【2023年新論文】ウシマンボウの学名に向けられた疑義に反論!!

2024.05.21

 生物分類学者は、非常に嫌な言い方をすると、他人の研究成果にケチを付ける学問である。特に、学名を巡る問題は、種によって論争が激しい場合がある。私が行ってきた分類学的再検討の研究も「これは本当なのか?」と他者の研究成果にケチを付けるものだった。当然ながら、私の研究成果も他者からケチを付けられる可能性は大いにある。それが実際に起きたのが前回お話ししたウシマンボウの学名が揺らいでいる話である。前回の記事の最後に、私は疑義を付けてきた研究者に反論する論文を書いていると記した。その反論論文が出版されたので、今回はその内容をご紹介したい。

反論に至った経緯

 生物の分類に関する論文をメインに取り扱う査読付き国際誌Zootaxaの投稿規定には「Commentaries on published papers are intended for scholarly exchange of different views or interpretations of published data and should not contain personal attack(発表された論文の批評は、発表されたデータに対しての異なる見解や解釈を学術的に交換するためのものであり、個人的な攻撃を含むものであってはならない)」と一文が書かれている。論文に対する反論は、新たな論文の中で行うのが研究者の一般常識だが、どんなに怒り狂っても攻撃的に書いてはダメで、客観的に反論データを示さなければならない。議論はその知見をより正確な方向に導くためのものであり、重要だ。しかし、論文の中では感情的ではなく、冷静かつ客観的な視点で書かれることが求められる。

 今回、私の研究チームは、疑義を呈したBritz (2022)2ページの論文に対して、14ページの論文で反論した。疑義に対して一つ一つ再検証するのに、結構時間を費やしたが、新たな発見もあり、結果的には疑義を呈されて良かったかもしれない(結構疲れた)。何故反論することに至ったのかは、上述した前回の記事に詳しく書いているので、そちらを見て欲しいのだが、ここで簡単に説明すると……

Yoshita et al. (2009)がマンボウ属の中に遺伝的・形態的に独立したAMola sp. A(後のウシマンボウ)の存在を示唆するが、学名は未特定。

Sawai et al. (2018)で過去に提唱されたマンボウ属の学名を全部再検討し、行方不明になっていたタイプ標本の再発見とともに、A種に該当する学名を再記載し、ウシマンボウMola alexandrini (Ranzani, 1839)と提唱。

Britz (2022)Sawai et al. (2018)が再発見したタイプ標本について、標本のサイズと形態が、原記載Ranzani (1839)の内容と微妙に食い違うので、A種の学名はMola ramsayi (Giglioli, 1883)とするのが妥当と提唱。

 といった流れになる。今回の反論論文はそれなりに長いため、ここでは重要な点を要約する。

 

反論論文のハイライト 

 まず、Sawai et al. (2018)で再発見されたウシマンボウのタイプ標本(ホロタイプ)と思われる標本は、ここでは「PHMAputative holotype of Mola alexandrini)標本」と呼ぶことにする。一方、Ranzani (1839)の原記載に登場する2つのタイプ標本は、原記載の学名のままで記し、別物として扱う:Orthragoriscus alexandrini Ranzani, 1839(=後のウシマンボウ)、Ozodura orsini Ranzani , 1839(=後のマンボウMola mola (Linnaeus,1758 )のシノニムであり、標本的にはネオタイプ)。PHMA標本と、Oz. orsiniのタイプ標本は両方とも剥製で、現在もMuseo di Zoologia dell' Università di Bologna (イタリアのボローニャ大学の博物館)に保管されている。Britz (2022)の疑義に応えるために、私達が再検討した内容は以下の4点である。

  • PHMA標本と、Ranzani (1839) alexandriniホロタイプの全長の再検討。
  • alexandriniの原記載の図と、PHMA標本の形態学的差異の再検討。
  • alexandriniの原記載の図の信頼性の再検討。
  • ホロタイプや原記載の図が無いと仮定した場合の、Ranzani (1839)の記述のみに基づくウシマンボウの学名の妥当性。

 

再検討から見えた意外な事実

 Ranzani (1839) は、Or. alexandriniのタイプ標本の全長を「6. 2. 3.」、Oz. orsiniのタイプ標本の全長を「1. 6. 3.」と示した。しかし、計測単位に関する記述が無いために、メートル法かそれ以外の計測方法なのかは、Ranzani (1839)の論文だけでは不明であった。

Sawai et al. (2018)では、当時ヨーロッパ圏で主に使用されていたイギリスの帝国単位と解釈し、その測定単位で変換したOr. alexandriniのタイプ標本の全長(=188.6 cm)と、PHMA標本の全長(190.0 cm)の測定値が偶然にも非常に近かったことから、Or. alexandriniのタイプ標本とPHMA標本は同一のものであるという根拠の一つにした。

