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みなさんこんにちは! サイエンスライターな妖精の彩恵りりだよ!
今回は、今年もあの問題の賞がやってきた!2023年9月14日 (日本時間15日) に公開された『第33回イグノーベル賞』について、10賞全部をたっぷり解説するよ!
(画像引用元: 第33回イグノーベル賞セレモニー公式動画からキャプチャー)
また、私は過去に3年分の解説をやってるから、こちらも観てくれると嬉しいな!
CONTENTS
さて本題に入る前に、そもそも「イグノーベル賞」を知らないか、どういう主旨で贈られるのかを知らない人は多いんじゃないかな?もし知っている人がいたら、この部分は読み飛ばしてもらって構わないからね!
世界的な権威と知名度のある学問的な賞と言えばノーベル賞だけど、イグノーベル賞はそのパロディとして、1991年に『風変わりな研究の年報』誌のマーク・エイブラハムズ編集長によって創設された賞だよ。
イグノーベル賞は例年、本家ノーベル賞の1ヶ月くらい前に先んじて発表されるものだよ。受賞の対象となるものは「人々を笑わせ、考えさせた業績」で、1年に10賞が発表されるよ。
こういう主旨なので、イグノーベル賞が贈られる研究は、パッと見の印象は面白いとか笑えるとか、正直意味がわかんない研究も並んでいたりするよ。でも、一方でこのイグノーベル賞、考えさせた業績と言う点が肝心だよ。
イグノーベル賞が贈られる研究は単に面白いだけじゃなく、研究手法がとても斬新で使い道があるとか、高コストで使いづらい手法を改善したとか、予想外のインパクトがあったような、スゴい研究が受賞するんだよ!
例えば2022年のイグノーベル医学賞は「アイスクリームは抗がん剤メルファランによる有害な副作用の予防に有効なのを示したことに対して」という授賞理由だよ。
この研究で主眼となっている抗がん剤のメルファランは、自家造血幹細胞移植という治療方法で投与されるよ。ただ、しばしば副作用が重くて、場合によっては麻薬系の鎮痛剤の投与すら必要になるデメリットがあったよ。
これを抑えるためには、口の中に氷を含んでいることが有効と知られているんだけど、ところがこれは別の意味でつらいもの。そこで氷の代わりにアイスクリームでも大丈夫なことを示したのがこの研究だよ!
抗がん剤とアイスクリームは一見すると繋がらないけど、抗がん剤の副作用を抑えるため、患者の負担が少なく費用も安く済むアイスクリームでOKだと示したのは、つらい治療を和らげる意味でとても重要だよ!
だから、これは私個人の考えなんだけど、研究の面白さとスゴさを両立していなければイグノーベル賞の対象とならないことから、本家ノーベル賞より受賞するのが難しいと思っているんだよ。
まぁ、例年だと毎回皮肉の意味で「業績」を表彰する、研究でもなんでもないニュースが受賞することがあるんだけど、今年は珍しくそれがないって感じで、毎年ってわけでもないんだよね。
イグノーベル賞の受賞式は、2019年まではハーバード大学のサンダーズ・シアターで行われているんだけど、COVID-19の流行状況に鑑み、今年で4年目となるオンライン授賞式となっているよ。
その影響で、受賞者に贈られる賞品もオンラインに因んだものになっているよ。今回の賞品は例年と同じく「ノーベル賞受賞者のサイン入り、イグノーベル賞の賞状」「賞金10兆ドル」「トロフィー」だよ。
賞状はノーベル賞受賞者のサイン入り!ただしA4コピー用紙にセルフで印刷しなきゃだけど。 (画像引用元: 第33回イグノーベル賞セレモニー公式動画からキャプチャー)
賞金は10兆ドル!ただしジンバブエドル。しばしば印刷の関係で実物より巨大になりがちなんだよね。 (画像引用元: 第33回イグノーベル賞セレモニー公式動画からキャプチャー)
今年のトロフィーは、水に因んで水から製造されるコーラの入った「小さな12缶の『Ig Cola』入りの箱」!ただし「コーラは含まれていません」の注意書き入り。 (画像引用元: 第33回イグノーベル賞セレモニー公式動画からキャプチャー)
ただし、国際郵便は費用が掛かるから、これらは全て受賞者のメールアドレスにPDFファイルとして送信されるから、受け取るためには自分で印刷しないといけないよ!完全セルフサービスだよ!
もちろんトロフィーもセルフで切り貼りして組み立てないといけないよ。毎年テーマに沿って形が変わっており、今年は水に因み「小さな12缶の『Ig Cola』入りの箱」となっているよ。
ただし、箱には「12缶未満しか入っていない可能性があります」「コーラは含まれていません」とちゃっかり書いてあるよ!クレーム対策もばっちりという謎のウィットをかましているね!
そして、賞金は10兆ドルとさっき書いたけど、これは正確には「10兆ジンバブエドル」だよ!しかも、2015年には通貨として失効しているから、PDFで贈っても大丈夫だね!
他にも、イグノーベル賞には小ネタが目白押し。例えば、毎年テーマが決まっていて、今年は「水」だよ。だからトロフィーも、コーラは水から製造されるということでミニ缶コーラ入り箱なんだね。
水がテーマということで、いくつかの受賞対象は水に因んでいるよ。といってもこれは絶対ではなく、全く水とは関係ない研究も受賞しているという緩さがあるよ。
また、賞状は本家のノーベル賞を受賞した人のサインが入っていて、賞のプレゼンターとしても何人も参加しているよ!今年も複数のノーベル賞受賞者がプレゼンターとして参加しているよ。
また、セレモニーの途中で「24/7レクチャー」という、自分の業績をレクチャーする場が挟まっているよ。ここには過去にイグノーベル賞や本家のノーベル賞を受賞した人がしばしば登場するよ。
ただし、それは24秒以内に、あるいは7単語で、というかなりの無茶ぶりだよ!ちなみにこの24/7というのは本来は24時間と7日、つまり年中無休を指す言葉で、それを皮肉った形のレクチャーということになるよ。
24/7レクチャー以外にも、テーマに因んだミニオペラが挟まるなど、紹介したらキリがない所だけど、ではそろそろ本題に入ろうね!
最初に、今年の10賞とその授賞理由は以下の通りだよ!
化学&地学賞 | 多くの科学者が岩石を味わうのが好きな理由を説明したことに対して。 |
文学賞 | 人々が1つの単語を何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も繰り返した時に感じる感覚を研究したことに対して。 |
機械工学賞 | 死んだクモを機械的グリッパーとして蘇らせたことに対して。 |
公衆衛生学賞 | 尿検査用試験紙、排便分析用画像解析システム、識別カメラによる肛門認証センサー、オンライン通信システムなど、人間が排泄する物質を監視して迅速に分析する様々な技術を使用した装置「スタンフォード・トイレ」の発明に対して。 |
意思疎通学賞 | えちしあちのとかちすうゆくねこうのどぅたくにしえそのちぼちふるそちうことおぐおつ (倒語を得意とする人々の精神活動を研究したことに対して) |
医学賞 | 人の2つの鼻の穴にはそれぞれ同じ本数の鼻毛があるのかどうか、死体を使って数えたことに対して。 |
栄養学賞 | 電気を流した箸やストローが食べ物の味をどのように変えるのかを調べた実験に対して。 |
教育学賞 | 教師と生徒の退屈をきちんと統計的に研究したことに対して。 |
心理学賞 | 街道で見知らぬ他人が上を向いているのを見た時、どれだけの通行人が立ち止まって上を向くかを調べた実験に対して。 |
物理学賞 | ヨーロッパカタクチイワシの性行為によって海水がどの程度かき混ぜられるのかを測定したことに対して。 |
受賞国: ポーランド共和国、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国
受賞者: Jan Zalasiewicz
受賞理由: 多くの科学者が岩石を味わうのが好きな理由を説明したことに対して。
受賞記事: Jan Zalasiewicz. "Eating Fossils". The Paleontological Association Newsletter, 2017; 96.
