ラポールの脳科学:心と心を繋ぐ方法とは?

2024.05.08

ラポールという言葉を初めて耳にしたのは、理学療法士の養成校に通っていた頃のことだったと記憶している。おそらく、患者さんとの信頼関係を築くことの重要性について学ぶ文脈で登場したのだろう。リハビリテーションの現場では、患者さんに頑張ってもらわなければならない場面が避けられない。そのようなときに、信頼関係が築けていないと、患者さんに必要な取り組みを実践してもらうことが難しくなるのだ。

 

しかし、このことは患者とセラピストの関係性だけに当てはまるものではない。教師と生徒、上司と部下、営業担当者とクライアント、さらには同僚同士など、あらゆる人間関係においてラポールが築けていることが重要となる。

 

本記事では、このラポールについて、心理学と脳科学の観点から掘り下げていきたいと思う。ラポールの構築プロセスや、脳内で起こる変化、そしてラポールを深めるための実践的なテクニックなどを探究することで、人と人との絆を強める方法について理解を深めていきたい。

 

ラポールの定義と心理学

 

「ラポール」とは、人と人との間に生まれる特別な絆を表す心理学の専門用語である。お互いに深い信頼感を抱き、無意識のうちに感情を自由に共有できるほど心理的に安心できる関係性の状態を指す(Vansteenkiste, 2020年)。この言葉はフランス語の「rapport」に由来し、「つながり」や「絆」といった意味合いを持っている。もともとはセラピストとクライアントの間に生まれる関係性を表現するために使われていたが、現在ではより広範な人間関係を表す用語として用いられるようになった。

 

そして、ラポールを築く上で、3つの重要な要素がある。

 

一つ目は、お互いに十分な注意を払うことである。スマホを見ながら相手の話を聞いていては、信頼関係を築くのは難しいだろう。会話に集中し、相手の話に心から耳を傾け、互いに関心を示すことが信頼関係構築の鍵となる。

 

二つ目は、相手に対して肯定的な姿勢を取ることである。攻撃的で否定的な人と親密な関係を築きたいと思う人はいないはずだ。会話の際は笑顔を心がけ、優しい口調で話し、相槌を打つなど、相手に対して好意的な態度を示すことが大切である。

 

そして三つ目は、相手に合わせて協調的に振る舞うことである。これは簡単に言えば、相手に合わせてコミュニケーションを取れるかどうかということだ。声のトーンや話すスピード、姿勢などを相手に合わせることで、良好な関係性を築くことができる。

 

さらに、ラポール形成に効果的な具体的行動も研究で明らかになっている。特に重要なのは、笑顔、うなずき、体を相手に向ける、前傾姿勢などである。また、アイコンタクトや姿勢の模倣も有効であることが、大規模調査によって示されている(Tickle-Degnen, 1990年)。

その他の要因としては、質問の仕方も重要だと言われている。具体的には、イエスかノーで答えられるクローズドクエスチョンよりも、回答の範囲を制限しないオープンクエスチョンを行うことでラポールが築きやすくなる(Curry, 2004年)。つまり、「休みの日は自宅で過ごされますか?」という質問よりも、「休みの日は何をされますか?」といった質問のほうが、相手との距離を縮めるには有効だということだ。

 

加えて、性格要因もラポール形成に影響を与えることが分かっている。外向性や協調性が高い人は、相手の性格に関わらずラポールを構築しやすくなるのだ。同じ性格傾向の者同士、例えば外向的な人同士や内向的な人同士の方が、ラポールを築きやすい傾向にある。ただし、協調性が低い者同士の組み合わせは、ラポール構築が難しくなる場合がある(CupermanIckes, 2009年)。

CupermanIckes, 2009, figure 3を参考に筆者作成)

 

 

ラポールに関わる脳内ネットワーク

 

ラポールとは、簡単に言えば信頼関係のことであり、この信頼関係が成立するためには、「相手は自分のことを理解してくれている」という確信を双方が持つ必要がある。それでは、脳はどのようにして相手の心を理解するのだろうか。

 

相手の心を理解する仕組みとして、2つの重要なシステムがある。1つ目はミラーニューロンシステムと呼ばれるものである。これは「模倣」に関わる脳の仕組みで、私たちは無意識のうちに相手の動作や表情を真似ることに関わっている(Vogeley, 2017年)。脳の中で物を見る領域と身体を動かす領域がつながることで、これが可能になる。そしてこの仕組みは単なる模倣だけでなく、相手の動きを自分の身体で体感することで、相手の気持ちを推し量ることもできるのである。例えば、相手がうなだれた様子を見ると、無意識のうちにその動作を再現し、疲れを感じ取ることができる。泣き顔を見れば、その表情を写し取ろうとして自然と悲しみを感じ取るのである。心理学者は「悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しくなる」と説明した。つまり、身体の動きによって感情が引き起こされる傾向があるのである。このようにミラーニューロンシステムによって、無意識的かつ自動的に相手の心が理解できる。

(ミラーニューロンシステム)

 

2つ目の仕組みは、メンタライジングシステムと呼ばれるものである。これは意識的に相手の心を推論する仕組みで、例えば、上司がイライラしている様子から、様々な情報を総合してその原因を推測するときなどに働いている。脳の右側頭頭頂接合部がこの機能の中心と考えられている。

(右側頭頭頂接合部)

 

ラポール形成には、感情的に相手の心を理解すること(ミラーニューロンシステム)と認知的に相手の心を推論すること(メンタライジングシステム)の両方が重要な役割を果たしていると考えられている。これらの脳内システムが協調して働くことで、私たちは相手との信頼関係を築くことができる。

 

 

ラポールが取れている時の脳活動とは?

