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ちょうど2年前、多発性硬化症(MS)が EVウイルス感染を条件として発生することを示した Science の論文を紹介した。そして、昨年12月 EVウイルス感染から MS発症までの免疫メカニズムを詳しく解析した論文がウイーン医科大学から Cell に発表された。
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そして、今日紹介するのは MS がなぜヨーロッパ人、特に北欧に多いのかについて1万年にわたるゲノム解析から調べたケンブリッジ大学、オックスフォード大学、ブリストル大学他の共同論文で、1月11日 Nature にオンライン掲載された。
タイトルは「Elevated genetic risk for multiple sclerosis emerged in steppe pastoralist populations(多発性硬化症の遺伝的リスクの上昇はステップ遊牧民で発生した)」だ。
新しい治療法の開発は急務だが、MS発症のメカニズムに関しては一区切りついた気がするので、今日紹介する論文も含めて次回の Youtubeジャーナルクラブでこれまでの研究のまとめをしたいと思っている。その時はここでは紹介しなかったウイーン医科大学の研究について特に詳しく解説する。
さて、今日紹介するのは病気のリスク遺伝子が集団の中でどのように変化するかをヨーロッパを形成した様々な人種の古代ゲノムを石器時代にまで遡って調べ、現代ヨーロッパ人での MSリスク遺伝子の変遷を調べている。
一般的には、交雑と選択を繰り返して形成される現代ゲノムの中に、病気のリスク遺伝子がなぜ維持され続け、場合によってはリスクが高まる方向に選択されているのかは不思議に見える。ただ、現代の病気と、古代の病気の質を考える時病気の遺伝子リスクを多面的に見ることが必要になる。
MS のリスク多型は実に233種類も特定されているが、そのうち32種類は MHC遺伝子領域内にあり、最も高いリスクが HLA-DRB1*15:o1 と呼ばれるクラスIIMHCだ。
この研究ではヨーロッパ人の基盤になる古代ゲノム、すなわちトルコから南欧の農耕ゲノム(FG)、コーカサス遊牧民ゲノム(CHG)、ウクライナからカスピ海までのステップゲノム(SG)、東欧の遊牧民ゲノム(EHG)、そして西部遊牧民ゲノム(WHG)が交雑を繰り返す中で MSリスク遺伝子がどう変遷していくのかを調べている。
すると5000年前まではほとんど存在しなかった例えば HLA-DRB1*15:o1 が、急に SG に現れ、SG がヨーロッパへと拡大する中でヨーロッパ人全体に拡大することが明らかになった。また、リスク遺伝子全体のスコアで見ると、交雑を繰り返す中でリスクが上昇していることも明らかになった。
すなわち、5000年前、ちょうどヤムナ文化が発祥する頃から HLA内の MSリスクに関わる多型が急速に現れ、他の民族と交雑する中でも、そのまま自然選択され、さらに他のリスク遺伝子も合わせて、現ヨーロッパの高いMSリスクを持つゲノムができあがっていることを示している。
勿論 MSリスクがポジティブな選択要因になるはずはないので、主なリスク多型について他の病気との相関を調べると、結核、EVウイルス、サイトメガロウイルスなど、感染症に対する抵抗性多型が集まってMSリスク多型を形成していることが明らかになった。
一般的に Th1反応はウイルスなどの細胞内感染、Th2は細菌などの細胞外感染に対するゲノム多型につながるが、MSでは両方の反応に対するリスク多型が集まっており、極めて複雑な感染免疫システム形成の結果として生まれたリスク多型と言っていい。
ただ、その後ヨーロッパは真っ先に衛生などを通して感染症を克服してしまったために、代わりに MSリスク多型として分類されてしまったという話になる。
しかし、このような面白い歴史の書き方が出来るようになった21世紀、人間がより憎み合い殺し合うのを見ると、そんな多型も調べたくなる。