 しかし、Britz (2022)は当時ヨーロッパ各国では地方によって使われていた測定単位は大きく異なり、タイプ標本が保存されていたボローニャ地方の測定単位が使われていた可能性が高いと指摘した。当時のボローニャ地方の測定単位に変換すると、Or. alexandriniのタイプ標本の全長は235.1 cmとなり、私が計測したPHMA標本の全長(190.0 cm)と約45 cmも離れるため、これを根拠の1つとして、Or. alexandriniのタイプ標本とPHMA標本は別個体であると主張した。

 当時ヨーロッパ各国で地方によって使われていた測定単位が異なることを私は知らなかったので、これは私の調査不足である。しかし、Britz (2022)の主張した測定単位も「本当に正しいのか?」と私は疑問に思った。そこで本研究では、同時代の同じ雑誌に同じ著者によって出版された他の論文に測定単位が載っていないか調べた。すると、Ranzaniの過去の論文にラテン語で「pedes parisiensespollicaslineas」とパリ(フランス)の測定単位が使われていることが明らかになった。これは同時代の同じ雑誌のRanzani以外の著者の論文にも書かれていたので、Ranzani (1839)の論文ではパリの測定単位が使われていた可能性が非常に高くなった。

つまり、私もBritz (2022)も測定単位を間違っていたのである。

当時のパリの測定単位に変換すると、Or. alexandriniのタイプ標本の全長は206.1 cmとなり、計測したPHMA標本の全長(190.0 cm)と約16 cmの誤差となる。しかし、この誤差は人為的な誤差の範囲内と考えられた。何故なら、ウシマンボウの学名候補の1つであるMola ramsayi のタイプ標本の全長を過去に計測した論文と、Sawai et al. (2018)で計測した同じ標本の全長の誤差も奇妙なことに約16 cmあったのだ。ちなみに、Ranzani (1839) が計測したOz. orsiniのタイプ標本の全長をパリの計測単位で変換すると、50.7 cmになる(※Sawai et al. (2018)で計測した同じ標本の全長は59.7 cmと何故か誤差が大きい)。

 

 Ranzani (1839) が計測した全長について、計測単位以外にもう1点不明なことがあった。それは計測方法だ。全長を計測するにしても、「2点間を直線的に測る方法」と、「魚体に沿って曲線的に測る方法」では、体の凸凹が余計に含まれる分、魚体に沿って曲線的に測る方法の方が長くなってしまう。

 

 Sawai et al. (2018)では、PHMA標本の全長を直線でしか計測していなかったため、魚体に沿った曲線的な方法も計測して確かめたいと思った。しかし、再計測するにはイタリアのボローニャまで行かなければならない。まだコロナ禍であるため、海外には行けない……と悩み、ダメ元でボローニャ大学の博物館にメールを送ってみた。

すると、職員から返事が返って来たのである! 202211月~12月にかけて、職員にお願いして、保存されているPHMA標本とOz. orsiniのタイプ標本の全長の計測を上記の2通りの方法で計測してもらった(先入観を持たせないために、Sawai et al. (2018)で計測した数値は伝えてない)。すると、以下の計測結果になった。

 

PHMA標本(直線での計測) 174 cm

PHMA標本(魚体に沿った計測) 203.5 cm

Oz. orsiniのタイプ標本(直線での計測) 53 cm

Oz. orsiniのタイプ標本(魚体に沿った計測) 64.0 cm

 

 職員にお願いした計測から分かったことが3つある。

  • 同じ標本を同じ計測方法で計測しても、計測する人によって人為的な計測誤差が生じる。
  • 直線と魚体に沿った計測では大きく差が出る。
  • 論理的にはRanzani (1839) は同じ計測方法で2つの標本を計測したと考えられるが、計測精度が不明な上、片方は直線、もう一方は魚体に沿った方法で計測した可能性も考えられる。

 

 総合的に考えると、PHMA標本の全長計測は、PHMA標本がOr. alexandriniのタイプ標本であることを裏付ける根拠には使えない。しかしまた、Oz. orsiniのタイプ標本の全長も同様に計測方法や人による誤差があったため、全長計測からPHMA標本がOr. alexandriniのタイプ標本ではないと否定することもできない、という結論になった。つまり、Britz (2022)PHMA標本とOr. alexandriniのタイプ標本の全長の大きな差から、両者が別個体と主張したことは、否定も肯定もできないので、全長はデータとして使えないという結論になった。

 

