脳の老化を検出するための MRI 指標を決める(8月15日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2024.09.08

以前、UKバイオバンクの血清を使って、20種類の血中タンパク質で mortality から様々な病気の発症のリスクまで予測できることを示した驚くべき論文を紹介した。

気になる検査法2題(8月8日 Nature Medicine オンライン掲載論文他)

 

この研究ではUKバイオバンクの参加者が対象になっているが、このような大規模コホートが時間とともに、参加者の運命を反映するようになって、ますます威力を増してきていることを実感する。

 

本日紹介する論文

今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、UKバイオバンクを含む MRI 画像データのあるコホート研究を集めて老化に伴う脳の構造変化を調べ、老化の指標を開発しようとした研究で、8月14日 Nature Medicine にオンライン掲載された。

 

タイトルは「Brain aging patterns in a large and diverse cohort of 49,482 individuals(大規模で多様な 49,482人からわかる脳の老化パターン)」だ。

 

解説と考察

これまで特定の病気を対象として脳の構造変化を調べることはよく行われてきた。また、老化によって脳が萎縮することもよく知られている事実だ。ただこの研究では独自に開発した AI モデルを用いて、まず50歳前後で脳の各部を比較することで、老化を5種類の異なる次元に分解し、それぞれの次元から脳の老化を調べている。

 

5つの次元を決める変化は、1)皮質下萎縮、2)内側側頭葉萎縮、3)頭頂側頭萎縮、4)広範な皮質萎縮、そして、5)環シルビウス溝萎縮で、それぞれに特徴的な他の変化も特定できる。言われてみれば納得で、環シルビウス溝などは言語や意味記憶に関わるといった具合に、それぞれ異なる機能に関わると考えられることから、別の次元として脳の老化を整理できるというのもよくわかる。

 

実際、脳老化には様々な要因が重なる。例えば、バイリンガルの場合認知症の発症が減るといったように、遺伝、疾患、環境要因が複雑にからむことから、できるだけ多くの次元で調べる方が脳の老化過程を分析しやすくなる。

 

結果は予想通りで、

  1. 例えば認知症では 2)、3)、5)の変化が目立つこと、そしてこの変化から軽度認知症から認知症へ転換するリスクをかなり予想することができる。
  2. 5)の変化は一般的死亡率と特に強い関係を示す。
  3. それぞれの変化に対応する遺伝子多型を特定できる。
  4. 心疾患や腎疾患、糖尿病とそれぞれの変化の起こりやすさが相関する。
  5. アルコールや喫煙などの生活スタイルと相関する脳変化を特定できる。

など、様々な要因が、生物学的老化と合わさって、脳の構造を決めていることがよくわかる。

 

一般人にとって最も重要なのはおそらくライフスタイルだと思うので、今後さらに詳しい条件との相関を調べる研究が待たれる。もちろん臨床的に最も重要なのは、認知症の進行リスクを高い確率で予測できることで、この予測と変化に応じたライフスタイル指導などが可能になるかもしれない。

 

老化も認知症も長丁場で、思いつきが検証されるのには時間がかかる。現在認知症を防ぐとして多くの思いつきが提案されているが、MRI を使うことで、これまでよりは早く思いつきの検証が可能になるのではないだろうか。

著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

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