(画像引用元: 第33回イグノーベル賞セレモニー公式動画からキャプチャー)
一応最初に注意書き。野外でよくわからないものを舐めてはいけないよ!どんな危険なものが含まれているかわからないからね。これをやっている人はちゃんとした教育や経験を積んでいる人と考えていいよ。
また、Jan Zalasiewicz氏が今回イグノーベル化学&地学賞を受賞したこの文章は、今回のイグノーベル賞唯一の科学論文ではないものに対する受賞だね。これは具体的な研究ではなく、学会誌に掲載されたコラム記事だよ。
ただ、その内容が「科学者は文字通り五感を駆使して物質の正体を解析した」と、中々に示唆に富んでいることが、今回の受賞に繋がったんじゃないか?と私は考えているんだよね。
岩石に埋め込まれた化石を観察するとき、埃や微細なデコボコのせいで見えづらいことがしばしばあるよ。室内だったら水道水で洗えばいいけど、野外では水は貴重品だし、近くに水辺がないこともあるよね。
なのでフィールドワークをしている科学者は、しばしば岩石を舐めることがあるよ!唾液で湿らせることで細かいゴミは落ち、デコボコを埋めて乱反射を防ぐことで、化石の像が鮮明になるからね。
あるいは、たくさんの細かい穴が開いている岩石の場合、舐めた時に感じる吸いつく感覚によって、岩石や鉱物の種類をある程度絞り込むことができることもあり、舌というのは結構有用なツールでもあるよ。
ところで、それは200年以上の前の科学者も同じだったみたい。というか、その時代になってくると自然科学という分野が宗教・魔法・呪術から派生して体系的に考えられるようになった、まさに最初期の頃となるよ!
ジョヴァンニ・アルドゥイーノは、文字通り岩石を味わって化石や鉱物を鑑定したよ。 (画像引用元: WikiMedia Commons / Autor: Luigi Baldin)
受賞対象となったコラム記事が取り上げたのは、地質学者のジョヴァンニ・アルドゥイーノ (Giovanni Arduino) (1714–1795) 。といっても当時は "地質学者" なんて言葉はなかったと思うよ。
アルドゥイーノの時代は、長い時間をかけて泥や砂が堆積していったものが地層というものだ、という層序学が理解され始めた頃であり、アルドゥイーノは最初の層序学者の1人だと言えると思うよ。
この時代は、化石が太古の生物の遺骸であることは限定的に理解されていたし、鉱物を同定するための化学というのも錬金術から派生して興り始めたころではあるけど、まだまだ始まったばかりの時代だよ。
なので、当時は岩石に含まれる化石や鉱物を同定する手段が極めて限られていたはずだけど、アルドゥイーノは文字通り味覚を含む五感を駆使して同定作業を行ったんだよ。
実際、舌というのは現代の分析技術と比較しても、とても優れた化学物質を見分けるセンサーなので、まして18世紀で味覚を使うことは必然とも言えるね。決して舐められたもんじゃないよ。
例えばアルドゥイーノは、泥岩に含まれる貝殻化石や石炭を燃やして残った灰について「火が燃えるような感覚と、苦くて尿のような風味を感じ、吐き出すと少しの甘みと皮が剥けた舌が残った」と書いているよ。
同じように白鉄鉱と石炭が豊富な地層を通った湧き水は「強い辛さとワインのような酸味を感じ、確かに辛辣だが、言葉では言い表せない心地よさを感じた」とも表現しているよ。
そしてその水は「イタリアのヴィチェンツァやエーゲ海のヒオス島で味わった水よりはるかに吐き気を感じなかった」とも表現しているよ。
更に、白雲母が含まれた地層については「生の状態では味がしないが、加熱すると風味が出るとともに、スパー (spar) の焼成によって苛性 (皮膚を溶かす性質) が生じる」とも書いているね。
元記事には具体的に書かれていないけど、これらの記述は、現代化学である程度解釈することができるよ。例えば貝殻化石は主成分が炭酸カルシウムなので、加熱すると分解して生石灰 (酸化カルシウム) が生じるよ。
これは水との反応で発熱し、強塩基性 (強アルカリ性) の水酸化カルシウムを生じるよ。燃えるような感覚や苦味、そして舌の皮が剥けたのは、水酸化カルシウムのせいだと考えることができるよ。
これは、白雲母を加熱した時も同じだね。スパーとは方解石、つまり貝殻化石と同じ炭酸カルシウムなので、やはり皮膚を溶かすほどの強塩基性の水酸化カルシウムが生じていたと考えることができるよ。
真ん中の記述はより想像が含まれるけど、白鉄鉱がカギだと私は考えるよ。白鉄鉱の組成は硫化鉄で、金色っぽい結晶で有名なパイライトこと黄鉄鉱と化学組成は一緒だよ。ただし、結晶構造に違いがあるよ。
白鉄鉱はとても水分に弱くて、ただ空気中においといても湿気との反応で硫酸を生じてボロボロになってしまうくらいだよ!だから白鉄鉱を含む層を水が通過すれば、容易に硫酸が生じると考えられるよ。
そうなってくると、ワインのような酸味は硫酸ではないか?と考えることはできなくはないよ。じゃあ辛さは?白鉄鉱とは別の鉱物か、もしく石炭あたりが怪しいけど、残念ながら私の知識ではここまでかな。
いずれにしても、地層には様々な毒物が含まれているので、現代的な目線から見ればあんまり岩石を文字通り味わってみるのはおススメしないところだね。でも当時はそこまで多くのことは分からなかったはずだよ。
また、ここまで闇雲じゃなく、ある程度安全だと分かっている範囲ではあるけど、現代でもフィールドワークを行う科学者は岩石を舐めたり味わう簡易鑑定を行うことはあるから、決して無縁とは言えない話だよ。
科学の黎明期に、ゼロから自然科学の体系を構築するには、まさに五感全てを使ってきただろうということを、今回受賞したZalasiewicz氏は詳しくまとめたからこそ今回の受賞なのかな?と私は思うんだよ。
受賞国: フランス共和国、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国、マレーシア、フィンランド共和国
受賞者: Chris Moulin, Nicole Bell, Merita Turunen, Arina Baharin & Akira O’Connor.
授賞理由: 人々が1つの単語を何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も繰り返した時に感じる感覚を研究したことに対して。
受賞論文: Chris Moulin, et al. "The the the the induction of jamais vu in the laboratory: word alienation and semantic satiation". Memory, 2021; 29 (7) 933-942. DOI: 10.1080/09658211.2020.1727519
(画像引用元: 第33回イグノーベル賞セレモニー公式動画からキャプチャー)
受賞理由で "many" が8回、論文のタイトルでも "the" が4回繰り返し使われたこの論文、もしかしてこの時点で何か奇妙な気持ちを感じたかもしれないね。これは後の話に関わってくるよ!
自分にとって初めてのことが、なぜか以前に経験した感覚がある、というのは誰しも体験しているよね。これは「既視感」と呼ばれるもので、フランス語由来の「デジャヴ (Déjà vu)」としても知られているね。
そしてデジャヴの逆、つまり見慣れているもののはずなのに知らないかのような感覚に陥ることもまたあるよ。これは「未視感」と呼ばれ、こちらもフランス語由来の「ジャメヴ (Jamais vu)」という別称があるよ。
ちなみにこの感覚について「ゲシュタルト崩壊 (Gestaltzerfall)」という語を使いたくなるけど、これは誤用なので注意してね。ゲシュタルト崩壊は文字が1つの構成物として認識できず、バラけて見えてしまう現象だよ。
今回イグノーベル文学賞を受賞したChris Moulin氏などの研究チームは、デジャヴとジャメヴが同様の経験的記憶現象、つまり脳の記憶や思考において同じようなメカニズムで起きているのではないか、と仮定してみたよ。
研究は2つの実験で構成されているよ。1つ目はリーズ大学心理学部の学生94人が協力した実験で、心理学の研究でよく使われる言語データベース「MRC Psycholinguistic Database」から以下の単語が選択されたよ。
そして被験者は、1つの単語を最大120回繰り返し書ける紙を用意され、同じ単語を繰り返し書いたよ。これは被験者には「2分間に単語を何回読みやすく書くことができるのか」というテストだと説明されたよ。
ただし、実験の主旨に沿うように、被験者には別の指示も与えられていたよ。何か奇妙な感覚を覚えたら、ただちに書くのを止め、止めた時間と以下の理由のどれかを示すよう説明されていたよ。
そして、この上記の感覚について1から5の五段階評価をしてもらったよ。そしてこれを12単語について続けて行ったよ。
単語をひたすら書くテストを終えたら次はアンケートで、実験に使われた12単語と、なじみの程度が一致する別の12単語の計24単語から、奇妙に見えたり感じたりする単語を選択するように言われたよ。
そして、最近6ヶ月でデジャヴを感じた回数と、更に実験中に起きた感覚と同じような奇妙な感覚の回数を、0回から6回以上の範囲で選択するように指示されたよ。
重要なこととして、この実験には一切のジャメヴという単語は使用されなかったよ。
実験の指示に正確に従っていない1人を除外して分析をしたところ、93人中66人 (71.0%) が少なくとも1回のジャメヴを感じたと分かったよ。ジャメヴの割合は、単語を書くテスト全体の30.0%に現れたよ!
