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みなさんこんにちは! サイエンスライターな妖精の彩恵りりだよ!
今回は、今年もあの問題の賞がやってきた!2024年9月12日 (日本時間13日) に公開された『第34回イグノーベル賞』について、10賞全部を解説するよ!
(画像引用元: イグノーベル賞YouTube公式配信より)
また、私は過去に4年分の解説をやってるから、こちらも観てくれると嬉しいな!
2023年『第33回イグノーベル賞』10賞全部解説!
CONTENTS
さて本題に入る前に、そもそも「イグノーベル賞」を知らないか、どういう主旨で贈られるのかを知らない人は多いんじゃないかな?もし知っている人がいたら、この部分は読み飛ばしてもらって構わないからね!
世界的な権威と知名度のある学問的な賞と言えばノーベル賞だけど、イグノーベル賞はそのパロディとして、1991年に『風変わりな研究の年報』誌のマーク・エイブラハムズ編集長によって創設された賞であり、例年本家ノーベル賞の1ヶ月くらい前に先んじて発表されるものだよ。
受賞の対象となるものは「人々を笑わせ、考えさせた業績」で、1年に10賞が発表されるよ。こういう主旨なので、イグノーベル賞が贈られる研究は、パッと見の印象は面白いとか笑えるとか、正直意味がわかんない研究も並んでいたりするよ。でも、一方でこのイグノーベル賞、考えさせた業績と言う点が肝心だよ。
イグノーベル賞が贈られる研究は単に面白いだけじゃなく、研究手法がとても斬新で使い道があるとか、高コストで使いづらい手法を改善したとか、予想外のインパクトがあったような、スゴい研究が受賞するんだよね!
例えば2022年のイグノーベル医学賞は「アイスクリームは抗がん剤メルファランによる有害な副作用の予防に有効なのを示したことに対して」という授賞理由だよ。
この研究で主眼となっている抗がん剤のメルファランは、自家造血幹細胞移植という治療方法で投与されるよ。ただ、しばしば副作用が重くて、場合によっては麻薬に分類されるようなかなり強い鎮痛剤の投与すら必要になるデメリットがあったよ。
これを抑えるためには、口の中に氷を含んで、咥内の温度を下げることが有効であることは以前から知られていたんだけど、冷たい氷を長時間入れるのはこれはこれで別の意味でつらいよね。そこで氷の代わりにアイスクリームでも大丈夫なことを示したのがこの研究だよ!
抗がん剤の副作用を抑えるため、患者の負担が少なく費用も安く済み、味も美味しいために子供にも与えやすいアイスクリームでOKだと示したのは、つらい治療を和らげる意味でとても重要だよね。抗がん剤とアイスクリームは一見すると繋がらないけど、実はこういう意味があるんだよね。
だから、これは私個人の考えなんだけど、研究の面白さとスゴさを両立していなければイグノーベル賞の対象とならないことから、本家ノーベル賞より受賞するのが難しいと思っているんだよ。
イグノーベル賞の受賞式は以前、ハーバード大学のサンダーズ・シアターで行われていたんだけど、COVID-19の流行状況に鑑み、4年間はオンライン授賞式となっていたんだよね。しかし今年2024年の授賞式は、マサチューセッツ工科大学の第10講義棟250号室に場所を変え、久々にオフライン開催となったんだよね!
今回のトロフィーは紙だけでなく、組み立てキットが入っているプラスチックケースがついてくるので、ここ数年よりは豪華かも? (画像引用元: イグノーベル賞YouTube公式配信よりキャプチャー)
また、イグノーベル賞は色んな意味で本家ノーベル賞のパロディとなっているよ。本家ではメダルと賞金が与えられるけど、イグノーベル賞では「ノーベル賞受賞者のサイン入り、イグノーベル賞の賞状」「賞金10兆ドル」「トロフィー」がもらえるんだよね。
ただし、賞状はコピー用紙に印刷され、賞金は元よりハイパーインフレで価値が低下している上に2015年からは通貨として失効しているジンバブエドル、トロフィーは自分で組み立てないといけないよ。
ただし今年は久々のオフライン開催ということもあり、オンライン開催時には全てがペーパークラフトだったところ、今回はプラスチックのケースの中に糊が付属した組み立てキット付きとなっているよ。全部が紙でできていない意味では、実は少しだけ高級 (?) かもしれないね。
また、今年はテーマとして「マーフィーの法則」が挙げられているよ。これは2003年に法則自体がイグノーベル工学賞となっているほか、その前の1996年にはマーフィーの法則の1つである「トーストが落下するとバターを塗った面が下を向いてカーペットに落下する」を真面目に検証した研究がイグノーベル物理学賞となっているんだよね。
ただ、テーマは正直おまけという感じで、必ずしも賞の内容はテーマに沿っているとは限らないよ。また、本当にWelcomeとだけ言うだけの「Welcome, Welcome Speech」、自分の業績を24秒および7単語で解説する「24/7レクチャー」、テーマに沿ったミニオペラなど、イベントが盛りだくさんなんだけど、そろそろ本題に入るね!
久しぶりに実際の会場で、伝統の紙飛行機投げが行われたせいか、やたらにデカい紙飛行機も登場! (画像引用元: イグノーベル賞YouTube公式配信よりキャプチャー)
まずは、今回受賞した10賞の内容について軽く説明し、その後本題に入るよ。
平和賞 | ミサイルの飛行経路を誘導するために、生きたハトをミサイルの中に入れることの実現可能性を調べた実験に対して。 |
植物学賞 | 一部の本物の植物は、隣接するプラスチックの人工植物の形状を模倣しているという証拠を発見したことに対して。 |
解剖学賞 | 北半球のほとんどの人の頭髪は、南半球のほとんどの人の頭髪と同じ方向に渦巻いているかどうかを研究したことに対して。 |
医学賞 | 痛みを伴う副作用のある偽薬は、痛みを伴う副作用のない偽薬よりも効果的であると証明したことに対して。 |
物理学賞 | 死んだニジマスの遊泳能力を実証・説明したことに対して。 |
生理学賞 | 多くの哺乳類は肛門で呼吸ができることを解明したことに対して。 |
確率賞 | コインを投げると、最初と同じ面が出る傾向があることを、理論と35万0757回の実験の両方で示したことに対して。 |
化学賞 | クロマトグラフィーを使用して、酔ったイトミミズと素面なイトミミズを分離したことに対して。 |
人口統計学賞 | 最も長生きしたことで有名な人々の多くが、出生と死亡の記録がきちんと管理されていない場所に住んでいたことを発見した調査研究に対して。 |
生物学賞 | ウシの背中に立っているネコの横で紙袋を爆発させ、ウシがいつどのように牛乳を出すのかの調査をしたことに対して。 |
受賞国: アメリカ合衆国
受賞者: Burrhus Frederic Skinner
授賞理由: ミサイルの飛行経路を誘導するために、生きたハトをミサイルの中に入れることの実現可能性を調べた実験に対して。
受賞論文: B.F. Skinner.“Pigeons in a pelican”. American Psychologist, 1960; 15 (1) 28-37. DOI: 10.1037/h0045345
ハトを使ったミサイル誘導の概説。スクリーンに映った目標をハトがつつく行動をするのを、オペラント条件付けで学習させており、スクリーンの中央に目標が移動する、つまりミサイルが目標に向かっているよう調整されているんだよね。 (画像引用元: 受賞論文Fig7より)
一発目から平和の象徴であるハトと、兵器の代表格であるミサイルをかけた、皮肉を込めたようにしか見えないこの賞、これは心理学の分野で非常に有名な人物、バラス・フレデリック・スキナー氏 (1904-1990) に贈られたよ。そして対象となった論文は、1960年にスキナー氏が当時を振り返る形で執筆した内容だよ。
当時は米ソ冷戦の只中にあり、実際に開発を行っていたのは第二次世界大戦中。これを考慮すると、この論文はどこかシニカルに書かれているんだよね。以下、論文の内容を解説するけど、戦争や兵器について触れており、現在の価値観では不適切と思える表現も、あくまで元の文の表現をなぞっている、という前提には注意してね。
第一次世界大戦が終わった1930年代後半より、アメリカでは航空機に搭載する爆弾に誘導装置を付けられないか?という、現在で言うミサイルの開発が進められていたよ。当時は無線通信による電子的な誘導装置が登場し始めたばかりで、簡単に電波妨害されてしまうなど、まだまだ実用できるものではなかったよ。
そこで、電波ではなく可視光線で誘導ができ、かつ“簡単に使い捨てられる下等生物”として、動物を誘導装置にするというアイデアが出てきたんだよね。現在の倫理においては危ない発想だけど、この点スキナー氏は「下等生物を知らず知らずの内に英雄に変える権利に言及する倫理的問題は、平時の贅沢である」と言ってるのよね。
同じく、動物を使う理由は“使い捨てられる”からであり、ヒトと比べて感覚が敏感だからではないとも述べているよ。他の動物を使った兵器は、しばしば人より感覚が鋭いことを利用していることを考えれば、ミサイル誘導装置としてのハトはそのようなメリットを利用していないんだよね。
これらの背景に加え、後述する通りこの誘導装置のアイデアは結局頓挫し、実用化しなかったことを踏まえると、同じ文脈内で言及されている「結局のところ、神風特攻隊は上手くやった」とする発言の内容がどういう意味なのか。という感じよね。
動物を誘導装置に使うのは、スキナー氏が研究していた内容である「オペラント条件付け」によって訓練が可能だからという点があるよ。オペラント条件付けとは、音や光といった刺激に対する行動に条件を付けるように動物を学習させるものであり、動物行動学や心理学における基本的なものとして知られているよ。
例えば、有名な「スキナー箱」の実験ではこんな感じだよ。空腹のネズミを箱の中に入れ、スピーカーとネズミが操作可能なレバーを配置するよ。スピーカーからブザーが鳴った直後だけ、レバーを押すと餌が出てくるような仕組みを作ると、やがてネズミはブザーが鳴った直後にレバーを押す確率が高まる。こんな行動が見られるよ。
オペラント条件付けは、餌などの報酬、あるいは刺激による罰などで動物の行動を決定づけるものであり、スキナー氏はこの分野の研究を発展させた功績で知られているんだよね。さて、ではオペラント条件付けではどのようにミサイルの誘導装置を作ったのだろう?
