リィ〜ン♪ リィ〜ン♪ スズムシの音色に迫る!

2023.09.21

 9月に入り、暑さも和らぎを見せつつある。雨ニモマケテ風ニモマケテ雪ニモ夏ノ暑サニモマケル貧弱な葉月には秋の涼しさはとても嬉しい。1年中秋の気温だったらいいのに。

 秋の風物詩として欠かせないものといえばもちろんマックの月見バーガー十五夜の満月と秋の夜長を奏でる虫の声だ。夜な夜な美しい音色を鳴らす虫たちの音色は、夜の涼しさと相まってとても風流だ。田舎の夜だとうるさいけど……。

 秋の夜長を奏でる虫の代表例といえば、なんと言ってもスズムシだろう。リンリンという音は、「鈴虫」の名前の通りまさに鈴の音だ。実際に楽器を持っているわけでもないのに、美しい音色を自由自在に奏でる様子を疑問に思ったことのある人も多いのではないだろうか? そこで今回は、美しいスズムシの音色が何のために、どのように奏でられているのかについて解説していく。

 

 

少し詳しく 〜音の種類

 突然だが、こんなシチュエーションを考えてほしい。

 

 あなたはいま、家の中にいる。食料はあまりないが、家から出るのも気がひける。あなたの住む街を無数のゾンビが徘徊しているからだ。意を決して家の外に足を踏み出しても、運が悪ければゾンビの仲間入り。一方で、家の中に引きこもっていてもいずれ食料が尽きて死んでしまう。

 さて、あなたならどうするだろうか?

 唐突に意図不明な問いを投げかけてしまってすまない。しかしながら、私たちは普段意識することは少ないが、この世界は基本的に弱肉強食だ。あらゆる命が生きるために、日々食いつ食われつの戦いを繰り広げている。そんな中で、自らの居場所を喧伝するかのように夜通し鳴き続けるスズムシが、どれだけ異常な存在かわかっていただけるだろうか?

 襲われる危険を冒してまで、スズムシたちが鳴く理由はなんなのだろう? ズバリ、求愛のためだ。

 自身の遺伝子を次の世代へと繋ぐため、スズムシのオスたちは夜通し鳴き、メスにアピールしている。このような、メスへのアピールのための鳴き方を求愛歌(誘い鳴き)という。

 しかしながら、オスの音色はメスにしか届かないというものではない。当然のことではあるが、ライバルとなる別のオスにも届いてしまう。意中のメスと添い遂げたいのに、それは別のオスも同様だ。

 同じメスを狙う複数のオスがいると何が発生するだろう? そう、バトルだ。

 ライバルを追い払ってメスを勝ち取るため、スズムシたちはやはり音を使う。この時の鳴き方を戦闘歌(脅し鳴き)という。

 スズムシたちはコミュニケーションのため、バリエーション豊かな演奏をしていることがわかった[注1]。それでは、その音色はどのように奏でられているのだろうか?

 続いて、音を発する仕組みについてみてみよう。

 

 

さらに掘り下げ 〜音の発生

 そもそも「鈴」はどのように音を鳴らしているのだろう? これについてはご存知の方も多いかもしれない。鈴は体鳴楽器と呼ばれる種類の楽器で、空洞にした器に、中あるいは外から衝撃を与えることによって音を奏でている。

 それではスズムシの発音器官にも、同じように空洞があるのだろうか?

 実は、残念なことにスズムシの発音器官には空洞はない。「鈴虫」という名前だが、鈴とは少し違った仕組みで音を奏でている。名前に偽りアリだ[注2]

 それではスズムシが音を鳴らす仕組みに近い楽器とはなんなのだろう? 次のうちから少し考えてみてほしい。

①トランペット ②ヴァイオリン ③シンバル ④シンセサイザー

  •  トランペットは金管楽器で唇を振動させて音を奏でる。

     ヴァイオリンは弦を擦ることで音を奏でることから、擦奏楽器と呼ばれている。

     シンバルは2枚の金属製の円盤を叩いて奏でる打楽器である。

     シンセサイザーは電子楽器で、奏でるのは電子工学的手法により合成した音だ。

 

 それでは正解を発表しよう。実はスズムシが音を鳴らす仕組みに最も近いのは、「②ヴァイオリン」だ。といっても、スズムシの体に弦が張り巡らされているわけではない。重要なのは、擦って音を奏でるという部分だ。

 どういうことだろう?

