命懸け! フグの川のぼりに皆ビックリ!

2022.09.29

 「親方アァァー! 川にフグがー!」と言われるとあなたは信じられるだろうか? フグは海にいるもの……そう思ってはいないだろうか? ところがどっこい、事実は小説よりも奇なり。フグは淡水にも生息している。いわゆる、淡水フグと呼ばれるフグ科の一群だ。そもそも、フグは漢字で「河豚」と書くではないか。だから、フグは川にいてもおかしくはないはず……しかしながら、日本には淡水フグは生息していない。となると、やはりフグは海にいるというイメージは正しかったことになる……少し頭が混乱してきたところで、正解を話そう。

 

フグが川にいる!?

 日本には淡水フグは生息していないが、ごく一部の海水フグは川をのぼることがあるのだ。川で生まれたサケ類が海で一定期間を過ごして、また川に戻ってくるのは有名な話なので分かるだろう。しかし、フグが川をのぼるなんて話は、ほとんど知られていないのではないだろうか? ここに興味深いYoutube動画があるのでよかったら見て欲しい。

 動画主はどう見ても海が近くない、普通の川で初めてクサフグを釣り、結構混乱していた。それも一匹ではなく何匹も釣っていた。クサフグと言えば、海で釣りをすれば一度は掛かるメジャーな魚だ。私も海釣りでクサフグを何度も釣ったことがある。そのクサフグが川に……? 私も初めてこのことを知った時は、結構ビックリした。どうも、クサフグが川をのぼる現象は知る人ぞ知る現象らしい。調べてみると、2011年に『ダーウィンが来た! 』でも取り上げられたことがあるようで、現在のWikipediaのクサフグの項目にも載っていた。


 では、何故海水魚であるはずのクサフグが川までのぼってくるのであろうか? 疑問を持ったらまずは論文検索だ! すると、2010年にこの現象を調査した論文がヒットした。Kato et al. (2010)によると、クサフグは「周縁性淡水魚」であるとある。周縁性淡水魚……聞き慣れない言葉だが、調べてみると、通常は海で暮らしているが何らかの目的で一時的に汽水や淡水に進出してくる魚のことを指すようだ。この「一時的」というところがポイントで、周縁性淡水魚は、一生のうち決まった成長段階で海水と淡水を行き来する必要がある「通し回遊魚」(サケ類やウナギ類)とはまた別のカテゴリーに入る魚だ。周縁性淡水魚の代表としては、ボラやスズキが挙げられる。ちなみに、一生淡水で過ごすコイ類やドジョウ類は「純淡水魚」と呼ばれる。

 

論文を詳しく読んでいく

 Kato et al. (2010)によると、クサフグの淡水域への進出は生活史の中で必須ではないとのことだ。論文を詳しくみていこう。Kato et al. (2010)は京都にある海へと繋がる1つの河川において、海水側、汽水側、淡水側の複数箇所で、クサフグの川のぼりの行動を調査した。水中ビデオカメラによる観察では、クサフグ数百個体が日中に川に進出していくことがわかった。上述のYoutube動画で何匹も川でクサフグが釣れていたのは、群れで遡上していたからだろう。ビデオカメラの前を通過する時間を調査すると、海から川にのぼる平均速度は、川から海にくだる平均速度より10倍以上時間がかかっていた。つまり、クサフグは流れのある川をわざわざのぼっていっていることが窺える(逆に海に戻る時は川の流れに乗ればいいので遡上よりも10倍以上速い)。一日中観察すると、川への移動は昼の方が夜よりも有意に多かった。日中に川で泳いでいるクサフグが目撃されるのも頷ける結果である。1個体の淡水での滞在時間は直接観察されていないが(実際、個体識別して川での滞在時間を測るのは観察者がたくさんいないと無理だと思う)、推定された淡水での平均滞在時間は2.4時間から4.5時間であった。つまり、クサフグは一日中淡水に滞在しているわけではなく、数時間したら海に戻っていることになる。まるで川にちょっとピクニックしに行っているようなイメージだ。

 

 Kato et al. (2010)はコントロールも含めて、クサフグを海水→海水、海水→汽水、海水→淡水、汽水→淡水の4パターンで飼育して低塩分耐性実験を行った。その結果、2日間はどのパターンの個体も生きていたが、淡水に移動させたクサフグ(つまり、海水→淡水、汽水→淡水)は4日以内ですべて死亡した(淡水に入れた個体を、その後海水や汽水に入れると死ななかった)。このことから、クサフグはやはり海水魚で、淡水環境下では長時間生きられないことがわかった。血中のNa+とCl-濃度を調査すると、淡水の個体は海水の個体よりも低くくなっていたが、2日間は淡水中でも生きていたことから、クサフグは急激な塩分変化に対しては強い適応性を持っており、短時間の淡水への移動は致死的ではないことが示唆された。しかし、短時間は問題ないと言えど、クサフグは本来生きられない川に命懸けでのぼっていたことが窺える。

 

クサフグが川をのぼる理由を考察する

 一般的に魚類がどこか別の場所に移動する理由は、繁殖、摂餌、避難の3つが大きな要因として考えられている。①Kato et al. (2010)で調査した川にいたクサフグは半分以上の個体が性成熟していたが、クサフグは海岸で産卵することが知られているので、繁殖が川にのぼる理由とは考えにくい(つまり、川で産卵する訳ではない)。②Kato et al. (2010)で調査したクサフグは海側では多数釣れたが川側ではほぼ釣れなかったこと、飼育実験で海水・汽水に入れた個体は餌を食べたが淡水に入れた個体は餌を食べなかったことから、摂餌も川にのぼる理由とは考えにくい(つまり、餌探しで川をのぼっている訳ではない)。③避難についてはKato et al. (2010)は可能性としては否定できないとしているが、捕食者が観察されていないこと、数日にわたって海から川に群れでのぼる行動が観察されていることを考えると、避難も目的ではないように私は思う。④追加的な理由として、Kato et al. (2010)は淡水に移動することで、病原体に対する抵抗力を獲得している可能性を挙げている。他の研究でクサフグを海水から汽水に入れると皮膚の形状変化や粘液細胞の肥大化が起きること、海水の病原体は淡水で死滅する場合が多いことが理由である。少し話は異なるが、水族館でも海水魚の寄生虫を取り除くために、淡水の中に短時間入れる「淡水浴」を行っていたりする(低塩分耐性は魚種によって異なるので、注意が必要)。


 これらを総合すると、クサフグが川をのぼるのは体の治療をするために命懸けで我慢してる状態だと言えるだろう。2022年8月末にTwitterユーザーが投稿した川にいるクサフグの動画を見て、私が「フグが病原菌落とすために本当は行きたくない淡水にやって来るやつで、淡水浴頑張ったのに何匹かは海に帰れなくなるやつ」とツイートしたものが不覚にも少しバズってしまったが、海に帰れなくなるやつはKato et al. (2010)の飼育実験を記憶違いしていたようだ。申し訳ない。実際に川に来たものの、海に帰れなくなって死んでしまったクサフグの個体がいるかどうかは不明である(そういうおっちょこちょいな個体もいそうだが)。クサフグではないが、同じフグ目のヤリマンボウのケースで、何を思ったのか川をのぼり始め、海に帰れなくなって死んでしまったおっちょこちょいな事例は、日本で少なくとも2例確認されている。これについてはまた別の機会に詳しい話をしよう。