実験で使われたミサイルは翼のついたグライダーのようなもので、中央部に火薬を配置する一方、前方はハトを入れるための空洞があり、明かりが入る3つのレンズ状の窓を設置しているんだよね。滑空を制御する機構や火薬を入れる関係上、ハトを入れる空間は前方に設けるしかなかったんだよね。
鳥類繋がりの皮肉か、このプロトタイプのミサイルは、お腹よりくちばしの方が多くのものを詰め込めるという発想から「ペリカン」と呼ばれたよ。さて、ハトは誘導装置を制御する機械にワイヤーで繋がれており、前方にはレンズ状の窓から取り込んだ外の景色が映るスクリーンが設置されているよ。
これでどうやって制御するのか?これは実際にミサイルに設置する前のオペラント条件付けによる訓練が関連してくるよ。ハトは餌を貰える条件として、スクリーン内に映った像を正確につつくことができるか、という訓練をしたんだよね。
スクリーンに映った像は、本番ではミサイルを着弾させる目標に当たるよ。スクリーンの中央部に目標が映っていればうまく誘導できているけど、そこからズレている場合には位置調整をしないといけないよね。この時、ハトのつつく行為が生かされるよ。
スクリーンの中央以外に移動した像を追うために、ハトは頭を上下左右に振るよね?この動きが、繋がれたワイヤーを経由して機械が読み取れば、ミサイルは翼の角度を変えるので、結果的に飛行ルートを目標に向かうように制御することができるよ。
より正確な誘導をするために、1発のミサイルに搭載されるハトは3羽にしたよ。オペラント条件付けの訓練でも、3羽の中で多数派の動きが採用され、少数意見は罰せられる、という条件付けを課すことで、全てのハトが多数派の意見に従うように、つまりより正確に目標へと向くようにしたわけだね。
また、ハトは無線で動いているわけじゃないから妨害電波の影響を受けないし、ミサイルの中で経験するであろう激しい音や振動、閉じ込めた環境における二酸化炭素濃度の上昇などにも耐性があり、オペラント条件付けで身につけた動きを実行し続けることも、ミサイル誘導装置でハトが使用された理由になっているんだよね。
このように、一見すると珍妙ながらもある程度の説得力のある、生きたハトによるミサイル誘導装置のアイデアは、「プロジェクト・ピジョン」として1940年の春から本格的に動き出し、国防研究委員会が当時の額で2万5000ドルの資金を拠出するなどして、本格的に開発が始まったんだよね。
ところが、それほど大した材料を必要とせず、30日で訓練をして誘導できるという部分が有利であったにも関わらず、結局のところ珍妙だという評判は変わらなかったみたい。1944年10月、「これに注力すると、他の実戦投入可能なプロジェクトを阻害する」として、プロジェクト・ピジョンは実戦投入されず中止となったんだよね。
スキナー氏は、あくまで予想の範疇であり根拠を示していないけど、実戦投入可能なプロジェクトは日本に投下された原子爆弾のことではないかとしているよ。非常に威力の高い爆弾を使えば、正確な爆撃なぞいらなくなる、という当時の風潮からすれば、精密誘導ミサイルの対局とも言える兵器の存在で頓挫したのは皮肉とも言えるね。
ただし、第二次世界大戦が終結した後、アメリカの敵国であったドイツでもミサイルの精密誘導が研究されていたことが分かり、1948年にアメリカ海軍の下で一時的に復活したんだよね。このプロジェクトは「有機的誘導 (organic control)」を意味する「プロジェクト・オルコン (Orcon)」と呼ばれるようになったよ。
プロジェクト・オルコンの基本的な仕組みは、ハトを使うという点でプロジェクト・ピジョンと似ているけど、スクリーンは半導体で構成され、ハトのくちばしの先端には電気が流れるように金メッキがされることによって、オリジナルと比べてもより精密な誘導ができるようにしたんだよね。
ただ、プロジェクト・オルコンも1953年に中止となり、幸いにしてハトを搭載したミサイルが実戦投入されることはなかったよ。この頃には、電子機器による誘導装置がミサイルに積めるほど小型化し、ハトの重量を下回るようになったので、ハトを使う理由がなくなってしまったからなんだよね。
ではこれ、結局何がイグノーベル賞の受賞対象になったんだろうね?まず分かりやすいのは、平和の象徴であるハトを、近代兵器の象徴とも言えるミサイルの誘導装置に組み込む研究であり、結局のところ成功しなかったという、一連の流れに皮肉を利かせたという点だね。
一方で、プロジェクト・ピジョンそのものは頓挫したものだけど、スキナー氏自身が「突飛なアイデア」と言及するようなこのような発想は急激に“増殖”し、その子孫が“突然変異”をして思わぬ成果を得ると、まるでイグノーベル賞が対象とするような変わった研究の出現を示唆するような話をしているよ。
実際、スキナー氏はプロジェクト・ピジョンにおいて、多数のハトをオペラント条件付けで訓練する必要性については苦労があったと述べているけど、その時の経験を元に、機械的な学習方法である「ティーチングマシン」を発展させたんだよね。
このティーチングマシンは、元々は1920年代半ばにシドニー・L・プレッシー (1888-1979) という別の人が開発したもので、スキナー氏はそれを改良した立ち位置なんだけど、この機械式の“教師”は、回答が正解の時だけ先に進む方式で、オペラント条件付けの応用的な立ち位置にあるんだよね。
スキナー氏は、ティーチングマシンはいつでも回答を出してくれることから、多数の生徒をそれぞれ独自のペースで教育できる点に価値を見出し、1960年の時点で、これは後年でも使われ続け、発展するだろうと見込んでいたんだよね。
実際どうなったか?機械から電子へと変わったとはいえ、ティーチングマシンはeラーニングやプログラム学習へと姿を変え、教育現場で使用されていることを考えれば、この予測は当たってたと言えるわけだよね。
スキナー氏は、ティーチングマシンから派生した新しい教育法で、多くの人々が幅広い思索をするように学習し、一見すると突飛とも思えるアイデアが、より厳密な研究の下支えになるような社会が実現すれば、それこそ誘導ミサイルがいらなくなるような未来が来るだろう、と予測しているんだよね。
ここら辺に、イグノーベル平和賞を贈った別の理由が隠れていると、私は考えているよ。ちなみにスキナー氏は故人なので、この賞は娘であるJulie Skinner Vargas氏が代わりに受け取り、「彼の最も重要な貢献をようやく認めていただいたことに感謝します」と、イグノーベル賞らしいスピーチで謝意を示したよ。
受賞国: ドイツ連邦共和国、ブラジル連邦共和国、アメリカ合衆国
受賞者: Jacob White & Felipe Yamashita
授賞理由: 一部の本物の植物は、隣接するプラスチックの人工植物の形状を模倣しているという証拠を発見したことに対して。
受賞論文: Jacob White & Felipe Yamashita.“Boquila trifoliolata mimics leaves of an artificial plastic host plant”. Plant Signaling and Behavior, 2022; 17 (1) 1977530. DOI: 10.1080/15592324.2021.1977530
つる植物「ボクイラ・トリフォリオラタ」は、生きていないプラスチックの葉の形状を真似することが今回の研究で示されたよ。 (画像引用元: イグノーベル賞YouTube公式配信よりキャプチャー)
他の植物に巻き付くことで自身を支えて成長するつる植物は、自身の身体を支えている宿主の植物の葉と同じような葉をつけることが観察されているんだよね。その真似具合は高度で、形・色・長さ・向き・葉脈や模様など、かなり色んな点を真似ているよ。
なぜ、葉の形状を真似るのか。はっきりとした理由は分かっていないけど、一般的に唱えられているのは、草食動物から身を守るための擬態ではないかと考えられてるよ。それこそ他の植物に紛れれれば目立たないので、相対的に食べられるリスクが減るからね。
ただ、擬態の理由とは別に、そもそもつる植物はどうやって宿主の葉の形状を知るんだろうね?中には複数の植物の形状を真似できる種もいるので、何らかの方法で知っていることは分かるんだよね。しかも研究を進めると、宿主の植物に直接触れていなくても葉の形を真似ることができることが分かってきているんだよね!