特に、単語を書くのを止めた理由としてジャメヴが圧倒的に多く (326件) 、手の痛み (39件) や退屈 (4件) と言った他の理由で止めたのがかなり少なかったことは中々面白いよね!
そして、この実験でジャメヴを経験した人のうち、過去の日常生活でもジャメヴを経験したのは75%と、かなりの数の人が経験している一般的なものであると分かったよ。
興味深いことに、ジャメヴを経験して単語を書くのを中止した時、約30単語か約1分間書かれた時に経験している人が多いということも分かったよ。
論文のタイトルでは、実に控えめなことに、 "the" が4回だけ繰り返されているよ。 (画像引用元: 受賞論文よりキャプチャー)
2つ目の実験では、心理学部の学生ではない知り合いの人々に協力してもらったよ。これは幅広い年齢層を集めるためで、平均22.4歳、範囲18歳から56歳までの人、合わせて120人が参加したよ。
実験では1つ目の実験と同じような、単語をひたすら書くテストが行われたよ。ただし1回目と異なり、ジャメヴに関する一通りの説明を受けた上で「しかし奇妙な感覚を感じないかもしれない」という可能性も強調したよ。
単語もたった1つだけ、「the」を60単語まで書くものとしたよ。もし奇妙な感覚を感じたら書くのを中断し、理由を選択するなど、他の部分は1つ目の実験と同じ条件で行われたよ。
すると、120人中66人 (55.0%) がジャメヴを経験してtheを書くのをやめた、と報告されたよ。ジャメヴを感じたか感じないかは、年齢や教育を受けた年数とは関係なく、唯一の違いは書いた単語であると判定されたよ。
全く止まらなかった人は60単語を書き、ジャメヴ以外の理由で止めた人は38.6単語を書いたのに対し、ジャメヴを感じてやめた人は27.7単語と、有意に少ないと判定されたよ。
他の結果と合わせると、デジャヴとジャメヴには3倍ほど経験数の差があるものの、デジャヴが多い人はジャメヴも多い傾向にあるなど、関連している傾向があると思われるよ。
ただし、いくつかのパラメーターに違いがあることから、デジャヴとジャメヴは似たような仕組みで起こるとは言え、完全に一緒ではなく、異なるメカニズムで起こっていると思われるとMoulin氏らは考えたよ。
ところで、デジャヴもジャメヴも研究されているのは、特に脳の機能を調べる上で重要視されているからだよ。特に、片頭痛やてんかん、妄想性障害の症状として説明する医学的な側面もあるよ。
とはいえもちろん、デジャヴやジャメヴが全て病気と関連しているとはとても思えないので、どういう条件でそれが起こるのか、という点を研究するのは非常に重要だよ。
デジャヴとジャメヴはどちらも主観的な感覚なのでまだまだ研究が必要だけど、こういう認知機能を調べる研究は、重大な病気である脳の障害に思わぬ関連性が出てくるものだから、とても注目されるものだよね!
だから、一見すると奇妙で奇妙に思える研究をしているなぁって思えても、こういうのがとてもとてもとてもとてもとてもとてもとても重要になってくる、なんてことは全然ありうるんだよね!
(蛇足だけど、受賞セレモニー動画と、文字でまとめられた文章では "many" の数が異なるんだよね (動画は8回、文章は7回) 。多分これは単純な間違いなんだろうけど、なんか変な気分に囚われて書くのを止めちゃったのかな?)
受賞国: インド、中華人民共和国、マレーシア、アメリカ合衆国
受賞者: Te Faye Yap, Zhen Liu, Anoop Rajappan, Trevor Shimokusu & Daniel Preston
授賞理由: 死んだクモを機械的グリッパーとして蘇らせたことに対して。
受賞論文: Te Faye Yap, et al. "Necrobotics: Biotic Materials as Ready-to-Use Actuators". Advanced Science, 2022; 9 (29) 2201174. DOI: 10.1002/advs.202201174
(画像引用元: 第33回イグノーベル賞セレモニー公式動画からキャプチャー)
これもなんだかとんでもない研究に思えるけど、論文タイトルも「死体ロボット工学 (Necrobotics)」という中々インパクトの強い分野名を名付けながら始まっているという点で中々スゴいものがあるよね。
人類はずっと昔から様々な物質から道具を作ってきたけど、これは最初から生物ではないものだけでなく (岩石、金属) 、生物から採集した生きてないもの (木材、絹、革) をたくさん使ってきたよね。
また、ハスの葉をまねた撥水性材料、ヤモリの足をまねた粘着材料のように直接の模倣であったり、チーターやタコをまねて作ったロボットのように、生物からインスピレーションを得たものもたくさんあるよ。
そして近年では採集や模倣を越え、直接 "生きている材料" を工学システムに組み込めないか、という「バイオハイブリッドシステム」というのが考えられているよ。
生物は遺伝子で設計されており、その細かさはかなり繊細な機械部品にも匹敵することから、生物学的な手法で機械を設計できないか、という考えはずっと昔からあったんだよね。
もし実現すれば、複雑な加工工程や珍しい物質の使用を減らしながら、従来の機械と生体材料を融合できることから、製造コストを抑えた様々な機械部品が作れるということになるよね!
ただ、実際問題として自由に生体を設計できるほど現代の生物工学は発展していないので、じゃあその前段階として生物そのものの死体を利用できないか、というアイデアが死体ロボット工学というわけだよ。
今回イグノーベル機械工学賞を受賞したTe Faye Yap氏らの研究チームは、低温で安楽死させたコモリグモ科 (Lycosidae) のクモの死体を用意し、マジックハンドのような機械的グリッパーとして "蘇らせる" ことを試みたよ。
死体ロボット工学はこの研究がまさに最初なので、Yap氏らはクモの身体の仕組みがとても死体ロボット工学に適合していることを挙げているよ。
クモは死ぬと脚が閉じた状態となるけど、これはクモの脚の筋肉が、脚を閉じている状態をデフォルトとしているからだよ。そして脚を開く時には、血液にあたる血リンパ液を油圧のように使っているよ。
これは節足動物ならではの仕組みで、ヒトのような動物とは全く違う仕組みだよ。と考えると、脚を閉じた状態がデフォルトなら、握った状態が重要のグリッパーの基本を満たしている、と言えるわけだね。
クモの死体グリッパーは、低温で安楽死させたクモを材料に、中空の針と接着剤でわずか10分で作成できるよ。空気圧で脚の開閉を制御できるよ。 (画像引用元: 受賞論文Fig1)
なのでYap氏らは、血リンパ液の油圧システムに空気を送り込むことで、空気圧で脚の開閉を制御し、クモの死体がグリッパーとして自由に使えるのではないか、という発想に至ったわけだよ。
しかも、これは作るのがかなり簡単だよ。クモの死体に中空の針を通し、空気が漏れないよう接着剤で針が刺さった部分を埋めるだけ。Yap氏らはたった10分で死体グリッパー完成すると言ってるよ。
そして針を通じた空気圧で、死体グリッパーは自由に脚を開閉できるよ。実験では自身の260%の体積、または130%の重量物、そして不定形な形の物体をしっかり保持できることが確かめられたよ。
不定形な物体を掴めるというのは、グリッパーとしてはかなり優れているよ。従来の機械部品で再現しようとすると、多数の関節を持つ細かい部品を多数使用したものとなり、どうしてもコストが高いからね。
一方で死体グリッパーはクモを育てればいいのでコストが段違いに安く、そして何より死体なので当然のように "生分解性" を持っている、というのは従来の機械にはない利点だといえるよ!
また実験結果から見ると、より小さなクモを使った場合、掴める重量は最大で200%まで上がると推定されるよ!作るのが難しい、より小さなグリッパーの方が優れているというのも、かなり注目される点だね!
Yap氏らは、上から死体グリッパーを近づけても逃げ出さない野外の生物やその他の物質を採集する用途として死体グリッパーを使う、というのを提案しているよ。
また、地面に横たわるセミが死にかけなのか死んでいるのかわかりにくく、突然動いてびっくりする、という "セミファイナル" なんて俗称があるよね?それを見分けるには脚を見よとアドバイスされてるよね。
クモに限らず、節足動物は脚が閉じた状態がデフォルトで、血リンパ液で油圧制御している、なんてのは結構普通に観られるので、他の節足動物も死体グリッパーとして使える、という応用の幅の広さも注目されるよ!
