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こんにちは! 恐竜好きな方へのサポートなどを行っているタレント「恐竜のお兄さん」加藤ひろしと申します。
突然ですが、ナノティラヌス(ナノティランヌス) Nanotyrannus という恐竜を知っていますか? 恐竜、特にティラノサウルス(およびそのグループであるティラノサウルス科 Tyrannosauridae)が好きで詳しい方にとっては、「いろいろな意味で」有名な恐竜と言えるでしょう。
何故「いろいろな意味で」と敢えて書いたのか?
それは、ナノティラヌスという恐竜に対する主な研究テーマが“ティラノサウルス・レックス Tyrannosaurus rex の若い個体なのか? それとも別の属の恐竜なのか?"というもので、この論争は2024年現在も続いているためです。
若い成体(大人)のティラノサウルス『ビー・レックス』とナノティラヌス(ホロタイプ標本)の頭骨レプリカ(筆者撮影)
今回は、この謎の恐竜ナノティラヌスと有名なティラノサウルスの関係性について、主にどのような研究がおこなわれてきたのかを中心に紹介したいと思います。
CONTENTS
1942年8月16日。古生物学者のデイヴィッド・ダンクルが、アメリカのモンタナ州カーター群に分布する白亜紀末期の地層、ヘル・クリーク層[注1]にて、ほぼ完全な肉食恐竜の頭骨を発掘しました。
発掘された頭骨は最長で57.2センチメートルと、同じヘル・クリーク層やランス層から産出するティラノサウルスの頭骨と比べてもかなり小さなものでしたが、骨同士が癒合しているとされ、成体(大人)と考えられました。
その頭骨はホロタイプ標本(新たな種の基準となる標本)に定められ、ゴルゴサウルス属 Gorgosaurus の新種、ゴルゴサウルス・ランセンシス Gorgosaurus lancensis と命名された研究論文が1946年に出版されました[注2]。
それから24年後の1970年、ティラノサウルス科についてまとめた研究論文が出版されました。この研究論文によって、ゴルゴサウルス属は先に命名されていたアルバートサウルス属 Albertosaurus に分類され、ゴルゴサウルス・ランセンシスも、アルバートサウルス・ランセンシス Albertosaurus lancensis となりました[注3]。
※因みにゴルゴサウルス属とアルバートサウルス属の分類については、現在でも一部の研究では同属に分類されていますが[注4]、ほとんどの研究では「やっぱり別の属ではないか」と考えられています[注5]。
さらに1988年、
『ゴルゴサウルス・ランセンシスはゴルゴサウルス属(アルバートサウルス属)ではなく、新しい属の恐竜である』
とする研究論文が出版されることとなり、こうしてナノティラヌス・ランセンシス Nanotyrannus lancensis という学名がようやく命名されたのです[注6]。
ナノティラヌス・ランセンシスのホロタイプ標本のレプリカ(筆者撮影)
紆余曲折あり属名が命名されたナノティラヌスでしたが、それ以前からこの恐竜に対しては「ティラノサウルスの若者ではないか?」という考察がなされていました。
1965年に出版された、恐竜の成長に伴う変化に関する研究論文では、ティラノサウルス科のタルボサウルスにみられる成長に伴う変化と同じような変化がゴルゴサウルス・ランセンシス(=後のナノティラヌス)とティラノサウルスに見られることから
『ゴルゴサウルス・ランセンシスはティラノサウルスの若い個体である可能性がある』
と示唆されました[注7]。
一方、先述した1970年の研究論文では1946年の原記載論文での記載を基に
『アルバートサウルス・ランセンシス(=後のナノティラヌス)は十中八九完全に成長した個体であり、その小ささは恐らく種としての特徴だろう』
と考察しました。
また、ナノティラヌス属が命名された1988年の記載論文においても、頭の骨同士の癒合を基にして
『ナノティラヌスは完全に成長した個体で、その小ささは進化の上で派生した特徴である』
と考察しました。
その後も『ティラノサウルスの若者か?それとも別属か?論争』は続きます。
1992年に出版されたティラノサウルス科についての研究論文では、ナノティラヌスの頭骨について
『1946年の原記載論文で記載された骨同士が癒合している状態は誇張されており、その楕円形の目の入る穴(眼窩)も亜成体の特徴かもしれない』
と考察しました[注8]。
1999年にはティラノサウルス科の成長に伴う頭骨の変化についての研究論文が出版され、
『ナノティラヌスのホロタイプ標本は石膏で大きく修復されていて、これまでの研究論文で記載されてきた骨同士の癒合はほとんど見られなかった。さらに成体のティラノサウルスの頭骨と共有する13の特徴が見られたので、ナノティラヌスはティラノサウルスと同属である。そして成長するにつれて歯が太くなり、歯の数は減っていくのだろう』