ではどうやっているのか?例えば、宿主の植物の種類を知ることができれば、そこから真似すべき葉が分かるかもしれないよね。ということで、植物がシグナルとして放出している揮発性有機化合物を受信し、植物の種類を知っているのではないか、という仮説がまず成り立つね。
これとは別に、植物に共生または感染する細菌の仕業じゃないかという説もあるよ。細菌は宿主を移動する際に、元の宿主の遺伝情報を運ぶ「遺伝子の水平伝播」をしばしば行うので、遺伝情報から葉の情報を読み取って真似ている、というのは確かに、とも考えられるよね。
しかし、今回研究を行った2人は違う考えを持っているよ。そのうちの1人はライン・フリードリヒ・ヴィルヘルム大学ボンのFelipe Yamashita氏だけど、もう1人であるJacob White氏は、なんと大学や研究機関に属していないアマチュア研究者だよ!
研究では、複数種類の植物の葉への擬態能力があることを示したアケビ科の「ボクイラ・トリフォリオラタ (Boquila trifoliolata)」を対象に研究を行ったよ。揮発成分や細菌による説を覆すために用意したのは、プラスチックでできた人工の植物だったんだよね。
実験では、ボクイラ・トリフォリオラタが成長する上側にプラスチックの葉を置き、下側には何も置かなかったんだよね。そして、上と下を棚で遮断したよ。その理由は後で話すけど、とにかくプラスチックの葉のある側とない側に分けた、という点が肝心だよ。
では、成長したボクイラ・トリフォリオラタの葉がどうなったかと言えば、上側と下側では形が大きく異なることが分かったよ。上側の葉はプラスチックの葉と同じ縦に長い形を取ったのに対し、下側の葉はそうではないので、結果的に縦の長さに大きな違いが生まれたんだよね!
じゃあ、明らかに生きていないプラスチックの葉の形状を、ボクイラ・トリフォリオラタはどのように知ったのだろうね?White氏とYamashita氏は、1905年に提唱された植物の“視覚”が答えなんじゃないかとしているよ!え?植物に目はないじゃんっていうのはごもっとも。この“視覚”は普通のとはもちろん違うよ。
そもそもとして植物は、光を浴びて光合成をしているわけだから、光に対して何らかの反応をしていてもおかしくないよね?1905年の研究では、植物の葉の表面を構成する上皮細胞は、その一部がレンズのような役割を果たし、光に敏感である表皮下細胞に光を集めるような“単眼”の役割をするのではないか?と予想しているよ。
White氏とYamashita氏はこれを更に進め、植物の葉が光に対して敏感に反応するなら、近くの葉で生じる微妙な光の加減を感じ取り、葉の形状を真似ることもできるんじゃないか?と考えたのが今回の研究なんだよね。上下を棚で分けたのも、下側にはプラスチックの葉の形状の情報を送らないために設定したんだよね。
ボクイラ・トリフォリオラタは、接触しているかどうかに関わらず、最も近い位置にある葉を優先して真似ているらしいという観察結果もあることを考えると、今回設定したプラスチックの葉は、ボクイラ・トリフォリオラタが“視覚”によって葉の形状を真似ている、という仮説をある程度裏付けていると言えるね!
もちろん、プラスチックもちょっとは揮発成分を出したりするので、これだけで植物の“視覚”を裏付けた、とまでは言えないと思うよ。ただ、この研究は植物の感覚が従来思われていたよりずっと複雑らしいことを示唆している、という点でかなり興味深いよね。
White氏とYamashita氏は、この研究をきっかけとして、この実験が正しいかどうかを含めた、植物の感覚に関する研究がさらに発展することを期待しているよ。
受賞国: フランス共和国、チリ共和国
受賞者: Marjolaine Willems、Quentin Hennocq、Sara Tunon de Lara、Nicolas Kogane、Vincent Fleury、Romy Rayssiguier、Juan José Cortés Santander、Roberto Requena、Julien Stirnemann & Roman Hossein Khonsari
授賞理由: 北半球のほとんどの人の頭髪は、南半球のほとんどの人の頭髪と同じ方向に渦巻いているかどうかを研究したことに対して。
受賞論文: Marjolaine Willems, et al.“Genetic determinism and hemispheric influence in hair whorl formation”. Journal of Stomatology, Oral and Maxillofacial Surgery, 2024; 125 (2) 101664. DOI: 10.1016/j.jormas.2023.101664
解剖学賞の説明中に「もうやめて、私は退屈なの」と唱えるミス・スウィーティー・プー。これはイグノーベル賞の名物だけど、オンライン開催では出すことができなかったので、久しぶりの登場なのよね。 (画像引用元: イグノーベル賞YouTube公式配信よりキャプチャー)
私たちの頭髪を見ると、渦を巻いている中心である「つむじ」があるよね?このつむじを中心として、毛がどちらの方向に生えているのかを調べると、実はほとんどの人 (404人の調査では98.5%) が時計回り (右回り) になってくるんだよね。では、つむじの向きを決定するのはいったいどのような要因なんだろうね?
実は、つむじの向きがどのように決定しているのか、はっきりとしたことは分かっていないんだよね。真っ先に思いつくのは遺伝要因ではあるんだけど、少なくとも1個や2個の遺伝子で決定するような、簡単に答えられるようなものではないことが、長年の研究ではっきりしているんだよね。
モンペリエ大学病院のMarjolaine Willems氏などの研究チームは、つむじの向きが本当に遺伝要因のみで決定されるのか?という点について調査してみたよ。ただこの調査、北半球生まれと南半球生まれのそれぞれで比較するという点が一風変わっているのが、イグノーベル賞が贈られた理由の1つになっているんだよね。
より具体的には、北半球生まれとはフランス生まれ、南半球生まれとはチリ生まれの人で、同性の双子 (一卵性と二卵性の両方を含む) として生まれた人とそうでない人を比較し、つむじの渦巻きの向きと位置について統計を取り、お互いに差があるのかどうかを調べてみたんだよね。
すると、双子でも一般であっても、つむじの向きは同じ時計回りであることが多く、ここには差が見られなかったんだよね。ただ双子同士を、つむじの位置について調べて見ると、同じ位置にある場合もあれば、鏡映しのように反対の位置にある場合もあるので、これはちょっと気になるよね。
一方で、北半球と南半球との比較では、面白い結果が出てきたよ。北半球と比べて南半球の方が、反時計回り (左回り) のつむじを持つ人が若干多いことが分かったんだよね!双子では見られない偏りが地域では出てくる、これは何が影響しているのか気になるよね?
もちろん、今回の研究では数十人程度という規模の小ささや、北半球と南半球といってもそれぞれ1つの国だから、これだけで何かを言うのはちょっと難しいのよね。よって他の国や人種に対象を広げた場合、差がはっきりとするのかそれとも縮まるのかは分からないよ。
また、仮に遺伝要因ではなく地域による環境要因があるとしても、果たして北半球と南半球で分かれるかまでは分からないよ。少なくとも新生児は小さいことから、長さ数百kmの規模でようやく可視化できるコリオリ力のような物理的な力である可能性はほとんどなさそうだからね。
それでも、つむじの向きというのは突き詰めれば細胞配列の違いだと言えるわけだから、その要因を決定することは、つむじ以外の様々な身体的特徴にも遺伝要因ではない環境要因があるかもしれない、と話を広げられるかもしれないよね?
Willems氏らは、この研究が示すように、もっと大規模な研究調査を行って、必ずしも遺伝要因だけとは言い切れない疫学に関する環境要因の調査を進めた方が良いんじゃないか?と論文を結んでいるよ。
受賞国: スイス連邦、ドイツ連邦共和国、ベルギー王国
受賞者: Lieven A. Schenk、Tahmine Fadai、Christian Büchel.