 

従来の脳科学研究は、ある課題を行っている時の個人の脳活動を測定するというものが主流だったが、近年では二者間、三者間の脳活動を同時に測定し、その関係性を調べる革新的な研究が開発されている。

 

「三人寄れば文殊の知恵」という言葉にあるように、私たちの脳は一つの脳が繋がり合って活動している。そして心が通じ合っているときには、互いの脳が同じリズムで活動することが明らかになってきた。

 

ある研究では、一緒に体を動かすことがラポールと脳活動にどのような影響を与えるかについて調べている。実験では被験者にお互いに向かい合って同じ動きをさせ、その後、お互いに教え合う課題を行わせた。すると、お互いに一緒に体を動かすことでラポールが高まり、互いの脳活動が同じリズムで働き出すことが示された(Shamay-Tsoory, 2024年)。具体的には、ミラーニューロンシステムの一部である右下前頭回の活動が二人の間で同調しやすくなったことが明らかになった。

 

また別の研究では、お互いに意図を共有することがラポールと脳活動にどのような影響を与えるかについて調べている。私たちがラポールを取るには同じ意図(ゴール・目標)を持つことが重要である。この研究では、被験者に全くの手探りで記号を使ったコミュニケーションを取らせる課題(意図非共有条件)と、ゲームのルールを伝えたうえでコミュニケーションを取らせる課題(意図共有条件)を行わせた。結果として、ゲームのルールが分かっている意図共有条件のほうがラポールを構築しやすく、脳活動も同期しやすいことが示された(Liu, 2023年)。具体的には、メンタライジングシステムの一部である右側頭頭頂接合部周囲の活動が高まることが明らかになった。さらに興味深いことには、この領域に電気刺激を加えることで、よりラポールが深まり、課題成績も上がることが示されている。

(右下前頭回の脳間同調性:Shamay-Tsoory, 2024年 Figure 5 (B)

 

これらの研究結果は、ラポールが取れている時には、二者間でミラーニューロンシステムとメンタライジングシステムが同調して働いていることを示唆している。つまり、相手の感情を直感的に理解し、意図を推論することで、私たちは強い信頼関係を築くことができるのである。

 

 

まとめ

 

では、ここまでの内容をまとめてみよう。

 

・ラポールとは、お互いに深い信頼感を抱き、心理的に安心できる関係性の状態を指す。

・肯定的な言動や協調的な行動がラポールの築く上で重要である。

・ミラーニューロンシステムとメンタライジングシステムがラポールに関わっている。

・ラポールが取れているときには脳活動が同調している。

 

患者さんやクライアント、部下とラポールを取るにはどうすればよいのだろうか。私の限られた経験からいえばエゴを抑えることが大事なのかなとも思う。治そうというエゴ、売ろうというエゴ、育てようというエゴを抑えることで、いくらかラポールが築きやすくなるのではないだろうか。エゴ自体は生きるエネルギーなので無くすことは難しいのかもしれない。それでもエゴを自覚することで、相手との間に橋をかけやすくなるのではないだろうか。我欲を正面から見据えて生きていきたい。

 

 

 

【参考文献】

Cuperman, R., & Ickes, W. (2009). Big Five predictors of behavior and perceptions in initial dyadic interactions: personality similarity helps extraverts and introverts, but hurts disagreeables. Journal of personality and social psychology, 97 (4), 667684. https://doi.org/10.1037/a0015741

 

Curry, S. M., Gravina, N. E., Sleiman, A. A., & Richard, E. (2019). The effects of engaging in rapport-building behaviors on productivity and discretionary effort. Journal of Organizational Behavior Management, 39(3-4), 213-226. https://doi.org/10.1080/01608061.2019.1667940

 

Liu, J., Zhang, R., Xie, E., Lin, Y., Chen, D., Liu, Y., Li, K., Chen, M., Li, Y., Wang, G., & Li, X. (2023). Shared intentionality modulates interpersonal neural synchronization at the establishment of communication system. Communications biology, 6(1), 832. https://doi.org/10.1038/s42003-023-05197-z

 

Vansteenkiste, M., Ryan, R. M., & Soenens, B. (2020). Basic psychological need theory: Advancements, critical themes, and future directions. Motivation and Emotion, 44(1), 1–31. https://doi.org/10.1007/s11031-019-09818-1

 

Shamay-Tsoory, S. G., Marton-Alper, I. Z., & Markus, A. (2024). Post-interaction neuroplasticity of inter-brain networks underlies the development of social relationship. iScience, 27(2), 108796. https://doi.org/10.1016/j.isci.2024.108796

 

Tickle-Degnen, L., & Rosenthal, R. (1990). The nature of rapport and its nonverbal correlates. Psychological inquiry1(4), 285-293. https://doi.org/10.1207/s15327965pli0104_1

 

Vogeley K. (2017). Two social brains: neural mechanisms of intersubjectivity. Philosophical transactions of the Royal Society of London. Series B, Biological sciences372(1727), 20160245. https://doi.org/10.1098/rstb.2016.0245

著者紹介:シュガー先生(佐藤 洋平・さとう ようへい)

博士(医学)、オフィスワンダリングマインド代表
筑波大学にて国際政治学を学んだのち、飲食業勤務を経て、理学療法士として臨床・教育業務に携わる。人間と脳への興味が高じ、大学院へ進学、コミュニケーションに関わる脳活動の研究を行う。2012年より脳科学に関するリサーチ・コンサルティング業務を行うオフィスワンダリングマインド代表として活動。研究者から上場企業を対象に学術支援業務を行う。研究知のシェアリングサービスA-Co-Laboにてパートナー研究者としても活動中。
日本最大級の脳科学ブログ「人間とはなにか? 脳科学 心理学 たまに哲学」では、脳科学に関する情報を広く提供している。

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