いよいよ梅雨も本格化! 雨具はどうして雨を弾く?|カッパと学ぶ身近なカガク

2024.06.27

6月も終わりかけになり、いよいよ梅雨も本格的になってきた。厚い雨雲が広がり、昼となく夜となく、空模様も心模様もなんとなく薄暗い時期が到来した。葉月はカッパだが雨の日が続くのは苦手だ。断じてカッパだが!

ただ、夏の暑い日もそれはそれで苦手だし、冬の寒い日も苦手なので、葉月は根本的に地球の環境が苦手なのかもしれない。年がら年中春ならいいのに。

梅雨の時期──というより、雨の時に必要不可欠なものといえば、雨傘や雨合羽などの雨具だろう。勢いよく降ってくる雨粒を次々に弾く雨具類は、何日も降り続く雨から私たちを守ってくれる強い味方だ。

けれども、私たちが普段身に着けている衣類は、雨に触れると濡れてしまう。弾くか濡れるかの違いはなんだろう?

 

そこで今回は、雨具がどのように雨を弾いているのかについて解説していく。

少し詳しく 〜雨具と濡れ〜

そもそもなぜ雨具は雨を弾くのだろう? 目のサイズが異なる2種類の網とたくさんのボールを使ってこんなことを考えてみよう。

2つの網を斜めに配置して坂を作り、坂の上から同じ数だけボールを流す。ボールのサイズが2つの網の目より大きいとき、ボールはどうなるだろう?

 

網の目が細かい方では、ボールは難なく下まで転がっていくだろう。対して大きな網目の方では、ボールは網の目に詰まってしまうはずだ。さらに、目を塞いだボールの上にボールが乗ることになるだろう。このボールの挙動が、雨具が水滴を弾くのに関係している。

網目とボール(イメージ)

 

私たちの肌や普段使っている衣類に水滴が付着すると、水滴は広がりながら、なだらかな山を形成する。これが濡れているという状態だ。山がなだらかであればあるほど、水滴が付着した部分は濡れやすかったと言えるわけだ[注1]

網目の詰まったボールがボールの山を築く土台になっているようなものだと思えば良い。


これに対して雨具の表面に落ちた水滴は、互いに集まりながら傾斜の急な山になる。傾斜が急であればあるほど水と生地が接する面積は小さくなり、やがて山の傾斜が90 °より大きいとき、水を弾くというわけだ[注2]

 

生地が水を弾く時、水滴は生地に捕まらずある程度自由に動く。ちょうど、目の細かい網の上を、ボールが動いているようなものだ。そのため、雨具の場合には重力に従って体を濡らすことなく下に落下するという訳だ。

 

雨具は、表面上を雨の水滴が球のように転がることで私たちの体が濡れてしまうのを防いでいるという事が分かった。生地や材料の表面を水を弾く状態にすることを、撥水加工という。それでは一体どのように、水を弾く状態を作っているのだろう?


続いて、雨具の表面に施されている加工について解説していく。

さらに掘り下げ 〜雨具と加工〜

雨具の生地は、私たちの身の回りにある水を弾くものとしてよく知られている。しかしながら、雨具以上に水を弾くことが知られている物が私たちの身の回りにある。油だ。

『水と油』という言葉もあるように、水と油は混じり合うことなく面を作る。このように水と馴染まない物質の性質を疎水性という。疎水性を持つ物質に水滴を落とすと、水は弾かれてしまう。

という事は、表面を油まみれにした生地を作れば、水を弾く生地として機能するというわけだ!

とはいえ、油はご存知の通り液体だ。生地の表面に塗ることに成功したとしても、いずれ流れ落ちてしまう。そうなっては水を弾く効果は期待できない[注3]

そこで実生活に使用する際には、油そのものではなく油分子の中の疎水性の部分を、元の生地の表面と反応させて結合させている。

このような、物質の性質に注目して施す撥水加工を、化学的加工という。化学的加工とわざわざ言うという事は、化学的ではない撥水加工もある。物理的加工だ。


生地は、付着した水滴の角度が90 °より大きくなる事で水を弾くようになる。それなら、針の先端はとても濡れにくいはずだ。針の先端というとても小さな平面上でなだらかな角度を作るには、水滴は大きすぎるからだ。どうしても水滴が先端からはみ出た部分は、角度が大きくなってしまう。

