マンボウのオシッコの時間は陸棲哺乳類の平均よりも長い?

2022.07.27

はじめに

 あなたは尿(オシッコ)が出ない恐怖を知っているだろうか? 私は尿路結石患者なのだが、5年前に大きな結石ができ、背中に穴を開ける手術を行った際に、腎臓から出た血餅が膀胱に詰まり、尿が出ない恐怖と苦しみを味わった。どれだけ❝いきんでも❞尿が出せず、お腹が張っていくあの恐怖、そしてその解決法……もう二度と体験したくない……。 そう、「尿を出す」という基礎的な生理現象も実はかなり重要なのである……と説いたところで本題に入っていこう。

 佐伯恵太さんからの縁で、ラボブレインズで記事を書かせて頂けることになり、何について書こうかと思案してまず思い付いたのが、私が出版したマンボウの排尿についての論文である。論文出版後、いくつかの新聞社にニュースで取り上げてもらえないかと問い合わせたが、残念ながらどこも興味を持ってくれなかった……私は面白い研究だと自負しているのでここで熱く語らせて頂こう。

情報が無い=研究の余地がある

 この記事を読まれる方の中で、今までにマンボウの尿について思いを馳せたことがある人はいるだろうか? 私はマンボウの尿について数ヶ月悩まされたことがある。マンボウの尿に関する従来の知見は、「マンボウは膀胱がよく発達しており、無色透明な尿を大量に排泄する」という水族館で観察された個体による知見であった。しかし、尿の成分も、排尿時間も、一度に排尿する量も、一日何回排尿するのかも情報が無い。「情報が無い」ということは、「研究の余地がある」ということだ!

 近年、研究ツールの発達と多様化によって、マンボウの研究も続々と発展していっているが、生理学の分野は発展が遅れている。この理由はマンボウを飼育する水族館が世界的に見ても少ないからである。日本では当たり前のようにマンボウは水族館で飼われているが、世界に視野を広げてみれば、こんなにあちこちの水族館でマンボウが飼育されている国は他にない。だから、水族館でマンボウを見る機会があったら、是非じっくり観察してみて欲しい。

きみはマンボウの観察が得意なフレンズなんだね!

 マンボウの研究は発展し始めたと言ったが、生態についてはまだまだ謎が多いので、水族館の飼育個体を観察するだけでも、何か分かることがあるのではないか? と考えた私は、Twitterで一緒に水族館でマンボウを目視観察してくれる人を募ったことがあった。コロナ禍に入る前、水族館の許可をもらい、マンボウの水槽前で24時間観察(食事とトイレ以外マンボウの水槽から目を逸らしてはいけない)を行ったり、私が行けない時は協力者に観察を頼んだりして、2017~2018年の間に合計226時間分のマンボウの観察データを集めた。その中でたった一度だけマンボウが排尿した動画が撮影されていた。時間にして少なくとも32秒(動画撮影が尿の排出が始まってからなので)。226時間中の32秒と考えると、この尿の動画がどれほど貴重なものかがおわかりいただけるかと思う(試しに円グラフで示してみたが、尿の観察時間が全く見えない……)。

 その動画を撮影したのは観察協力者の一人である池田君だ。池田君はけものフレンズの人気絶頂期に、水族館でロケしている声優にほぼ目もくれず、逆に声優から「何しているんですか?」と聞かれ、「マンボウの観察を行っています」と答えた猛者である。彼がいなければこの論文が世に出ることはなかった。持つべきものはTwitterフレンズである。

 2018 年 4 月 23 日 14 時 19分、この時、池田君(この日は彼一人)がサンシャイン水族館で撮影した件のマンボウの尿の動画がこちらだ(リンク先の一番下にある動画)。おそらく、何も説明せずに動画を見てもよくわからないのではないかと思う……が、数回見ると、もわ~とした夏の陽炎みたいな「透明な揺らぎ」が立ち上っては消えてゆくのがおわかり頂けるのではないだろうか。撮影した池田君自身も何を撮影したのかよく分かっていなかった(糞が出ているところを撮影したと思っていた)。今でこそ尿と判明しているが、池田君から動画データをもらって最初に見た時は私も頭の中が???となった。動画を切り抜きして説明を加えると以下のようになる。

 この動画はマンボウが体を横たえて、お腹をこちら側に向けている状態である。マンボウは肛門の位置が人間と真逆で、尿を出す孔より手前にある。また、尿を出す孔は卵や精子を出す生殖腺とも繋がっているため、「泌尿生殖孔」と呼ばれる。マンボウが出しているこの「透明な揺らぎ」は肛門からは出ていない。謎のポリプ状の物体が被さって見え辛いが、「透明な揺らぎ」は泌尿生殖孔から出ている。となると、この「透明な揺らぎ」は精子、卵、尿のどれかである。しかし、泌尿生殖孔から出ている「透明な揺らぎ」に関する情報がこれまでに無かったので、この三択が解決するまでに数ヶ月かかった。これがもし産卵だったら大発見になるところだった。