一方で難題もあるよ。死体グリッパーは死体だから、従来の機械と比べて劣化速度が速いよ。クモを使う場合、最も難題なのは乾燥で、繰り返し使用したことによる機械的劣化や腐敗よりも早く進行するよ。
実験では、何も工夫しないと2日間、蜜蝋で全体をコーテイングした場合で10日間しか使えず、それ以上の期間では乾燥によって脚の関節が壊れてしまう可能性が上がってしまうことが確かめられたよ。
血リンパ液による油圧システムが死体グリッパーの要である以上、乾燥という問題は死体ロボット工学全体の課題であるとも言えるよ。
また、クモの死体を使う以上、生命倫理は課題となるよ。今回の実験は、以前の実験で使った安楽死手段を使用しているけど、これはどちらかと言えば生体組織を壊さずに分析するために確立した手段だよ。
「一寸の虫にも五分の魂」とは言われるように、意図的に死体を製造しなければならない死体ロボット工学においては、何かしらの標準化された調達手段が議論されるべきではあると思うよね。
もちろん、死体を使わずに済めば一番いいけど、今の生体工学はそこまで発達していないこと、何より利点も多いので、死体ロボット工学は過渡期として存在しうるかもしれないものだよ。
今回の死体ロボット工学の研究は、決してクモの死体を面白ガジェットにしたわけでなく、大真面目に将来的な利用を見据え、あるいは発展的な利用の起点にある研究、という結構ちゃんとした話なんだよ。
受賞国: 大韓民国、アメリカ合衆国
受賞者: Seung-min Park
授賞理由: 尿検査用試験紙、排便分析用画像解析システム、識別カメラによる肛門認証センサー、オンライン通信システムなど、人間が排泄する物質を監視して迅速に分析する様々な技術を使用した装置「スタンフォード・トイレ」の発明に対して。
受賞論文:
①Seung-min Park, et al. "A mountable toilet system for personalized health monitoring via the analysis of excreta". Nature Biomedical Engineering, 2020; 4 (6) 624-635. DOI: 10.1038/s41551-020-0534-9
②Seung-min Park, et al. "Digital biomarkers in human excreta". Nature Reviews Gastroenterology & Hepatology, 2021; 18 (8) 521-522. DOI: 10.1038/s41575-021-00462-0
③T. Jessie Ge, et al. "Smart toilets for monitoring COVID-19 surges: passive diagnostics and public health". npj Digital Medicine, 2022; 5 (1) 39. DOI: 10.1038/s41746-022-00582-0
④T. Jessie Ge, et al. "Passive monitoring by smart toilets for precision health". Science Translational Medicine, 2023; 15 (681) eabk3489. DOI: 10.1126/scitranslmed.abk3489
(画像引用元: 第33回イグノーベル賞セレモニー公式動画からキャプチャー)
排泄物というのはどうしても汚いイメージが避けられないものではあるけど、一方で健康を管理するという観点から見ると、排泄物というのはとても重要なものだよ。
健康診断で検尿や検便があるのは、排泄物に含まれる様々な物質からその人の健康状態を探り、場合によっては重大な病気にかかっていることすらも判別ができる、情報の宝庫だからという点があるからだよ。
なのでホントのところを言えば、排泄物を毎日測っていけば、より正確な健康状態の把握や異常状態を察知できるわけだけど、これまでは専門的な知識や技術を持つ人による分析に頼るしかなかったよ。
今回イグノーベル公衆衛生学賞を受賞したSeung-min Park氏は、そんな健康のバロメーターである排泄物を日常的に測定するスマートトイレ「スタンフォード・トイレ (Stanford Toilet)」を発明したよ。
スタンフォード・トイレは多機能トイレの延長にあるような感じで、便座に座った圧力と動きで自動的に起動する、他のトイレにもあるシステムだよ。
そしてその機能は多岐に渡るけど、主軸となるのは識別用カメラだよ。これはトイレに取りつけられた尿検査紙の色、尿自体の色や流量や体積、大便の状態など、様々なものを捉えるよ。
データは暗号化されたクラウドサーバーに転送されると共に、深層学習で自動的な判別が行われ、健康なのか何か病気ではないかを判別することができるよ。これは専門医に匹敵する精度だと主張しているよ!
また、トイレに座った人を識別するために、肛門から人を特定する個人認証システムも搭載することで、複数人が利用してもデータがごちゃ混ぜにならない機能も完備しているよ。
専門家ではない私たちから見れば、排泄物の正確な状態を自己申告することは困難で、それによって聞き手である医者の正確な診断を妨げている、という懸念もあるよ。なのでこのシステムの優位性はあるね!
ただし、だけど。なぜそもそも自己申告ベースなのかと言えば、トイレは究極のプライベート空間である側面だからだよね。識別カメラがあるという時点で抵抗感を感じる人は多いんじゃないかな。
もちろん、画像は暗号化されているとはいっても、撮られているというのは気持ちのいいものではないよ。スマートトイレのアイデア自体は1970年代からあったものの、これが実用化を妨げる難点として長年存在したよ。
もちろんPark氏もその点は把握していたよ。そこでカメラに頼らずに個人を識別する方法として、生体物質に含まれる分子「バイオマーカー」で個人を特定・追跡するという技術を模索しているよ。
バイオマーカーは代謝後の低分子老廃物からDNAなどの高分子に至るまで様々だけど、その種類や量と言った組み合わせは人によって大きく変化し、また日々でも変化するよ。
そこで、同じようなバイオマーカーを持つ排泄物を同じ個人として特定・追跡し、バイオマーカーの変化から健康状態や重大な病気を検出する、という技術をPark氏は模索しているよ。
バイオマーカーはカメラを使わないので直接的なプライバシーを侵害しないし、排泄物のバイオマーカーは多様で、注射針を必要とする血液にも劣らない識別精度を目指すこともできるよ!
ただし、これはまだまだ発展途上の段階であり、まだきちんと実用化できる段階とは言えないよ。特にバイオマーカーが健康状態とどのように関連しているのかは未知な部分も多く、誤診などに繋がりかねないよ。
なのでバイオマーカーに関する大量の情報が蓄積しなければ、カメラに頼らず排泄物による個人識別と経過観察、というのは中々難しい所があるよ。
ただ、これは一般的なバイオマーカーの話。特定の分子に対象を絞った場合には、病気の有無をかなり正確に診断できる可能性を秘めているよ。例えばそれは「COVID-19 (新型コロナウイルス感染症)」とかだね。
COVID-19の原因はSARS-CoV-2というウイルスだとはっきり分かっているので、特定のウイルスをバイオマーカーとして見つけるのはさほど難しくないよ。
そして、COVID-19の患者の大便に検出されるので、例えば下水に含まれるウイルス量から町単位でのCOVID-19の流行状況を推定する、というのは実際に行われていることでもあるよ。
COVID-19の患者の排泄物にもSARS-CoV-2は含まれているよ。ならば、トイレにウイルス検出機能があれば、速やかに本人や病院に感染を通知し、感染の広がりを最小限にできると考えることができるよ! (画像引用元: 受賞論文Fig1)
ただしPark氏は、もう一歩進めて個人単位のCOVID-19検出機能をトイレに付けられないか、と考えているよ。原因がウイルスと分かっている以上、大便からウイルスを見つければいいわけだからね。
特に超高速NAATという方法を使用すると、検査時間は8分から15分とかなり短くなるよ。無症状であってもウイルスは大便に検出されうるので、出かけてしまう前に感染を察知することが原理的に可能だよ。
また、さらに機能を付加することも考えられるよ。COVID-19の症状として典型的な体温と酸素飽和度はセンサー類で検知可能だし、もし識別カメラを付けられるなら下痢を判別することも可能になるよ。
もちろん、超高速NAATをトイレに取りつけることや、誤検出を防ぐための殺菌・滅菌システムの構築、追加のセンサー類の機能と心理的抵抗の天秤など、解決しなければならない課題は無数にあるよ。
一方でこのスマートトイレは、他の細菌やウイルス感染症を検出することも可能なので、他の危険な感染症が流行することを抑える強力なツールに化ける可能性があるよ!感染症を他人に移す前に察知ができるわけだからね!
