マンボウの卵数と生残率に関する間違いと正確な情報

2022.09.30

 「マンボウは3億個の卵を一度に産み、2匹しか生き残らない」という知見は間違った情報と正確な情報が混同されて都市伝説化している……先日、この知見についてインターネット上で議論が巻き起こった。この議論の火付け役は、メディアからの質問に答えた私の取材記事なのだが、読者のコメントを見ていて説明不足な面もあったと感じたので、改めてこの知見についてここで補足説明をしよう。

 

「マンボウの3億個の卵」の出所

 マンボウの卵数に関する議論をするためには、まずこの情報の出所の文献を確認する必要がある。結論から言うと、この知見の出所は多くのマンボウ研究者によってSchmidt (1921)とされている。
Schmidt (1921)にはこう書かれている:

 

The sun-fishes appear to be highly prolific. In a specimen of Mola rotunda 1+1/2 metres long, for instance, the ovary was found to contain no fewer than 300 million small unripe ova. The method of propagation of the sun-fishes, however, is unknown, and the tiny stages have not been identified in the case of any species.

(和訳:マンボウ類は非常に多産なようだ。例えば、体長1.5メートルのMola rotunda(マンボウの旧学名)の1標本では、卵巣に3 億個以上の小さな未成熟な卵が含まれていることが分かっている。しかし、マンボウ類の繁殖方法は不明であり、どの種も小さな段階は特定されていない。)

 

 そう、「1.5メートルのマンボウの卵巣に未成熟な卵が3億個以上あった」という一文しか書かれていない。よって、「3億個の卵」という知見は間違っていないが、「一度に産む」、「2匹しか生き残らない」は後から付けされた間違った知見なのだ。1921年以降、一体いつから「一度に産む」、「2匹しか生き残らない」の情報が付け足されたのかについては、現在文献調査中でまだ特定には至っていない。続報を待って欲しい。しかし、少なくとも1980年代の本(論文ではない)には「3億個の卵を一度に産む」、「生き残るのは少ない」と書かれているものがあった。ネットでは「子供の頃に見た図鑑にそう書いてあった! あれは嘘だったのか?」というコメントが多かったが、図鑑の情報が必ずしも正しいとは限らない。かと言って、図鑑が適当に作られたのかというとそうではない。図鑑は一生懸命に作られているが、参照したソースが良くなかったか、情報を簡略化し過ぎたのだ。

 

 

 

 おそらく

「マンボウの卵巣に未成熟な卵が3億個以上あった」
 ↓
「卵巣に3億個あるなら産卵数と言えるだろう」
 ↓
「産卵数なら一度に産むのだろう」
 ↓
「3億も一度に産むのに海がマンボウだらけなっていないのは生残率が低いからだろう」
 ↓
「マンボウは弱いから3億産んでも2匹しか生き残れない」

という具合に、この100年にわたる連想ゲームと伝言ゲームの中で、元の情報が簡略化・改変されていった結果、現在の知見になったものと推測される。

 

 一方で、Schmidt (1921)にも不明な点がある。卵数の計数方法、卵巣重量、産地の情報が無い。つまり、結果だけが簡潔に書かれており、どうやって3億という数字になったのかが分からないのである。加えて言うなら調査個体の写真や記述も無いので、本当にマンボウなのかも怪しい。マンボウはウシマンボウやカクレマンボウと長い間混同されてきた歴史があり、この3億個のマンボウが実はウシマンボウやカクレマンボウだったという可能性も捨てきれないのである。Schmidt (1921)の知見がここまで有名になり生き残ってきたのは、自然科学雑誌の最高峰と称される『Nature』に掲載されたことも関係しているような気がしている。

 

 

魚類の卵数と計数方法

 マンボウの3億個の卵はよく「産卵数」と勘違いされる。しかし、Schmidt (1921)が「the ovary was found to contain no fewer than 300 million small unripe ova」と書いているように、卵巣内の卵数は、産卵数ではなく、「抱卵数(孕卵数)」である。産卵数と抱卵数は研究者の間でも混同されて使われることがあるが、私は分けて使った方がいいのではないかと思っている。産卵数とは「産卵された(体外に産み出された)卵の数」のことで、抱卵数とは「卵巣内に抱えている卵の数」のことである。水槽など限られた空間で飼育されている魚なら卵を回収して産卵数を数えることは可能だが、広い海の中で生み出された卵を回収して産卵数を数えることは非常に困難であるため(ダイビングしながら産卵した瞬間に回収する研究者もいるが)、一般的に魚の卵数と言えば抱卵数のことを指す。抱卵数は魚を解剖すれば数えられる。魚の卵数と聞いて、おそらく一般の人がイメージするのは産卵数の方、研究者がイメージするのは抱卵数の方であり、認識のズレがあると思われる。マンボウの卵数と聞いて、産卵数をイメージする人が多いことから、3億個の卵を「一度に産む」という解釈が生まれたものと思われる。

