黄色いアイツに警戒せよ!! 黄砂はなぜ届くの?

2024.03.11

3月に入り、徐々に春の気配を感じるようになってきた。強い春風が吹くようになったり、CMや薬局の店頭に花粉症対策グッズのものが増えてきたりといった具合だ。……ろくでもないものしか見当たらないな。

 

温暖な気候になって、生命の息吹を感じるようになるのは、もうしばらく後になってからだろうか。それまではもうしばらく、寒さの残りと風を感じる春の始まりを感じていこう。

 

春に吹く風といえば、南からの温暖な空気を運ぶ心地よいものをイメージしがちだ。だが同時に、黄砂を運ぶ、少し厄介なものでもある。

しかしながら、黄砂はどうして春にだけ届くのだろう? そもそも、大量の砂は一体どこから運ばれてくるのだろうか。

 

そこで今回は、黄砂がどこからどのようにして運ばれるのかについて解説していく。

 

少し詳しく 〜黄砂はどこから運ばれるか?〜

黄砂の仕組みについて解説を始める前に、まずは下のグラフを見てほしい。黄砂に関するある項目をまとめたグラフなのだが、何をまとめたグラフかわかるだろうか?

 

  • ①縦軸は30年分(1990年~2020年)のデータの平均を表している。
  • ②横軸のデータは何個あるだろうか?

 

 

それでは正解だ。実はこれ、「月別の黄砂の平均観測日数」をまとめたものなのだ。一番左から順に1月、2月、3月……12月となっている。

 

そう、実は私たちのイメージと違って、黄砂は夏以外の全ての時期で観測されているのだ!

 

それでも、黄砂が春に多いのは事実である。これはなぜだろう? 実はこれにも、イメージに反する事実が関係している。


黄砂の原因となる砂塵さじんは、日本海を隔てた西の向こう側、ユーラシア大陸のゴビ砂漠やタクラマカン砂漠、黄土高原等の乾燥地帯から運ばれてくる[注1]

これらの乾燥地帯の軽い砂塵が風に乗って届くのが黄砂なのだが、ここで私たちの砂漠のイメージから離れていく。

 

実は、黄砂の発生源となる乾燥地帯は夏以降、洪水になるような雨が降る[注2]。雨が降れば当然、砂塵は湿って重くなる。重くなれば砂塵は運びにくくなり、結果として夏には黄砂は飛来しないというわけだ。

 

黄砂は私たちのイメージに反して、秋や冬にもわずかながら観測されており、頻度は湿気に左右されることが分かった。

しかしながら、そもそも砂塵は地表にあるはずだ。なぜ大陸内で完結せずに、海を隔てて日本列島にまで運ばれるのだろうか?

続いて、砂塵が巻き上げられる仕組みについて解説していく。

 

さらに掘り下げ 〜黄砂はなぜ舞い上がるか?〜

話題を大きく逸らすようで申し訳ないが、掃除機の仕組みをご存知だろうか?

 

掃除機はまず、本体に取り付けられたファンが、本体内の空気をものすごい勢いで外に排出することから始まる。これにより、本体内の圧力は低下するわけだが、同時に減った空気を取り込むことで圧力を一定にしようという力が生まれる。この力こそが吸引力であり、ゴミを吸い取る力だ。

 

圧力が下がると吸い込む力が生まれる。この掃除機の仕組みが、砂塵が舞い上がる仕組みと関連している。どういう事だろうか?


一口に砂漠の砂といっても、肉眼で観察できる数mmの大きなものから、顕微鏡でないと観察できない数μmのものまで、粒子の大きさは大小様々だ。

当然の事だが、サイズの大きい粒子は重いが、小さいものは軽い。重いものを運ぶのは大変なため、日本列島まで届くのはもっぱらサイズの小さな軽いものになる。

 

それではサイズの小さな粒子は、どう舞い上がるのだろうか?