授賞理由: 痛みを伴う副作用のある偽薬は、痛みを伴う副作用のない偽薬よりも効果的であると証明したことに対して。
受賞論文: Lieven A. Schenk, Tahmine Fadai & Christian Büchel.“How side effects can improve treatment efficacy: a randomized trial”. Brain, 2024; 147 (8) 2643-2651. DOI: 10.1093/brain/awae132 medRxiv: 10.1101/2023.11.22.23298877
「鼻に灼熱感を与える副作用がある、強力な鎮痛剤が含まれている」と偽り、実際にはカプサイシン入りの点鼻薬を投与した後にMRI測定で脳の活動を測定したデータ。痛みを与えると、痛みを抑える脳内の仕組みである下行性疼痛抑制系が働いたことが分かったよ! (画像引用元: 受賞論文Fig3Dより)
「病は気から」という言葉があるけど、これは現代医学でもある程度本当なんだよね。この治療法には効果があると患者が思っていると、実際には効果のない治療でも病気が治る場合があり、逆に治療法に望ましくない「副作用」があると患者が思っていると、実際に重い副作用が発生する場合があるんだよね。
治療法で期待される効果とは別に、好ましい作用が出ることを「プラセボ効果」、望ましくない副作用が出ることを「ノセボ効果」と呼ぶよ。プラセボもノセボも本来は後述する通り臨床研究における偽薬の効果に対する用語なんだけど、拡大的に使用される場合もあり、今回の解説は論文の表現に沿って使っているよ。
副作用は不快感や苦痛を与え、患者がその治療方法を中断する理由になりうるので、できれば避けたいところだよね。そこで、副作用の少ない治療法を開発したり選択すると共に、副作用に関する情報の開示を慎重に選択し、ノセボ効果による副作用を回避するべきだ、という提案もあるんだよね。
しかしここで、ハンブルク・エッペンドルフ大学医療センターのLieven A. Schenk氏らの研究チームは待ったをかけたよ。軽度な副作用は、それ自体が治療法に対する期待値を高め、結果的に病気の治療の成功率を上げるのではないか?という仮説をたてたんだよね。
例えば、患者が「強力な薬剤では副作用が避けられない」と考えているなら、全く副作用がない治療法よりも、軽いけど自覚ができる副作用がある治療法の方が、より期待が高まると予想できるよね?つまり、本来は望ましくないはずの副作用が、却ってプラセボ効果を高める可能性は十分に考えられるわけだよ。
そこでSchenk氏らは、この仮説を実証するための実験を行ったよ。いくつかの基準を満たした健康な被験者77人に対し、がん患者に使用される強力な鎮痛剤「フェンタニル」の点鼻薬を投与し、その後MRIによる検査を行うことで、神経プロセスがどのような作用をするのかを調査する実験を行う、と説明したよ。
被験者は、熱による刺激で痛みを与える事、点鼻薬が痛みを軽減するかもしれないこと、ただしフェンタニル点鼻薬には灼熱感を感じる副作用があることについて説明を受け、点鼻薬を投与した後に熱刺激を与える実験を3回行ったよ。そして、熱刺激による痛みの強さと、鼻が感じた灼熱感の強さに関してアンケートを取ったよ。
しかし実は、被験者に対する説明には1つだけ嘘が含まれているんだよね。3回に渡る実験では、投与した点鼻薬に期待を抱かないよう、フェンタニルが含まれている確率は50%だと説明したんだけど、実際にはどの点鼻薬にもフェンタニルは含まれていない、なんと確率0%だったんだよね!
実際に点鼻薬に含まれていたのは、身体に何の刺激も与えないと考えられる生理食塩水と、トウガラシの辛い成分である「カプサイシン」のどちらかだったんだよね!カプサイシンを少量とは言え鼻の粘膜に入れたら、そりゃまぁ灼熱感は感じるよね?
実際の実験としては、カプサイシン入りの点鼻薬は1人に対して1回で、2回目か3回目かのどちらかで投与されたんだよね。そして実験の結果、カプサイシン入りの点鼻薬を投与された時、実際に鎮痛剤を入れたわけではないにも関わらず、熱刺激による痛みは緩和されたことが実験により明らかになったんだよね!
面白いことに、何の刺激も与えない生理食塩水の時には、痛みの緩和は観察されなかったんだよね。アンケートでは、カプサイシンの刺激による鼻の灼熱感が、フェンタニルによるものだと勘違いした被験者が多かった事から、これは弱い副作用が効果のある治療だと思わせている可能性を示しているよね?
この部分を証明するために、次はMRIによる脳の反応の調査が行われたよ。この時、被験者を2つのグループに分け、MRI測定の際に同じく点鼻薬を投与することを説明したけど、そのうちの片方には「実は点鼻薬にフェンタニルは含まれていない」というネタバラシをしたんだよね。
そして、ネタバラシをしたグループとしないグループのそれぞれで、点鼻薬を投与しながらMRI測定で脳の反応を調べたよ。その結果、痛みの強さを調整する「下行性疼痛抑制系」について、カプサイシン点鼻薬を投与した人は、生理食塩水を投与した人と比べて、より活性化して痛みを抑える働きをしたことが分かったんだよね!
最後にフォローアップとして、MRI測定後から約1週間後に最後の点鼻薬投与と痛み刺激の実験を行ったよ。すると、ネタバラシをしなかったグループは、相変わらずカプサイシン点鼻薬で痛みの軽減を報告したんだよね!ちなみに、最後までネタバラシがされなかったグループは、全ての実験が終わった後にネタバラシを受けたよ。
この実験結果はかなり興味深いよ。何の効果もない偽薬であるにも関わらず、カプサイシンが入った点鼻薬は、その人が感じる痛みを実際に軽減したんだからね。フェンタニル点鼻薬は灼熱感を伴う副作用があるかもしれないという説明を受けた後にこの結果が得られたのだから、被験者の期待効果がかなり大きいことを示しているよね。
これは“気のせい”でもなんでもなく、脳の機能が実際に痛みを軽減しようと働いていることがMRIによって判明しているので、この期待効果は、「病は気から」の逆とも言える効果を発揮していることになるよね。これはかなり面白い結果だよね。
この研究は、2つの意味をもたらすよ。まず実際の治療法において、軽度で害の少ない副作用があると、プラセボ効果とはいえ治療の効果を高める可能性があることを示唆しているからね。まだ具体的にそうする必要があるかは分からないけど、わざと軽い副作用を入れる薬剤の方が治療効果が高いかもしれないよ。
あるいは、元から軽い副作用のある薬については、うまくそれだけを患者に伝える情報のフレーム化も選択肢に入るかもしれないよ。軽い副作用が起きていることは、実際に治療法が効いているという期待を高めるならば、ノセボ効果でより重い副作用が現れることなく、プラセボ効果を発揮するかもしれないからね。
もう1つ大きな意味は、臨床試験の現場だね。臨床試験では新しい治療法の効果を試すわけだけど、患者は1人1人違うので、治療とは関係のない理由で病気が治ったり、逆に悪化することもあり得るのよね。ということで臨床試験では、実際には何の効果もない偽薬を適用するグループを設けることが一般的だよ。
ただ今回の実験を見ると、軽い副作用を感じることで治療に効果があるという期待が高まることが示唆されるわけだね。となると副作用も刺激も何もない偽薬の投与は、臨床試験における比較対象の解釈に影響を与えるかもしれない、とこの研究は示唆しているんだよね。
「良薬は口に苦し」とはよく言ったもので、実は苦いだけで薬でもなんでもないものが良薬として働くかもしれない。こんなことが分かったという点で、この研究はスゴく興味深くて面白いよね!
受賞国: アメリカ合衆国
受賞者: James C. Liao.
授賞理由: 死んだニジマスの遊泳能力を実証・説明したことに対して。
受賞論文: James C. Liao.“Neuromuscular control of trout swimming in a vortex street: implications for energy economy during the Kármán gait”. Journal of Experimental Biology, 2004; 207 (20) 3495-3506. DOI: 10.1242/jeb.01125
左から (A) 障害物の後ろに配置された死んだニジマス (B) 障害物の後ろに配置された生きたニジマス (C) 障害物がない場合の生きたニジマスのそれぞれの泳ぐ姿勢の比較。死んだニジマスも生きたニジマスも、ほとんど同じカルマン泳法の姿勢で泳いでいることがわかるね。 (画像引用元: 受賞論文Fig8より)
死体が泳ぐわけないじゃん!?ごもっとも。魚の死体ネタで言うと、2012年に「死んだサケで脳の活動を発見」というのがイグノーベル神経科学賞を取ったことがあるけど、これは脳の活動を調べるためのfMRIについて、多くの研究であまりに単純すぎる解析が行われていることを示すための注意喚起で行われた研究だよ。
しかし安心して。今回の魚の死体ネタは、ちゃんと実際に泳いでるからね!どういうことかを説明する前に、まずは研究の背景について。世界中の海や川や湖に生息する魚は、一般的に身体をくねらせて泳ぐよね?これは多くの船がスクリューで推進していることとは全く違う泳ぎ方になるよ。
スクリューの回転はエネルギーロスが大きい一方で、魚の泳ぎ方は相当に効率がいいことが知られているのよね。できればこれを真似したいところだけど、そのためには魚が泳ぐメカニズムについて、物理学的に深く理解する必要があることになるよ。
とはいえ、一般的な水の流れはまっすぐに流れず、あちこち乱れや渦が生じる「乱流」がありまくるのよね。これは非常に難しい流体力学の学問になるので、現在でも多くの点が謎に包まれているよ。例えば魚の泳ぎ方の場合、実は魚はきれいな流れよりも乱流の方を好むらしいことが分かっているんだよね。
なぜ?という根本的な理由は現在でも調査中だけど、恐らく発生した渦のエネルギーの一部を自分の身体を動かすために変換しているのではないか?という仮説があるんだよね。渦は自分自身ではなく、流れによって自然発生するので、これを利用して自分の身体を動かせば、全体的にエネルギーを節約できるよね?