 「異なる点」vs「似ている点」

 Britz (2022)は、Or. alexandriniの原記載の図と、PHMA標本の写真を見比べて、以下の4点が異なることを根拠の1つとして、PHMA標本はOr. alexandriniのタイプ標本とは別個体と主張した。

① Ranzani (1839)の原記載の図の臀鰭は、PHMA標本より短い。

② Ranzani (1839)の図の下顎は、PHMA標本より強調されていない。

③ Ranzani (1839)の図は、PHMA標本より吻が突出している。

  • ④ Ranzani (1839)の図は、PHMA標本と比べて口に対する眼の位置が異なる。

 

 確かにBritz (2022)の指摘は正しい。しかし、Ranzani (1839)の図とPHMA標本の写真は、胸鰭の角度が違うなど細かく見れば他にも異なる点は見付けられるが……それらはBritz (2022)では指摘されていない。一方、ここには載せていないが、Ranzani (1839)にあるOz. orsiniのタイプ標本の図と、実物のタイプ標本の写真も見比べると、いくつか細かい形態的差異がある。このことから、Ranzani (1839)の図は厳密には正確な比率では描かれていないことが示唆された。同様に、両タイプ標本の各鰭条数も正確には描かれていなかった。

 しかしながら、本研究では逆に、Ranzani (1839)の図とPHMA標本の写真は、小さな形態的差異以上に似ている点が多いことを指摘した。

① 全体的な形。

② 吻から背鰭の付け根までの頭部の隆起の形状。

③ 背鰭と臀鰭両方の付け根にある帯状のしわ。

④ 舵鰭と背鰭の間にある切り込み具合。

⑤ 上半分と下半分でわずかに異なる曲がり方をしている半円形の舵鰭の形状 。

⑥ 下顎から臀鰭の付け根までの腹部の湾曲具合。

⑦ 鰓孔の開き具合(白い部分)。

⑧ 吻上骨板と口の突出具合。

⑨ 舵鰭縁辺部の膨らんでいる部分(骨板がある)。

 

 同年代の他の研究者による論文(1839年出版)に描かれていたマンボウ属の図と比較すると、Ranzani (1839)の図はかなり正確な絵を描いていたと考えられた。論文には書かなかったが、この時代はまだカメラそのものがほとんど普及していなかったようなので、現像した写真をトレースすることはできなかったと思われ、実物を目で見て描いたのなら、細部が実物と異なっていてもおかしくはない。

 ボローニャ大学の博物館に、現在保存されているマンボウ科の標本をすべて教えてもらったところ、3個体の剥製しかなく、本研究ですべて確認済みであった。つまり、Or. alexandriniのタイプ標本が別にあるということも考えにくかった。また、Or. alexandriniの学名は歴史的にマンボウのシノニムにされたことがあり、その時にOr. alexandriniのタイプ標本の学名も変えられ、以後、Or. alexandriniの学名であったことが忘れ去られ、タイプ標本が行方不明となった可能性も考えられた。

 総合的に考えると、Britz (2022)が指摘した形態的差異は確かに認められるが、それ以上にOr. alexandriniの原記載の図と、PHMA標本は一致する点が多く、両者は同一標本である可能性が非常に高いと考えられた(しかし、別標本である可能性も残されていることから、明確には断定できない)。

 

 

Or. alexandriniの原記載の図の信頼性

Britz (2022)はまた、Ranzani (1839)にあるOr. alexandriniのホロタイプの図は、剥製から描かれており、新鮮な個体の形態学的特徴を反映していない可能性があると指摘した。確かに剥製は一般的に縮んだり変形することが多い。しかしながら、Ranzaniに関する論文を読む限りでは、Ranzani自身が魚市場でOr. alexandriniのホロタイプを購入し、ボローニャ大学の博物館に運んだようである。よって、RanzaniOr. alexandriniのホロタイプの生鮮状態を見ていないとは考えにくい。そして、Ranzani (1839)はかなり細かいマンボウ科の分類を行ったので、その細かさから考えると、Or. alexandrini のホロタイプの形態が新鮮な状態と剥製化された状態とで著しく異なっていたとしたら、何かしら論文にコメントが書かれている可能性が高い。しかし、Ranzani (1839)には、剥製に関してそのようなことが書かれていないので、生鮮状態と剥製状態は著しく異なっていないものと考えられる。つまり、Britz (2022)の懸念は払拭される。

 

ウシマンボウの学名が妥当である根拠

 Britz (2022)は、Ranzani (1839)によるOr. alexandriniの記述には、現在認められているマンボウ属3 種のうちの1 種に、その学名を割り当てることを可能にするような記述はほとんどみられないと指摘し、Or. alexandriniの学名はspecies inquirenda (未確定種)になると提唱した。私の研究チームはPHMA標本がOr. alexandrini のホロタイプであり、またRanzani (1839) の図は新鮮な標本の形態を十分に反映していると考えているが、敢えて、タイプ標本もRanzani (1839)の図も無かったと仮定した場合に、Ranzani (1839)の記述のみで、Or. alexandrini がマンボウ属3種のどれかと形態的に同定できるのかどうかを検証した。