 

 しかし、野口(2022a)の記事がリリースされたことによって、「マンボウが3億個の卵を一度に産む」という知見は明確に否定される。1997年に鴨川シーワールドで飼育されていた体長約1ⅿのマンボウが5日間連続して19回産卵(放卵)した事例が確認されていたのだ。19回のうち、回収された11回分のマンボウの卵塊の密度から推定された合計産卵数は約9400個であった(単純に計算すると、1回の推定産卵数は855個)。過小評価していると考えても、一回の産卵数はとても3億には及ばない。この個体は体サイズが小さいので、3ⅿクラスの個体が産卵すれば産卵数は桁違いに増えると思われるが、知見が無い。そもそも3億個の卵数は産卵数ではなく、抱卵数であるが。

 

 また、「マンボウが3億個の卵を一度に産む」という知見はSchmidt (1921)が「small unripe ova」と書いていることからも否定される。現在の魚類学では、一般的に未成熟な卵は計数せず、成熟した卵のみを計数する。一回の産卵で卵巣内の卵をすべて産み出す魚もいるが、多くは卵巣の中に様々な発達段階の卵があり、成熟した卵のみを複数回にわたって産卵するタイプだ。成熟した卵のみを計数する理由は、その時に産卵されると推測される卵だからだ(つまり、卵巣内には産卵される成熟卵とまだ産卵されない未成熟卵が入り混じっている)。どの発達段階の卵を計数するのかは研究者によって様々だが、成熟度が高い卵の方が抱卵数も産卵数に近付ける。Schmidt (1921)の卵数は未成熟な卵と明記されているので、過大評価している可能性が考えられるのだ。そう考えると、マンボウの卵数は正確には不明という事になる。

 

 そもそも3億個の卵をどうやって計数したのか?と、ネットのコメントに鋭い意見があった。 寝ることなく1秒に1個計数したとして、1分で60個、1時間で3600個、1日で86400個、一年で31536000個しか卵を数えられない。3億個を計数するには、この計算だと9年半もかかってしまう。9年半もマンボウの卵数に費やす研究者なんていない。いくらマンボウが好きな私でも、さすがにこれは無理だ。実際に魚類の卵巣内の卵を全部数えた研究もあるが、多くの場合は卵巣の一部を切り取って計量し、その一部の成熟卵を計数し、卵巣重量全体に引き延ばして「推定」する重量法が用いられている(卵数の推定方法は他にもいくつかある)。重量法による抱卵数の推定方法は次のようになる。抱卵数 = 卵巣の一部の成熟卵数 / 卵巣の一部の重さ (g) × 全体の卵巣重量(g)。Schmidt (1921)が重量法を使って推定したかどうかは不明だが、3億個も実際に数えるのは現実的ではないので何らかの方法で推定しているはずである。

 

 

マンボウの卵数を推定した他の研究

 マンボウの卵数は3億個というインパクトが大きいので、この100年間他に誰もマンボウの卵数を研究していないように思ってしまうが、実はSchmidt (1921)以外にも4例試みられた事例があったりするので紹介しよう。


 ・祖一(2009)は、1996年8月16日に千葉県鴨川市沖の定置網で漁獲された体長2.1mのマンボウを調査し、卵巣重量2.982kg、直径約0.4mmの卵黄卵が推定3850万個(Forsgren et al. (2020)では推定3849万個)とこれより小さな未成熟卵が多数確認されたと専門書で報告した。


 ・山野上・澤井(2012)は、2004年11月に島根県沖で漁獲されたマンボウを調査し、卵巣重量約36kg、重量法により8000万個前後の抱卵数が推定されたと専門書で報告した(これを調べたのは私なのだが、研究中なので詳細は伏せている)。

 ・Forsgren et al. (2020)は、2015~2018年の間にアメリカのニューイングランド(大西洋側)で座礁した全長186cmのマンボウを調査し、卵巣重量1.8795kg、重量法によって2250万個の総抱卵数(未成熟卵も含めて数えられる卵すべてを計数)が推定されたと専門書で報告した。