ハーバード大学のJames C. Liao氏は、乱流で発生する渦、特に「カルマン渦」は、魚が泳ぐためのエネルギーを節約する手段になるため、魚は積極的にカルマン渦を利用しているのではないか?と考えて研究を行ったんだよね。カルマン渦とは、流れが障害物に衝突した時、その後ろ側で連続的に発生する渦のことだよ。
多くの魚は、流れが阻害される障害物の後ろ側に集まる習性が観察されているけど、これまでそれは障害物によって流れが緩くなっているからと考えられていたよ。しかしLiao氏は、実際には障害物の後ろ側で発生するカルマン渦を利用して泳ぐためのエネルギーを節約している行動を表しているんじゃないか、と考えたわけ。
Liao氏は、魚がカルマン渦を利用している証拠を得るために、水流のある水槽で「ニジマス (Oncorhynchus mykiss)」が泳ぐ様子を観察して証明しようとしたよ。ニジマスはカメラで動きを見るだけでなく、神経を流れる電流を通じて筋肉の活動量も計測することで、能動的な動きと受動的な動きを区別するのを測ったよ。
カルマン渦を発生させるために、半円型の柱の障害物を上流側に設置したよ。半円のカーブ側が流れに当たるように配置すれば、その後ろ側にカルマン渦が連続的に発生するんだよね。後は、カルマン渦の発生周期とニジマスの身体を見ればいいよ。
計測の結果、ニジマスは身体を揺らしている一方で、自分からはほとんど筋肉を動かしていないことが分かったよ。一方で身体を揺らす行動は、カルマン渦の発生周期とよく一致していることから、ニジマスは自力で泳ぐのではなく、カルマン渦から運動エネルギーを取り出しているらしいという仮説に説得力が出てくるよ。
Liao氏は、これを「カルマン泳法 (Kármán gait)」と名付けたよ。これは私独自の意訳と言えるもので、「gait」は本当は「歩法」と訳すべきなんだけど、ニジマスはどう見ても歩いているわけじゃないこと、カルマン渦を使った移動の仕方であることを踏まえて、この訳としているよ。
さて、これでカルマン泳法を証明した、と言いたいところなんだけど、Liao氏はさらに一歩話を進めたよ。もし筋肉をほとんど動かさずにカルマン泳法が実現するなら、同じ身体の柔軟さを持つ死んだニジマスであってもカルマン泳法が発生し、実際に泳ぐんじゃないかと考えたわけ!
そこで死んだニジマスを同じようにセッティングしたところ、なんと生きたニジマスと同じく泳いだんだよね!わずかに頭部や尻尾のブレが大きいんだけど、これは生きたニジマスとは違い、完全に身体のコントロールを流れるに任せている、ということから発生する違いだと予測しているよ。
また、カルマン泳法のカギは身体の構造や柔軟さであり、生きたニジマスと同等でないとカルマン泳法は発生しないことも証明したよ。例えば色んな柔らかさのゴム製の魚や、一度冷凍した後に解凍したニジマスでは、カルマン泳法をしなかったんだよね。
Liao氏によるこの研究は、未だに謎の多い魚の泳ぎ方について、カルマン渦を利用した極めて効率の良い泳ぎ方をしているのを、死んだニジマスで実験的に証明した、という点が今回大きいんだよね。このアプローチのユニークさが面白いながらも妥当に工夫が凝らされていて、そしてイグノーベル賞にふさわしいと言えるんだよね。
ただ、死んだニジマスは意識がない以上、障害物に近づきすぎてもブレーキをかけないんだよね。自然界でも、しばしば魚の死体が上流側で溜まっている場所があったりするんだけど、どうもこれもカルマン泳法によって勝手に上流側へと逆流したものが溜まっているらしい、と今回の研究は示唆しているんだよね。
受賞国: 日本国、アメリカ合衆国
受賞者: Ryo Okabe, Toyofumi F. Chen-Yoshikawa, Yosuke Yoneyama, Yuhei Yokoyama, Satona Tanaka, Akihiko Yoshizawa, Wendy L. Thompson, Gokul Kannan, Eiji Kobayashi, Hiroshi Date & Takanori Takebe.
授賞理由: 多くの哺乳類は肛門で呼吸ができることを解明したことに対して。
受賞論文: Ryo Okabe, et al.“Mammalian enteral ventilation ameliorates respiratory failure”. Med, 2021; 2 (6) 773-783.E5. DOI: 10.1016/j.medj.2021.04.004
ドジョウなどが行う腸呼吸にヒントを得て開発された、酸素を含む液体から腸の粘膜を通じて酸素を送り込む「液体腸換気法 (l-EVA)」は、重度の呼吸不全であっても十分に酸素を送れることが示されたよ! (画像引用元: 受賞論文Graphical abstractより)
一見すると何をしたいのかよくわからないこの研究、実はかなり大きな意義を持っているんだよね。この説明をする前に、まずは研究の背景を説明するね。
全ての動物は血液中に酸素を取り込む呼吸をしているけど、この時に使用される器官は基本的に肺やエラ、気門などだね。ただし、これは基本的には、という話であり、他の器官を使う呼吸方法が全くないわけじゃないよ。例外的な呼吸方法は主に水棲動物に見られるよ。
例えばドジョウ (Misgumus anguillicandatus) やアシナガクモ (Tetragnatha praedonia) のような水中で活動する生物はお尻で、より正確に言えば、腸の粘膜を通してガス交換を行う「腸呼吸」を行っているよ。血管を張り巡らせた粘膜を通しているという点では、肺やエラと腸にそこまで大きな違いはないとも言えるよ。
元から濁った低酸素の水に住むことも多いドジョウなんかは腸呼吸に特化するために、腸の一部の粘膜が薄く、血管の密度が高くなっているなど、腸呼吸に特化した工夫が見られるんだよね。ただ、これはあくまで水棲動物での話。陸棲動物、特に哺乳類が腸呼吸を行えるかどうかは今まで分かっていなかったよ。
それこそヒトについては、1950年代から1960年代に初期的な研究が行われていたものの、腸呼吸ができることを示す証拠は見つからなかったんだよね。ただ、全くムリかというと、実はムリってことはないんじゃないかと示唆する構造は見つかっているよ。
例えば、大腸の直腸は他の部分より粘膜が薄いことが知られているよ。この薄さを、普段は薬剤の投与とかに利用しているわけだけど、粘膜が薄ければガス交換もしやすくなるので、直腸で腸呼吸ができる可能性はあるんじゃないか?という発想ができるわけだね。
東京医科歯科大学の岡部亮氏らの研究チームは、哺乳類でも腸呼吸は可能ではないかとする考えの下、腸に酸素を送り込む「腸換気法 (EVA; Enteral Ventilation)」を開発し、モデルとしてマウスやラットと言った齧歯類と、より大型な動物であるブタで試すことにしたよ。
まず齧歯類では、肺が機能しない呼吸不全患者と同じような状態に置いた後、まずは気体の酸素を送り込む「g-EVA法」を試したよ。その結果、何もしなければ11分未満で死亡するのに対し、g-EVA法を適用すると18分まで生存時間が伸び、腸粘膜を剥がせば50分経っても75%が生存することが分かったよ!
ただ、さすがに腸粘膜を剥がしてというのは、ヒトに試すのは現実的じゃないよね。そこでg-EVA法よりも酸素供給がしやすいと考えられる「l-EVA法」を試してみたよ。lは液体 (liquid) のことで、これは「パーフルオロカーボン」というフッ化炭素でできているよ。
すごく大雑把に言えば、パーフルオロカーボンはフロンのお仲間と言えなくもないけど、パーフルオロカーボンは炭素原子が完全にフッ素原子と化学結合しており、オゾン層破壊物質とはならないんだよね。加えて化学的な安定性が極めて高いので、人体への安全性が高いことで知られているよ。
さらに、パーフルオロカーボンは酸素と二酸化炭素をよく溶かす性質があるんだよね。これを利用し、既に小児の重症呼吸不全においてガス交換を行うための液体としての利用例があるので、安全性は確立していると言えるよ。では、肺ではなく腸にこれを使ったらどうなるんだろうね?
