老化神経幹細胞を再活性化する(10月2日 Nature オンライン掲載論文)

2024.10.14

神経細胞にも幹細胞が存在し、様々な損傷によって活性化され、神経細胞を補えることが知られているが、この能力は老化とともに低下する。これまで、長く生存してきて疲弊するのは当然だと考えてしまっていたが、老化の研究が進むと、細胞全体が疲弊するのではなく、キーとなる過程が存在し、そこに介入することで、再活性できることもわかってきた。

 

本日紹介する論文

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、CRISPR/Cas を使った遺伝子スクリーニングを行い、老化を促進する鍵となる経路を探索、老化神経幹細胞の再活性化を妨げる因子を特定したという研究で、10月2日 Nature にオンライン掲載された。

 

タイトルは「 CRISPR–Cas9 screens reveal regulators of ageing in neural stem cells( CRISPR-Cas9 スクリーニングにより神経幹細胞の老化調節機構が明らかになった)」だ。

 

解説と考察

方法は極めてストレートで、Cas9 を発現している老化神経幹細胞培養にレンチウイルスで遺伝子を切断するガイドを導入し、一定期間培養後、どのガイドが濃縮されるかを調べている。もし特定の遺伝子が幹細胞の再活性化を妨げていたら、それが除かれた細胞はより増殖するため、ガイドの頻度から増殖抑制に関わる分子を特定できる。

 

そして、老化幹細胞だけで抑制効果がある分子を301個も特定している。次に、この中から効果の高い10種類の遺伝子を選んで、今度は老化した Cas9マウスの脳内にガイド RNA を注射して遺伝子ノックアウトを行い、試験管内の結果が、生体内でも確認できることを示している。正直、ちょっと無理があるのではと思うスクリーニング方法だが、個々の遺伝子について一つづつノックアウトして確認している。

 

こうして得られた老化とともに発現が上昇して幹細胞の再活性化を抑える遺伝子のトップ10は、シリア形成、アルツハイマー病リスク遺伝子、そしてグルコーストランスポーターだった。

 

この研究では、おそらく研究のしやすいグルコーストランスポーター、GLUT4 に絞ってその後の解析を進めている。GLUT4 はインシュリン依存性のトランスポーターで、細胞のグルコース取り込に関わる。例えばグルコースが高いのに高インシュリンが続くインシュリン抵抗性では当然発現が上昇する。インシュリンと関係するかどうかはわからないが GLUT4 は老化とともに上昇する。そして、老化マウスでだけノックアウトすることで、幹細胞の再活性化能力を高めることができる。

 

さらに、グルコースを除去した培地で培養すると、老化細胞を活性化することができ、またグルコースの分解を阻害する 2DG を加えても、活性化能力が回復する。また、老化幹細胞では、グリコリシスが高まる一方、ミトコンドリアの活性が低下していることも確認している。

 

まとめと感想

以上が結果で、最後は一般的に知られているように、老化には糖質制限が重要という結果に終わっているが、今後、他の遺伝子の機能を追求することで、老人の脳でも、損傷時の再生能力を高める可能性が生まれるかもしれない。

毎日更新!西川伸一の「論文ウォッチ」最新5本

著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

このライターの記事一覧