 ・Forsgren et al. (2020)は、千葉県鴨川市沖で漁獲された全長220cmのマンボウ属を調査し、卵巣重量2.720kg、重量法によって平均8億7430万の抱卵数が推定されたと専門書で報告した。

 

 本当に種はマンボウなのか?、推定方法は研究によって異なるので単純に比較できないなどの細かい議論は置いておいて、この4例は奇妙なことに、すべて論文としてではなく、専門書で報告されている(私の研究も含めて)。抱卵数も個体変異があるので、ある程度振れ幅があることは想定されるが、どの研究も明確な成熟卵で抱卵数が推定されていないので、1000万個以上はありそうだが……正直微妙なところである。現状ではマンボウの抱卵数が明確に何個とはハッキリ言えず、未来の研究に委ねられている状況だ。マンボウの生態は未だによく分かっていないことが分かって頂けたことかと思う。

 

「2匹しか生き残らない」は理論値

 マンボウの生残率は現状ではハッキリ言って不明だ。何故不明かと聞かれると、生残率を推定できるところまでマンボウの基礎的な生態研究が進んでいない。生残率を推定するためには、産卵や年齢といった基礎的な情報が必要不可欠となってくる。では、何故「2匹しか生き残らない」と言われるようになったのか? 上述したように、この知見の出所は残念ながらまだ特定できていない。


 しかし、この「2」という数字が何を意味しているのかは何となく察することはできる。おそらくこの2はオス1個体+メス1個体の合わせて2個体という意味だろう。少なくともオスとメスが1個体ずつ繁殖する状態まで生き残れば、種として存続が可能という理論的な話を意味するものと思われる。この理論は確かにマンボウに当てはまるが、逆を言えばマンボウだけではなく多くの魚類にも当てはまる。「魚類は一般的に多産であり、生き残って再生産に加わることができる個体はごくわずかであるが、魚類資源は実際には数倍から数百倍変動することが知られている」と山下(2010)にもあるように、マンボウの個体数も増減を繰り返しているはずだ。この2という数字は実際のマンボウの生態を反映した数値ではなく、マンボウの個体数が平衡状態にあったならと仮定を置いた場合の極論であって、実際のマンボウは年変動で多く生き残る年もあれば、少なく生き残る年もあるものと考えられる。私もマンボウが成魚まで生き残るのはごくわずかだと思うが、どうもこの2という数字は「絶対に2匹しか生き残れない」と多くの人に誤解されているようなので、概念的なものであると覚えておいて欲しい。

参考文献

Schmidt, J. 1921. New studies of sun-fishes made during the “Dana” Expedition,1920. Nature, 107: 76-79.

祖一誠.2009.海ののんき者,マンボウの謎.In:猿渡敏郎・西源二郎(編)『研究する水族館 水槽展示だけではない知的な世界』,東海大学出版会,pp. 197-209.

山下洋.2010.生残と成長.In:塚本勝巳(編)『魚類生態学の基礎』,恒星社厚生閣,pp. 172-181.

山野上祐介・澤井悦郎.2012.マンボウ研究最前線―分類と生態,そして生物地理.In:松浦啓一(編)『黒潮の魚たち』,東海大学出版会,pp. 165-182.

yamada. 2018. 「ざんねんないきもの事典」のマンボウの記述は正確でない!マンボウ専門家が懸念する「間違った情報」の蔓延.edamame. 2018年9月20日.

Forsgren, K., McBride, R. S., Nakatsubo, T., Thys, T. M., Carson, C. D., Tholke, E. K., … Potter, I. (2020). Reproductive biology of the ocean sunfishes. In T. M. Thys, G. C. Hays, & J. D. R. Houghton (Eds.), The ocean sunfishes: Evolution, biology and conservation (pp. 87-104). Boca Raton, USA: CRC Press

野口みな子.2022a.謎多き「マンボウの産卵」世界で唯一、千葉の水族館で発見されていた.withnews.2022年9月21日

野口みな子.2022b.マンボウ「3億個の卵→2匹生き残る」はなぜ広まった?専門家に聞く.withnews.2022年9月22日

 

【著者情報】澤井 悦郎

海とくらしの史料館の「特任マンボウ研究員」である牛マンボウ博士。この連載は、マンボウ類だけを研究し続けていつまで生きられるかを問うた男の、マンボウへの愛を綴る科学エッセイである。

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