ということで、酸素を含ませたパーフルオロカーボンを腸内に送り込むl-EVA法を試したところ、低酸素状態に置かれた齧歯類が、少なくとも60分に渡って低酸素状態が改善することが分かったんだよね!十分な効果発揮のためには腸粘膜を剥がす必要があるg-EVA法よりも明らかに性能が良いことになるよ。
そこで今度は、もっと大型の動物であるブタでも同じ実験を行ったんだけど、やはりl-EVA法はブタの低酸素状態を改善したんだよね。最後に、l-EVA法を受けた動物の腸を検査してみたんだけど、少なくとも短期的なl-EVA法は腸粘膜にダメージを与えた痕跡は見つからなかったと、安全性が示されたんだよね。
さて、この研究はどのような応用が見込まれるかと言えば、数年前にあった出来事を思い出してみて。「COVID-19」のパンデミックにより呼吸不全患者が急増、医療現場では多くの間者に人工呼吸器やECMO (人工肺) が必要となり、絶対数が足らない状況が起きたよ。
人工呼吸器やECMOはかなり高度な装置で、装着する技術が高いことや、患者にかかる負担を考えると、そんなに多くの数を増やすことはできないよ。しかし今回開発されたl-EVA法は、高濃度の酸素を含む液体を肛門から大腸に送り込むという方法なので、技術はより簡単で、患者への負担も大幅に少なくなるよ。
l-EVA法は現段階では人には使われてないけど、将来的に人工呼吸器やECMOの数が少ない場合や、そもそも装置がないような緊急に医療行為が必要な場面において、l-EVA法が呼吸不全患者を助けるかもしれない、と考えれば、この研究のすごさが分かるよね。これこそがイグノーベル賞が贈られた理由だと考えるとができるよ。
受賞国: オランダ (※オランダ王国構成国) 、スイス連邦、ベルギー王国、フランス共和国、ドイツ連邦共和国、ハンガリー、チェコ共和国
受賞者: František Bartoš、Eric-Jan Wagenmakers、Alexandra Sarafoglou、Henrik Godmann、その他多くの同僚 (全部で50人)
授賞理由: コインを投げると、最初と同じ面が出る傾向があることを、理論と35万0757回の実験の両方で示したことに対して。
受賞プレプリント: František Bartoš, et al.“Fair coins tend to land on the same side they started: Evidence from 350,757 flips”. arXiv, math.HO; 2023. arXiv: 2310.04153v3
37万0757回のコイントスで得られた実測データ。左下のグラフは、最初に上を向いていた面が、コイントスの後に出た確率分布を示しており、数学的な値である50%ではなく、DHMモデルで予測される約51%の確率値に近いことを示しているよ。 (画像引用元: 受賞プレプリントFig1より)
親指でコインを弾いた後にキャッチする「コイントス」は、最も単純な運任せの確率的行為として知られているよね?表が出る確率が50%、裏が出る確率も50%として、サッカーやテニスなどの球技の試合開始時に、攻撃側を決定するのに使われるのが最も知られていると思うんだよ。
しかし、コインの入手の容易さと分かりやすい公平感から、場合によってはかなり重大な決定にもコイントスが使われるよ。例えば、1903年のライト兄弟の初飛行の挑戦の順番、2003年にカナダのトロントにおける公共事業の受注企業の決定、2004年と2013年のフィリピン地方選挙での当選者の決定などがあるんだよね。
しかし、コイントスって本当に公平なのかな?コインを親指で弾いて上に飛ばすというやり方な以上、飛ばす前の初期設定は表と裏が上下決まっているよね。そして空中を飛ぶコインは一般的に回転するので、回転によって生じる力が表裏を決定する可能性はなくはないんだよね。
2007年にPersi Diaconis氏、Susan Holmes氏、そしてRichard Montgomery氏の3氏は、かなり興味深い研究を発表したよ。コイントスを行うと、回転軸の方向が変わる歳差運動が発生するので、最初に上を向けていた面が空中で上向きになっている時間がわずかながら長い、ということを提唱したんだよね!
3氏の名前を取り「DHMモデル」という理論モデルによれば、最初に上を向けていた面が表示される確率は約51%と、わずかながら公平ではないと予測しているんだよね!ただ、2007年の研究で試されたコイントスの回数は少ないので、DHMモデルが正しいかどうかまではちょっと分からなかったよ。
また、実際のコイントスは本当に公平なのか、という研究をした人は、古くは18世紀に遡るなど何回かあるんだけど、ほとんどの研究は最初に上を向けていた面と同じかどうかが記録されていないんだよね。わずかな例外は2009年に行われた、予め投げる表裏を決めて記録するコイントスの実験があるよ。
ただ、これはコイントスを表で始める人と、裏で始める人を役割分担してしまったことから、個人差の影響を排除できなかったよ。また、結果は表の担当が約51.16%、裏の担当が約50.07%であり、これはDHMモデルで予測される約51%を証明しているとも反証しているとも言い難い、なんとも言えない数値だよ。
そこで、もっとたくさんのコイントスの試行回数を集計するために、最終的に50人もの協力者からなる国際研究チームが立ち上がったよ!アムステルダム大学のFrantišek Bartoš氏を筆頭著者としているけど、これは最後の4人を除き、コイントスの回数が多い人が論文の頭の方に来るという“貢献度”で順番が決まっているよ。
実験では、48人の参加者が46種類のコインに対し、701回から2万0100回までの様々な回数だけコイントスを行い、最初に上を向けていた面が出た回数を記録したよ。提出されたデータが間違ってないことを証明するためにビデオ録画も行われたんだよね。こうして、最終的に35万0757回ものデータが集められたんだよね。
最終的に、35万0757回中、最初に上を向けていた面が出た回数は17万8079回、つまり確率は50.8% (95%信頼区間で50.6%-50.9%) であることが示されたんだよね。これはDHMモデルが予測する、最初に上を向けていた面が出る確率が約51%という主張を十分に裏付けていると言えるんだよね。
また、研究によってコイントスに関する個人差も見えてきたよ。人によって出る面の偏りがほぼない人もいれば、かなり大きく偏った人もいるんだよね。確率が53%を超える外れ値の4人を除外すると、最終的な結論に影響を与えなかったものの、個人差による結果の偏りはだいぶ改善されたよ。
そしてコイントスの回数が1000回を超えてくると、どの人もDHMモデルが予測する値に近づくことが分かったんだよね。慣れによって個人差が薄くなっていると考えられることから、DHMモデルが正しいことを裏付ける1つの傍証であり、また先ほどの外れ値の人も、慣れる前のバラつきが大きかったと解釈することができるんだよね。
結局のところ、コイントスはわずかながら公平ではないらしいということが、この研究から分かるんだよね。しかもこれは、数学の確率論ではつきものとなる、賭け事の基準にも関連してくるよ。
例えば、コイントス後に出てくる面の表裏を答え、当てれば掛け金が2倍、外れれば0倍となるゲームを行ったとするよ。1回のゲームの掛け金を1ドルとし、1000回のゲームを行ったとすれば、もし投げる前の面を知っている場合、平均で19ドル稼ぐことができるよ。これは一般的なカジノのゲームの優位性より大きいんだよね!
もしもコイントスをより公平にする場合、それこそ公共事業の発注や選挙の当落のような重大な決定をする際には、投げる前にはどちらが上に向いているかを誰からも隠すことが最善の策であることになるよ。
受賞国: オランダ (※オランダ王国構成国) 、フランス共和国
受賞者: Tess Heeremans、Antoine Deblais、Daniel Bonn、Sander Woutersen
授賞理由: クロマトグラフィーを使用して、酔ったイトミミズと素面なイトミミズを分離したことに対して。
受賞論文: Tess Heeremans, et al.“Chromatographic separation of active polymer–like worm mixtures by contour length and activity”. Science Advances, 2022; 8, 23. DOI: 10.1126/sciadv.abj7918
イトミミズの活動度と形態の違い。エタノールに浸して“酔わせた”イトミミズ (左) は活発ではなくなり、身体が長い状態を取って障害物に引っかかりやすくなるよ。これに対し“素面”なイトミミズ (右) は活動が活発であり、障害物に衝突するとすぐに丸まるため、障害物に衝突しにくくなるよ。 (画像引用元: 受賞論文Fig4A)
この研究は、ちょっとだけ前提知識が必要なのでまずそこから解説するね。まず「クロマトグラフィー」とは、大雑把に言えば、混合した物質を性質の違いによって分離する方法であり、例えば水にどの程度溶けるかとか、隙間の大きさによって分子の大きさでより分けるとか、そういうものを指すよ。
そして、今回の研究で主役となるのは「アクティブマター (Active matter)」と呼ばれる種類の物質だよ。なんだか難しそうだけど、例えばヒトの群衆、鳥の群れ、細菌のコロニーなど、様々なアクティブマターが身近に存在するよ。
要するにこれ、自力で動くことのできる存在の集合体がアクティブマターなんだよね。これは近年その面白い性質が注目されていて、アクティブマターをうまく使えば、その運動の性質を利用し、小さなモーターを動かしたり、水の浄化ができる、なんて応用もあるんだよね。
あるいは、細菌が細胞への感染に成功するかどうか、精子が卵子に対して授精に成功するかどうか。これにもアクティブマターの性質が働いているので、こういう物質の動態に注目するのは、物理学や化学の見地からは重要なんだよね。
しかし、アクティブマターの研究は、ほとんどが形を考慮しない粒子に対するものがほとんどだったんだよね。その形が細長いために、丸まっているのか伸びているのか、形を気にする必要がある「アクティブポリマー」については、現状研究がほとんど進んでいないんだよね。
何しろ、アクティブポリマーはすぐに形を変えるし、丸まって小さくなっている時と、伸びて細長くなっている時では、全く違う性質を持つことが明らかなので、モデルを組んで計算しようにも複雑すぎてムリ!というところが効いてきちゃうのが背景としてあるんだよね。
そこでアムステルダム大学のTess Heeremans氏らの研究チームは、動きを見るのが難しいアクティブポリマーについて具体的な研究を行うためのアイデアを考えたよ。それが今回話として出てくる「イトミミズ (Tubifex tubifex)」なんだよね!一見するとなんで?となるよね。
まず、イトミミズは複数の体節で構成された細長い身体をしているけど、これは同じ構造が繰り返されている細長いアクティブポリマーと似ているよ。次に、イトミミズの身体の動きの大部分は自力で動いたものであり、環境に任せるままというのは少ないので、自分自身がアクティブポリマーといってもいい感じの性質を持っているよ。
そして、イトミミズの長さは10mm~40mm、太さは0.3mmであり、簡単に動画撮影をできる大きさだよ。つまり、イトミミズは、アクティブポリマーの性質を十分に知るのにうってつけなサイズであり、より小さなアクティブポリマーの動きを模倣しているであろうということが予測できるんだよね!
