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化石にはロマンがある。かつてこの地球上に誕生し、我々人類が文明を築く前に滅びていった生物達。その在りし日の姿は、今や化石でしか知ることができない。化石とは、「人類が歴史を刻む前の地層」に残された動植物の遺骸や遺跡などである。なので、例えば、貝塚から出土した動植物の遺骸は化石に該当しない。
本日、10月15日は日本古生物学会が化石や古生物学の認知度を高めるために制定した「化石の日」だ。その由来は、日本古生物学会のシンボルマークになっている異常巻きアンモナイト Nipponites mirabilis が新種記載された日であることにちなんでいる。
「化石の日」で思い出すのが、今から9年前の話だ。私はマンボウ類の化石を探しにいったことがある。結果的には見つけるどころか発掘作業もできずに撤退したのだが、私が探しにいったマンボウ類の化石はこれまで世界でたった1つしか見つかっておらず、しかもその発掘地は、なんと日本なのである。今回はそんな、超レアなマンボウ類の化石についてお伝えしたいと思う。
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私もマンボウ類の研究を始めるまで知らなかったのだが、実はマンボウ類にも化石がある! 全身が残っているマンボウ類の化石はまだ発見されていないようだが、マンボウ類の特徴である長く伸びた背鰭と臀鰭、それらの鰭から続く舵鰭が遺された化石が海外で見つかっている。
化石種は現生種と形態が少し異なっているため、既に絶滅した種と考えられているが、マンボウ類の化石は私にとって非常にロマンがあるものだ。
ほ、欲しい……!
日本ではマンボウ類の化石を見付けることはできないのだろうか? かつて存在したマンボウ類に想いを馳せ、いろいろ文献を漁っていると、なんと日本で発見されているマンボウ類の化石があった! しかもその化石は世界でたった1つしか見つかっていないという、超レアな化石だった!
日本で発見され、世界でたった1つしか見つかっていないマンボウ類の化石。それが、絶滅種 †チチブクサビフグ Ranzania ogaii である(絶滅種は学名など名前の前に短剣符を付けることがある)。チチブクサビフグの化石は、頭部の一部、脊椎骨、背鰭と臀鰭の担鰭骨からなる不完全な標本だ。ホロタイプは国立科学博物館に保存されているが、おそらく研究者じゃないと実物を観察することはできない。しかし、チチブクサビフグの化石のレプリカが埼玉県立自然の博物館に展示されているので、どんな化石だったのか雰囲気を観察することはできる。
Uyeno and Sakamoto (1994) によると、化石は、柳大橋近くの埼玉県秩父市落合(合併後の現在は秩父市久那)の古秩父湾堆積層(中期中新世の平仁田層)から産出した。埼玉県は海が無い県だが、約1550万年前には古秩父湾と呼ばれる海があった。そこは他にも埼玉県天然記念物に指定されたチチブサワラ骨格化石などが産出している。
チチブクサビフグの和名の由来は、そのまま秩父で産出したことが由来であろう。チチブクサビフグの属名 Ranzania は現存するクサビフグ属の属名であり、種小名 ogaii は化石提供者の尾ヶ井清彦氏への献名である。現存するクサビフグ属はクサビフグ Ranzania laevis 1種とされているが、昔はクサビフグ属にも複数種がいたようだ。
(チチブクサビフグは、他のクサビフグ属の化石種やクサビフグと鱗の形状が異なるとして新種記載された。どういう風に違うのかという説明は難しいので、気になった方は参考文献のリンクにある Uyeno and Sakamoto (1994) の論文を直接見て欲しい。論文にはチチブクサビフグのホロタイプの化石標本の写真も載っている。)
チチブクサビフグの化石はまだ世界で1つしか産出されていない。しかし、同じ産地で発掘すれば新たな化石を手に入れられるかもしれない! そう考えた私は、9年前の2014年10月に、知人と現地に化石掘りに行ったことがあった。
現地に向かうと、秩父鉄道の電車内にはチチブクサビフグのパネルが(※写真は2014年時)!!! 秩父もチチブクサビフグの貴重さをわかっているようだ。
論文の情報から地図を事前に調べると、発掘場所は影森駅から近いようだ。化石発掘は全くの初心者であったが、化石発掘に必要なハンマーとタガネ、軍手、目を覆うメガネなどはネットで調べて購入しておいた。あとはビギナーズラックを信じて現場で掘るだけだ!
論文によると、現場は川の近くのようだ。場所を間違わないように慎重に現場に向かう。
対岸に到着してみると、現場は結構木々が生い茂っている場所だった。この時点で何だか嫌な予感を感じていたのだが、橋を渡ってぐるりと現場に近付いてみる。
ゲームオーバーである。発掘現場に到着するには、この木々が生い茂る崖を降りなければならない。まさかこれほど容易に行けない場所で発掘されていたとは! さすが世界で一つしか見つかっていない化石なだけある。うわーん、初心者には厳しい。無理して怪我をしても地域に迷惑をかけてしまう。残念ながら現場に行くことは断念した。
しかし、せっかく秩父までやって来たのに何もしないまま帰るのも勿体ない! いや、もしかしたら違う場所に行くことこそ、神の導きかもしれない! そう考えた我々は、とりあえず川に近付ける場所を探した。幸いにも川沿いに出ることができ、粘土層ぽい場所にタガネを立ててトントンしてみた。お! 化石発掘ぽい!
喜んでやっていると、すぐ手が痛くなった。
数時間川沿いをあちこち歩き回って発掘ぽいことをしてみたが……魚の骨や鱗のような化石は全く見付からなかった。人生そんなに甘くはなかった。調査も同様である。
一応、名前の分からない貝の化石(?)は見つかった。論文の発掘現場付近には実際に化石(?)があるということを実体験できただけでもヨシするか、と思うことにして、この時は帰った。いつかまたリベンジしたいとは思う……が、その機会は訪れるだろうか……?
【注意】
なお、私が川沿いで地面をトントンした場所は秩父市久那だが、同じ秩父市の下吉田にある「取方の大露頭」と大野原の「大野原パレオパラドキシア化石産地」は、産地周辺の場所自体が2016年3月1日から天然記念物に指定されている。それらの場所では発掘許可が必要な可能性があり、注意が必要だ。
今日の一首
埼玉に
世界唯一
化石ある
チチブクサビフグ
発見困難