放精か、産卵か、それとも尿か

 2018年10月29日、サンシャイン水族館で飼育されたこのマンボウは死亡し、1.5万人以上の人々に追悼された。死亡個体は解剖され、雄である事が判明。となると、「透明な揺らぎ」は精子か尿の二択に絞られる。動画撮影時のマンボウの全長を推定したところ、全長約113 cmと推定された。これまでに知られている精子を持つマンボウ属の雄の最小個体は全長 131 cmであることから、動画撮影時に成熟していた可能性は低いと考えられた。放精なら精液は白濁しているはずだから色でわかるだろ、とツッコミを入れられるかもしれないが、マンボウの放精を確認した前例が無いために必ずしも白濁しているとは言い切れない。百聞は一見に如かずなのだ。以上より、池田君が撮影した「透明な揺らぎ」は尿であったと結論付けられた。

 実を言うと、マンボウの尿自体は私も見たことがあった。マンボウを解剖した時、膀胱に透明な尿が入っていた。また、漁獲されて船上に上げられたショックで失禁して、マンボウが透明な尿を漏らすところも見たことがある。加えて、海遊館はマンボウの採尿に成功したという動画を公開しており、採尿された尿の色も見ていた。しかし、海中に排出された尿がどのように見えるのかは前例が無かったので、動画の「透明な揺らぎ」が尿であることにイマイチ自信が持てなかった。私は尿路結石の手術で入院した時に採尿しまくって知ったのだが、尿は少し白濁することがある。これはマンボウも同じようで、動画の「透明な揺らぎ」も少し白濁しているように見えたため、余計に放精か排尿か、頭を悩ませられる原因になった。やはり前例の無い知見を検証することは大変だなと感じた次第である。

マンボウの排尿時間は陸棲哺乳類の平均よりも長い?

 本研究で記録されたマンボウの排尿時間は少なくとも32秒だった。では、他の魚類の排尿時間はどのくらいだろう? マンボウが他の魚類の排尿時間より長いのか短いのかポジションがわからない……そこで文献を調査した。しかし、他の魚類で自然に排尿された時間を計測した論文は見付けることができなかった。これは水中で魚類の透明な尿を見ること自体が難しいためと考えられる。私も100時間以上水族館でマンボウを目視観察したが、未だに一度も排尿した現場を見たことが無い。いや、実際、マンボウは24時間観察している中で何回も排尿をしているはずだが、私が視認できていないのだ。水槽の奥にいたり、泌尿生殖孔がこちら側に向いていなかったりすると、透明な尿を視認するのはほぼ不可能……これは他の魚類でも同じことだろう。

 「透明な揺らぎ」はマンボウの体液(尿)と周りの水の濃度差で、海やプールでオシッコした経験がある人はわかるだろう。魚類学の教科書的には、海水魚の体液は周りの水よりも浸透圧が低いため、水の体外流出を補うために積極的に海水を摂取し、排尿量は少ないとされている。しかし、マンボウは海水魚でありながら、大量の尿を排出するとされている。他の海水魚の排尿時間のデータと比較できないと何とも言えないが……おそらくマンボウは海水魚の中でも排尿時間は長いのではないかと私は推測している。何故なら、マンボウは魚類の中でも体の水分含量が高いことが近年の研究で示唆されているからだ。

 魚類では自然な排尿時間の比較できる知見は見付からなかったが、陸棲哺乳類では研究例が見つかった。3 kg以上の陸棲哺乳類の排尿時間は4-59 秒(平均 21±13 秒)とのことだった。個体別に比較すると、陸棲哺乳類の排尿時間はマンボウよりも長い個体もいたが、平均は本研究のマンボウの方が長かった。しかし、本研究で得られたマンボウの排尿時間はたった一例だけであり、さらにデータを集めれば、マンボウの排尿時間の平均は陸棲哺乳類の平均より短くなる可能性もおおいにある。マンボウの平均的な排尿時間を知るためにはさらに調査する必要があるのだ!

最後に

 今回のように、マンボウの尿に関することだけでもわからないことが多く、まだまだ研究の余地がある。これを面白いと受け取るかくだらないと受け取るかは人それぞれだが、私はマンボウ類の基礎的知見を広げるために大まじめに研究をしている。

 この記事のおまけに言うと、去年ニュースに取り上げられ話題になった福井県初記録のウシマンボウは、私が情報収集した中で、尿失禁している写真が撮られていたことがわかった(下記論文のFig.2を参照)。ウシマンボウはマンボウと混同されてきた歴史が長いために、マンボウより遥かに謎が多い。「ウシマンボウが排尿する」という知見は、おそらく私の研究で世界で初めて示された。当たり前のことを一つ一つ情報として論文に残していくことが、私の研究スタイルなのだ。

紹介論文

澤井悦郎・池田瑛真.2021.初めて動画撮影された飼育下のマンボウによる排尿.Ichthy, Natural History of Fishes of Japan, 14: 1-4.

澤井悦郎.2021.写真に基づく福井県初記録のウシマンボウ.Nature of Kagoshima, 48: 119-122.

 

【著者情報】澤井 悦郎

海とくらしの史料館の「特任マンボウ研究員」である牛マンボウ博士。この連載は、マンボウ類だけを研究し続けていつまで生きられるかを問うた男の、マンボウへの愛を綴る科学エッセイである。

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