実験では、多数の円柱が並んだ通路に水を流し、そこにイトミミズを放り込むよ。イトミミズは障害物に触れるとそれを避けるように身をよじるので、より丸まった姿勢を取りやすくなるよ、すると、障害物の隙間を通る確率が高まるので、下流側へと押し流されるはず、となるよね。
ここで、イトミミズの動きの活発さを変えるとどうなるのかな?もし、イトミミズの身体の長さが一緒だったとしても、活動が活発ではないイトミミズは、障害物に当たっても丸まった姿勢を取りにくくなり、障害物に引っかかりやすくなるよね?だから、活発ではないイトミミズは、活発なイトミミズと分離され、上流に溜まるはずだよ。
今回の研究では、最初は温度を低くしてイトミミズの活動を抑えていたんだけど、最終的に行った、イトミミズの活動度での分離実験でちょっと面白いことをしたんだよね。活動度が低いイトミミズを作るために、5%濃度のエタノール溶液に浸したんだよ!
そう、授賞理由の酔ったイトミミズとは、活動を鈍らせるためにエタノールに漬けたというのを指しているんだよね!結果としては、エタノールに浸して酔ったイトミミズは活動が鈍くなり、エタノールに浸していない素面なイトミミズと分離したんだよね。まさにイトミミズのクロマトグラフィーとなったわけ!
さて、この研究はどこを目指しているんだろうね?実はある程度自力で動くポリマーで、その長さによって分離できると嬉しいと言えば、例えばDNAがあるんだよね。生物の分析でしばしば登場するDNAだけど、生物の違いから環境条件に至るまで、様々な長さのDNAの断片を分析しないといけない場面があるよ。
この時、DNAをその長さやある程度大雑把な配列で分けると分析の手間が幾分か省けるんだけど、これがなかなか難しいのよね。ところが、長さの違いや配列の違いは、ちょうどイトミミズの大きさと活発さに当たる部分があるので、実は直接応用が利くのがこの研究なんだよね!
もちろん、DNAの断片はイトミミズよりはるかに小さいわけだけど、それでも今回はある程度の練習台となっており、何よりアクティブポリマーの知見からDNA断片を分離できそうだ、となっているわけだから、これは“酔狂”でイグノーベル賞に選出されたわけじゃないんだよね。
受賞国: オーストラリア連邦、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国
受賞者: Saul Justin Newman
授賞理由: 最も長生きしたことで有名な人々の多くが、出生と死亡の記録がきちんと管理されていない場所に住んでいたことを発見した調査研究に対して。
受賞プレプリント: Saul Justin Newman. “Supercentenarian and remarkable age records exhibit patterns indicative of clerical errors and pension fraud”. bioRxiv, 2024. bioRxiv: 10.1101/704080
100歳以上の高齢者が多い地域は、地域経済に関する指標が悪い地域と良く相関していたんだよね。これは全ての年齢の人口でも現れているけど、90歳以上に限定するとさらに強くなるよ。 (画像引用元: 受賞プレプリントFig4より)
この研究は、世界的に見ても長寿の傾向がある日本にとっても気になるニュースだよね?長生きする人の中でも、100歳以上まで生きる「センテナリアン」や、110歳以上まで生きる「スーパーセンテナリアン」は世界中で報告があるよ。なぜそこまで長生きできるのか、これまで様々な角度から研究がされているんだよね。
研究のいくつかは、特にセンテナリアンやスーパーセンテナリアンが多く報告されている「ブルーゾーン」に言及しているよ。代表的なのはイタリアのサルデーニャ島、ギリシャのイカリア島、そして日本の沖縄なんだよね。他にもいくつかのブルーゾーンや、それに近い周辺地域と比べると長寿の傾向のある地域はいくつかあるよ。
長寿な傾向のある地域は、他の地域と何が違うのか?食事や自然環境、あるいは遺伝的な傾向なのだろうか?これは誰しもが避けられない老化に対応し、少しでも健康で長く生きようとするための基盤的なデータを提供するかもしれないので、注目されているんだよね。
ただしこの種の研究は、大抵は生まれた日と死亡した日が正確であることを前提に研究していると言えるよ。つまり出生記録と死亡記録が正確であるために、その地域で生きてきた人々の年齢のデータを元に研究を行うことができる、という前提があってこそというわけだね。
しかしオックスフォード大学のSaul Justin Newman氏は、年齢に関するデータが正確であるという前提で話を進めるのは危険だと考えているよ。昔に遡れば遡るほど、特に出生記録は不正確となり、戦乱や災害などでオリジナルの記録が消えてしまうことも珍しくなくなるよ。中には年金などを不正に受け取るための詐欺もあるからね。
Newman氏は2018年の研究で、たった10万件に1件のデータの誤りがあったとしても、高齢者の年齢に関する研究の基盤データが不正確になることを突き止めているよ。たとえ不正が無くても事務的なミスで、10万件に1件以上のエラーは生じると考えられることから、妄信はできないかもしれないという指摘は正しいかもしれないね?
