造血幹細胞を増やす化合物 UM171 の作用メカニズム(2月12日 Nature オンライン掲載論文)

2025.02.26

2014年、カナダの Sauvageau は試験管内で人造血幹細胞の増殖を誘導できる化合物 UM171 を発見した。すでに10年経ってはいるがまだ臍帯血増幅の臨床試験段階のようで、FDA などの認可には至っていないようだ。これは作用メカニズムが完全に詰め切れていないこともあるが、これまでの研究でヒストンデメチレース LSD1 と CoREST分子の複合体に E3ユビキチンリガーゼをリクルートして分解する分子糊として作用している可能性が示唆されている。

 

本日紹介する論文

今日紹介するハーバード大学からの論文は、UM171 の分子糊としての機能を詳細に解析した研究で、2月12日 Nature にオンライン掲載された。

 

タイトルは「 UM171 glues asymmetric CRL3–HDAC1/2 assembly to degrade CoREST corepressors(UM171 は CRL3−HDAC1/2 非対称的複合体を CoREST レプレッサー分子に糊付けして分解する)」だ。

 

解説と考察

分子糊として働き標的分子を分解するためには、ユビキチンリガーゼを標的分子に連れてくる必要がある。この研究では、UM171 を作用させた細胞で分解される分子のなかから、直接 UM171 と結合する分子をリストして、最終的に分解される CoREST分子を含む複合体の構成を調べている。

 

というのも、分子糊は分子同士を接着させるというより、分子のポケットに入り込んでタンパク質自体の構造を変化させ、新しい構造にユビキチンリガーゼをリクルートするからだ。すなわち、分解される個々の分子とUM171 との関係を見ていたのでは実像が見えてこない。

 

まず UM171 により分解されるのはこれまで提唱されていた LSD1 と CoREST だけではなく、ヒストン脱アセチル化酵素HDAC1/2 も含むこと、そして分解の引き金を引くユビキチンリガーゼは KBTBD4分子を有する E3ユビキチンリガーゼがであることを特定する。

 

このように、LSD1、HDAC、そして CoREST の複合体に UM171 が潜り込んで、タンパク複合体の構造を変化させることで KBTBD4/E3ユビキチンリガーゼがそれを認識するという奇跡のようなことが誘導されていることがわかる。そして、分解の時間経過などから HDAC が KBTBD4 と直接結合していることを明らかにする。

 

さらに驚くことに、UM171 により誘導される構造変化は細胞内に存在するイノシトール6リン酸をもう一つの分子糊として使って HDAC と KBTBD4 の結合を高めることを示している。この結果、KBTBD4/E3リガーゼは LSD1/CoREST/HDAC複合体にリクルートされ、全ての分子を分解することができる。

 

あとは、分子構造から得られたデータを元に、アミノ酸を改変して、それぞれの分子が結合している領域を確認している。

 

まとめと感想

結果は以上で、UM171 の分子機能が構造的に明らかになったことは、なぜ造血幹細胞の増殖が誘導できるのかの分子メカニズムを知る上で重要だ。これまでの研究でも、エピジェネティックな変化が細胞を増殖させていることはわかっていたが、今回の研究で、ヒストンメチル化だけでなく、アセチル化も合わさったエピジェネティック変化が起こることが明らかになり、研究の進展が期待できる。

 

しかし、イノシトール6リン酸も含むこれだけ多くの分子が関わる分子糊が発見されたこと自体が私にとっては驚きで、人間の努力が奇跡を可能にしていることがわかる。次は、このような分子糊を構造予測により設計できるか、新しい課題が生まれた。

著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

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