けれども針の上にずっと水滴を乗せておくのは大変だ。ちょっとした角度の変化で、すぐに針の先端から外れてしまう。逆に考えれば「少し濡れにくい」程度の素材も、針の先端のような細かい凹凸を無数に並べれば「とても濡れにくい」生地へと変化するというわけだ。

このように、微細な凹凸を使って施す撥水加工が物理的加工だ[注4]

撥水加工には、疎水基でコーティングを行う化学的な加工と、微細な凹凸を利用する物理的な加工が行われている事が分かった。しかしながら、そもそもなぜ撥水加工を施すと水滴が玉のようになるのだろう?

続いて、雨具と雨粒との間に働く力について解説していく。

もっと専門的に 〜雨具と表面張力〜

とても強力な磁石ととても弱い磁石を使ってこんなことを考えてみよう。磁石同士がギリギリくっつかない距離を模索しながら、それぞれの磁石を円形に配置してみる。とても強力な磁石で作った円と、とても弱い磁石で作った円とでは、どちらが大きな円になるだろう?

恐らくは強力な磁石で作った円の方が大きくなるだろう。強い磁石ほど、磁力の影響する範囲が広いからだ。裏を返せば、とても弱い磁石なら余裕をもって出来る配置でも、とても強い磁石ではまとまってしまうという事でもある。

この磁石の振る舞いが水滴が玉のようになる事と何の関係があるのだろう?


液体や気体は、分子同士が小さな力で結合することで作られる。この結合はすべての分子がしようとするが、絶対に結合することが出来ない分子が存在する。液体や気体の表面にある分子だ。ここに来てしまった分子だけは、内部の分子と同じように結合しあう事は絶対に出来ない。そのため、分子同士が強いエネルギーで結合している物質は小さくまとまろうとし、エネルギーが弱いと分子は自由に振る舞う。


強力な磁石同士ほど、小さくまとまろうとするのと同じことだと思ってもらえれば良い。このように分子同士がくっつきあって表面積を小さくしようとまとまる力を、表面張力という。

 

表面張力は物質内部のエネルギーの大きさによって決まるが、分子同士がまとまろうとするか自由に振る舞うかは、物質の種類や温度、そしてどんな物質と接しているかによっても変化する[注5]

2つの物質が接したときに、エネルギーが小さくなるなら表面張力は小くなり、分子は自由に振る舞う。対してエネルギーが大きくなるなら分子はまとまろうとする。

そして物質が液体の時、分子が自由に振る舞う様子を濡れると表現し、まとまる様子を弾くと言う[注6]

 

したがって雨具が雨粒を弾くのは、水滴に対する表面張力への影響をとても小さく抑えているからという訳だ。

ここまで、雨具がどのように雨を弾いているのかについて解説してきたが、いかがだっただろうか? 雨に濡れると不快になるだけでなく、体が冷えて病気の原因にもなる。梅雨の時期や夏の間は強い雨が降りやすい期間でもあるため、雨具を忘れず準備して体を守ろう。

 

最後に、記事の趣旨からは少し外れるが撥水加工の反対、親水加工に関する研究について2つ紹介して、記事を締めさせていただく。

 

ちょっとはみ出し 〜濡れやすくする加工〜

肌を守る濡れ

私たちは普段、衣服を身に着けて生活をしている。身だしなみを整えるファッションの機能だけでなく、汚れや危険なものから身を守る衛生の機能としても私たちは衣服を身に着けている。けれども時として、身を守るはずの衣服が私たちの身を傷つける原因になってしまうこともある。摩擦による皮膚炎や、蒸れによるかぶれだ。

 

衣類の蒸れを、親水加工によって低減させられないかという試みがある。衣類が蒸れてしまうのは、生地が撥水性を持つため行き場のなくなった蒸気が肌と生地の間にこもってしまうためだ。そのため、生地の表面を適度に親水化し、かつ通気性を高めることで、蒸れによる皮膚への影響を小さくしようという研究だ。オシャレを長く楽しむには、生地の性質にもこだわる必要があるようだ。

 