結局のところ、スマートトイレの課題は究極のプライベート空間とどう向き合うのかという点なので、プライバシーを侵害せずに排泄物を精密検査することは将来的に解決可能な課題かもしれないよ。
確かに、堂々と口に出すのは憚れるのもわかるよ。でも排泄物は情報の候補であり、これを捨てずに活用するスタンフォード・トイレの開発に真剣に向き合ってきたPark氏の研究はとても重要だと私は考えているよ。
受賞国: アルゼンチン共和国、スペイン王国、コロンビア共和国、チリ共和国、中華人民共和国、アメリカ合衆国
受賞者: María José Torres-Prioris, Diana López-Barroso, Estela Càmara, Sol Fittipaldi, Lucas Sedeño, Agustín Ibáñez, Marcelo Berthier & Adolfo García
授賞理由: えちしあちのとかちすうゆくねこうのどぅたくにしえそのちぼちふるそちうことおぐおつ
(倒語を得意とする人々の精神活動を研究したことに対して)
受賞論文: María José Torres-Prioris, et al. "Neurocognitive signatures of phonemic sequencing in expert backward speakers". Scientific Reports, 2020; 10, 10621. DOI: 10.1038/s41598-020-67551-z
(画像引用元: 第33回イグノーベル賞セレモニー公式動画からキャプチャー)
授賞理由いったい何ごと!?って思うかもだけど、実は私たちも日常生活で使っている「倒語 (Backward speech)」というものに深くかかわっている研究だよ
ヒトが他の生き物と大きく違う点の1つとして、複雑な発音を駆使して会話するという点だよね。言語という極めて複雑で高度な音声コミュニケーションが見つかっているのは、今のところヒトだけだよ。
なので、言語を駆使している時に脳でどんな働きが行われているのか、というのはずっと研究されてきたよ。特に音に関連する音節配列や音素配列に対する神経言語学的研究は結構あるよ。
ただしそれは、平均的なデータを取るために普通の人を対象としてきたよ。今回イグノーベル意思疎通学賞を受賞したMaría José Torres-Prioris氏らは、このせいで高度なスキルを持つ人のデータが欠けていると考えたよ。
特に、音を逆にしながら発音する「倒語」は、高度なスキルを必要とする発音表現として結構昔から注目されていたものの、ちゃんとした神経言語学的研究がないと指摘していたよ。
正確な説明は難解だけど、倒語は身近でも使うよ。日本語では「サングラス」「銀座」「寿司」を指して「グラサン」「ザギン」「シースー」なんて言葉が使われているのを聞いたことがあるんじゃないかな?
中には「種」の倒語であった「ネタ」のようにそれ自体が意味を持つ単語として独立していたり、「しだらない」の倒語であった「だらしない」の方がむしろ定着してしまうなど、結構言語的にユニークなものだよ!
これは世界中の言語に見られ、例えばアルゼンチンのルンファルド (Lunfardo) 、フランスのヴェルラン (Le verlan) などの例があるよ。ただスペインのカナリア諸島ではもっとスゴいことになっているよ。
通常、倒語はせいぜい単語単位で観られるものだけど、カナリア諸島の住民は長文全体を逆さにする高度な倒語を使用する人々がいるんだよ!これはかなりスゴいよね!
スペイン語は、文字と発音が異なることがほとんどない言語 (透明な正書法) なので、カナリア諸島の住民での倒語は、つづりをそのまま反転させる傾向にあるよ。
なので先ほどの例を日本語に適用する場合、「銀座 (ginza)」は「ザギン (zagin)」ではなく「アズニグ (aznig)」に近い発音になることになるよ。なんかさっきより強く違和感が出てしまうね。
一口に倒語と言っても、それは音節単位で行われる倒語と、音素単位で行われる倒語があるよ。今回研究されたスペイン語の倒語は音素単位の倒語に当たるよ。 (著者による自作)
日本語で違和感が少ない倒語は、複数の音をひとつながりの塊である「音節」で分け、それを反転させているのであり、これは音節単位での倒語ということになるよ。
対してスペイン語などの倒語は、完全に1つ1つの音である「音素」の単位で反転させているので、逆再生のビデオを聞いているように、よくわからないような言葉になってしまうんだよ。
とにかく、違和感が少ない音節単位の倒語に対して、より意味不明になる音素単位の倒語はかなり高度な言語スキルであることは何となくわかったかな?
今回イグノーベル意思疎通学賞を受賞したMaría José Torres-Prioris氏などの研究チームは、音素単位の倒語が得意な2人について、倒語に関する課題を出しつつ、MRIで神経活動を測ってみたよ。
すると、特に倒語が得意ではない人と比べてみると、脳の領域や機能に特別な差は見つからなかったものの、経路について独特なパターンを含んでいることが発見されたよ。
特に、脳における視覚と聴覚を処理する部分で、処理部分それ自体に違いはないんだけど、処理の仕方に違いがあることが今回の研究で判明したんだよ。
もちろん、それが他の人にも同じように言えるのか、というのは全く別の話で、もっと一般化するには2人ではデータが少なく、より多人数を調べないといけない、という点は相変わらず課題であり続けるはずだよ。
それでもこれは、倒語という言語の中でもかなり特殊な処理が行われている中で、脳がどのような活動をしているのか知る、という点で、決して軽視できない研究、だと私は思うんだよね。
例えば今回見つかった特殊な経路は、過去の研究で判明した、同時通訳を行える音声処理のプロで観られる傾向と部分的に一致していることが明らかとなっているよ。
一見タダの言葉遊びに思える倒語でも、それを調べることによって、他の高度な言語処理の研究にも関わる何か発見があるかもしれないよ!
受賞国: アメリカ合衆国、カナダ、北マケドニア共和国、イラン・イスラム共和国、ベトナム社会主義共和国
受賞者: Christine Pham, Bobak Hedayati, Kiana Hashemi, Ella Csuka, Tiana Mamaghani, Margit Juhasz, Jamie Wikenheiser & Natasha Mesinkovska.
授賞理由: 人の2つの鼻の穴にはそれぞれ同じ本数の鼻毛があるのかどうか、死体を使って数えたことに対して。
受賞論文:
①Christine Pham, et al. "The quantification and measurement of nasal hairs in a cadaveric population". Journal of The American Academy of Dermatology, 2020; 83 (6) AB202. DOI: 10.1016/j.jaad.2020.06.902
②Christine T. Pham, et al. "Measurement and quantification of cadaveric nasal hairs". International Journal of Dermatology, 2022; 61 (11) e456-e457. DOI: 10.1111/ijd.15921
(画像引用元: 第33回イグノーベル賞セレモニー公式動画からキャプチャー)
「ごめん、もう1回言って?」って思わず素の反応をしたくなる授賞理由だよね!なんでまたそんな奇妙なことを思いつき、またどうしてそのようなことをしようとしたのかな?
そもそもとして、鼻毛というのにはなんかあまりいいイメージを持っている人は少ないんじゃないかな?なんか生えてると剃ったり抜きたくなる、あるいは実際に処理している人も少なくないと思うよ。
しかし実際のところ、鼻毛というのはバカにできない機能を持っているよ。私たちは常に呼吸をしなきゃ生きていけないけど、そのために使われる空気の通り道が鼻だよね?
でも、空気というのは埃、花粉、細菌、ウイルスといった、有害なアレルゲンや病原体に満ちているもの。これらが体内に入ってしまうのは実によくない!このために鼻毛があるよ。
鼻毛というのはそういうゴミを捉えるフィルターとして機能しているよ。これは実際に、円形脱毛症に悩まされている患者さんで報告されている様々な症状から推定することができるよ。
円形脱毛症の人は、頭髪だけでなく鼻毛も抜ける傾向にあり、鼻炎や不快感の報告が多くあるよ。これは、鼻毛というバリア機能が失われたから、と考えて何ら不自然ではないよね。
ただ、今回イグノーベル医学賞を受賞したChristine Pham氏などの研究チームは、文献を調べていて奇妙な点に気づいたよ。こんな風に鼻毛の機能は謳われているけど、実はちゃんと調べた研究が見つからなかったんだよ!
一般の人はもちろん、専門の人も「鼻毛は有害物を除去する空気フィルター」だと思ってたんだけど、少なくともPham氏らが調べる限りでは、それは経験則であって、学術的な証拠がなかったわけだよ!
なので、円形脱毛症の人が、呼吸を通じて有害なアレルゲンや病原体に晒されるリスクが上がるのか、というのは、実ははっきりとしたことが言えないと分かったわけ!
脱毛症に関する専門家だったPham氏らは、じゃあ、自分たちで調べるしかないでしょ?と思ったよ。そのためには、人間の鼻には正確に鼻毛がどの程度の密度で分布しているのを調べないといけないよ。
つまりこれが、献体として提供された死体の鼻毛の本数を調べるという、これだけ聞くと奇妙に思えることを行ったよ。もちろん、左右の鼻の穴それぞれで本数をきちんと分けてカウントしたってわけ!