 スズムシの羽の付け根には、ノコギリの刃のように細かい凹凸の彫られたヤスリ器と、硬い板状になった摩擦器という二つの器官がある。

 羽が開くときには2つの器官はスムーズに動く。一方で、羽を閉じるように動かすときには、摩擦器はヤスリ器に引っかかりながら動く。ヤスリ器の歯には返しがついているためだ。これが連続されることで音が鳴っている、というわけだ[注3]

 

 スズムシたちは羽に彫られた溝を、高速で擦り合わせることで、音色を奏でていることがわかった[注4]。しかしながら、よく考えてみてほしい。溝を擦り合わせて美しい音が鳴るのなら、指紋と指紋を擦り合わせても聞こえるはずだ。だが実際には、指を耳のそばに近づけてようやく、というところだ。一方で、スズムシの音色は夜空に響き渡っている。この差は一体なんなのだろう?

 続いて、音を増幅する仕組みについてみてみよう。

 

 

もっと専門的に 〜音の増幅

 スズムシにとって大きな音が出せるなら、それに越したことはない。もちろん、危険も増えるがそれだけチャンスも増えるからだ。それでは、もしもあなたがスズムシだったとして、大きく音を奏でるためにどのような事をするだろう。

 力一杯、羽をこすり合せる? その方法では難しいのは、指紋が証明してくれたはずだ。

 体にスピーカーを搭載する? これは少し近いかもしれない。

 スズムシの行なっている方法について解説する前に、音の性質についてみてみよう。

 ある物体に音や光のような振動を与えると、その物体に特定の振動数の振動をする。この振動のことを固有振動という。また、別の音の性質として、二つの振動の山と山、あるいは谷と谷がぶつかると、振動が増幅されるという性質がある[注5]

 さて、この2つの性質を組み合わせると、簡単に振動(すなわち音)が増幅可能なことが分かるだろうか? 「音源」から出た音を「固有振動が音源と同じ物体」に与えさえすれば良いからだ。

 このように、固有振動を利用して振動を増幅させることを共振という。

 共振による音の増幅は、もちろんスズムシも利用している。

 スズムシの羽の中央部には、奏でた音と共振する部位がある。その部位がピンと張るように羽を立てる事で、ヤスリ器と摩擦器の擦れる音が私たちの耳に聞こえるまでに増幅されるという訳だ[注6]

 スピーカーボードが大きく振動する事で、大きな音を響かせているようなものだと思ってもらえればいい。

 

 ここまで、スズムシがどのように美しい音色を奏でているかについて解説してきたが、いかがだっただろうか? スズムシ以外にも、ガチャガチャ鳴るクツワムシやチンチロ鳴るマツムシなど、秋の夜は虫たちの演奏会シーズンだ。[秋 虫 声]などで検索すると、虫たちの声を動画で紹介している動画もあるので、窓の外でどんな虫が鳴いているか耳を傾けてみるのも良いかもしれない。

 

 最後に、記事の趣旨からは少し外れるが音に関する研究について2つ紹介して、記事を締めさせていただく。

 

 

ちょっとはみ出し 〜音と人工知能

音声合成ソフト

 2007年に音声合成ソフト『初音ミク』がリリースされて以来、数多くの楽曲が発表されている。現在ではCMへの起用やニュース原稿の読み上げなど、音声合成ソフトの活躍は歌唱の場にとどまらず様々な場面で利用されている。一方で、合成音声特有の抑揚感に違和感を持っているという方も一定数おられる事だろう。その原因の一つが、私たちヒトの声が持つパラメータの複雑さである。声量、音長、ビブラートなど声の使い方に関するパラメータはいくつもあり、それを全ての音に対応させるのは膨大な作業量になるからだ。

 機械学習によってこの問題を解決しようという試みがある。声量や音長などといった、声の使い方と譜面の関係を学習させることによって、より私たちの発する声の使い方に近い表現が出来るのではないかという試みだ。電子の歌姫が本物の歌姫になる日も遠くないかもしれない。