雪から守る濡れ

雨と雪の大きな違いは、雨は雪と違って積もらないという事だ。長く降り続けた時、雨は流れ、雪は積もる。流れる量が大きく変化するわけではないから、雪は氾濫の原因にはなりにくい。けれども、長く降り積もった雪は巨大な水塊と同義だ。地面なら足を取られるだけで済むが、高所に積もった場合には重しが宙ぶらりんになっているのと同じになってしまい危険極まりない。

 

親水加工の技術を使って、落雪の危険性を低減させようという研究がある。看板や標識、陸橋などの道路インフラを親水化することで、落雪による事故を減らせないかという試みだ。親水化によって融雪水が広範囲に薄く広がり、気温の低い冬場でも融雪水の蒸発を促し、根本的に雪を積もらせないという訳だ。目では分からない表面加工で、私たちは守られているのかもしれない。

参考文献

・数研出版編集部. 『新課程 視覚でとらえるフォトサイエンス 化学図録』. 数研出版.
・数研出版編集部. 『新課程 視覚でとらえるフォトサイエンス 物理図録』. 数研出版.
・辻井 薫. 『超撥水と超親水─その仕組みと応用─』. 米田出版.
・辻井 薫. 『濡れの原理と超撥水・超撥油・超親水表面』. 成形加工, 2020, 32 巻, 7 号, p. 228-232.
・安永 秀計, 森下 奈々子. 『衛生用品の皮膚接触面に使用される合成繊維不織布の多糖による加工』. Journal of Textile Engineering, 2023, 69 巻, 5 号, p. 101-108.
・櫻井 俊光ら. 『超短パルスレーザー金属表面処理による超親水性付与と着雪の融解』. 雪氷研究大会講演要旨集, 2020, 2020 巻, 雪氷研究大会(2020・オンライン), セッションID B2-6, p. 64.

脚注

[注1] 水滴が作る山の角度で濡れやすさを調べるという方法は、実際の実験でも行われており、葉月もやったことがある。どうやって実験するのかって? 真横から水滴の写真を撮って角度を分度器で測るんだよ! とてもアナログ!!  本文に戻る

[注2] 水滴がコロコロと丸くなっている様子は割といろんなところで見られる。撥水スプレーを拭いた表面はもちろん、テフロン加工されたフライパンの上や、鳥を飼っている方なら水浴後の羽なども水滴が丸くなっているのが分かるだろう。参考にした本には里芋の葉が例示されていたが、日常じゃ見ないよね。  本文に戻る

[注3] 撥水スプレーの効果が持続しないのは、これが原因だ。撥水スプレーは表面に撥水剤を吹き付けているだけなため、時間の経過とともにすこしずつコーティングがはがれてしまう。そのため、一時的には撥水性を高められるが時間の経過とともに効果が薄れてしまうという訳だ。  本文に戻る

[注4] 物理的加工は、全く同じ方法で「少し濡れやすい」素材を「とても濡れやすい」素材にも変える。細かい凹凸が並ぶという事は、なだらかな山を形成する機会が増えるという事でもあるからだ。つまり、元の濡れやすさを「とても濡れにくい」か「とても濡れやすい」かの両極端にすると思ってほしい。  本文に戻る

[注5] 「液体と液体」、「固体と固体」あるいは「液体と固体」の間に生じる表面張力を界面張力という事もある。というより、界面張力のうち「気体と液体」「気体と固体」の間に生じる物を表面張力といっていると言うほうが正しいだろうか。なお「気体と気体」の間にはなんの力も働かない。  本文に戻る

[注6] 表面張力による最もよく知られた現象といえば、コップの縁を超えて盛り上がる水だろう。あれはカラスに接している水分子の持っているエネルギーが、ほとんど小さくならないために起きる現象だ。けれどもガラスは本来、水に濡れやすい。そのため、よく洗われたガラスコップではあまり盛り上がらない。  本文に戻る

【著者紹介】葉月 弐斗一

「サイエンスライター」兼「サイエンスイラストレーター」を自称する理科オタクのカッパ。「身近な疑問を科学で解き明かす」をモットーに、日々の生活の「ちょっと不思議」をすこしずつ深掘りしながら解説していきます。

【主な活動場所】 Twitter Pixiv

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