーニューロンネットワークは見た情報(視覚情報)を身体の動き(運動情報)に変える働きがある。そのおかげで相手の身体感覚を我が身のように感じることも出来る。

 

自己意識と関連する脳領域としては内側前頭前野がある。自分が自分であるという感覚は自己主体感と呼ばれるが、内側前頭前野は自己主体感の高まりとともにその活動が増加する。後に紹介するが、演技を行っている時にはこの領域の活動が低下することが報告されている(Brownら, 2019年)。

 

さらに意識の分割と関連する領域としては楔前部けつぜんぶがある。この領域はトップダウン的な注意に関わることが知られている(Lückmannら, 2014年)。

注意には大きく分けて2つの種類がある。一つはトップダウン的な注意で、誰かを探すような時に働く意識的な注意である。もう一つはボトムアップ的な注意で、魅力的な異性などが現れた時に自然に立ち起こる無意識的な注意である。

演技を行っている時には自己を見つめ続ける自己が現れるが、これは、いわばトップダウン的な注意であり、楔前部が関わることが考えられている(Brownら, 2019年)。

 

演技に関わる生理学的研究

このように演技には様々な脳領域が関係していることが考えられているが、これを裏付けるような研究もいくつか報告されている。

 

スティーブン・ブラウン博士らの研究グループは演劇学科学生を対象に、演技している時の脳活動について詳しく調べている。この実験では被験者に様々な社会的状況に関する質問(「招かれていないパーティーに行きますか?」、「恋に落ちたら親に伝えますか?」など)を行い、素の自分、もしくはロミオ/ジュリエットとして回答させ、その時の脳活動をfMRIで調べている。

 

興味深いことに、ロミオまたはジュリエットとして回答した時には、内側前頭前野と楔前部での脳活動に大きな違いが見られたことが示されている。ロミオまたはジュリエットを演じている時には内側前頭前野の活動が大きく低下し、楔前部の活動が大きく増大したというのだ(Brownら, 2019年)。

 

つまり演技を行っている時には自己意識に関わる脳活動が抑えられ、トップダウン的な注意に関わる脳活動が増加するということになる。

Brownら, 2019年, Figure 2.を参考に筆者作成

 

また演技訓練で心の状態や身体の感じ方が変わることを示した研究もある。この研究では被験者に演技訓練で使われる3つのエクササイズを行わせ、その前後で覚醒レベルや快さ、心理的な身長の高さがどのように変化するかを調べている。

ちなみに実験で用いた訓練は以下のものとなる。

中立エクササイズ:頭に風船があるのをイメージし、それに引っ張られるような感じで背筋が伸びるものをイメージする。そのままリラックスした状態で部屋の中を歩き回る。

拡張エクササイズ:身体の中に放射状に広がるエネルギーをイメージし、身体を伸ばし、部屋の中を自分の体で充満させるように動き回る。

収縮エクササイズ:四方から空間的に圧迫を受ける様子をイメージし、身体が縮め、圧迫から逃れるように部屋の中を移動する。

 

結果としてはこれらのエクササイズを行うことで覚醒レベルや快さが変化すること、またこれらの感情的な変化が大きいほど、主観的な自分の身体の高さも大きくなることが示されている(Oleninaら, 2019年)。

Oleninaら, 2019年 FIGURE3を参考に筆者作成

 

演技の教育効果

このように演技は様々な脳活動を引き起こすが、近年では、演技訓練を教育に応用する取り組みも行われている。

ある研究では、6歳の子供に6週間演技のレッスンを行うことで、心の理論に関わる能力が高まったことも報告されており(Schellenberg, 2004年)、自閉症スペクトラム障害児に演技のレッスンを行う取り組みも数多く行われている(McDonaldら, 2020年)。

 

また成人を対象にした研究では、6週間の演技訓練に参加することで想像性と心理的幸福感が高まることも報告されている(Schwenkeら, 2020年)。

 

まとめ

では、改めてここまでの内容をまとめてみよう。

・演技ではコミュニケーション能力と意識調整能力が求められる。
・具体的には、心の理論、共感能力、自己意識抑制能力、意識の分割である。
・心の理論には右側頭頭頂接合部、共感能力にはミラーニューロンネットワーク、自己意識抑制には内側前頭前野、意識の分割には楔前部が関わる。
・演技訓練を通じてコミュニケーション能力を高められる可能性がある。

 

演技をする場は何も舞台やカメラの前というわけではない。生きることは何かしらの役柄を演じることであり、人生とは延々と続く即興劇に参加し続けることでもある。与えられた役柄に乗っ取られることなく、きれいに演じきって、良い幕引きを迎えたい。

 

【参考文献】

Brown, S., Cockett, P., & Yuan, Y. (2019). The neuroscience of Romeo and Juliet: an fMRI study of acting. Royal Society open science, 6(3), 181908. 

Lückmann, H. C., Jacobs, H. I., & Sack, A. T. (2014). The cross-functional role of frontoparietal regions in cognition: internal attention as the overarching mechanism. Progress in neurobiology, 116, 66–86. 

McDonald, B., Goldstein, T. R., & Kanske, P. (2020). Could Acting Training Improve Social Cognition and Emotional Control?. Frontiers in human neuroscience, 14, 348. 

Olenina, A. H., Amazeen, E. L., Eckard, B., & Papenfuss, J. (2019). Embodied Cognition in Performance: The Impact of Michael Chekhov's Acting Exercises on Affect and Height Perception. Frontiers in psychology, 10, 2277. 

Schellenberg E. G. (2004). Music lessons enhance IQ. Psychological science, 15(8), 511–514. 

Schwenke, D., Dshemuchadse, M., Rasehorn, L., Klarhölter, D., & Scherbaum, S. (2021). Improv to improve: The impact of improvisational theater on creativity, acceptance, and psychological well-being. Journal of Creativity in Mental Health, 16(1), 31–48. 

田中見太郎,諸冨隆. (2014). 右半球側頭・頭頂接合部における誤信念理解のためのシミュレーションの可能性. 心理学評論, 57(2), 175-199. 

著者紹介:シュガー先生(佐藤 洋平・さとう ようへい)

富山大学大学院 生命融合科学教育部 認知情動脳科学専攻 後期博士課程 修士(健康科学)
筑波大学にて国際政治学を学んだのち、飲食業勤務を経て、理学療法士として臨床・教育業務に携わる。人間と脳への興味が高じ、畿央大学大学院へ進学、脳波を用いた研究に携わる。現在富山大学大学院博士課程で
コミュニケーションに関わる脳活動の研究を行う。
2012年より脳科学に関するリサーチ・コンサルティング業務を行うオフィスワンダリングマインド代表として活動。研究者から一部上場企業を対象に学術支援業務を行う。
研究知のシェアリングサービスA-Co-Laboにてパートナー研究者としても活動中。
日本最大級の脳科学ブログ「人間とはなにか? 脳科学 心理学 たまに哲学」では、脳科学に関する情報を広く提供している。

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