低圧室温超伝導を合成した!かも? それに向けられた "高いプレッシャー" とは

2023.03.10

※この記事の主題である論文は2023年11月7日に撤回されました。当記事の内容は公開当時の状況に基づいています。

みなさんこんにちは!サイエンス妖精の彩恵りりだよ!

 

今回の解説は、低圧かつ室温で超伝導を示す物質「窒素含有水素化ルテチウム」が合成されたという報告についてだよ!

 

通称 "Red Matter" (赤色物質) と呼ばれるこの物質は、これまで合成された室温付近で超伝導を示す物質よりもずっと低圧で超伝導を示したよ!

 

これをすぐに実用化するのはムリでも、超伝導体を実用化する研究に大きな弾みをつけるものすごい発見だよ!

 

ただし一方で、低圧室温超伝導体というモノに対して皮肉なことに、この研究にはある意味で "高いプレッシャー" (圧力) が掛けられているよ。

 

なぜなら、この研究を行ったメンバーの何人かが、この研究分野で議論の渦中にある状態だからだよ。その背景も含めて解説するね!

 

低圧室温超伝導体を合成?

(画像引用元: 青色結晶 (University of Rochester, J. Adam Fenster), ピンク色粉末 (University of Rochester, Ranga Dias) )

電気をロスなく流し、強力な磁力を与える物質「超伝導体」

学校では、電気が流れる物質を導体、流れない物質を不導体 (絶縁体) と習うよね?また、この中間くらいの物体は半導体とも呼ばれるよ。

 

これの違いは、物質が電気をどれくらい流しやすいのかという電気抵抗が関わっていて、物質の種類や組成だけでなく、温度や圧力といった環境も大きく関わってくるよ。

 

1911年、ヘイケ・カメルリング・オネスは、水銀を-269℃ (4.2K) という超低温に置くと、電気抵抗がゼロになることを発見したことで、「超伝導」と呼ばれる物理現象が知られたよ!

 

超伝導は文字通り電気抵抗ゼロで、流した電流は全く失われずに流れ続けるよ。よく電気を通す導体でもわずかながら電気抵抗を持つことから、これは大きな違いだよ。

 

例えば、発電所から私たちまで電気を送る送電線は、電気抵抗の小さい銅を、なるべく直径が太くなるように使っているけど、それでも5%くらいの電気が電気抵抗で失われているよ。

 

もし超伝導物質で電線を作れば、このような送電ロスは存在しなくなるから、環境問題に直結するエネルギー分野で革命となりうるよ!

 

また、超伝導物質は極めて強い磁石にもなることから、MRIリニアモーターカー核融合炉といった強磁場が必要な分野でも注目されている材料だよ。

 

超伝導は100年来の夢の物質

超伝導体の区分1

従来の超伝導体は極低温か超高圧でしか超伝導を示さなかったよ。これに対し今回合成された低圧室温超伝導は、比較的低い圧力で室温超伝導を示すことが分かったよ! (画像引用元: University of Rochester, Ranga Dias)

超伝導体の区分2

従来の超伝導体と、今回合成された低圧室温超伝導は、このような数値的違いがあるよ!

 

ただ、超伝導の発見から100年以上経つのに超伝導の電線を見かけないよね?これは、超伝導が低温でしか現れない性質であることで、実用を阻んでいたのが主因だよ。

 

一応、1985年には-200℃の液体窒素の温度より高い温度で超伝導となる「高温超伝導」が見つかり、ノーベル賞受賞対象となるくらい、この分野に革命をもたらしたよ![注1]

 

それまでの超伝導物質は、液体ヘリウムという莫大なコストのかかる物質でしか超伝導ができなかったことを考えると、安価な液体窒素で超伝導ができるのは驚きだったからね!

 

ただ、高温超伝導と言っても、日常生活の上では-200℃も結局低温には違いなく、まだまだ多くの分野に用途を広めるには難しい状況が続いていたよ。

 

更に最近、2015年には硫化水素が-70℃で、2019年には十水素化ランタンが-23℃で超伝導を示すという、-80℃ドライアイスすら超える温度での超伝導が発見されているよ!

