細胞遺伝学に革命を! オプティカルゲノムマッピング解析

2021.09.01

現行の細胞遺伝学の手法(FISH、核型分析、CMA)は、非常に時間と労力がかかるプロセスです。米国、Bionano Genomics社のSaphyrシステムを用いたオプティカルゲノムマッピング解析では、従来の細胞遺伝学的解析を単一のデジタルワークフローに統合し、ゲノムワイドかつハイスループットで構造多型やコピー数変化を迅速に検出・解析することが可能です。

ヒトゲノムにおける構造多型の検出

ゲノミクス研究において、シーケンス技術は大きな革命をもたらしましたが、細胞遺伝学研究において、構造変異を見る手法は従来とほとんど変わっていません。次世代シーケンス(NGS)は、リファレンスゲノムにマッピングされたショートリードの配列に依存していて、小さな挿入や欠失(150 bp未満)とともにSNPを検出しますが、約2/3に反復配列を要するヒトゲノムでは、大きな領域で起きた挿入、欠失、およびコピー数変化は、ほとんど同定することができません。さらにNGSは、転座や逆位といった均衡型の構造多型を確実には検出することはできません。ロングリードシーケンスの分解能にはまだ限界があります。このような制約から、DNAを直接可視化することが、現在までのところ構造多型を同定するための最も信頼性の高いアプローチとなっています。
米国、Bionano Genomics社のSaphyrシステムによるオプティカルゲノムマッピング(OGM)では、インタクトなDNA分子上のラベルのパターンを直接可視化して構造変化を検出します。OGMでは、均衡型転座、リピートの拡大、リピートに挟まれた挿入や欠失、さらには大きなセグメントの重複の再編も検出します。あらゆるタイプの構造多型が、99%という高い感度で検出され、陽性予測値(PPV)は97%を超えます。

オプティカルゲノムマッピングのワークフロー

OGMのワークフローはシンプルで、血液、細胞、組織、腫瘍の生検などからメガベースサイズのDNAを抽出するところから始まります。Bionano社が提供するヒト検体用のDNA抽出キットでは、磁性を持ったNanobind Disk(ナノバインドディスク)を用いる新しい技術を採用しています。磁性ビーズやスピンカラムを用いた方法とは異なり、DNA分子の断片化がより起こりにくく、再現よく非常に良質な長鎖DNA(ultra-high molecular weight DNA; UHMW DNA)の抽出が可能です。
特異配列を認識する酵素を用いて、ヒトゲノムでは100 kbpあたり約15個、ゲノム全体では500,000個ほどの蛍光標識を行います。従来法では、Nickase(ニッカーゼ)を用いてDNAに傷(ニック)を入れ、その修復過程で蛍光色素を取り込ませ標識する方法(NLRS; Nick Label Repair and Stain)でしたが、現在ヒトの解析では、DLS (Direct Label and Stain)を用いています。DLSではニックを入れることなくDNAを標識するため、より長いDNAが得られます。
標識された長鎖DNA分子は、Saphyr Chip上のナノチャネルアレイ中で直鎖化され、Saphyr装置によって泳動画像が取得されます。1枚のチップには、3つのフローセル(flowcell)があり、異なる3検体の解析が可能です。1フローセルで取得可能なデータ量は、最大5 Tbp(1チップあたり15 Tbp)です。アプリケーションにより異なりますが、ヒト検体では100Xあるいは400Xのカバレッジ(coverage)でデータを取得します。100Xのカバレッジでは、1チップのデータ取得は6時間ほどで完了します。データ解析パイプラインにより、標識パターンの変化や標識の間隔が、ゲノムワイドで自動的に検出され、すべての構造多型の解析が可能です。

オプティカルゲノムマピングのワークフロー

De novoシーケンス解析

オプティカルゲノムマッピングは、ゲノムの構造多型の検出の他に、De novoシーケンス解析にも応用されています。De novoシーケンスでは、NGSを用いて(ショートリード、ロングリードあるいはこれらを併用して)参照配列のない生物の全ゲノム配列データを取得します。データ解析により全ゲノムマップの構築を行いますが、NGSデータだけではアセンブリを完結できないのが実情です。アッセンブリの改善を行うためにしばしばOGMやHi-Cなどが利用されています。現在ではクリニカル分野でOGMが利用されることが多いですが、ヒト以外の生物種を研究されている方々には、ゲノムアッセンブルでの利用の方がより馴染みがあるかもしれません。Saphyr解析では、DNAシーケンスは読みませんが、ゲノム構造の大枠を描いたマップを取得します。シーケンスデータをin silicoで、Saphyrシステムで取り扱い可能なゲノムマップに変換し比較することで、アッセンブリの改善を行います(Hybrid Scaffolding)。

