"家の中"から生物多様性に想いを馳せる『家は生態系 あなたは20万種の生き物と暮らしている』書評

2022.12.08

「家は生態系 あなたは20万種の生き物と暮らしている」[著]ロブ・ダン[訳]今西康子 ※画像クリックでAmazonへ

私たちの多くは、都市で生活している。そのため「自然」と聞くと、自分たちとは切り離された、どこか遠い別のところにあるような気がしてしまう。本当にそうだろうか?

通勤中によく目をこらしてみると、アスファルトのほんのわずかな隙間から、すくすく育っている植物がいくつもある。公園に行けば、たちまちうっとうしい蚊やアブが群がってくる。都市の中にも確実に「自然」は存在しているのだ。

最近はそういった「都市の中の生物」たちに注目が集まることも多い。様々な生物が都市の環境に適応して生活している。

住宅地のすぐ近くで巣作りするケープペンギンは、6万人もの観光客を集めている。
NYのエンパイアステートビルでは、夜の光に惑う渡り鳥を、ハヤブサが見事に狩る。

でも、家の外はともかく、さすがに家の中は人間だけの領分だろう、「自然」が入ってくる隙間などない――と思っていたら大間違い。本書はタイトルで”Never Home Alone"と指摘する。私たちは家の中で、膨大な数の生き物に取り囲まれて暮らしているのだ。

本書は、家の中が多様な生物に満ちていることを、軽やかな筆致で紡いでいく。なにしろ、細菌だけでも八万種にのぼる。その細菌の構成が人体由来のものだけであるならば、当然のことなので、話はここでおしまいだ。しかし、家の中であるにもかかわらず、なぜか極限環境を好むような微生物が数多く見つかったのだ。

家屋内には、実は極限環境が存在している。家の中にある冷凍庫は、ツンドラに匹敵するほどの冷たい環境であり、練り歯磨き・漂白剤・洗浄剤のような極度にアルカリ性の環境もある。そのため、これまではるか遠くの場所にしかいないと思われた生物種が、私たちのすぐ身近に存在している。

私はその章を読んでいるときに、わくわくするようなロマンを感じた。ただ、一般的にそれが適切な感情なのかは正直自信がない。それを聞いたときに「ではどうすれば殲滅できますか?」と聞いてくる人も多い、と本書は語る。

しかし、そういった問いに著者は警告を発する。もし家屋内の多種多様な生物を全て排除しにかかったならば、病原体が蔓延、繁殖、進化しやすくなり、危険な害虫もまた蔓延、繁殖しやすくなるのだ。

実際、家の中でよく見かける昆虫、特に「害虫」と呼ばれるトコジラミ、アタマジラミ、蚊などの間で、殺虫剤に対する抵抗性が進化してきているらしい。

本書で取り上げているチャバネゴキブリには、グルコース入りの毒餌剤を避けるように進化してしまったものがいる。毒餌剤を避けるその一群のチャバネゴキブリたちは、グルコースが糖であるにもかかわらず「苦く」感じているのだ。この忌避性は、前述の毒餌剤を用いると、比較的わずかな世代を経るだけで現れる。

やはり、人間ごときが「自然」を乗りこなせるはずもない。ではどうするのか? 本書はこの問いに「生物多様性を取り戻すこと」で応える。

植物や土壌の生物多様性が、免疫系の正常な働きを助けてくれる可能性がある。水道システムの生物多様性が、水中の病原体の増殖抑制に役立つ可能性がある。さまざまなクモ類、寄生バチ類、ムカデ類は、害虫防除に役立つ可能性がある。

さらに生物多様性は、私達に恩恵をもたらしてくれる。パンやキムチのような発酵食品は、作る人によって味が異なる。私達は生物多様性の風味を味わっているのだ。

そして、あの嫌われもののカマドウマ、家の中で見つけられては悲鳴のもととなるあのカマドウマは、腸内に極めて珍しい細菌を持っている。難分解のリグニンを分解することができる細菌で、工業化が期待されている。

また、大自然の中で高温の地熱にさらされている間欠泉と同じものが、実は家の中に存在している。それは給湯器だ。どちらも生物が生きていくには過酷な環境に思えるが、そこには、テルムス・アクウァーティクスという細菌が存在している。そしてそれが、なんと、PCRには必須の「あれ」の発見に繋がっていく――。この章は特に、めくるめく展開で、推理小説を読んでいるような気持ちになった。

本書はどの章も書き方が巧みで、すいすい引き込まれるように読んでいける。気がついたら読み終えていて、家の中の様々な生き物たちに思いを馳せることだろう。

そういった、生物に対してわくわくする気持ちを抱く、というのも、生物多様性の恵みのひとつだ。本書の冒頭で語られるレーウェンフックは、家の生態系からその恵みを受け取った、最初の一人として紹介されている。

レーウェンフックは、黒胡椒をひたした水の中に驚くべき微生物の世界が広がっていることを明らかにした。黒胡椒も水も、どこの家にも普通にあるものだ。胡椒水にとどまらず、レーウェンフックは身近にあるありとあらゆるものを顕微鏡で観察し、つぶさに記録した。その探求は50年もの間続けられ、彼はいつも新鮮な驚きと発見のただ中にいた。

私たちは、レーウェンフックのようになれるかもしれない。なにしろ「排除」ではなく「共存」のまなざしをもった、家の中の生物たちについての研究は、まだ始まったばかりなのだから。

(著:寺本 悠子)

【著者紹介】ごもじもじ(寺本 悠子)

科学ライター。筑波大学大学院環境科学研究科環境科学専攻修了。
保全生態学・動物生態学を中心に、コラム・小説等の書き物をしています。環境倫理学にも関心があります。