検査利用

 音を出す存在がいるならば、反対に音を聞く存在もいる。コンクリート建造物の内部や缶詰の中身、下水管の異常など、目に見えない部分の検査にはしばしば、対象から発せられる音の様子を聞いて正常と異常を判断するという手法が用いられる。一方で、音を利用した検査技術は長い時間をかけて培われる職人技の面もあり、技師の確保が課題となっている。

 この問題の解決案として、人工知能を搭載したロボットによる検査が提案されている。音のデータと正常・異常の判定の関係を学習させることで、人の手によらない検査を実現できるのではないかという研究だ。音を聞く人工知能の最初の任務は、私たちの不安を聞き入れることのようだ。

参考文献

  • 平嶋 義宏, 広渡 俊哉. 『教養のための昆虫学』. 東海大学出版部.

  • 八木 寛. 『コオ ロギの発音機構』. 動物生理 1988年 5 巻 2 号 50-62.

  • H C Bennet-Clark. “Resonators in insect sound production: how insects produce loud pure-tone songs”. J Exp Biol . 1999 Dec;202(Pt 23):3347-57. doi: 10.1242/jeb.202.23.3347.

  • Pedro F Jacob, Berthold Hedwig. “Structure, Activity and Function of a Singing CPG Interneuron Controlling Cricket Species-Specific Acoustic Signaling”. J Neurosci . 2019 Jan 2;39(1):96-111.

  • Christa A Baker, et al. “Acoustic Pattern Recognition and Courtship Songs: Insights from Insects”. Annu Rev Neurosci . 2019 Jul 8;42:129-147.

  • ギネスワールドレコーズ公式サイト

  • 数研出版編集部. 『新課程 視覚でとらえるフォトサイエンス 物理図録』. 数研出版.
  • 田中 瑞穂ら. 『合成音声歌唱におけるヴィブラートのパラメータ自動推定』. 研究報告音楽情報科学(MUS)2020-MUS-126 14 1-8 2020-02-10.
  • 江本 久雄ら. 『AI 手法による打音検査の浮き判定の検討』. AI・データサイエンス論文集2020年 1 巻 J1 号 514-521.

脚注

[注1] コミュニケーションに音を利用しているということは、当然のことながらスズムシたちには耳がある。とはいえ頭にはない。ではどこにあるかというと、なんと前足の関節だ。歩くたびにガサガサうるさくないのだろうかと思うが、スズムシも私たちの耳の位置を見て不思議に思っているかも知れない。 (本文へ戻る)

[注2] そもそも音色が鈴に似ているから、つけられた名前だって? シ〜、黙っとけば突っ込まれないから。 (本文へ戻る)

[注3] リィ〜ンと表現されることも多いスズムシの音色だが、よくよく耳を澄まして聴いてみると、リリリリリリリというような断続的な音であることが分かるだろう。何度も擦り合わせて出している音の証拠だ。 (本文へ戻る)

[注4] スズムシの羽はもっぱら演奏にのみ使用されており、飛行能力はない。そのため、演奏の必要のないメスのスズムシは羽が小さい。覚えておくといいことがあるかも知れない。ないかも知れない。 (本文へ戻る)

[注5] 反対に、山と谷をぶつけることで音を低減させる例もある。身近なところではノイズキャンセラーだ。「環境音を振動に変換」「環境音と反対の振動を作成」という事をほぼノータイムでやっているという、とんでも装置である。 (本文へ戻る)

[注6] スズムシの音色は約4,500 Hzだ。人の可聴音域が20 〜 20,000 Hzくらいだと言われているので、かなり高音よりの音だとわかる。ちなみに、電話でやりとりできる音は300 〜 3,400 Hzらしいので、スズムシの音を電話越しに聴くことはできない。残念! (本文へ戻る)

 

【著者紹介】葉月 弐斗一

「サイエンスライター」兼「サイエンスイラストレーター」を自称する理科オタクのカッパ。「身近な疑問を科学で解き明かす」をモットーに、日々の生活の「ちょっと不思議」をすこしずつ深掘りしながら解説していきます。

【主な活動場所】 Twitter Pixiv

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