 

ただしこれらは、大気圧の100万倍以上という超高圧の下で達成した超伝導であり、やはり実用化には程遠いって感じだけど、これらの発見は別の意味で重要になったよ。

 

なぜなら、硫化水素や十水素化ランタンといった超高圧で超伝導を示す超伝導体は、いずれも水素を含んでおり、かつ単純な組成の物質で達成しているからだよ。

 

従来の高温超伝導を示す超伝導体は、極めて複雑怪奇な組成をしていて、超伝導が起こる理由を説明するBCS理論という理論でもうまく説明できないという難題を抱えていたよ。

 

これに対して水素を含む超伝導体は、挙動がよくわかっている水素を含んでいて、組成も単純なので、BCS理論による理論的な背景が説明しやすいという易しさがあるよ。

 

理論がうまく適応できるということは、まだ調べていない物質での超伝導が予測しやすいということで、実際にその後の研究でも新たに室温に近い温度での超伝導体が見つかっているよ。

 

確かに、いくら室温に近い温度で超伝導を示していても、超高圧が必要な超伝導体は、今すぐには役に立つとは言えないよ。あくまで今すぐという点ではね。

 

しかし、研究データを積み重ねることで、いつかは室温と大気圧という普通の環境でも超伝導を示す物質が見つかる手掛かりが得られるかもしれない、そんな感じで物理学者は研究を続けているよ。

 

「窒素含有水素化ルテチウム」が低圧室温超伝導を達成!

窒素含有水素化ルテチウムは、純粋なルテチウム、水素、窒素を高温で時間をかけて反応させるとできるよ。大気圧の下では綺麗な青色結晶だけど、加圧するとピンク色の超伝導体になるよ!更に加圧すると赤色になるけど、これは超伝導を示さないよ。 (画像引用元: 青色結晶 (University of Rochester, J. Adam Fenster), ピンク色粉末 (University of Rochester, Ranga Dias) )

今回、ロチェスター大学のRanga P. Dias氏などの研究チームは、この注目される分野でものすごい成果を上げたよ!なんと、低圧で室温超伝導を達成したと報告したんだよ!

 

この超伝導体は、ルテチウムという金属元素の箔を、99%の水素と1%の窒素の混合ガスの下で200℃に加熱し、数日間反応させることで生成したよ。

 

この反応で得られる「窒素含有水素化ルテチウム (LuH3-xNy)」は、それ自体は青色の外観を持つ綺麗な結晶だけど、圧力をかけると劇的に変化するよ。

 

圧力が0.5GPa (5000気圧) を超えると、窒素含有水素化ルテチウムはピンク色になり、-102℃で超伝導体となるよ。この時点で高い温度だけど、圧力を上げ続けると更に変化するよ。

 

最終的には、1GPa (1万気圧) では21℃で超伝導体を示すという、真の意味で室温超伝導を示す物質となったよ!しかも、その必要な圧力はとても少ないよ!

 

さっき書いたように、水素を含み、比較的高温で超伝導を示す物質は、必要な圧力が100万気圧以上もあるから、窒素含有水素化ルテチウムの場合は100分の1以下で良いということになるよ!

 

もちろん、相変わらず日常からすると高圧すぎて、例えば世界で最も深い海の底 (約0.1GPa / 約1000気圧) に持っていっても、窒素含有水素化ルテチウムが超伝導を示すことはないよ。

 

また、ルテチウムは極めて希少な元素[注2]で、仮にこのまま使おうとしても、材料が高額すぎて限定的すぎる用途にしか使えないので、実用化はまだまだ先と言えるよ。

 

それでも、これまでの必要な圧力よりずっと低い値で超伝導を達成したことは、更なる改良の余地を秘めている、ってことになるね!

 

この研究の深掘りが、あまり貴重でない物質で似たような性質を持つ物質を見つけたり、あるいは必要な圧力がもっと低い物質の発見につながる可能性は十分にあるよ!

 

ちなみに、更に圧力をかけると超伝導を示すことは無くなり、ピンク色から赤色に変化するよ。これを指し、研究チームはこれを "Red Matter" (赤色物質) [注3]と呼んでいるよ。

 

「本当ならいいね」って反応が多いのはなぜ?

低圧室温超伝導は本物の成果?

室温超伝導物質の論文が、編集者権限でNature誌掲載の論文が撤回される、ということが数ヶ月前にあったけど、今回の研究を行ったメンバーの一部がその論文の中に含まれていたよ。そのゴタゴタのせいで、似たような研究内容である今回の論文もいろいろな意味で注目されているんだよ。 (画像引用元: Nature (Elliot Snider, et.al.) )

 

ただ、この発見、実は諸手を挙げて喜ぶ、という状況にはなってないよ。というのは、この論文を出した研究チームのメンバーの過去を知る人からすると、不安があるからだよ。

 

この論文は2023年3月8日にNature誌に公開されたけど、その数ヶ月前の2022年9月26日、有機物での室温超伝導に関するNature誌掲載の論文が編集者権限で撤回される出来事があったよ。

 

撤回された論文の研究チームは、その何人かが今回の論文と共通している[注4]。その点で、内容は本当に大丈夫なのか?という不安が付きまとっているんだよ。

 

その辺のゴタゴタは話すと本当に長いので、私が書いた解説記事を別途参照してくれるとありがたいんだよ (リンク先) 。

 

