3万1000年前の外科手術の痕跡!左脚の切断後も数年生きた人の化石を発見

2022.09.14

みなさんこんにちは!サイエンス妖精の彩恵りりだよ!

今回のお話は、3万1000年前の人類が成し遂げた外科手術の証拠の発見という、とても驚きのニュースだよ!

左脚の切断除去術という、外科手術の痕跡としては世界最古の事例だよ!更に、自力でほとんど動けない障害を負った患者が、その後何年も生存していたことが分かったんだよ!

医学がいつ頃人類に発生したのかを探る上で、この発見はとてつもないインパクトを与えるよ!

3万1000年前の外科手術サムネイル

外科手術という高度な医療はいつ発生した?

私たちは日々医学のお世話になりながら健康な生活を送っているけど、では医学はいつの時代から人類に定着したものなのかな?

高度医学が人類に発生したのは、約1万年前、新石器革命[注1]と呼ばれた時代である、というのがこれまでの一般的な考え方だったよ。

この時代、人類は狩猟をメインとする非定住生活から、農業をメインとする定住生活が生まれ、発展していったと考えられているよ。

すると、定住生活には非定住生活の時代とは異なる多くの健康問題が発生し、それに対処するための医学の技術革新が促された、と考えられているからだよ。

実際、穿頭術[注2]などの異なる意味合いを持つ行為を除くと、これまでに知られていた最古の外科手術の証拠は、約7000年前 (紀元前4900~4700年前) のものだったよ。

この痕跡はフランスのビュティエ-ブランクールにある遺跡で2007年に見つかったもので、左上腕骨が外科的に切断され、長期の生存による治癒の痕跡を示していたんだよ。

何らかの理由で四肢を切断する外科手術を行う場合、気を付けなければならない点は、主に大量の出血を防ぐことと、その後の感染症を防ぐことだよ。

筋肉や血管の配置を正確に把握し、手術中やその後に渡って出血を防がなければ、失血性ショックによって死亡してしまう恐れが常にあるよ。

また、切断した部位は傷口が塞がるまでは感染症のリスクがあがるため、外科手術を終えても感染症で死亡してしまう、というのも恐ろしい点だよ。

このため、切断を伴う外科手術は、西洋社会ではここ100年でようやく標準的な医療行為になったとすら言われるくらい、極めて高度な施術であると言えるんだよ。

7000年前という新石器革命より後に最古の外科手術例が見つかることは、それ以前の狩猟社会、特に旧石器時代にはそれほど高度な技術が無かったと言えるかもしれないよ。

解剖学的に人体の構造を知ってないといけないだけでなく、消毒に必要な物質の調達やその必要性の理解など、極めて多方面の知識が必要だから、ある意味そう思っても仕方がないよね。

国境閉鎖数日前の大発見!左脚の一部だけが無い化石

TB1の発掘状況

TB1という分類番号が付けられたこの人骨化石は、カリマンタン島のリアング・テボ洞窟に3万1000年前に埋葬された成人だよ。全身の75%がみつかるなど、極めて保存状態の良い化石だったよ! (画像引用元: 原著論文 Fig1, ExFig1, ExFig3)

ところが、今回のシドニー大学などの研究チームが示したのは、どうやらその考えはだいぶ偏見だったかもしれないという1つの大きな発見だよ。

研究チームは2020年に、カリマンタン島 (ボルネオ島) [注3]のインドネシア領内にあるサンクリラン・マンカリハット半島を調査していたよ。

この場所は石灰岩に富む起伏の激しいカルスト地形[注4]で、4万年前のものともされている極めて古い洞窟壁画など、旧石器時代の興味深い考古学的資料がいくつも眠っているよ。

