ヒトの TNF 欠損症(8月28日 Nature オンライン掲載論文)

2024.09.10

今から50年以上前、研修医で働き出した頃はまだまだ結核患者さんは多かった。リファンピシンなどの薬剤も使われるようになり、治る病気ではあったが様々な病型を経験することができた。多くの感染症と比べて、結核の表現型は多様で、ある意味で人間の免疫系の複雑性を示していた。ただ様々な病型に至るメカニズムについては全くわからなかった。

 

幸いヒトゲノムが進み、多くの遺伝子変異と結核の表現型との関わりが続々明らかにされてきた。例えばインターフェロンγ 合成や反応系が欠損する患者さんでは、 BCG 接種のような弱毒菌でも病気が発症する。また、マクロファージ内での活性酸素合成が傷害されると肉芽腫が起こりやすく、元々肉芽腫が発生する結核に対する感受性が高くなる。すなわち、細胞内細菌感染が持続することが肉芽腫の原因になることがわかる。

 

結核は現在も多くの国で広がっている感染症なので、結核にかかりやすい患者さんを丹念に調べることで結核に対する免疫だけでなく、人間の免疫機能の分子基盤を明らかにする重要な情報が得られる。そのため現在も特に遺伝性が疑われる結核患者さんを調べる研究が続いている。

 

本日紹介する論文

今日紹介する、ハーバード大学、ロックフェラー大学がコロンビアの Antioquia UdeA 大学と発表した論文は、結核に繰り返し感染する患者さんを調べると、炎症の核になる分子 TNA が欠損していたことを報告した論文で8月28日 Nature にオンライン掲載された。

 

タイトルは「Tuberculosis in otherwise healthy adults with inherited TNF deficiency(結核以外に健康な遺伝的 TNF 欠損)」だ。

 

解説と考察

この研究ではコロンビアの従兄弟結婚の多い家系でみられた結核を繰り返し発症した患者さんの遺伝子を、他の家族とともに調べている。コロンビアのように結核が広がっている国でも、通常結核は一度免疫ができると、繰り返すことはほとんどない。

 

全エクソーム解析の結果、両方の患者さんとも TNF 遺伝子に20塩基の挿入が起こり、その結果ストップコドンが早々と現れ、ほとんど機能的 TNF が合成できないと考えられる。この遺伝子を細胞に導入して TNF 合成を調べると、予想通り TNF を分泌できない。

 

2人とも同じ変異をホモで有している一方、調べた他の親兄弟では変異を持っていてもヘテロであることから、TNF 遺伝子欠損が両方の染色体に揃っていると結論している。

 

あとは、TNF が欠損することで、他の症状はあまりないのに、なぜ結核に繰り返し感染するかが問題になる。インターフェロンγ 欠損と異なり、2人とも BCG 接種を受けても特に問題はない。また、白血球や免疫細胞の構成や機能を調べても、ほとんど正常と変わらない。

 

詳しく調べていくと、肺胞や末梢血のマクロファージの活性酸素の合成が低下していることがわかった。ただ、この違いも結核死菌や BCG で刺激したときに見られ、食菌作用に伴い起こる活性酸素合成が特異的に押さえられていることがわかる。

 

すなわち、TNF は結核菌やリステリアのような持続的細胞内感染が起こるとき、マクロファージ特異的活性酸素産生を刺激して菌をコントロールするのに必要だが、他の一般的な感染では TNF がなくても完全に菌を除去できることを示している。TNF は進化的にも古い分子なので、結核のような感染症に遭遇した哺乳類や人間が、通常の細菌除去システムに加えて、TNF を使い回して対応した可能性がある。

 

おそらくその結果が、我々が TNF を主役とする関節リューマチにかかるようになった原因かもしれない。

著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

このライターの記事一覧