左右を分けてカウントしたのは、単純に互いの違いを見たいだけじゃないよ。人体はしばしば左右が微妙に非対称であることもあるし、脱毛症の人で鼻毛が抜けている人は片方の穴だけが抜けているケースもあったからだよ。
さすがに、左右の鼻の穴で本数が違うのか?という単純な疑問だけで調査したわけじゃないからね!差があったとしてもなかったとしても、それは重要なデータということになるよ。
今回の研究で調べた献体は、10人の男性と10人の女性で構成されていて、年齢は83.5±12.4歳だったよ。死因はがん、心疾患、それ以外を含んでいるよ。
そして肝心の本数は、右側の鼻の穴で112.2±64.1本、左側の鼻の穴で120.0±62.7本と数えられたよ。少しだけ左側の鼻の穴の数が多いように思えるけど、これは有意ではない差、つまり左右とも同じ本数だと判断されたよ。
そして今回の研究では、男女での鼻毛の本数も同じであると判断されたよ。逆に差が見つかったのは死因で、がんが死因の人の鼻毛の本数は、他の死因の人よりも少ないと分かったよ。
脱毛ということで抗がん剤の影響が想像されるところだけど、今回の研究では治療歴のデータが示されていないから、がんそのものやがん治療の影響と鼻毛の本数に関係があるのかは今回は決定できなかったよ。
今回は鼻毛の長さも測定され、穴の手前側でも奥側でもそれほど差はなく、身体の内側に向かって約1cm (0.810-1.035cm) の長さで伸びている、と判断されたよ。
結局、今回は調べた死体の数が少なく、全員が高齢者なこともあるから、はっきりとした結論を出すにはデータ不足ってところだね。だから、今回の研究だけで鼻毛の役割を決定することはできないよ。
一応、鼻の手前側に生えているという分布は、空気中のゴミが一番手前の毛に当たってせき止められる、とよく関係していることから、鼻毛の基本的な役割の推察をきちんと研究データで裏付けられた点を評価できると思うよ。
何より、鼻毛の役割に関する研究なんて誰もやったことがないので、初めて研究してみた領域は分からないことが多いのが当たり前。常識にとらわれず真正面から立ち向かった点は素直に評価していい点だと思うよ!
それに、今後の研究実施や鼻毛の役割について真剣に考えるなら、患者に負担をかけずに鼻毛の分布を調べる検査ツールを開発したり、鼻毛の代わりとなるバリア機能の開発とかを考えないと、とPham氏らは言っているよ。
今のところワセリンなどを使った代替のものはあるけど、これは患者には不評なので、より研究が進んで鼻毛の重要性が理解されれば、より不快感の少ないものを作るのは十分動機づけになると思うんだよね。
授賞理由だけ聞いたら「なんでそんなことをしたの?」と思える研究だけど、その答えは「常識だと思っていたことについて誰も証拠を持ってなかったから」という、学問上の大きな問題に向き合った重要な研究だよ!
誰も調べてないけど経験的に正しいだろうとされる事象は無数に転がっているので、それを常識と思って放置せず、真剣に向き合ってイチから研究した。これがイグノーベル賞に輝いた理由じゃないかと私は考えているよ。
受賞国: 日本国
受賞者: Homei Miyashita (宮下芳明) & Hiromi Nakamura (中村裕美)
授賞理由: 電気を流した箸やストローが食べ物の味をどのように変えるのかを調べた実験に対して。
受賞論文: Hiromi Nakamura & Homei Miyashita. "Augmented gustation using electricity". Proceedings of the 2nd Augmented Human International Conference, 2011; 34, 1-2. DOI: 10.1145/1959826.1959860
(画像引用元: 第33回イグノーベル賞セレモニー公式動画からキャプチャー)
これは日本の受賞枠ということで、多くのメディアが取り上げているから今更感はあるけど、私はそこんところを区別するつもりはないから、同じように解説してみるね。
生きる上で何かを食べないといけないのが動物という生き物で、その中で進化したと考えられるのが「味覚」というセンサーだよ。感じる味は動物によって違うけど、ヒトは味覚がかなり複雑な動物の1つだよ。
味覚は、舌にある「味蕾」と呼ばれる構造が要だよ。味蕾に味を感じる化学分子が結合すると、それを知らせる信号が脳へと伝わり、これを変換することで私たちは味を感じることができるよ。
この、味蕾から脳へと伝わる信号は、神経を通る電気信号だよ。なので味を感じる化学分子でなくても、舌に電流が流れることで何らかの "味" を感じるというケースは多々あるよ。
特に、金属を舌にくっ付けた時に起きる感覚は代表的なものだよ。これは金属から舌に微弱な電流が流れることで、脳が味蕾に結合した分子の信号だと勘違いし、味としての変換処理がなされてしまうわけだね。
これ自体は金属に対する不快感として、既に1752年には知られていたものではあるけど、それ以上の何か応用というのはイマイチ思いつかなかったよ。というのは、さっき書いた味覚の仕組みはかなり単純だからだよ。
味覚はそれ単独で成り立つ場合もあるけど、見た目の色や発せられる匂いや音にもずいぶんと依存する刺激で、これを意図的にいじることで、本来とは別の味がする、というケースは結構あるんだよね。
例えば、鼻をつまむ、つまり嗅覚を遮断してコーヒーを飲むと、全然違う味に感じられるよ。あるいは、湿気った音をヘッドホンから流すと、新鮮なポテトチップスがまずく感じる、なんて研究もあるよ。
近年では本来とは異なる味を意図的に出すデバイスの研究開発も盛んだけど、これも味覚それ自体にアプローチするのではなく、視覚・嗅覚・聴覚・触覚刺激をいじることで実現しているものが多いよ。
もちろん、食べ物に付けられるフレーバーのように、味覚自体を変えるというアプローチもあるにはあるけど、結局のところそれは味蕾に結合する化学分子の種類を変えているということになるよね。
これは直接身体に取り込まれるものであるという点で、満たすべき安全性などの要件の難易度が高いし、化学分子によっては高価になってしまうので、コストを考えるとあんまり闇雲に広げられる手法でもないんだよね。
なのでこれまでの研究は、味覚そのものにアプローチするのではなく、別の方向から攻める曲芸飛行によって問題を解決しているケースが多くあったよ。
その意味では、今回イグノーベル栄養学賞が贈られた宮下芳明氏と中村裕美氏の研究は、味覚にアプローチしているけど、化学分子ではなく電気刺激によって解決している点が中々面白いよね!
今回受賞対象となった論文では、電気が流れるストローや箸を使うことで、食べ物の味を変えることを試みているよ。単なる金属の不快感ではなく、食べ物の味を変えるというアプローチはかなり斬新だよね!
電気的刺激による味覚のアプローチは、飲み物だったら飲み物がある程度電流を流さなければならないし、箸だったら食べ物と舌との間に抵抗値の差がないといけないけど、この辺の問題はある程度クリアできるよ。
受賞対象論文の発表から10年後、2022年に開発された「エレキソルト」は、電流が流れるお椀とスプーンによって塩味を強化するよ! (画像引用元: 第33回イグノーベル賞セレモニー公式動画からキャプチャー)
これが今回受賞対象となった論文のざっくりとした内容だけど、これは2011年に書かれたもの。現在では更にもう一歩進んでいるんだよね!
2022年には、電気が流れるお椀とスプーンで構成された「エレキソルト」というものを開発し、減塩食の塩味の強さを最大1.5倍に増強することに成功したんだよ!
塩味は、味覚に関する長年の課題なんだよね。例えばこれが甘味の場合、天然か人工かを問わず甘味料に置き換えることによって、蔗糖の使用量を減らしてカロリーを抑える、というのは実用化しているよね。
ところが "塩味料" というのは聞いたことはないんじゃないかな?それも当然で、塩味というのは食塩、つまり塩化ナトリウム以外のほとんどの物質では現れてこない味覚だからだよ!
塩化ナトリウムに近い物質のほとんどは強い苦味やえぐ味を持ち、塩味を感じることはほとんどないんだよね。わずかに塩味を感じる物質はあるものの、これは生体に対して有害というとんでもない弱点があるよ。
今のところ、塩化カリウムを混ぜることで相対的に塩化ナトリウムを減らした「減塩塩」は販売されているけど、代わりに含まれるカリウムも体質や量によっては有害になりうるので、あんまりいい手段ではないんだよね。
エレキソルトは、塩味にまつわる長年の課題について、塩化ナトリウムを直接減らした上で代わりの物質を投入しない点で、かなり画期的なデバイスであると言えると思うよ!
「電気が流れる箸やストロー」って言われてもイマイチピンと来ないかもだけど、世界中で問題となっている過剰な塩分による高血圧の問題などに直接的な解決策をもたらすかもしれない点では、とてもすごい研究だよね!