ところが、人骨の発見が稀であるという点から、積極的な発掘調査もされていて、今回の発見もその一環で行われてた調査中に得られたものだよ。

研究チームは、リアング・テボ洞窟 (Liang Tebo) を調査中に、2m四方の墓を見つけ、その中から分類番号TB1と命名された人類の骨が見つかったんだよ。

この頃猛威を振るっていたCOVID-19により、インドネシアから脱出できなくなるまであと数日という状況の中でも、研究チームは慎重に発掘調査を行ったよ。

その結果、TB1はホモ・サピエンス (Homo sapience) に属し、全体の75%の骨が見つかり、歯は全て残っているという、極めて保存状態の良い人骨化石であることが分かったんだよ。

化石の分析から、TB1は19歳から20歳のころに死亡したと推定されたよ。男女どちらかは骨盤などからは分からなかったものの、身長はこの時代の男性とほぼ同じだったよ。

TB1が埋葬されていた場所にある木炭のサンプルや、化石に含まれる物質の分析で、TB1は今からおよそ3万1000年前の旧石器時代に埋葬されたことが分かったよ[注5]

ところがどんなに探しても、TB1の左脚の一部が見つからなかったことが、研究者の注意を引いたよ。歯や骨の残り具合は、これだけが化石化せず失われた可能性を低くしていたからだよ。

発掘されたTB1は、オーストラリアに運ばれて詳しく分析され、そこからこの化石が持つきわめて重要な意味が徐々に明らかとなっていったんだよ。

3万1000年前に行われた左脚切断手術の証拠!

TB1の左脚の様子

TB1の左脚の一部は、発掘調査で全く見つからなかったよ。他の骨の残り具合からすると、化石化せずに失われたわけではなさそうだよ。また、キレイな切断面のような跡も観察されたよ。 (画像引用元: 原著論文 Fig3, ExFig4)

TB1から失われていた部位は、左脚の脛骨および腓骨[注6]の3分の1と、その先にある左足の全てだったよ。そしてこの失われた部分の境目が2本の骨で揃っていたことがまず注目されたよ。

更に、脛骨や腓骨の断面がかなりキレイな形状だった点も注目だよ。事故や動物の攻撃など、極めて強い力による外傷では、先端部は粉々に砕けてしまい、キレイな断面にならないよ。

そうなってくると、これは事故ではなく、意図的な理由で人の手によってキレイに左脚を切断した跡ということになるよ!ただ、これだけでは手術の証拠にはならないよ。

例えば、何らかの儀式的な意味合いや、懲罰として左脚を切断した、という可能性も考えられるからね。ところが化石を更に分析してみると、その可能性は低いということが分かったよ。

まず、TB1の埋葬は極めて丁寧に行われており、特に懲罰的な埋葬でしばしばみられる、死体をバラバラにするような乱雑な埋葬をしたような形跡は見つからなかったよ。

そして、少なくとも左脚の切断は、TB1が死亡し埋葬された19歳から20歳という年齢ではなく、それよりずっと前に行われていたことが化石から判明したよ。

左脚の切断面には、切断直後なら剥き出しになっている内部組織が露出せず、骨の表面組織が切断面を完全に覆っていたことが分かったよ。

また、切断面を覆う骨の再成長による異常な形状が生じている他、左脚の膝より先は、骨が完全に揃っている右脚と比べて小さいことも分かったよ。

更にその右脚も、死亡時に成人であったことから考えると平均サイズより小さく、骨の表面や全体の厚みが薄いことがわかったんだよ。

TB1手術跡の根拠

様々な痕跡は、左脚の切断は死の数年前に行われ、その後生きていたことを示しているよ! (画像引用元: 原著論文 Fig3, ExFig4)

これらのことから、TB1の左脚の切断は死亡の6年から9年前の小児期に行われ、その後少なくとも数年間は生きていたと言うことが分かったんだよ。

この事は、懲罰などが理由で切断が行われたという仮説をますます否定するよ。また、ワニなどの野生動物の攻撃による切断の可能性は更に低くなるよ。

野生動物に噛まれることによる大けがは、口の中にいる細菌による感染症をしばしば引き起こし、大けがによる失血死を免れても合併症ですぐに死亡する原因となるからね。

切断後数年は生きていたことに加え、少なくとも骨からは感染症の痕跡が見つからず、少なくとも手術後に致命的な感染症に罹っていなかったことが分かるよ。

つまり、TB1は何らかの理由で左脚の切断手術を受けた、知られている最古の外科手術の患者と言うことになるんだよ!

