性格とはなにか? 脳科学から考える「人の性格」

2024.08.06

その人の本当の性格を知りたい、そういったニーズは、昔も今も変わらないのではないか。昔であれば占星術、今であればマッチングアプリなどがそれを教えてくれるかもしれないが、科学的に人の性格を把握する方法はあるのだろうか。

骨相学

科学の黎明期、およそ200年ほど前には骨相学というものが世界的に大流行した。これは頭蓋骨の形がわかれば、その人の性格がわかるというものである。

骨相学は当時の科学の最先端だったが、現代には脳科学というものがある。では、脳を調べれば、その人の性格がわかるのだろうか。続く章では、性格と脳の関係について掘り下げてみたい。

 

ビッグファイブモデル

まず、性格と脳の関係について話す前に、心理学における基本的な性格分類を確認しておこう。

ヒトの性格をどのように分類するかについては様々なものがあるが、代表的なものにビッグファイブモデルがある。これは人間の基本的な性格傾向(気質)を、開放性、外向性、協調性、誠実性、神経症的傾向の5つの要素で分けたものである。これらの要素の強弱の組み合わせでその人の気質を表すことができる。

人間の性格傾向はサイコパス的なものから自閉症スペクトラム障害に当たるものまで様々なものがあるが、このビッグファイブモデルを使えば、様々な性格類型をある種のパターンとして示すことができる。

そして、このモデルで示される気質は、一生を通じて大きく変わらない。若い頃であっても、中年になっても、概ね同じようなパターンを示すのだ。

解離性同一性障害とは?

しかし、実際には、同じ人間が全く異なる人格を併せ持つことがある。

古典的ミステリーに「ジキル博士とハイド氏」がある。これはジキル博士が暴走するハイド氏の人格に翻弄される話であるが、解離性同一性障害では、これと同じようなことが起こる。一つの人間に複数の人格が宿り、それぞれ独立した記憶と意志を持ってしまうのだ。

解離性同一性障害の発症原因は幼少期のトラウマ体験にあると言われている。具体的には、身体的・精神的・性的虐待やネグレクト、自然災害や戦争などだ。

アメリカ精神医学会のDSM-5では、解離性同一性障害の診断基準を次のように定めている:

1. 2つ以上の人格状態がみられ、自己感覚と主体性の感覚に大きな断絶がある。
2. 日常の出来事や重要な個人情報、トラウマ的出来事に関する記憶に空白がある。
3. 症状により著しい苦痛や社会的・職業的機能の低下が生じている。

有病率は全人口のおよそ1.5%であり1)、これは統合失調症の有病率(約1%)と比べても決して低いものではない。確率的には、人生で何らかの形で関わる可能性はあるものといえる。


性格と脳の関係

性格傾向を脳の形態からそれを読み取ろうとする研究は少なくない。2010年に発表されたある研究では、116名の成人の脳をfMRIで測定し、脳の形態と性格要因の関連性を調べている。

結果としては、初期の研究において、脳の形態と性格要因との間に有意な関連性が見られたという。

例えば開放性であれば、価値判断の中枢である内側前頭眼窩野の体積が大きく、神経症的性格であれば、危ないものを見つけることに関わる領域(中帯状皮質)が大きい、さらに協調性が高い人は、他人の心を理解する脳領域(後帯状皮質や上側頭溝)の体積が異なり、誠実性が高い人は、認知制御の中枢である左背外側前頭前野の体積が大きい、などである2)

しかし、その後の研究では、脳の形態と性格傾向の関係性は否定されている。

例えば、最近発表されたある研究では、数千人分のデータを見直した結果、性格と脳の形態の間には、ほとんど意味のある関係がないことが報告されている3)

このように、直近の研究を見る限り、性格傾向は脳の形で分かるほど単純なものではなさそうである。

しかし、脳の形とは別に、脳のつながりから性格の違いから読み取ろうとした研究も近年、行われている。

例えば、2020年に発表されたある研究では脳内ネットワークの特徴と性格傾向の関係性を調べている。結果としては、外向性以外の4つの性格要因について関係性があることが示されている4)

Cai et al., 2020年, Fig 2. 開放性が高いものと低いものの違いを示したもの

 

また、脳の中の三大ネットワークの特徴を使って性格傾向を調べた研究もある。

脳の中にはデフォルトモードネットワーク、エグゼクティブネットワーク、セイリエンスネットワークと呼ばれる3つの大きなネットワークがある。

デフォルトモードネットワークは内向きの意識、エグゼクティブネットワークは外向きの意識、そして、セイリエンスネットワークは、この2つの意識の切り替えに関わっている。

デフォルトモードネットワーク、エグゼクティブネットワーク、セイリエンスネットワークの関係性

 

ある研究では32名の健常人を対象に、ネットワークの特徴とビッグファイブによる性格傾向の関係について調べている。

結果として、外向性や誠実性が高い人は、デフォルトモードネットワークやセイリエンスネットワークの働きが弱いことなどが示されている5)