構造多型解析

臨床サンプルから構造多型を検出する方法は、主に核型分析 (karyotyping)、蛍光in situハイブリダイゼーション(Fluorescence in situ hybridization: FISH)、アレイ比較ゲノムハイブリダイゼーション(array-based Comparative Genomic Hybridization: aCGH)などの従来の細胞遺伝学的手法に依存しています。これらの方法だけでは技術的な限界があるため、複雑な症例には対応できず、MLPA (Multiplex Ligation- dependent Probe Amplification)、qPCR、RNAseqなどの分子生物学的手法と組み合わせて補完し、患者や腫瘍ゲノムの完全な治療および予後評価を行う必要があります。核型分析、FISH、aCGH (あるいはCMA: Chromosomal Microarray Analysis)では、それぞれ5 Mb、100 kb、50 kbの解像度で構造多型の検出が可能です。現在、NGS技術の発展により1塩基の解像度でSNVsやsmall indelsといった構造多型(変異)が検出できるようになりました。Bionano社のオプティカルゲノムマッピングは、核型分析法と同様にゲノムを可視化します。ヒトゲノムに対し約50万個の「バンド」を導入し、メガベースサイズのDNA分子を直鎖化するナノチャネルアレイを用いて、高スループットでイメージングを行います。これにより、核型分析の10,000倍の解像度で構造多型を検出することができます。染色体バンディングでは5 Mbp程度であるのに対し、Saphyr解析では500 bpの解像度で挿入や欠失を見ることができます。1サンプルあたり1,600倍のゲノムカバレッジで、アリル存在率(VAF)1%までの構造バリアントを検出可能です。体細胞変異がターゲットの場合には、100倍のゲノムカバレッジで、1日に9人分のデータ取得が可能です。NGSとOGMを組み合わせて用いることで、より包括的な解析が可能になります。

臨床分野への応用

顔面肩甲上腕筋ジストロフィー(facioscapulohumeral muscular dystrophy: FSHD)は、非常に複雑な遺伝子型を伴う筋ジストロフィーです。正しい遺伝子型決定には、4番染色体のサブテロメア領域にある非常に大きな繰り返し領域の正確なサイズ決定、病原性アリルと非病原性アリルの決定、さらには4番染色体のリピートと疾患とは関連のない10番染色体上のほぼ同一のリピートの区別が必要となります。現在、この疾患の分子診断には、正確なサイズ予測には高いスキルが要求されるサザンブロット法が使用されています。Bionano EnFocus FSHD分析は、これらすべての検出を自動的に実行し、検証研究では、ゴールドスタンダード法との完全な一致がみられています。海外での事例では、このパイプラインを利用し、FSHDなどのような遺伝性疾患が疑われる場合、採取した絨毛を用いた出生前診断にSaphyrが使用されています。

世界中から報告されている検証研究の結果を見ると、Saphyrシステムの高い性能がうかがえます。例えば、the Cancer Genomics Consortiumにて報告されたコロンビア大学が主導する大規模な多施設共同研究では、造血器悪性腫瘍(急性骨髄性白血病; acute myelogenous leukemia: AML)の標準治療とSaphyr解析との比較において、予備的な結果ではあるものの、核型分析、FISH、アレイの結果と100%一致していることが示されています。

Bionano社のSaphyrシステムは、あらゆる構造多型を高感度に検出することを可能にする唯一の技術です。不均一ながんサンプル中に存在するアリル存在率が低いバリアントであっても、ゲノムワイドに偏りなく検出が可能です。Saphyrおよび全ゲノムシーケンス(Whole Genome Sequencing: WGS)を用いて行なった12の白血病ゲノムの解析例では、数十の遺伝子が複数の構造多型およびSNVの影響を受けていました。これらの遺伝子のほとんどは、これまで白血病やがんに関連付けられていたものではありませんでした。構造多型の多くは、全エクソームシーケンス(Whole Exome Sequencing: WES)では対象外となる遺伝子調節領域に見られています。このような少ない検体数でも、新規バイオマーカーの発見の可能性は予想外に大きなものとなり得ます。

まとめ

CAR-T細胞、iPS細胞、ゲノム編集技術などを取り扱う再生医療分野において、オフターゲット変異はしばしば課題となりますが、Saphyr解析により無視できない構造多型の存在を簡便かつ高感度に俯瞰することが可能です。Saphyr解析は、NGSと組み合わせることで、SNVsから数メガベースの構造多型までが検出でき、がんをはじめ、希少疾患や遺伝病の包括的な理解を可能にします。