スゴいのは外科手術だけじゃない!手厚い介護も!

TB1が介護を受けた痕跡

TB1は自力でほとんど動けなかったはずだけど、それでも数年間生きていたのは、仲間から手厚い介護を受けていたことを示しているよ! (画像引用元: 原著論文 ExFig4)

ただし、左脚の一部を切断したことにより、TB1の左脚の膝より先はそこで成長が止まってしまい、運動能力の低下で右脚も萎縮してしまったと考えられるよ。

そうなってくると、少なくともTB1はほとんど自力では動けなかったはずだけど、それでもTB1は少なくとも脚以外は健康に生きていたことが成長度合いから分かるよ。

つまりTB1は、手術後に傷口が塞がるまでの治療期間に加え、その後もずっと食事の面倒など、他人からの世話と保護を受け続けていたことを示しているんだよ!

これらの証拠も、TB1が受けた切断が外科手術の行為の結果であるという仮定を強く裏付け、3万1000年前に存在した高度な医療行為の可能性を高くするんだよ!

TB1のケガの原因の推定

TB1には骨折が自然治癒したと思われる痕跡が見つかっているよ。これだけで結論を出すことはできないけど、TB1の左脚切断の原因が、落石や転落事故である可能性を示しているよ。 (画像引用元: 原著論文 ExFig7, ExFig9)

TB1に何が起きて左脚切断に至ったのかは不明だけど、険しいカルスト地形は、もしかすると転落や落石による事故で大けがを負った可能性を示唆しているよ。

というのは、首や鎖骨にも骨折の痕跡が見つかったからだよ。これはほとんど治癒しており、恐らく左脚の切断と同じ出来事によって負った負傷であると考えられるよ。

そしてTB1を治療した "外科医" は、生き残るためには切断が必要であることを理解しており、何より人体の構造や外科手術に関する豊富な知識を持っていたということになるよ!

高度な医学は人類史のかなり早い段階から発生した?

外科手術に必要な豊富な知識がどこから現れたのかは興味深い質問で、それは今後の研究次第、特に旧石器時代でこれほど保存状態の化石が稀であることが1つの問題点となってしまうよ。

今回は切断された部分を含め、色々な状況が他の可能性を排除したけど、ほとんどの化石は一部しか見つからず、保存状態も悪いことから、ここまで推定できることはまずないよ。

また、ネアンデルタール人 (Homo neanderthalensis) も骨折が治癒するまで長期的な医療的ケアをする概念は持っていた[注7]ことが分かっていて、正確な起源を分かりにくくしているよ。

果たして、3万1000年前の外科手術の知識はどこから発生し、どう伝播していったのか、それともTB1のコミュニティが極めて熟練度が高かった例外的ケースなのかは分かっていないよ。

ただし、カリマンタン島という熱帯雨林気候が、外科手術に必要な知識の誕生や発展と深く関わっている可能性は十分に考えられるよ。

熱帯雨林は植物が豊富で、そう言った植物の中には沈痛、消毒、防腐といった様々な薬効を示すものがあることを当時の人々が見つけていても何の不思議もないよ。

外科手術が成功しても、感染症やショック症状で死亡してしまうことを考えれば、薬草の存在は手術の成功率をあげるために必要な医薬品であることを試行錯誤で見出すことも十分考えられるよ。

また、発掘場所付近の険しいカルスト地形は、現代的な装備の整った五体満足の研究者すら簡単には寄せ付けず、まして下半身が不自由なTB1にはなおのことのはずだよ。

それでもTB1が手術後も数年以上生き残ったことは、3万1000年前の人々が仲間に施す介護やケアの概念は、現代に比べても遜色ないほど高いものだったことを示しているよ!