もちろん、過去の騒動で疑惑の目が向けられるのは研究チームも百も承知。低圧な超伝導体に掛けられた高いプレッシャーに対し、過去の撤回された論文で指摘された様々な点に対応したよ。

 

例えば、撤回された室温超伝導体は有機物であり、高圧下での詳しい組成や構造の解析が難しく、どうして超伝導になるのか、という理論的側面が分からないという問題があったよ。

 

これに対して窒素含有水素化ルテチウムはある程度理論的な説明ができるよ[注5]。詳細は難しいけど、ルテチウムの持つ電子や、窒素の存在が関与していると説明しているよ。

 

また、超伝導体が超伝導であると説明する時には、電気抵抗を測るだけでは不十分で、磁場や熱での性質もきちんと調べる必要があるよ。

 

窒素含有水素化ルテチウムは、磁場や熱での性質も、超伝導体に典型的なものを示していたと確認したとしているよ[注6]。ということで、これは真に超伝導体である可能性があるよ!

 

また、論文公開後の翌日には、プレプリントではあるけど、全く別の研究チームが高圧と低温で水素化ルテチウムが超伝導なる、という趣旨の論文をarXivに投稿したよ。

 

査読 (簡単に言えば第三者チェック) を受けていないプレプリントであり、窒素を含んでいないとか室温超伝導ではないという違いがあるけれども、超伝導という重要な部分で似たような結果が出ているというのは重要だよ。

 

足りていないものとしては、含有した窒素の正確な割合と結晶における位置のデータで、研究ではX線で調べようとしたものの、うまく行かなかったよ。

 

これは将来的に、中性子散乱など別の方法でチェックすることで確認ができると思うし、もしそれが分かれば室温超伝導を示す理由を更に深掘りできると思うんだよ。

 

更に、これに合わせて、撤回された室温超伝導の論文に関しても、データの追加や修正を加えた上でNature誌に再投稿しており、これは現在査読中だよ。

 

このように、過去の過失がよほど重いわけでもない限り、一度撤回された論文があるからって、続く研究が議論もせずに内容が否定される、ってことはまずないよ。

 

そして何より、今回論文が公開されたことで、色んな意味でこの研究に注目している世界中の研究者が追試となる再現実験を行うはずだよ。

 

科学というのは、条件さえ合わせれば誰がやっても同じ結果を得られる「再現可能性」が何よりも重要で、疑惑があろうとなかろうと追試されるのが本来だよ。

 

いわば、論文の公開はゴールではなくむしろスタートで、注目度の高いこの研究はなおさら多くの研究者が追試を行うはずだよ。

 

今回の研究のキモは1万気圧という低圧で室温超伝導を達成していることで、材料の入手や合成方法も、多くの研究室が比較的容易に再現可能なものだよ。

 

ただ、今回示されたやり方に従えば合成だけでも数日かかるので、今この記事が公開されている時点では、どの研究室も追試は途中のままだと思うよ。

 

よって、追試の初期の結果や、論文内容の検証結果が出てくるのは早くても来週のことで、よりはっきりした追試内容は数ヶ月とか数年とかかかる可能性があるよ。

 

それだけ注目されることは、研究チームも、掲載したNatureも承知のはずだから、今回こそは大丈夫な内容として投稿されている、と門外漢な私は願っているよ。

 

ただ、科学に願うって言うのも変な話で、万が一ダメな内容だったら、それはバッサリとダメな理由を指摘しなければいけないよ。この研究解説は、時が経てば意味がなくなる可能性もあるよ。

文献情報

[原著論文]

  • Nathan Dasenbrock-Gammon, Elliot Snider, Raymond McBride, Hiranya Pasan, Dylan Durkee, Nugzari Khalvashi-Sutter, Sasanka Munasinghe, Sachith E. Dissanayake, Keith V. Lawler, Ashkan Salamat & Ranga P. Dias. "Evidence of near-ambient superconductivity in a N-doped lutetium hydride". Nature, 2023; 615 (7951) 244-250. DOI: 10.1038/s41586-023-05742-0

 

[関連論文]