性格傾向と脳内ネットワークの研究はまだ少ないが、今後研究の数が増えていくことでその信頼性も検証されていくと思われる。


解離性同一性障害を対象にした研究

解離性同一性障害では、同じ脳に複数の人格が宿る。では人格が乖離しているときには脳活動も変化するのだろうか。

解離性同一性障害では、メインとなる人格の他に、トラウマに関連した人格が現れる。いくつかの研究では、この2つの人格の違いを調べている。

安静時の脳活動を調べた研究では、トラウマに関連した人格では、メインとなる人格と比べて、内向きの意識に関わる脳領域と運動・感覚に関わる脳領域の活動が強くなることが示されている6)

Schlumpfら, 2014年, Figure 1, オレンジ色部分がトラウマに関連した人格で活動が高いもの

 


また、認知課題を行う際には、トラウマに関連した人格で、認知機能に関連した脳領域の活動が低下し7)、表情認知課題では不安や恐怖に関連した脳領域の活動が高まる8)ことも報告されている。

興味深いことに、このような脳活動の変化は、被験者にトラウマ関連の人格を演技させた場合には起こらない。

これらの結果から、解離性同一性障害では実際に脳活動が変化し、それに伴って認知機能や情動機能も変化していると考えられる。

まとめ

では、ここまでの内容をまとめてみよう。

・人間の基本的な性格傾向はビッグファイブモデルで示すことができる。
・性格傾向の違いは脳内ネットワークの違いとして示しうる。
・解離性同一性障害では、脳活動が変化し、それに伴い認知機能や情動機能も変化する。

はたして、脳活動を調べれば、その人の性格がわかるのだろうか。個人的な意見ではあるが、これが原理上、難しいように思える。なぜなら性格は決して固定されたものではなく、個人と環境の関わりによって立ち現れる創発的な要素も大きいからだ。

 

人間の振る舞いは環境で変わる。

そして、人間にとって最もインパクトの強い環境は他者の存在である。場合によっては、あなた自身の在り方が他者の振る舞いを大きく変えることもあるだろう。

安易に人の性格を判断することなく、我が身の在り方が他者の振る舞いに与える影響を心の隅においておいて生きていきたい。

【参考文献】

1)Altinok, D. C. A., Rajkumar, R., Nießen, D., Sbaihat, H., Kersey, M., Shah, N. J., Veselinović, T., & Neuner, I. (2021). Common neurobiological correlates of resilience and personality traits within the triple resting-state brain networks assessed by 7-Tesla ultra-high field MRI. Scientific reports, 11(1), 11564. 

2)Cai, H., Zhu, J., & Yu, Y. (2020). Robust prediction of individual personality from brain functional connectome. Social cognitive and affective neuroscience, 15(3), 359–369. 

3)Calland, R. (2022). Facilitating the emergence of hidden dissociative identity disorder: Finding the lost maiden Medusa. Journal of Analytical Psychology, 67(1), 73–87. 

4)Chen, Y. W., & Canli, T. (2022). “Nothing to see here”: No structural brain differences as a function of the Big Five personality traits from a systematic review and meta-analysis. Personality neuroscience, 5, e8. 

5)DeYoung, C. G., Hirsh, J. B., Shane, M. S., Papademetris, X., Rajeevan, N., & Gray, J. R. (2010). Testing predictions from personality neuroscience. Brain structure and the big five. Psychological science, 21(6), 820–828. 

6)Schlumpf, Y. R., Nijenhuis, E. R., Chalavi, S., Weder, E. V., Zimmermann, E., Luechinger, R., La Marca, R., Reinders, A. A., & Jäncke, L. (2013). Dissociative part-dependent biopsychosocial reactions to backward masked angry and neutral faces: An fMRI study of dissociative identity disorder. NeuroImage. Clinical, 3, 54–64. 

7)Schlumpf, Y. R., Reinders, A. A., Nijenhuis, E. R., Luechinger, R., van Osch, M. J., & Jäncke, L. (2014). Dissociative part-dependent resting-state activity in dissociative identity disorder: a controlled FMRI perfusion study. PloS one, 9(6), e98795. 

8)Vissia, E. M., Lawrence, A. J., Chalavi, S., Giesen, M. E., Draijer, N., Nijenhuis, E. R. S., Aleman, A., Veltman, D. J., & Reinders, A. A. T. S. (2022). Dissociative identity state-dependent working memory in dissociative identity disorder: a controlled functional magnetic resonance imaging study. BJPsych open, 8(3), e82. 

著者紹介:シュガー先生(佐藤 洋平・さとう ようへい)

博士(医学)、オフィスワンダリングマインド代表
筑波大学にて国際政治学を学んだのち、飲食業勤務を経て、理学療法士として臨床・教育業務に携わる。人間と脳への興味が高じ、大学院へ進学、コミュニケーションに関わる脳活動の研究を行う。2012年より脳科学に関するリサーチ・コンサルティング業務を行うオフィスワンダリングマインド代表として活動。研究者から上場企業を対象に学術支援業務を行う。研究知のシェアリングサービスA-Co-Laboにてパートナー研究者としても活動中。
日本最大級の脳科学ブログ「人間とはなにか? 脳科学 心理学 たまに哲学」では、脳科学に関する情報を広く提供している。

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