p53と膵臓ガン(4月15日 Cell オンライン掲載論文)

2026.05.04

本日紹介する論文

Dengさんのp53とiPS細胞の論文を紹介したので、ほぼ同じ時期に発表されていたスローン・ケッタリング記念病院から発表されたp53の初期膵臓ガンでの役割についての論文を紹介することにした。

 

タイトルは「Oncogenic and tumor-suppressive forces converge on a progenitor niche at the benign-to-malignant transition(発ガンシグナルとガン抑制シグナルは、良性から悪性への転換時に現れる前駆細胞に収束している)」だ。

 

解説と考察

現在p53研究の第一人者を挙げるとすると、この論文の責任著者の一人 Scott W. Lowe は外せないだろう。この研究もさすがプロと思わせる様々な工夫に満ちている。モデルはRAS変異とp53変異が高い確率で見られる膵臓ガンだが、この研究ではRas変異が起こる前と後を同じ組織上で把握して解析することを目的にしている。そのため、p53遺伝子変異が起こる前と、起こった後で蛍光の色が変化するマウスを作成し、同じ組織でp53変異前と後を区別できるようにしている。まさにプロのアイデアで、是非iPS細胞でも使って欲しいと思う。

 

もう一つのハイライトは、この変化を捕まえるためXeniumと呼ばれる組織上のsingle cell遺伝子発現解析システムを用いて、良性から悪性への変化を空間的に追跡できるようにした点で、この二つのイノベーションのおかげで、単純にRas変異+p53変異=ガンと言った単純な話に収束することなく、ガンの初期状態の多様性を把握することに成功している。

 

膨大な実験で、さらに組織上での遺伝子発現とその解析が、これでもか、これでもか、と示される論文なので、ここではDeng論文を念頭に置きながら、かなり省略して紹介する。

 

p53変異前でRasが活性化した細胞を解析すると、いくつかの細胞集団に分けることが出来、遺伝子発現から分化した胃の上皮型 (GE) が徐々に分化したマーカーを失い、未熟消化管上皮型 (PE) へと変化するのを捉えることができる。いずれもp53変異前だが、おもしろいことにp53の標的遺伝子の発現はPEに集中していることがわかった。即ち、Ras変異があっても分化しているうちはp53の発現は低いことがわかる。このp53が未熟なPEに必要であるとする結果は、Deng論文から見てもおもしろい。

 

このPE状態は上皮自体のプログラムで誘導されるのではなく、周りの間質の影響が大きいことは、炎症シグナルを加えるとPE状態へとドライブがかかることからもわかる。ガン発生が進む組織をXenium解析で調べると、GEからPEへの連続的な変化が組織上で見られるのに対応して、上皮の周りに存在する間質や血液細胞の遺伝子発現も、連続的に変化する。しかも、上皮と間質の相互作用を支えるシグナル分子と受容体もセットで変化することがわかる。即ち、Rasが活性したあと、間質との相互作用がオンになってしまうと、おそらくp53を含む様々な遺伝子にスイッチが入り、間質との相互作用システムがオンになり、これにより間質を巻き込むことで、p53変異が起こる前から膵臓ガン特異的な悪性化への過程が進んでいる。全てのスイッチはRasの活性化である事は、この時点でRasを阻害する間質の変化も含めて消失する。従って、早期変化を捉えてRas阻害剤を使うことは今後重要な治療手段になる可能性がある。

 

このようにp53の作用により組織上での悪性化が進んで見えるという不思議な現象が示されたが、ではこの時点でp53変異が入るとどうなるのか。結果はDeng論文と同じで、上皮間質転移が起こり、悪性度を保ったままさらに可塑性の高いガンへと変化することを示している。

 

まとめと感想

結果は以上で、p53が欠損するから悪性化が進むのではなく、Rasが活性化された細胞でp53の発現が上がることで、周りの間質を増殖に有利な様に組織化することが最初に起こり、その後p53が変異することで上皮性から解放されたより可塑性の高いガンへと変化する過程が、初期膵臓ガン発生過程で起こっているという結論だ。

 

昨日のDeng論文と比べると、p53変異で上皮間質転換が起こる点では全く同じだ。さらにp53が存在することで、可塑性が抑えられていることは、p53変異が山中因子による可塑性誘導を抑えるという点でも一致する。しかし化学リプログラミングで逆にp53が必要であるという事実は、リプログラムが単純な可塑性の上昇でないことを示している。おそらく同じ実験系を使ってリプログラム過程を調べると、おもしろい展開があるように感じる。

著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

このライターの記事一覧