著者紹介:西川 伸一
京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。
【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。
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CONTENTS
本日紹介する論文
昨日は脳内にできた腫瘍とセロトニン神経との相互作用を研究した論文を紹介したが、これに続いて今日紹介するロックフェラー大学からの論文は、乳ガンに脊髄後根から投射している感覚神経が分布すると悪性度が増して転移することを示した研究で、8月7日 Nature にオンライン掲載された。
タイトルは「Neuronal substance P drives metastasis through an extracellular RNA–TLR7 axis(神経由来サブスタンス P が細胞外 RNA による TLR7 刺激を誘導し転移を促進する)」だ。
解説と考察
このグループは、神経投射を誘導する SLIT2 分子が乳ガンの発生した血管内皮から分泌され、これが乳ガンへの神経投射を促し、これが乳ガンの転移を促進する可能性を明らかにしていた。この研究では、血管内皮から SLIT2 遺伝子をノックアウトする実験で、SLIT2 がないと脊髄後根からの感覚神経投射が阻害されることを確認し、あとは神経と乳ガンの相互作用について研究を進めている。
まず、転移性が異なる乳ガンをマウスに移植する実験から、転移性が高い悪性の乳ガンほど感覚神経投射の程度が高く、しかも乳ガン自体も神経細胞が発現する分子を発現して神経の様に振る舞うことを発見する。
次に乳ガン細胞のオルガノイド培養実験で、感覚神経と共培養することで転移性が低い乳ガンも転移性の高い乳ガンへと転換することを示し、神経細胞自体がガン細胞の悪性化を誘導していることを明らかにする。
逆に転移性の高いガン細胞を移植する実験で、移植組織の感覚神経を除去していこうと、転移が起こらないことも確認している。
次は、乳ガンと感覚神経の相互作用のメカニズムになるが、
を明らかにする。
次は SP による悪性化のメカニズムだが、SP が直接悪性化分子を誘導するのではないため、わかりにくいところだが次の様になる。
まず SP に対する受容体の発現量が高いと、細胞死を誘導する。このため、強い刺激を受けた一部の細胞で細胞死が誘導される。こう聞くと、SP は乳ガンを殺してくれる良いシグナルに見えるが、細胞死した一部の細胞から RNA がリリースされると、これが乳ガンの TLR7 分子を介する自然免疫刺激シグナルを誘導し、その結果 PI3K-AKT という重要なシグナル経路を介してガンを悪性化させる。
細胞死なら神経投射がなくても常に起こっているのではと思われ、無理があるシナリオに見えるが、SP の刺激を抑えることが知られる、吐き気を抑える目的で使われている薬剤アプレピタントを乳ガンを移植したマウスに投与すると、乳ガンの増殖が抑えられることを示して、このシナリオに沿った乳ガンの治療可能性を示しており、乳ガンの場合末梢での神経投射がガンの悪性化に重要であると結論している。
アプレピタントは抗ガン剤による吐き気を抑えるために利用されていると思うので、ネオアジュバント治療時にアプレピタントを使用したかどうかでガンの再発を調べる調査は重要な気がする。