と結論付けられました[注9]。
※この論文を出版した研究者のチームは2004年に出版した研究論文で、当時ヘル・クリーク層から化石が産出し、ティラノサウルスとは別の属として分類・研究されていたナノティラヌス以外の化石についても、若者のティラノサウルスだとして再分類しています[注10]。
成体のティラノサウルス・レックスの頭骨レプリカ(筆者撮影)
歯の本数の違いを論拠とした論文としては、2003年に出版された研究論文[注11]があります。
『上顎の歯(上顎骨歯)の数が大きく違う[ティラノサウルス: 片方11-12本、ナノティラヌスのホロタイプ標本: 片方14、もしくは15本]ため、ティラノサウルスとは別属である』
と、その論文では考察されていました。
果たして別属なのか、ティラノサウルスの若い個体なのか―――。論争が続いていたナノティラヌスですが、2001年の夏、モンタナ州カーター群のヘル・クリーク層で、大きな発見がされていました。
アメリカ、イリノイ州にあるバーピー自然史博物館の調査隊が、推定全長約7mのティラノサウルス科の化石を発見したのです。
145個の骨が発掘されたこの個体には『ジェーン』というニックネームが名付けられます[注12]。そして『ジェーン』の発見によって、ナノティラヌスの分類にまつわる論争も、さらに白熱していくことになります。
『ジェーン』の全身骨格レプリカ(筆者撮影)
2013年の研究では、
『ジェーンの肩の骨(肩甲骨と烏口骨)・骨盤・尾の骨(尾椎)に見られる骨同士の癒合は、この個体が成長しきっていた、あるいは、ほぼ成長しきっていたことを示している。そしてティラノサウルスよりも多い歯の数[上顎の歯(上顎骨歯) 右:15本・左:16本、下顎の歯(歯骨歯) 左右ともに17本]などのジェーンに見られる特徴も踏まえて、ジェーンたちナノティラヌスはティラノサウルスとは別属である』
と結論付けられました[注13]。
※ただし、『ジェーン』の骨を詳細に記載した研究論文は2024年現在もまだ出版されていないため、『ジェーン』のデータについてはある程度注意が必要です。
2020年には『ジェーン』だけではなく、『ジェーン』より少し大きな個体『ピーティー』の後肢の骨(大腿骨と脛骨)の骨組織を分析し、より大きな個体のティラノサウルスの大腿骨と脛骨の骨組織とも比較した研究論文が出版されました。
そして
『2頭とも推定年齢13歳から15歳以上の未成熟個体であり、この2頭やナノティラヌスのホロタイプ標本を含む、ヘル・クリーク層から化石が産出した中型のティラノサウルス科は亜成体のティラノサウルスである』
と考察しました[注14]。
研究が進んだのは『ジェーン』や『ピーティー』だけではありません。ナノティラヌスのホロタイプ標本についても精巧なCTスキャンを使って頭骨の構造を調べた研究論文が2010年に出版されています。
などが、この解析によって分かりました。
そして【ナノティラヌスはティラノサウルスの若者か? 別属か?】というテーマについては
『ティラノサウルスとの類似点を示す特徴もあれば、成長に伴うものと考えるのは難しい特徴もいくつかある』
と結論付けました[注15]。
2020年には、1999年の研究論文と2004年の研究論文を出版した研究者が、ティラノサウルスの成長についての研究論文[注4]を出版しました。
この研究論文では、先述した骨組織学の研究論文も踏まえ、ナノティラヌスのホロタイプ標本と『ジェーン』を亜成体のティラノサウルス、『ピーティー』を成体になる一歩手前の成長段階であるサブアダルトのティラノサウルスとした上で、この3体を含む計44体のティラノサウルスを研究対象にしました。
研究対象の数が44体というだけでも凄まじいのですが、成長に伴う変化を調べるためのデータセットに使われた形態的な特徴は1850点、ページ数も103ページに及ぶため、現時点ではティラノサウルスの成長について最も詳細に記した研究論文となっています。
このグラフに載っている番号のうち、ナノティラヌスのホロタイプ標本に④、『ジェーン』に⑤、『ピーティー』に⑦が振られていますが、⑤のジェーンの後から急速に成長する期間があり、亜成体と成体とでは頭骨の形態も大きく変わるのがわかります。
ティラノサウルスの成長に伴う体重の変化と成長段階を表したグラフ
(縦軸で推定体重、横軸で推定年齢を示す)
引用元: Carr, T.D., 2020. A high-resolution growth series of Tyrannosaurus rex obtained from multiple lines of evidence. PeerJ, 8: e9192.