そこでNewman氏は2024年に、新たなプレプリントを投稿したよ。ここでは、長寿の人が多いとされる様々な地域について、年齢以外の要素や統計情報と併せて分析することで、どういった傾向があるのか、特に記録に関する正確性に関わる部分について検討を行ったよ。
その結果は、国によって様々だったよ。例えばアメリカでは、100歳以上の高齢者の82%は、州全体での出生記録が導入される前に記録されたもので、42の州で出生記録が導入されるようになると、100歳以上の数は年率でなんと80%も減ったんだよね。
イタリアではかなり早い時期に出生記録が導入されているのでこの不完全さはないんだけど、一方で地域固有の状況が見えてきたよ。例えばメディオ・カンピダーノ県は、全てのイタリアの県で100歳以上が2番目、110歳以上が3番目に多い地域だけど、雇用率は2番目、1人当たりのGDPは1番目に悪い地域でもあるんだよね。
あるいはオルビア=テンピオ県では、55歳まで生存する割合が7番目に低く、90歳まで生存する数が8番目に少ない地域であるにも関わらず、100歳・105歳・110歳まで生存する割合はイタリアの全ての地域で最高など、不自然な部分があるんだよね。
同じような傾向はフランスにも見られるよ。フランスの100歳以上の高齢者は海外県や海外領土、旧植民地領土、およびコルシカ島に多く見られるよ。行政区画の変更が激しいためイタリアほどはっきりしないものの、これらの地域は中央政府の関心が低く、経済状態が良くなく、平均寿命も低いにも関わらず、という背景が見られるよ。
そして日本。100歳以上の高齢者の数が多いのは、実はブルーゾーンである沖縄県ではなく、1位が島根県、2位が高知県なんだよね。そしてどちらの県も地域経済ランキングで1番目と2番目の悪さだよ。逆に老齢福祉にお金を使っている地域ほど、100歳以上の人数が減ってしまうんだよね。
日本の47都道府県で100歳以上の人口と良く相関していたのは1人当たりの所得、最低賃金、財政力指数であり、どれも経済が良くない地域ほど100歳以上の人数が多いことを表しているんだよね。イタリア、フランス、そして日本のケースを見ると、これはある1つの可能性を提示するよ。
これらの地域は中央政府からの関心が低く、経済状態が悪い、となると考えられるのは、出生記録や死亡記録の管理がきちんとなされていないか、あるいは年金受給などの福祉に関する詐欺によって年齢が詐称されている数が他の地域と比べて多いのではないか、という可能性が見えてくるんだよね。
さらなる傍証として、110歳以上の人々の生年月日を見ると不思議な傾向があるんだよね。出生の記録を見て見ると、特定の日付に出生が偏る可能性は、週末や祝日を避けるための分娩誘発が普及した現代においても、各日付の間での出生の偏りは2%未満とされているので、昔においては偏りがないと考えられるんだよね。
しかし、アメリカの110歳以上の高齢者は、誕生日が月の最初の日に生まれているとされる確率が1.4倍、5で割り切れる確率が1.2倍高かったんだよね。これとは別のデータでも、月の初めに生まれる確率は、日本では2.77倍、アメリカでは1.57倍高かったんだよね。これは生年月日が必ずしも正確ではないことを示唆しているんだよね。
これらの結果から見えてくるのは、100歳以上や110歳以上の高齢者のデータは、意図的かどうかは別として、記録に不正確な部分があるのではないか?と指摘しているんだよね。ただ同時に、記録の不正確さとは別に、ブルーゾーンを対象とした研究の不正確さも指摘しているんだよね。
例えば、ブルーゾーンとして有名な沖縄県は、近年ではブルーゾーンではないと否定する見解もあるんだよね。まず沖縄県は平均所得、最低賃金、生活保護を受けている高齢者の割合、子供の貧困率、世帯貯蓄など、様々な経済指標が低い県なんだよね。
これに加え、健康に良い食生活と関連付けられるサツマイモや脂肪分の多い魚の消費量が少なく、BMIは高く、スパムやケンタッキーフライドチキンのような肉の消費量が多い傾向にあるよ。これはブルーゾーンを指示する側の主張である、野菜の多い食生活とは逆の傾向であり、しかも何十年も続いてきた傾向なんだよね。
これらを考えると、本当に沖縄県は長寿の多いブルーゾーンなのか?という点に疑問を抱くよね。もちろん部分的には、出生記録に関する不正確さが部分的に関与しているよ。日本は戸籍で管理しており、中央政府ではなく地方政府が管理しているという点は、あまり他の国では見られない傾向にあるからね。
そして沖縄県は1945年の沖縄戦などで、戸籍の約90%が消失し、その後の記録の復元は言語も暦も異なるアメリカ主導の政府が担った、という経緯から、通常よりも誤った記録が出やすい傾向にあるのは否定しきれないよ。ただしNewman氏は、それが理由の全てだとも考えていないよ。
むしろ、沖縄県はブルーゾーンとしての知名度と、このような記録の不完全さの指摘から、最も研究されているブルーゾーンなんだよね。加えて日本政府が取っている統計記録は実に詳細かつ多岐にわたっており、Newman氏自身も「日本政府が驚くほど細部にまで気を配っている」と述べているくらいだよ。
よって、これらの記録をきちんと検討するだけでも、沖縄県がブルーゾーンであるという主張には疑問符が付くはずなんだけど、ブルーゾーンを指示するような研究論文では、このような反証となり得る統計調査にはほとんど触れていない、という傾向があるんだよね。
Newman氏は、極端に長生きした人の割合が高い地域については、そこで起こっている事務的なエラーや福祉詐欺に加えて、この研究に関わっている研究者自身もエラーや不正、そして「 (寛大な言い方をすれば) 研究者の自由度が支配的な役割を果たしている」と、割と厳しい指摘をしているんだよね。
この研究がイグノーベル賞を贈られたのは、極端に長生きした人に関する調査によって、実際には幾分かエラーや不正が含まれているのではないか?という指摘に加え、この分野の研究自体にもエラーや不正が含まれていると、研究の誠実さにも踏み込んでいるからこそのものだと私は考えているよ。
受賞国: アメリカ合衆国
受賞者: Fordyce Ely、William E. Petersen
授賞理由: ウシの背中に立っているネコの横で紙袋を爆発させ、ウシがいつどのように牛乳を出すのかの調査をしたことに対して。
受賞論文: Fordyce Ely & William E. Petersen.“Factors Involved in the Ejection of Milk”. Journal of Animal Science, 1939; 1939 (1) 80. DOI: 10.1093/ansci/1939.1.80
今回の生物学賞の受賞理由である、ウシの背中に乗せたネコを紙袋の爆発で驚かす……を説明するためのデモンストレーション。何か色々ツッコミどころがあるけど気にしてはいけないよ! (画像引用元: イグノーベル賞YouTube公式配信よりキャプチャー)
この研究は、多くの人が「え?どういうこと?」ってなったと思うんだよね。私も初めの時はそうだったよ。でもこれちゃんと読んでみると、実はかなり歴史的に重要な研究なんだよね。これは食品として高い栄養価を持つ牛乳の生産に関わるからだよ。
牛乳はタンパク質、カルシウム、ビタミンなど、かなり多くの栄養素を含む食品だよね?現代の目線でも重要だけど、この論文が書かれた1940年前後においては、代替となる物も十分になかった事からさらに重要だったよ。その一方で、どのように乳牛が牛乳を分泌するのかについては、実は多くのことが不明だったんだよね。
乳牛が牛乳を出すには、まず乳腺細胞が集まった乳腺胞より牛乳が分泌される過程と、その後乳管を通った牛乳が乳槽に溜まり、搾乳すれば牛乳が排出される状態になる過程の2段階に分かれるはずだよね?ところがこの論文が書かれた当時は、この2段階を区別した研究がされておらず、細かい過程が研究されていなかったんだよね。
ただ、ウシに音などの刺激を与えると搾乳量が変化することから、ウシの感情が牛乳の分泌や排出に関わっていることは想像できるのよね。そこでケンタッキー農業試験場及びミネソタ大学のFordyce Ely氏とWilliam E. Petersen氏は、様々な実験を通じてこの条件を突き止めようとしたんだよね。
全体として、ウシの乳房の左半分のみ、恐怖や逃走などの反応を制御する交感神経を除去することで、刺激による恐怖の感情が牛乳の分泌や排出にどのように影響するのかを調べたんだよね。ここで登場するのが、ウシの背中に乗せたネコというわけ。
実験では、搾乳機をつけたウシE307の背中にネコを乗せ、その近くで膨らませた紙袋を潰してボンッ!と爆発音を立てることをしたんだよね。交感神経を除去したウシが急な音に十分反応するかは分からなかったので、代わりにネコに音の刺激を与え、その身動きがウシに直接刺激を与えることを図ったわけだね。
で、結果的にどうなったか?10秒ごとに紙袋で爆発音を立てるのを2分間繰り返した結果、ネコがいなくてもウシは十分に反応することが分かり、あえなくネコは除去されちゃったんだよね!そして搾乳量にも特に変化がなかったことから、この実験だけでは特に条件を見出すことはできなかったんだよね。
ただ、この論文はもちろんネコを無駄に付き合わせただけじゃないんだよね。実際には他にも色んな実験を行っており、最終的には筋線維を収縮させて乳腺から乳汁の分泌を促すホルモン「オキシトシン」と、興奮や恐怖を伝えるホルモン「アドレナリン」の絶妙なバランスがあることを突き止めたんだよね。
牛乳の分泌や排出において、神経は間接的な関与であり、直接的な制御はオキシトシンとアドレナリンという2種類のホルモンがバランスを取ることで成立している。これを解明できたことは当時としてはとても画期的で、だからこその重要な研究なんだよね。
というわけで、正直ネコを拾ったのはイグノーベル賞的なユーモアであり、重要な条件を突き止めた部分にイグノーベル賞が贈られた理由があるんだよね。
イグノーベル賞は、受賞した研究内容の奇抜さやユニークさがよく注目されるため、笑える研究が新しく出てくると「これはイグノーベル賞だ」と言われることはよくあるんだよね。ただイグノーベル賞は、単純な面白さとか笑いがとれるとか、いわゆる一発ネタだけで逃げて受賞できるような内容の賞じゃないよ。
「人々を笑わせ、考えさせた業績」という主旨や、今回の受賞した研究の内容を見れば分かる通り、とてもまじめな研究に対して贈られていて、その結果や成果を考えても、この先その内容が発展しうる要素を秘めた研究なんだよね!中には既に発展した研究とかもあるよ。
授賞理由だけを聞くと、いったいどうしてそんなことをしたのか意味がよく分からない研究でも、具体的な応用とかその業界にインパクトを与える内容のもあったりするのも、イグノーベル賞が贈られる研究の特徴と言えるよ。
だから科学研究というのは、すぐに役に立つとかそういう視点ばかりで評価するのではなく、一見するとムダに思える研究にもちゃんとした内容や、思わぬ発展がある、という点が少しでも分かってくれたら私は嬉しいかな。
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