 その結果、Ranzani (1839)によるOr. alexandrini の形態的特徴の中に、「非常に高い額」、「後部がほぼ楕円形」、「尾鰭が非常に短い」という記述があり、これらの特徴は上述のRanzani (1839)の図にも見て取れる。そして、「非常に高い額」、「後部がほぼ楕円形」の組み合わせを持つマンボウ属は、全長162.5 cm以上のA種(つまりウシマンボウ)しかおらず、Ranzani (1839)Or. alexandrini のタイプ標本のサイズは、どの測定単位に変換しても全長162.5 cm以上になる。つまり、タイプ標本や図が無い場合でも、Ranzani (1839)の記述のみでOr. alexandrini はウシマンボウと同定できる

 国際動物命名規約を参照すると、Ranzani (1839)Or. alexandriniを新種記載する際に使った標本は1個体のみであったことから、この記載と図のもととなった標本はタイプ標本そのものになると考えられる(72.5.6.条)。たとえ、実際のタイプ標本自体がもはや存在しなくなったとしても、これによってそのタイプ標本の指定が無効になるわけではない (73.1.4 条、74.4 )

同じ種に複数の学名が割り当てられている場合、最も古い学名が適用される (72.9 )。以上の規約がRanzani (1839)Or. alexandrini個体に当てはまると考えられ、総合的に判断して、A種の学名はMola ramsayi (Giglioli, 1883)より古い、Mola alexandrini (Ranzani, 1839)を適用すべきである、とBritz (2022)の疑義に対応し、反論した。

 

新たな発見

 しかしながら、今回の文献調査中に、Ranzani (1839)の一部とほぼ同じ内容が書かれたRanzani (1834)の文献が見付かった。Ranzani (1834)には図は載っていないが、既に図は描かれていることが記述にあり、Or. alexandriniの特徴として「非常に高い額」、「後部がほぼ楕円形」の記述が見られたことから、記載年は5年遡り、ウシマンボウの学名はMola alexandrini (Ranzani, 1834)となる、という内容が今回の研究成果である。今後さらに疑義が提唱されたり、より古いタイプ標本が発見された場合は、ウシマンボウの学名がまた変わる可能性はあるが、それまではしばらくMola alexandrini で落ち着いているのではないかと私は考えている。

 

 

 ウシマンボウ

  学名再度

   再検討

    名前変わらず

     年より古く

参考文献

Ranzani, C. 1834. Famiglia delle mole. In: Varietà. Seguito del Rendiconto delle Sessioni ordinarie dell'Accademia delle Scienze di Bologna. A. 1833–34. Bullettino delle Scienze Mediche, 10: 352-357.

 

Ranzani, C. 1839. Dispositio familiae Molarum in genera et in species. Novi Commentarii Academiae Scientiarum Instituti Bononiensis, 3: 63-81 + Pl. 6 + Foldout table.

 

Yoshita, Y., Yamanoue, Y., Sagara, K., Nishibori, M., Kuniyoshi, H., Umino, T., Sakai, Y., Hashimoto, H. & Gushima, K. 2009. Phylogenetic relationships of two Mola sunfishes (Tetraodontiformes: Molidae) occurring around the coast of Japan, with notes on their geographical distribution and morphological characteristics. Ichthyological Research, 56: 232-244.

 

Sawai, E., Yamanoue, Y., Nyegaard, M. & Sakai, Y. 2018. Redescription of the bump-head sunfish Mola alexandrini (Ranzani 1839), senior synonym of Mola ramsayi (Giglioli 1883), with designation of a neotype for Mola mola (Linnaeus 1758) (Tetraodontiformes: Molidae). Ichthyological Research, 65: 142-160.

 

Britz, R. 2022. Comments on the holotype of Orthragoriscus alexandrini, Ranzani 1839 (Teleostei: Molidae). Zootaxa, 5195: 391-392.

 

Sawai, E. & Nyegaard, M. 2023. Response to Britz (2022) regarding the validity of the giant sunfish Mola alexandrini (Ranzani, 1834) (Teleostei: Molidae). Zootaxa, 5383 (4): 561-574.

【著者情報】澤井 悦郎

海とくらしの史料館の「特任マンボウ研究員」である牛マンボウ博士。この連載は、マンボウ類だけを研究し続けていつまで生きられるかを問うた男の、マンボウへの愛を綴る科学エッセイである。

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