怒りの脳科学:怒りの仕組みとその付き合い方

2023.09.19

怒りは扱いが難しい。人を傷つけることもあれば、自分の身を守ってくれることもあるからだ。あるチベット僧は「怒りとどう向き合うべきか?」と聞かれて「抑えつけてはいけない。しかし流されてもいけない」と答えたという。しかし、私達俗人はこの怒りとどう向き合っていけばいいのだろうか。今回の記事ではこの怒りについて考えてみたい。

 

怒りの心理学

怒りの定義

怒りには大きく分けて4つの側面がある(湯川, 2008年)。ひとつは認知的な側面である。相手が待ち合わせに遅刻したらイラッとするかもしれないが、もし相手が事故に巻き込まれたのを知っていたら怒らないだろう。怒りは自然に湧いてくるようなものではない。そこには必ず認知的な判断が働いている。もう一つは生理的な側面である。怒っている時には、血圧は上がり、息は荒くなり、毛は逆立ち、眼はランランとする。さらには怒りには進化論的な側面もある。進化心理学の考え方では、感情には何かしらの意味がある。不安感は危ない状況で生き延びることを助けてくれるし、恋心は生殖確率を高めてくれる。そして怒りには自分のテリトリーを守ったり広げたりする役割がある。また怒りには社会的な側面もある。社会には、盗んではいけない、遅刻してはいけないなどのルールがある。怒りにはこれらのルールを守らせ、社会秩序を維持する役割もある。このように怒りには、認知的、生理的、進化論的、社会的な側面があり、それぞれが関係しあっている。

このような背景を踏まえて、白鴎大学の湯川進太郎教授は、その著書の中で、怒りを以下のように定義している。

怒りとは「自己もしくは社会への、不当なもしくは故意による(と認知される)、物理的または心理的な侵害に対する、自己防衛もしくは社会維持のために喚起された、心身の準備状態」である(湯川, 2008年)。

怒りと攻撃

怒りと攻撃は似ているようで同じではない。なぜなら、怒りは攻撃以外にも様々な行動を引き起こすからだ。例えば怒りを感じてもグッと我慢することがあるかもしれないし、問題を解決すべく相手と交渉したり、誰かに相談したりするということもあるかもしれない。

さらには怒り以外の感情も攻撃を引き起こす。不安や恐怖が原因で攻撃することもあれば、利益を得るために計算づくで攻撃することもある。このように、怒りは攻撃を引き起こすことはあるものの、心理学的には、必ずしも、怒り=攻撃ではない(湯川,2008年)。

怒りの評価

以下に示す質問表では、怒りへの対処を評価することが出来る。具体的には怒りでどの程度攻撃をしてしまうのか、怒りをどれほど抑制しているのか、怒りにどれほど罪悪感を感じるのか、さらには怒りをどれほど適切に伝えることが出来るのかといった内容である(大竹ら, 2000年)。それぞれの項目について、全くない(0点)、 ときどきそうだ(1点)、たいていそうだ(2点)、 ほとんどいつもそうだ(3点)の4点法で回答する。

日本版 Müller Anger Coping Questionnaire (MAQ)

I  怒り表出(7項目)

・机や物を叩いて怒りを表す
・かっとすると物にあたる
・怒った時にはドアをバタンと閉める
・腹を立てるとひどいことを言う
・怒ると声が大きくなる
・頭にくると言葉が悪くなる
・本当に頭にくると歯止めがきかなくなる

 

II 怒り抑制(6項目)

 ・嫌な人だと思われたくないので腹を立てていることを言わない
・腹を立てることが多いが人は気づいていないと思う
・頭にくることがあっても怒りを表さないようにしている
・他の人よりも怒りすぎないようにしている
・腹を立ててしまうことがあるが抑えようと思っている
・人に敵意を持つことがあっても表さないようにしている

 

III 罪悪感(6項目)

・怒りを爆発させると後で悔やむ
・怒りを表に出すと罪悪感を感じる
・怒りを表したことをよくないことだと感じる
・かっとしていた時に考えたことを後で思うと恥ずかしい
・嘘をつくと良心の呵責を感じる
・よくないことをすると心が責められる

 

IV 怒り主張性(4項目) 

・誰かに腹を立てたらその人に伝えることが出来る
・腹を立てたらそのことをその人に言うことができる
・誰かに腹を立てたらその人に自分の気持ちを伝える
・誰かに腹を立てた時に、その場にふさわしい表現ができる

 

ちなみに大学生を対象にした評価での平均点は、以下の通り。

怒り表出:男子 9.11点、女子8.08
怒り抑制:男子 10.22点、女子8.05
罪悪感 :男子 9.90点、 女子9.43
怒り主張性:男子 5.48点 女子5.06

 

私の点数は概ね平均点だったが、罪悪感だけが飛び抜けて高く15点であった。良心過剰であまり経営には向いてないのかもしれない。

脳科学から考える怒りの仕組み

怒りに関連する脳領域は非常に多いが、その中でも重要なものとして、後頭葉、扁桃体、腹内側前頭前野、前頭葉がある。

怒りを引き起こす情報は視覚野のある後頭葉に伝えられ、その情報は腹内側前頭前野と扁桃体に伝えられる。

(Richardら, 2022年 fig. 3を参考に筆者作成)

 

