ガンを検出できるバクテリアを設計する(8月11日号 Science 掲載論文)

2023.08.24

生物を使ってガンを診断する可能性は現在も追求されている。例えば犬に患者さんを嗅がして診断する方法は有名だが、我が国では線虫の感覚系を使う方法が大々的な宣伝のおかげで最もポピュラーではないだろうか。ところがm3サイトのDoctors Communityに、病院のガン患者さんの了承をとって10人分の尿を線虫でガンを診断する会社に送ったところ、全員で陰性という結果が返ってきたことが報告されていた。

勿論真偽のほどはわからないが、これが本当なら問題で、厳密なメカニズムを解明する前に科学を装って商売したこの会社とこの宣伝を企画した広告会社の責任が問われる様に思う。

 

これに対し今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は、よく知られたメカニズムを元に、ガンを生物(この場合特殊なバクテリア)で診断する方法の開発で、実用性はともかく面白い研究だ。

 

タイトルは「Engineered bacteria detect tumor DNA(バクテリアを操作して腫瘍DNAを検出させる)」で、8月11日 Science に掲載された。

 

この論文を読むまで全く知らなかったが、この研究で使われたAcinetobacter baylyiは環境にあるDNAを簡単に取り込む仕組みを持っており、何の処理をしなくても遺伝子導入効率はダントツの細菌だ。

 

この研究は、Acinetobacter baylyiをガン局所に存在させることでガンを含む人間の組織から出てきたDNA断片を取り込ませ、ガン特異的遺伝子を取り込んだ細菌だけが標識出来る様にして、ガン遺伝子が存在を検出するという、なかなかユニークな着想に基づいている。このバクテリアのことを知り抜いた、凡人には思い浮かばない発想だ。

 

実際には、Ras遺伝子の相同部位に挟み込まれた標識遺伝子を導入し、Ras遺伝子が組み込まれたときだけストップコドンが除去され、標識遺伝子がオンになる Acinetobacter baylyi を用意している。この遺伝子操作 Acinetobacter baylyi は、周りにRasを取り込んで相同組み換えが起こると、カナマイシン耐性で、GFPを発現する様に設計してある。結果は期待通りで、Ras遺伝子が存在するときだけ標識された Acinetobacter baylyi が検出できる。

 

次の問題は、ガンの診断には正常のRasと変異型Rasを区別する必要がある。この目的には CRISPR/Cas を用いて、正常のRasはガイドと反応して分解される様に設計しておくと、期待通り変異Rasのみ標識が発現する。この系は3pg/mlのDNAを検出する感度があり、またオルガノイド培養に加えると、ガンと正常を見事に区別する。

 

最後に、直腸ガンの動物を診断するのにチャレンジしている。この目的には、標識発現を抑えるレプレサーが、腸内に存在するRas遺伝子と組み変わることで除去され、標識が発現される設計を用いている。正常Rasと変異Rasの区別は、同じように正常Rasが組み込まれたDNAがCRISPRで分解される様に設計している。結果は、期待通りでガンが存在する直腸に注入したときだけ、標識分子を発現した Acinetobacter baylyi を検出できる。

 

以上が結果で、原理が先にありきのアイデアで、ユニークな着想に感心する。ただ、実用化となると時間がかかるだろう。同じ目的でPCR検査も可能だが、便の処理やDNAの抽出などが必要なので、薬剤耐性細菌の出現だけでガン遺伝子が存在していたかどうかがわかるこの検出系は費用の面で格段のメリットがあると思う。ゆくゆくは人間ドックの3-4日前にヨーグルトを飲んで、検便でガンの存在がわかるというところが目標だろう。

著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

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