冒頭で書いたように【ナノティラヌスはティラノサウルスの若者か?別属か?】論争は現在も続いています。
2024年1月に出版された研究論文では、ナノティラヌスのホロタイプ標本をサブアダルトか若い成体、『ジェーン』を若い成体、『ピーティー』を若い成体とした上で、
『ナノティラヌスはティラノサウルスとは別属であり、系統解析の結果、後者が分類されるティラノサウルス亜科やティラノサウルス科には属さず、より大きなグループ(分岐群)であるティラノサウルス上科 Tyrannosauroideaに属する』
と考察しました[注16]。
ところが「幼体や亜成体に見られる形態の特徴を系統解析に組み込むと、成体よりも基盤的な位置になる(=幼体や亜成体はより祖先的な形態を持っている)現象」は、2011年に出版された幼体(子ども)のタルボサウルスの頭骨についての研究論文[注17]でおこなわれた系統解析でも起きていて、この現象については2024年の研究論文でも一応触れられてはいます。
これまでの論争も踏まえると、この
『ナノティラヌスはティラノサウルスとは別属で、ティラノサウルス上科 Tyrannosauroideaに属する』
と考察する2024年の研究論文は、すんなりと受け入れられるものではないと予想されます。
論文とは異なりますが、2006年にはナノティラヌスか若いティラノサウルスと考えられる個体のほぼ完全な化石がモンタナ州のヘル・クリーク層から産出し、2020年にアメリカのノースカロライナ自然科学博物館に所蔵されました。
この個体のすぐ隣からは植物食恐竜トリケラトプスの化石も同時に産出したので、この2頭の化石は『モンタナ闘争化石』と呼ばれています。この化石についての記載や研究が【ナノティラヌスはティラノサウルスの若者か?別属か?】論争をさらに進展させるのは間違いないでしょう。
ティラノサウルスのみならず、恐竜の成長とそれにともなう分類の変化は、数多くの議論を巻き起こします。
今回紹介したナノティラヌスについては「若いティラノサウルス」と考える研究の方が現時点では優勢ですが、先述したとおり『ジェーン』については骨を詳細に記載した研究論文がまだ出版されていないため、実物化石から得られた『ジェーン』のより正確な情報はまだ世の中に知られていないのが現状です。
恐竜たち古生物の成長に対して、日々生きた個体を観察したり成長記録を付けたりすることができないのは何とももどかしいですが、同時に、新しい化石の発見や記載、そしてさまざまな方法による研究によって「この種はどのように成長していったのか?」が徐々に明らかになっていくのは、古生物学ならではの興味深さ・面白さの一つではないかと思います。
ティラノサウルスの『スタン』と『ジェーン』の全身骨格レプリカ(筆者撮影)
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⑰ Tsuihiji, T., Watabe, M., Tsogtbaatar, K., Tsubamoto, T., Barsbold, R., Suzuki, S., Lee, A.H., Ridgely, R.C., Kawahara, Y., and Witmer, L.M., 2011. Cranial osteology of a juvenile specimen of Tarbosaurus bataar (Theropoda, Tyrannosauridae) from the Nemegt Formation (Upper Cretaceous) of Bugin Tsav, Mongolia. Journal of Vertebrate Paleontology, 31(3): 497-517. (本文へ戻る)