受賞国: 中華人民共和国、カナダ、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国、オランダ (※オランダ王国構成国) 、アイルランド、アメリカ合衆国、日本国
受賞者: Katy Tam, Cyanea Poon, Victoria Hui, Wijnand van Tilburg, Christy Wong, Vivian Kwong, Gigi Yuen & Christian Chan
授賞理由: 教師と生徒の退屈をきちんと統計的に研究したことに対して。
受賞論文:
①Katy Y. Y. Tam, et al. "Boredom begets boredom: An experience sampling study on the impact of teacher boredom on student boredom and motivation". British Journal of Educational Psychology, 2020; 90 (S1) 124-137. DOI: 10.1111/bjep.12309
②Katy Y. Y. Tam, et al. "Whatever will bore, will bore: The mere anticipation of boredom exacerbates its occurrence in lectures". British Journal of Educational Psychology, 2023; 93 (1) 198-210. DOI: 10.1111/bjep.12549
プレゼンターが退屈で居眠りしているように見えるのは気にしちゃダメよ! (画像引用元: 第33回イグノーベル賞セレモニー公式動画からキャプチャー)
退屈というのはイグノーベル賞と深いかかわりがあるよ。今はリモート授賞式だけど、2019年まではハーバード大学で授賞式を行っていて、受賞者が会場でスピーチを行っていたよ。
ところがスピーチが60秒を過ぎると、8歳の女の子が「もうやめて、私は退屈なの (Please stop. I'm bored)」と連呼してスピーチを妨害する「ミス・スウィーティー・プー」というのが1999年から行われていたからだよ。
まぁそれはおいといて。学校の授業は退屈だ・退屈だった、という経験は誰しもあるとは思うよね。教師は熱心に授業をしているのに、頬杖をついたり、居眠りをしたり、こっそりケータイをいじったり……。
実際のところ、生徒が授業に退屈するというのはよく報告されており、学習意欲や成績を低下させる負の因子として、教育学的には注目されている現象の1つに挙げられているよ。
ただ、今回イグノーベル教育学賞を受賞したKaty Tam氏らの研究チームが言うには、生徒の側の退屈というのはよく評価されているけど、先生の側の退屈はちゃんとした調査が足りないんじゃないか?と考えたよ。
と言うわけで受賞対象の1つ目の論文では、香港の中等教育を行う2つの学校に属する、計437人の生徒 (平均年齢14.5歳) と17人の教師 (76.5%が40歳以下) を対象に、試験日に重ならない2週間を使って調査を行ったよ。
調査は、教師側についてはオンラインアンケートの形式で、「自分が担当した授業に対する退屈度」を6段階評価する形式でデータを得たよ。
これに対し生徒側は紙のアンケートで調査を行い、各授業の直後に「授業の退屈度」「生徒が感じた教師の退屈度」「学習意欲」について6段階評価する形式でデータを得たよ。
生徒の退屈は生徒の学習意欲を低下させるよ。では生徒の学習意欲の低下は何で起こるのか?教師が退屈にしているだけでなく、教師が "退屈しているように見える" ことも関わることが明らかにされたよ! (画像引用元: 第33回イグノーベル賞セレモニー公式動画からキャプチャー)
その結果は中々に面白かったよ。まず、教師が授業に退屈しているように見える場合、生徒もより強く退屈を感じたよ。生徒がその授業を退屈と感じてる場合、生徒の学習意欲は下がったよ。これは予想がつくね。
ところが、教師が自己申告した退屈度合いと、生徒が感じた教師の退屈度合いは関係性が見えなかったよ。これは中々面白いね!教師がいくら熱心でも、生徒にとってはそうは感じないこともあるということだよ。
一方、教師が授業に退屈していれば、生徒もまた退屈を感じるには関係性が見えたよ。ということは、教師の退屈が生徒の退屈を招き、学習意欲を低下させ、更に授業を退屈にさせる、という負の連鎖が起こる可能性があるよ。
ということは、教師の側としては自分が授業に退屈しているような姿勢を見せないことが、生徒の退屈さを防ぎ、学習意欲の低下を防ぐという意味でとても重要であることが見えてくるね。
ただし、生徒による教師の退屈度合いの評価は必ずしも正確ではないことには注意が必要で、場合によっては空回りする恐れがある、というのは注意してみないといけないかもしれないね。
2つ目の研究では、生徒の退屈度合いに対する予測は、その後の授業の実際の退屈度合いとどのように関係しているのか、を、3つの実験を通じて調べてみたよ。
1つ目の実験では、キングス・カレッジ・ロンドンの心理学コースの生徒、121人に対して行われたよ。授業の5分前と授業後のそれぞれでアンケートを実施し、退屈度を7段階評価してもらったよ。
つまり、講義前の予測される退屈度と、授業後の実際に感じた退屈度をそれぞれ測ったわけだよ。
2つ目の実験では、1つ目の実験での穴を埋める目的で行われたよ。こちらは香港大学の心理学コースの生徒130人に対し、認知行動療法に関する授業の前に行われたよ。
生徒には、以下の3つの文章がランダムに割り当てられた上で、授業前と授業後のそれぞれの退屈度が3段階評価されたよ。
3つ目の実験も、香港大学の心理学コースの生徒92人に対して行われたよ。文学理論に関する同じ20分の動画を視聴するんだけど、その時事前情報として以下の情報を与えたよ。
こちらは事前の退屈度合いを予め操作した上で、講義前と講義後にそれぞれ退屈度合いがどう変化するのか、を7段階評価する形で行われたよ。
その結果、3つの実験とも、事前の退屈度合いがその後の授業の退屈度合いに関係している、つまり事前に退屈を感じているほど、その後の授業も実際に退屈に感じる、という傾向があることが明らかにされたよ。
これは中々に面白い所だよね。つまり事前の授業の退屈度合いに関する評価は、実際に感じる退屈度合いに影響するということだから、事前評価は結構重要になってくるということだよ!
自己評価、事前の操作、ランダムな割り当てのいずれでも同じような評価が返ってくるということは、教師にとって事前の退屈度合いの評価というのはかなり真剣に向き合わないといけない問題かもしれないよ!
退屈度合いは学習意欲に影響することを考えると、教育関係において「この授業は退屈らしい」という噂にはきちんと向き合う必要が出てくるかもしれないよ!
蛇足だけど、元の授賞理由には "methodically" という単語があるよ。これは直訳では「統計的に」だけど、「几帳面」という意味もあるから、多分ダブルミーニングのシャレなんだよね。だから上記の訳にしたよ。
受賞国: アメリカ合衆国
受賞者: Stanley Milgram, Leonard Bickman & Lawrence Berkowitz
授賞理由: 街道で見知らぬ他人が上を向いているのを見た時、どれだけの通行人が立ち止まって上を向くかを調べた実験に対して。
受賞論文: Stanley Milgram, Leonard Bickman & Lawrence Berkowitz. "Note on the drawing power of crowds of different size". Journal of Personality and Social Psychology, 1969; 13 (2) 79-82. DOI: 10.1037/h0028070
(画像引用元: 第33回イグノーベル賞セレモニー公式動画からキャプチャー)
今回受賞した他の研究は2000年代で、2020年以降も珍しくない中で、これだけは1969年 (研究実施は1968年) とぶっちぎりに古いよね!しかも、受賞者にはかの有名なスタンレー・ミルグラム氏が含まれているよ!
しかもSNSの反応を見る限り、この論文自体も結構有名らしい……んだけど、ごめん!私はこの分野に明るくないので、この受賞があるまで具体的内容までは知らなかったよ!
とはいえ、この研究内容自体はそこまで難しくないよ。この研究では、ミルグラム氏のゼミの生徒が協力し、ニューヨークはマンハッタンの42番街の街道で実験を行ったよ。
1人から15人までの様々な人数で、当時ニューヨーク市立大学大学院センターが入居していたイオリアンビル (Aeolian Building) を見上げ、6階から42番街を行き交う通行人の行動を撮影することにしたよ。
通行人にとって、見上げる役の生徒は赤の他人。では見上げる人数が増えると、それにつられて立ち止まって上を見上げる人が増えるのかな?という実験を行ったんだよ。
立ち止まって上を見上げる人数が増えれば増えるほど、通行人も立ち止まったり上を見上げる確率が高くなることが明らかにされているよ。 (画像引用元: 第33回イグノーベル賞セレモニー公式動画からキャプチャー)
その結果、1人が見上げている時に立ち止まって上を見上げた通行人は4%だったけど、15人が見上げている時には40%まで増えたんだよ!
これは集団行動が心理にどのような影響をもたらすのかを調べた有名な研究らしく、引用回数は700を超えるかなり有名な論文だよ!
