デフォルトモードネットワークの脳科学 「こころ」を司る仕組みについて

2024.08.29

はじめに

人間には「こころ」がある。
私達は、自分は自分だと思ったり、過去や未来のことを考えたり、相手のことを考えたりすることができる。

脳の中にはこの「こころ」を司る仕組みがあり、これはデフォルトモードネットワークと呼ばれている。

今回の記事ではこのデフォルトモードネットワークの仕組みと機能について整理したい。

デフォルトモードネットワークとは?

人間の脳はネットワークの集合体である。その中でも、デフォルトモードネットワークは脳の内側領域を中心に構成された重要なシステムである。

デフォルトモードネットワークの核となるのは、内側前頭前野、後帯状皮質、楔前部である。これらの領域は、外部からの感覚情報(視覚、聴覚など)と内部の情報(内臓感覚、記憶など)を統合して、「今ここにいる自分」という感覚を生み出している。

その一方、脳には「自己」を一時的に抑制する機能もある。何かに没頭して「我を忘れる」瞬間がそれにあたり、この時はエグゼクティブネットワークが活発に働いている。

デフォルトモードネットワークとエグゼクティブネットワークは拮抗関係にあり、一方が活性化すると他方が抑制される。この二つのネットワーク間のバランスを調整するのが、セイリエンスネットワークの役割だ。

例えば、ぼんやりと明日の予定を考えている時(デフォルトモードネットワーク優位)に突然声をかけられると、その声に意識が向く(エグゼクティブネットワーク優位)という切り替えが起こる。セイリエンスネットワークは、このような状況に応じた脳活動の転換を司っている。

日常生活において、ぼんやりしながら集中することが難しいのは、こうした脳のネットワーク構造によるものである。この仕組みのおかげで、私たちは環境の変化に適応して、効率よく認知機能を切り替えることができるのだ。

デフォルトモードネットワークの機能

人間は結構な時間ぼんやりしているが、この「ぼんやり」にもいくつかの種類がある。


1つ目は自己認識である。人はよほどのことがない限り、自分は自分だという感覚を持っている。この身体は自分のものだという感覚、この身体は自分が動かしているという感覚、そして私は私だというあまりに当たり前すぎる感覚、これらの自己認識は意識のバックグラウンドとしていつでも働いている。この感覚がなければ、私達は生ける屍、ゾンビになってしまうだろう。


2つ目は共感である。泣いている子供を見ればこちらまでも悲しくなり、大変そうな人を見れば可哀想と同情する。このような気持ちは意識して起こるものではない。無意識のうちに自然と現れる。デフォルトモードネットワークはこの共感機能にも関わっている。


3つ目は回想や計画である。昔のことを思い出したり、将来の予定を考えたりする機能である。このような時には、デフォルトモードネットワークは記憶のかけらを繋げあわせて様々な場面を作り出す。
実際、脳活動を覗いてみると、この2つは似たような脳活動が引き起こされることが分かっている。

Østby et al., 2012, Fig.2

4つ目は意思決定である。何かを食べようと決めたり、結婚しようと決めたり、何かを決めるときには「腹落ち」が伴っている。デフォルトモードネットワークは、様々な情報を混ぜ合わせ、「腹落ち」させることに関わっている。

そして最後の5つ目が創造性である。インスピレーションはぼんやりしているときにやってくるとも言われるが、デフォルトモードネットワークは創造性とも深く関わっている。

これら5つに共通しているのは、「シミュレーション」であると言える。脳は手持ちの情報を組み合わせて様々なことをシミュレートする。それは他人の心だったり、明日の予定、結婚生活だったりするかもしれないが、既存の情報を並べ替えて、新たな組み合わせを生み出すという点では全て同じ働きであるともいえるだろう。

センスメイキングシステムとしてのデフォルトモードネットワーク

このようにデフォルトモードネットワークはぼんやりとした内的な意識に関わっていると考えられてきた。しかし、最近では主観的意識の構成に関わっているのではないかとも考えられている。