  • A. P. Drozdov, et.al. "Conventional superconductivity at 203 kelvin at high pressures in the sulfur hydride system". Nature, 2015; 525 (7567) 73-76. DOI: 10.1038/nature14964
  • A. P. Drozdov, et.al. "Superconductivity at 250 K in lanthanum hydride under high pressures". Nature, 2019; 569 (7757) 528-531. DOI: 10.1038/s41586-019-1201-8
  • M. I. Eremets, et.al. "High-Temperature Superconductivity in Hydrides: Experimental Evidence and Details". Journal of Superconductivity and Novel Magnetism, 2022; 35, 965-977. DOI: 10.1007/s10948-022-06148-1
  • G. Alexander Smith, et.al. "Carbon content drives high temperature superconductivity in a carbonaceous sulfur hydride below 100 GPa". Chemical Communications, 2022; 58, 9064-9067. DOI: 10.1039/D2CC03170A
  • (※未査読※) Hiranya Pasan, et.al. "Observation of Conventional Near Room Temperature Superconductivity in Carbonaceous Sulfur Hydride". arXiv, 2023. arXiv: 2302.08622v2
  • (※未査読※) Zhiwen Li, et.al. "Superconductivity above 70 K experimentally discovered in lutetium polyhydride". arXiv, 2023. arXiv: 2303.05117v1
  • (※撤回論文※) M. Debessai, et.al. "Pressure-Induced Superconducting State of Europium Metal at Low Temperatures". Physical Review Letters, 2009; 102 (19) 19702. DOI: 10.1103/PhysRevLett.102.197002 (Retraction: Physical Review Letters, 2021; 127 (26) 269902. DOI: 10.1103/PhysRevLett.127.269902)
  • (※撤回論文※) Elliot Snider, et.al. "Room-temperature superconductivity in a carbonaceous sulfur hydride". Nature, 2020; 586 () 373-377. DOI: 10.1038/s41586-020-2801-z (This article was retracted on 26 September 2022)

 

[関連記事]

 

[参考文献]

注釈

[注1] 高温超伝導とノーベル賞 ↩︎
1983年にバリウム・ランタン・銅の酸化物が-237℃で超伝導を示す物質であることを発見したカール・アレクサンダー・ミュラーとヨハネス・ゲオルク・ベドノルツは、1987年にノーベル物理学賞を受賞している。この発見をきっかけに、1年足らずで高温で超伝導を示す物質を発見、1985年には液体窒素の温度より高温でも超伝導を示す物質が見つかり、この分野での影響の大きさが評価されたためです。

[注2] ルテチウムの希少性 ↩︎
ルテチウムは希土類元素というグループに属しており、これらは互いに性質が似ていて化学的な分離が困難である。ルテチウムを特異的に多く含む鉱物は無く、ルテチウムをあえて使う分野も少ないことから、世界での年間生産量はわずか10トンであり、価格は1kgあたり約100万円と、金の数分の1程度である。

[注3] Red Matter (赤色物質) ↩︎
窒素含有水素化ルテチウムのこのあだ名は、SF作品『スタートレック』に登場する、文字通り赤色の物質になぞらえている。作中ではブラックホールを生み出す特殊な物質という扱いであるが、ある意味でこの赤色物質も、議論の渦中というブラックホールを生み出していると言えるかもしれない。

[注4]研究メンバーが一致している論文の撤回 ↩︎
有機物で室温超伝導を達成したと主張し、撤回された論文のメンバーには、別の撤回された論文に関わっている研究者もいる。ユウロピウムという元素の単体が超伝導を示すと主張する論文である。そして、有機物の室温超伝導の論文と、ユウロピウムの超伝導の論文のいずれも、磁化率と呼ばれる共通したデータの測定の不備が撤回の大きな理由の1つとなっている。なお、ユウロピウムの論文の研究メンバーは、今回の窒素含有水素化ルテチウムには関わっていない。

[注5] 窒素含有水素化ルテチウムが超伝導になる理論的な背景 ↩︎
超伝導を示すかどうかは、原子の周りにある電子の状態が深く関与している。水素化した希土類元素が高い温度で超伝導を示すことは知られているものの、多くの候補物質を探っても中々室温超伝導を達成することはできなかった。研究の中で、f軌道という電子軌道が14個の上限まで電子で満たされており、超伝導が発生しやすい性質を満たしていると推定された。また、わずかに含まれる窒素は、超伝導を示す条件が現れる必要な圧力を下げる作用がある。これらはいずれも詳細を省いた説明であるが、いずれも理論的に説明可能な性質である。

[注6] 超伝導体に典型的な磁気や熱の性質 ↩︎
電気抵抗が本当にゼロなのか、それとも測定不能なほど小さくて測れないだけで本当はゼロでないのかどうかを区別するのは中々難しい。そこで、他の超伝導体で知られている、どの程度の強さの磁場で磁気を帯びるのかどうか、どの程度の熱を保持できるのか、という性質で、その物質が超伝導体であることを証明する。これは今回の研究に限らず、超伝導の研究で一般的に行われている手法である。

 

彩恵 りり(さいえ りり)

「バーチャルサイエンスライター」として、世界中の科学系の最新研究成果やその他の話題をTwitterで解説したり、時々YouTubeで科学的なトピックスについての解説動画を作ったり、他の方のチャンネルにお邪魔して科学的な話題を語ったりしています。 得意なのは天文学。でも基本的にその他の分野も含め、なるべく幅広く解説しています。
本サイトにて、毎週金曜日に最新の科学研究や成果などを解説する「彩恵りりの科学ニュース解説!」連載中。

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