しかし、今更この研究がイグノーベル賞に輝いた理由は何なのか?という点は気になるところだね。イグノーベル賞自体はこの研究より何十年も後に創設されたことを考えても、他と比べて異質だからね。
ただ、これは私の憶測ではあるんだけど、2021年の第31回イグノーベル動力学賞に「歩行者が時には他の歩行者とぶつかってしまう理由を実験で解明した事に対して」というのがあった流れじゃないかと考えているよ。
これは同じ年のイグノーベル物理学賞「歩行者が常に他の歩行者とぶつからず歩ける理由を実験で解明した事に対して」と対になる研究で、人が集団の中でぶつかってしまう理由を探った研究だよ。
論文では注意散漫状態の直線的歩行、と難しい表現が書かれているけど、要はこれは「歩きスマホ」のことで、周りがよく見えずにぶつかってしまう、ということを指しているよ。
これが今回とどう関係するのか?今回の受賞セレモニー動画を見ていると、受賞者の1人であるLeonard Bickman氏に、プレゼンターが「人々がみなスマホを見ていたらどうなるの?」と問いかけているんだよね。
さすがに、研究が行われてた1968年当時にはスマホはおろか携帯電話すらなく、その懸念はないわけだけど、これはイグノーベル賞の側が「1968年と違って人々が下ばかり向いている」という皮肉を効かせたのかもしれないね。
また、イグノーベル賞は故人であっても受賞できるよ。これは本家ノーベル賞と大きく違う点だから、本家ではできない古い研究を掘り起こすことは全然アリだと思うよね!
ちょっとこれは個人的な憶測が過ぎるので、もしかしたら間違っているのかもしれないけど、色々と異質な研究が1つだけ混ざっているので、ついこういう邪推をしたくなってしまうね!
受賞国: スペイン王国、ガリシア自治州、スイス連邦、フランス共和国、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国
受賞者: Bieito Fernández Castro, Marian Peña, Enrique Nogueira, Miguel Gilcoto, Esperanza Broullón, Antonio Comesaña, Damien Bouffard, Alberto C. Naveira Garabato & Beatriz Mouriño-Carballido.
授賞理由: ヨーロッパカタクチイワシの性行為によって海水がどの程度かき混ぜられるのかを測定したことに対して。
受賞論文: Bieito Fernández Castro, et al. "Intense upper ocean mixing due to large aggregations of spawning fish". Nature Geoscience, 2022; 15, 287-292. DOI: 10.1038/s41561-022-00916-3
(画像引用元: 第33回イグノーベル賞セレモニー公式動画からキャプチャー)
性行為ってキーワードから、一見すると下ネタとしか思えないかもしれないね。でもこの研究は、地球に棲む私たちにとって欠かせない「海」というものを見渡す時に決して欠かせない視点を与えているんだよ。
海という水の塊は、地球全体を循環する海流で運動しているけど、その流れは決して滑らかではなく、しばしば流れの乱れ「乱流」を生み出すよ。これは流体力学の基本であり、一般にも想像がつきやすいよね。
乱流が発生する海流の運動エネルギーは「乱流運動エネルギー」で考えるよ。そして乱流運動エネルギーの一部は、海水を構成する分子同士の摩擦で熱エネルギーに変換される「散逸」という現象が発生するよ。
ただし、乱流運動エネルギーは散逸で熱エネルギーに変換されるだけでなく、位置エネルギーに変換されることも重要だよ。これは乱流によって海水が混ぜられることが原因で起こるよ。
海水がかき混ぜられると、海水のポイントごとに温度や塩分濃度といった物理的・化学的な差 (勾配) が発生し、これを平均化しようとする現象が自然発生するよ。
これはしばしば海水に含まれる物質を上へ持ち上げようとする上方輸送の源となるから、結果として乱流運動エネルギーは位置エネルギーに変換される、という形になるよ。
ただ、海流の乱流運動エネルギーの位置エネルギーへの変換量は謎が多かったよ。海水という巨大な水の塊をそのまま全て測定できない以上、重要な変換先の割に数値化が極めて難しいからだよ。
理想化されたシミュレーションの上では、海水の混合効率は約0.16らしい、というのは分かっているんだけど、もっと違う値なんじゃないかという意見もずっと存在してたよ。
特に、理想化されたシミュレーションは海水だけを考えているのが問題だったよ。実際の海にはプランクトンからクジラまで多種多様な生き物が泳いでいて、これを無視していいのかという点はずっと指摘されてきたよ。
もちろん、生物の泳ぎが海水全体の乱流に繋がるのか、というも証明困難な話題だよ。実際、初期の研究では、魚の群れやオキアミの回遊は乱流に影響するという研究結果が出されていたけど、後に支持されなくなったよ。
なぜなら、実際に測ってみるという複数の研究によって、当初の研究で想定されていたほどの生物による乱流や混合が見つからず、あったとしてもそれは非常に小さい割合しか占めない、となったからだよ。
今回イグノーベル物理学賞を受賞したBieito Fernández Castro氏などの研究チームは、この考えに異を唱えたよ。Castro氏らは生物による海水混合はずっと大きな割合であろう、と考えたわけだよ。
そこで、スペインがあるイベリア半島北西部のリア・デ・ポンテヴェドラ (Ría de Pontevedra) 沖合の海で、2018年7月に海水や気象に関する様々なデータを測定し、生物の影響を調査してみたよ。
すると予想通り、いくつかのデータは海そのものの性質だったり、河川水や気象による影響では説明できない混合効率の逸脱を見せたよ。そして最も重要なことがプランクトンを採集する網で発見されたよ。
それは大量の「ヨーロッパカタクチイワシ (Engraulis encrasicolus)」の卵だよ。特に夜には生みたての卵が、昼には少しだけ成長した卵が採集されたことから、夜に産卵した卵である可能性が高いよ。
これは音響探知機で、夜間に魚の群れと思われる信号が得られていたこととも一致するよ。また、7月から8月の19時から6時がヨーロッパカタクチイワシの産卵のピークであることとも矛盾しないよ。
残念ながら、採集道具が無かったので魚本体は得られなかったものの、数々の証拠からヨーロッパカタクチイワシの群れが夜に泳いでいたと見て間違いなさそうだよね。
そして、混合効率が逸脱したのは夜の方が傾向が強かったことも考えると、ヨーロッパカタクチイワシの群れの産卵行動、つまり性行為が、海水を強くかき混ぜている、とCastro氏らは結論付けたよ!
ヨーロッパカタクチイワシの性行為、つまり産卵行動によって発生する乱流は、無視できないレベルで海水を混ぜることがこの研究で明らかにされたよ! (画像引用元: 第33回イグノーベル賞セレモニー公式動画からキャプチャー)
Castro氏らの推定では、いくつかの議論の余地はあるものの、昼間の10倍から100倍もの混合がヨーロッパカタクチイワシの性行為によってもたらされており、嵐にも匹敵する海水混合が起きていると考えているよ。
これはヨーロッパカタクチイワシと同じような、体長数十cmの遠洋魚の群れによる海水の混合が、生物以外の理由で起こる自然な海水の混合にも匹敵する激しいものであることを示唆しているんだよ!
海水の混合は栄養素や酸素を供給し、生態系の根っこである植物プランクトンの成長を促すことを考えると、生物による海水の混合は海の環境維持を考える上で決して軽視してはならないものとなるよ。
更に言えば、海水という地球の7割の面積を占める存在の物質循環は、気候変動という大きな話題にも直結するものだから、私たちにも決して無縁とは思えない問題でもあるよ!
結局のところ、イグノーベル賞として変な単語を選んだから変な笑いがでるけど、実際にはものすごく真面目で重要な内容である、というのがこのヨーロッパカタクチイワシの性行為と海水混合の研究なんだよね。
イグノーベル賞は内容の奇抜さやユニークさがよく注目されるけど、単純な面白さとか笑いがとれるとか、いわゆる一発ネタだけで逃げて受賞できるような内容の賞じゃないよ。
「人々を笑わせ、考えさせた業績」という主旨と今回の内容を見れば分かる通り、とてもまじめな研究に対して贈られていて、その結果や成果を考えても、この先発展しうる要素を秘めた研究なんだよ!
授賞理由だけ聞くと、なんでこんな研究したの?って思えるようなものでも、具体的な応用とかその業界にインパクトを与える内容のもあったりするのも、イグノーベル賞が贈られる研究の特徴と言えるよ。
だから科学研究というのは、すぐに役に立つとかそういう視点ばかりで評価するのではなく、一見するとムダに思える研究にもちゃんとした内容や、思わぬ発展がある、という点が少しでも分かってくれたら私は嬉しいかな。
<第33回イグノーベル賞>
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