扁桃体は、ある情報を怒り情報として認識し、それを前頭葉に伝え、具体的な怒りに関連する行動(攻撃行動など)を引きおこす。しかし腹内側前頭前野は怒りのコントロールに関わっており、この領域が働くことで、怒りの反応を抑制できると考えられている(Richard, 2022年)。

怒りとうまく付き合うには

怒りとうまく付き合うためにはどうすればよいのだろうか。脳科学的には怒りのコントロールには腹内側前頭前野が関わっていることが報告されている。そしてこれを裏付けるようにいくつかの方法では、腹内側前頭前野の働きを高め、怒りの感情や攻撃行動を弱められることが報告されている。一つはマインドフルネス瞑想による怒りのコントロールである(Rahrig, 2021年)。この研究では被験者に2週間のマインドフルネス瞑想を行わせることで、怒りが誘発された時の腹内側前頭前野の活動が高まることが報告されている。もうひとつの方法は認知的再評価である。認知的再評価とは、ものの見方を変えて怒りを和らげるような方法である。例えば、失礼な行動を取る人がいても、相手には心の傷があるせいかもしれないと考えれば自分の怒りを和らげることもできる。ドイツの神経心理学者、ヘルマン博士らの研究グループは、認知的再評価が怒りと脳活動がどのように変化するかについて調査している。結果として認知的再評価を行うことで怒りを誘発するようなイベントにおいて腹内側前頭前野の活動が増加し、ネガティブな感情も軽減したことが報告されている(Hermann, 2016年)。また腹内側前頭前野に電気刺激(tDCS:経頭蓋直流電気刺激法)を与えることでも怒り感情を抑制できることも報告されている(Gilam, 2018年)。

まとめ

ではここまでの内容をまとめてみよう。

・怒りには、認知的、生理的、進化的、社会的側面がある。

・怒りとは、自分や社会を脅かすものに対して立ち向かおうとする身体的・心理的状態である。

・怒りのコントロールには腹内側前頭前野が関わっている。

・瞑想や認知的再評価を行うことで腹内側前頭前野の活動を高めることが出来る。

さて、では実際、私達は怒りとどのように関わっていくのがいいのだろうか。先に述べたように怒りは必ずしも攻撃行動を伴うものではない。それは相手との交渉という形を取ることもあれば、相談という形を取ることもある。マハトマ・ガンディーは不服従・非暴力運動でインド独立を勝ち取り、その精神は黒人解放運動のキング牧師にも伝えられたという。人間と他の動物の違いがどこにあるかといえば、人間は「いまここ」を離れ、遠い未来に生きることが出来る点である。人間に生まれついたのは一つの役得である。遠い未来を輝かせるよう、怒りを美しく使いたい。

【参考文献】

Gilam, G., Abend, R., Gurevitch, G., Erdman, A., Baker, H., Ben-Zion, Z., & Hendler, T. (2018). Attenuating anger and aggression with neuromodulation of the vmPFC: A simultaneous tDCS-fMRI study. Cortex; a journal devoted to the study of the nervous system and behavior, 109, 156–170.

Hermann, A., Kress, L., & Stark, R. (2017). Neural correlates of immediate and prolonged effects of cognitive reappraisal and distraction on emotional experience. Brain Imaging and Behavior, 11(5), 1227–1237.

Rahrig, H., Bjork, J. M., Tirado, C., Chester, D. S., Creswell, J. D., Lindsay, E. K., Penberthy, J. K., & Brown, K. W. (2021). Punishment on pause: Preliminary evidence that mindfulness training modifies neural responses in a reactive aggression task. Frontiers in Behavioral Neuroscience, 15, Article 689373.

Richard, Y., Tazi, N., Frydecka, D., Hamid, M. S., & Moustafa, A. A. (2022). A systematic review of neural, cognitive, and clinical studies of anger and aggression. Current psychology (New Brunswick, N.J.), 1–13. Advance online publication.

大竹恵子, 島井哲志, 曽我祥子, 宇津木成介, 山崎勝之, 大芦治, ... & 安藤明人. (1999). 日本版 Müller Anger Coping Questionnaire (MAQ) の作成と妥当性・信頼性の検討. 感情心理学研究, 7(1), 13-24.

湯川進太郎(編)(2008)怒りの心理学 怒りとうまく付き合うための理論と方法 有斐閣

著者紹介:シュガー先生(佐藤 洋平・さとう ようへい)

富山大学大学院 生命融合科学教育部 認知情動脳科学専攻 後期博士課程 修士(健康科学)
筑波大学にて国際政治学を学んだのち、飲食業勤務を経て、理学療法士として臨床・教育業務に携わる。人間と脳への興味が高じ、畿央大学大学院へ進学、脳波を用いた研究に携わる。現在富山大学大学院博士課程で
コミュニケーションに関わる脳活動の研究を行う。
2012年より脳科学に関するリサーチ・コンサルティング業務を行うオフィスワンダリングマインド代表として活動。研究者から一部上場企業を対象に学術支援業務を行う。
研究知のシェアリングサービスA-Co-Laboにてパートナー研究者としても活動中。
日本最大級の脳科学ブログ「人間とはなにか? 脳科学 心理学 たまに哲学」では、脳科学に関する情報を広く提供している。

【主な活動場所】 X(旧Twitter)はこちら

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