主観的意識の構成というと難しいが、何かを見聞きするときのことを考えてほしい。

私達が何かを認識している時、主観的意識は、否応なしに過去の記憶や経験に引っ張られてしまう。同じ絵を見ても感じ方は人によって違うし、あるいは同じ本を読んでも若い時と年を取ったときでは印象が異なる。これは何かを認識する時には過去の記憶や経験を下敷きにしているからである。

また難しい本であってもじっくり読んでいくと分かるようになることもあれば、とっつきづらいと思っていた人でも話していくうちに、その心の内が分かるようになることもある。これは時間の経過とともに本や人物に対する情報が蓄積され、さらには情報の取り込みもより容易になるからである。

Yeshurun et al., 2021, Fig 1.a を参考に筆者作成

 

デフォルトモードネットワークは、今までに蓄えられた記憶(内部情報)と今、目の前で起こっている感覚(外部情報)の両方を取り込み、絶えず「意味」を構成しているのではないかと考えられている。

営業マンであれば、経験を積むに従って顧客が何を考えているかが即座に分かるようになり、エンジニアであれば、ぱっと一目見れば、機械のどこが具合が悪いのかが分かるようになる。デフォルトモードネットワークは、経験を元に、今目の前で起こっている現象に意味を与える仕組み、いわばセンスメイキングに関わる仕組みであるとも言える。

精神疾患とデフォルトモードネットワーク

デフォルトモードネットワークは「こころ」のあり方に関わっている。そのため精神疾患では、デフォルトモードネットワークのあり方が変わることもある。

例えば、統合失調症では、デフォルトモードネットワーク内部のつながりが強くなることが報告されている。デフォルトモードネットワークには既存の情報から新たな情報を生み出す機能があるが、統合失調症でみられる妄想や幻覚といった症状は、このデフォルトモードネットワークの過剰な活動と関係している可能性がある。

また、うつ病では、デフォルトモードネットワークの中でも感情や記憶に関わる部分の活動が強くなる。うつ病では嫌な記憶を繰り返し思い出すことがあるが、この症状は、このデフォルトモードネットワークの変化を反映しているのかもしれない。

手洗いがやめられない、鍵掛けチェックが終わらないと言った強迫性障害では、デフォルトモードネットワークの中でも自己認識に関わる部分でのつながりが弱まっている。この変化は、強迫性障害における自己モニタリングやメタ認知の障害と関連している可能性があるのではないかと考えられている。

そして境界性パーソナリティ障害では、対人関係での感情調整が難しくなるが、デフォルトモードネットワークと感情調整に関わる脳領域との間のつながりが変化していることが示されている。

このように様々な精神疾患がデフォルトモードネットワークの変化に反映されていることが報告されている。

まとめ

では、ここまでの内容をまとめてみよう。

・デフォルトモードネットワークは「こころ」に関わるネットワークである。
・自己意識や回想、想像、創造性、共感、意思決定などに関わる。
・内部の情報(記憶や身体感覚)と外部の情報(視覚・聴覚など)を統合して、「意味」を作り上げる。
・精神疾患ではデフォルトモードネットワークが変化する。

私達には「こころ」があり、それにはデフォルトモードネットワークが関わっている。

そしてこれはただぼんやりとすることに関わっているだけでなく、今起こっていることに意味を与え続ける仕組みでもある。ここまで読んで、あなたのデフォルトモードネットワークはこの文章にどのような意味を与えただろうか。どこかしら腹落ちした感覚が得られたことを願いたい。

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著者紹介:シュガー先生(佐藤 洋平・さとう ようへい)

博士(医学)、オフィスワンダリングマインド代表
筑波大学にて国際政治学を学んだのち、飲食業勤務を経て、理学療法士として臨床・教育業務に携わる。人間と脳への興味が高じ、大学院へ進学、コミュニケーションに関わる脳活動の研究を行う。2012年より脳科学に関するリサーチ・コンサルティング業務を行うオフィスワンダリングマインド代表として活動。研究者から上場企業を対象に学術支援業務を行う。研究知のシェアリングサービスA-Co-Laboにてパートナー研究者としても活動中。
日本最大級の脳科学ブログ「人間とはなにか? 脳科学 心理学 たまに哲学」では、脳科学に関する情報を広く提供している。

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