私たちの住む地表は、常に気圧という空気の圧力に押さえつけられている。しかしながら気温が上昇して空気が軽くなると、圧力が低下して低気圧が生じる。低気圧は気圧差を埋めるため周囲の空気を吸い寄せるのと同時に、上昇気流によって地表のものを吸い上げる。

 

ちょうど、掃除機が圧力の差で吸引しているのと同じだ。


このようにして大気中に巻き上げられた微粒子をエーロゾル(あるいはエアロゾル)といい、エーロゾルのうち砂塵のような無機物のものを特に鉱物ダストという[注3][注4]。鉱物ダストは、炭酸ガスや大気中の様々な気体と化学反応を起こし、やがて雲粒を形成するための核になる。

 

こうして形成された砂塵の雲が、日本海を渡って日本列島に降り注ぐというわけだ。

黄砂が運ばれる際に、軽い粒子による砂塵の雲を形成していることが分かった。しかしながら、風のない日を思い出してもらえれば分かるように、雲はそれ単体では移動しない。砂塵の雲を運ぶ動力は何だろう?


続いて、黄砂が運ばれる仕組みについて解説していく。

 

もっと専門的に 〜黄砂は何が運ぶか?〜

結論から言ってしまえば、黄砂の砂塵を運んでいるのは偏西風によるものだ。偏西風は中緯度地域の上空を西から東に流れる風で、蛇行しながら常に地球を一周している。名前くらいはどこかで聞いたことがあるだろう。

 

それでは偏西風はどのように発生するのだろう?


皆さんご存知のように、赤道のような緯度の低い地域では気温は高く、北極や南極のような緯度の高い地域では気温は低い。気温の高い空気は上昇し、気温の低い空気は下降するが、同じ場所で空気が上昇あるいは下降し続けていると、赤道と極点で気圧差がとんでもないことになってしまう。

 

そのため、暖かい空気は極点に向かうように、冷たい空気は赤道に向かうように循環している。

 

このような地球規模の大気の循環を大循環といい、ちょうど私たちの住む中緯度地域の大気循環をフェレル循環という。フェレル循環によって、中緯度地域の上空では北上、南下するように空気が流れている。


しかしながら、地球は自転している。上空でまっすぐに進む風も、地表の観測者からは反時計回りに進んでいるように見える。この見かけ上の空気の流れを繋げると地球をぐるりと一周する西向きの風が出来る[注5]

 

この西向きの風こそが偏西風であり、この偏西風に乗って砂塵の雲が運ばれると、黄砂現象が起きるというわけだ[注6]

ここまで、黄砂現象の仕組みについて解説してきた。

日本に届く砂塵は1~3μm程度ととても小さい。無意識に吸い込んで肺や呼吸器を痛める原因となっているため、マスクをするなど吸い込まないように気を付けたいところだ。

 

最後に、記事の趣旨からは少し外れるがエーロゾルに関する研究について2つ紹介して、記事を締めさせていただく。


ちょっとはみ出し 〜エーロゾルを調査する〜

月の光で調査する

エーロゾルの量をモニタリングすることは、大気汚染の状況を把握し対策するためにとても重要だ。エーロゾルの多い大気は少ない大気に比べて、届く光の量が少なくなってしまう。エーロゾルによって光が吸収、散乱されるためだが、感覚的にもご理解いただけるだろう。

従来、光学的な手法による観測には太陽光を利用してきた。けれどもこの手法、すこしばかり課題を抱えている。

 

極夜きょくやという現象をご存知だろうか? 北極圏や南極の冬場では、日が昇らないまま朝を迎え、昼になり、そして夜になる。白夜びゃくや(夜でも日が沈まない)の反対であり、つまり朝も昼も夜というわけだ。

 

当然、太陽光を利用した従来のエーロゾル観測は行なえない。そこで月光を利用してエーロゾルを観測する技術が開発されている。地球の南端、南極の昭和基地から、大気汚染の状況が観測されているのだ。

 

時を超えて調査する

エーロゾルの観測は現在の大気汚染の状況を知る手段としては有効だ。けれども現在のエーロゾル量が多いのか少ないのか、増加しているのか減少しているのかを把握するためには、リアルタイムの値だけではなく過去の値とも見比べなければならない。一方で、エーロゾルを観測している期間は、人類の歴史の中でとても短い。

 

過ぎてしまった過去の値を知るには、どうしたら良いのだろう?