脚注

[注1] 新石器革命 ↩︎
今から約1万年前の新石器時代に起こった技術的な革命のこと。それまで人類は狩猟を行っていたために特定の場所に長期間住んでいなかった。しかし約1万年前前後から世界のあちこちで農業や畜産業が行わるようになり、特定の場所に固定して住むようになった。安定した食料生産ができるようになったことで、文化や技術の発達、文明の発生に影響を与えたとされている。

[注2] 穿頭術 ↩︎
頭皮を切開して頭蓋骨に穴を開ける行為。現代医学でも急性硬膜下血腫の取り出しのために行われることもあるが、より古い時代の場合、頭痛や精神病の改善のために "霊的な悪いものを取り出す" 行為として行われたことが記録されているため、それが医学的行為なのか、それとも儀式や呪術的な行為として行われたのかが不明確である。

[注3] カリマンタン島 (ボルネオ島) ↩︎
インドネシア、マレーシア、ブルネイの領土がある世界で3番目に大きな島。オランダ語と英語ではボルネオ島と呼ぶが、地元ではインドネシア語のカリマンタン島で呼ぶのが一般的のため、こちらの語を使用した。

[注4] カルスト地形 ↩︎
石灰岩を主体とした大地に生じる固有の地形。石灰岩は酸に弱く、二酸化炭素を含んだ雨水で簡単に溶けてしまい、浸食される。浸食の差や地下に生じた空洞の陥没により、高低差の激しいデコボコの地形が形成される。これをカルスト地形と呼ぶ。特に熱帯雨林のような高温湿潤な気候では、降水の激しさに加え、土壌の微生物による二酸化炭素の発生が激しいため、浸食作用もより強く働く。

[注5] 今からおよそ3万1000年前 ↩︎
化石人類を対象とする時には一般的に放射性炭素年代測定が使用されますが、これは1950年代より活発に行われた大気内核実験による影響を受けている。このため、正確な年代は1950年を起点として数える方法が主流であり、単純な足し算引き算とは年代がずれてしまう場合がある。今回の場合も1950年を起点とし、95.4%の確率で3万1201年前から3万0714年前に埋葬されたと測定されているため、ややこしさを避けるために今からおよそ3万1000年と表現している。蛇足になるが、TB1の埋葬年は紀元前2万9180年から紀元前2万8693年ということになる。

[注6] 脛骨および腓骨 ↩︎
どちらも膝から足首にかけてを構成する長い骨。正面から見ると2本は並行して並んで観える。股の側にあり、触って容易に分かる太い骨が脛骨である。一方で膝の部分以外はあまり目立たず、脛骨と反対側にある太い骨が腓骨である。股から膝にかけての大腿骨と並び、脚を構成する重要な骨である。

[注7] ネアンデルタール人も骨折が治癒するまで長期的な医療的ケアをする概念は持っていた ↩︎
ネアンデルタール人の化石調査では、さすがに外科手術の痕跡は見つかっていないものの、自然に治るまでに数週間から数ヶ月かかる骨折が治癒した痕跡の残る化石や、長期または生涯に及ぶ身体障害を負いながらも、そのケガから何年も生きていたことを示す化石が見つかっているよ。この事は、ネアンデルタール人はケガをして動けない仲間を助ける行動や、そのために長期的に安静する必要性を理解していた可能性があるよ。

文献情報

[原著論文]

  • Tim Ryan Maloney, et.al. "Surgical amputation of a limb 31,000 years ago in Borneo". Nature, 2022. DOI: 10.1038/s41586-022-05160-8

[参考文献]

彩恵 りり(さいえ りり)

「バーチャルサイエンスライター」として、世界中の科学系の最新研究成果やその他の話題をTwitterで解説したり、時々YouTubeで科学的なトピックスについての解説動画を作ったり、他の方のチャンネルにお邪魔して科学的な話題を語ったりしています。 得意なのは天文学。でも基本的にその他の分野も含め、なるべく幅広く解説しています。
本サイトにて、毎週金曜日に最新の科学研究や成果などを解説する「彩恵りりの科学ニュース解説!」連載中。

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