菜食とケトン食(低炭水化物・高脂肪食)は、2週間続けるだけでも一定効果があった(1月30日 Nature Medicine オンライン掲載論文

2024.02.21

食事が健康に重要なことは誰も異論がない。ただ、その効果は習慣として根付いた長い「養生」の結果だとされてきた。

 

本日紹介する論文

ところが、今日紹介する米国衛生研究所からの論文は、2週間だけケトン食、あるいは菜食を続けたときのインパクトを調べた珍しい研究で、短い期間でもケトン食や菜食が我々の身体に一定の効果を及ぼすことを示した論文。1月30日 Nature にオンライン掲載された。

 

タイトルは「Differential peripheral immune signatures elicited by vegan versus ketogenic diets in humans(菜食とケトン食によって末梢血の免疫指標が変化する)」だ。

 

解説と考察

研究は20人を NIH に1ヶ月間缶詰にした上で、無作為に2グループに分け、一つのグループにはまず菜食を2週間、その後ケトン食を2週間摂取してもらう。もう一つのグループはその逆でケトン食から始めている。

 

そして、実験前、2週間目、4週間目に血液、便、尿を採取、 フローサイトメーター、RNAseq、プロテオーム、メタボローム、細菌叢など、考えられる検査を徹底的に行い、それぞれの食による身体の変化を調べている。一つ問題があるとすると、菜食からケトン食、ケトン食から菜食への移行が急に行われ、ウォッシュアウト期間がないことだが、これは仕方ないだろう。

 

勿論参加者個人個人の多様性は大きく、全体を平均したときのトレンドが示されていると考えて欲しい。

 

まず驚くのが、どちらの食事も免疫系の細胞の変化を誘導できる点で、CD4、CD8エフェクター細胞が有意に上昇する。あまり議論していないが、ケトン食と菜食を比べると、Treg がケトン食で高まり、NK が菜食で高まることだ。

 

末梢血の RNAseq 解析ではもっとはっきりした傾向があり、例えばインターフェロンや自然免疫に関係する RNA は菜食で高い。逆に獲得免疫に関わる RNA はケトン食で高いと言った具合だ。

 

一方で、血清中蛋白質を網羅的に調べるプロテオーム解析では、それぞれに特徴的な差があるにはあるが、変化は大きくない。強いて言えばケトン食では肝臓だけでなく、様々な臓器由来蛋白質の変化が見られる。

 

食で直接影響を受ける細菌叢もそれぞれ独自の変化を示す。多様性などに変化はないが、細菌種に変化が見られる。この研究で用いられたケトン食は、低炭水化物、高脂肪、高蛋白質になっており、便中の代謝物を調べると、高タンパク食であるにもかかわらず、ケトン食では様々なアミノ酸が低下している。

 

一般的にケトン食では細菌の代謝が低下しているように見られるが、これは菜食が多くの植物繊維を含むからかも知れない。

 

これとは逆に、メタボローム解析から、ケトン食では血清のアミノ酸の量が上昇するのがわかる。さらに、脂肪酸を調べると、当然のことながら不飽和脂肪酸が菜食で多く、ケトン食では飽和脂肪酸が高まっている。この結果はケトン食の設計をするとき、高脂肪を植物由来の脂肪を増やすと良いことを示唆するように思う。

 

まとめと感想

結果は以上で、ではなぜこのような変化が起こるのかについては追及されておらず、また被験者数も少ないので、一般化できるかどうかはわからない。元々ケトン体には様々な急性効果があることが知られているので、納得できるのだが、これほど急性の効果が、特に菜食にあるのには驚いた。

 

食に関してはほとんど個人の思いつきで議論されることが多いので、このような地道な研究の積み重ねの重要性は高い。

著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

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