 

グリーンランドやオホーツクなどの氷床から、過去のエーロゾルの様子を観測する取り組みがある。一面に広がる雪の様子を銀世界と表現するが、エーロゾルが多い時期の氷床の様子は、少ない時期に比べて反射する光エネルギーが低下する。これを利用して過去のエーロゾルがどれだけだったかを知ろうという取り組みだ。

 

氷は身近なタイムカプセルらしい。


参考文献

・数研出版編集部. 『新課程 視覚でとらえるフォトサイエンス 地学図録』. 数研出版.
・山岸 米二郎. 『気象学入門』. オーム社.
・小倉 義光. 『一般気象学[第2版補訂版]』. 東京大学出版会.
・小倉 義光. 『日本の天気 その多様性とメカニズム』. 東京大学出版会.
気象庁
環境省
・木下 篤哉, 眞木 貴史. 天気 『気象庁の黄砂情報と黄砂予測モデルについて(気象業務の窓)』. 56 (9), 781-786, 2009-09.
・松木 篤ら. 『黄砂の混合状態が持つ気候学的重要性―個別粒子観察の見地から―』. 江口エアロゾル研究 2020年 35 巻 1 号 5-13.
・亀田 貴之. 『化学反応場としての黄砂 ―多環芳香族化合物の二次生成―』. エアロゾル研究 2020年 35 巻 1 号 14-19.
・杉本 伸夫. 『大気エアロゾル観測用ライダー技術の展開』. 計測と制御 2020年 59 巻 5 号 336-340.
・牧 輝弥ら. 『長距離輸送される黄砂バイオエアロゾルの特性』. エアロゾル研究 2020年 35 巻 1 号 20-26.
・居島 修ら. 『昭和基地における月光を用いたエーロゾルの光学的厚さの観測』. 高層気象台彙報 = Journal of the Aerological Observatory / 高層気象台 編 (77・78), 41-50, 2023-03.
・青木 輝夫ら. 『 SIGMA及び関連プロジェクトによる グリーンランド氷床上の大気・雪氷・雪氷微生物研究 ─ ArCS IIプロジェクトへのつながり─』. 雪氷 2021年 83 巻 2 号 169-191.

 

脚注

[注1] ところで「さばく」を漢字で書けるだろうか? 実は「沙漠」とも表記する。水の少ない土地という意味だ。そう、「さばく」とは砂まみれの土地の事ではないのだ。とはいえ慣れない「沙漠」表記に読みづらさを感じる方もいると思われるので、今回は「砂漠」で統一させてもらった。  本文に戻る

[注2]] とはいえ、砂漠の洪水の原因は降雨量というより吸水量に起因するようだ。極度の乾燥でガチガチに固まった地表では、年間の雨を全て降らせるような夏の降雨量を吸いきれず決壊してしまうらしい。  本文に戻る

[注3] 「エアロゾルじゃないの?」と思われた方もおられるかもしれない。実はどちらも表記はaerosolで同じ単語だ。どうやらエーロゾルは、気象学などで使われている表現らしい。「同じものでも畑が違えば表現が変わる」という学びのお話し。  本文に戻る

[注4] 上昇気流が巻き上げるのは地表の砂塵だけではない。砂塵と同程度か、もっと小さなものも巻き上げられる。その代表例が菌や細菌などの微生物だ。このようにして巻き上げられた微生物をバイオエアロゾルという。巻き上げられた微生物は地表で培養すると、普通に増殖するらしい。恐るべし生命力!  本文に戻る

[注5] この見かけ上の力を、コリオリの力という。コリオリの力は偏西風だけではなく、台風が渦を巻く要因にもなっている。ちなみにコリオリとは発見者の名前らしい。なんかポケモンにいたような気がする。  本文に戻る

[注6] 偏西風は、地球を一周する上空の風だ。それでは偏西風に乗って黄砂はどこまで運ばれるのだろうか? なんと日本海はおろか太平洋、北米大陸さえ越えて、グリーンランドにまで到達するというのだ。さらに、一部は漂ったまま2周目にまで突入するというのだから風の力というのは恐ろしい。  本文に戻る

 

【著者紹介】葉月 弐斗一

「サイエンスライター」兼「サイエンスイラストレーター」を自称する理科オタクのカッパ。「身近な疑問を科学で解き明かす」をモットーに、日々の生活の「ちょっと不思議」をすこしずつ深掘りしながら解説していきます。

【主な活動場所】 Twitter Pixiv

このライターの記事一覧