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長い間、自分は嫉妬を感じない人間だと思って生きてきた。その考えがひっくり返されたのは、36歳春のことである。国際学会というものに出てみたいというー心で進学した大学院の修士過程、同期が入学早々国際学会で発表するという話を聞き、体が燃えるような感情に包まれた。ネガティブな感情に身を悶えながら、これが嫉妬というものかと驚いたことも覚えている。
今回の記事では、この嫉妬について考えてみたい。
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日本語で言う「嫉妬」は、実は英語ではenvyとjealousyに呼び分けられている。envyとは他人が持っているものをほしい時に生じる感情で、jealousyが自分が持っているものを取られる時に生じる感情のことを指す。
つまり、隣の芝生が青いのを羨むのはenvyで、旦那が泥棒猫にさらわれて許せないのがjealousyである。このように嫉妬は二つの異なる概念でできているため、この記事では便宜的に「嫉妬=envy」として扱い話を進める。
この嫉妬であるが、心理学的にはいくつかの要因が関係していることが報告されている。具体的には、幸福感の低い人(Maら, 2023年)や、神経症的傾向が高い人(Milićら, 2022年)、自己効力感の低い人(Hilal, 2021年)、共感性が高い人(Gómez-Carvajalら, 2020年)などは嫉妬深いことが報告されている。
共感性が高い人が嫉妬深いというのは意外な気がするが、誹謗中傷の当事者が実は親切なあの人だったという話もよく聞く。共感性と嫉妬深さは同じ気質の裏表なのかもしれない。
ちなみに自分の嫉妬傾向を評価する尺度もある。以下に示すのは、Dispositional Envy Scaleの日本語訳である(澤田と新井, 2002年)。妬みの高さに応じて1-5点で採点する。ちなみに日本の小学生を対象にした調査では平均点は21.28点、イタリアの大学生を対象にした調査では同じく15.32点となっている。
ちなみに私は13点、やはり嫉妬を感じにくいタイプなのかもしれない。
1. わたしは、毎日のようにうらやましさを感じています。
2. ほかの人より自分ができないと感じるのは、つらいですが本当のことです。
3. うらやましいと感じるといつもわたしは苦しみます。
4. なんでも上手にすぐできる人を見るのは不満です。
5. たとえどんなことをしても、うらやましく思うとなやんでしまいます。
6. 自分になにかたりないと感じると、困ってしまいます。
7. すべての才能をもっているかのような人たちがいることは、すこし公平でないと思います。
8. 正直言って友だちがうまくいくと腹が立ちます。
(澤田と新井, 2002年、TABLE1参照)
嫉妬を感じているときの脳活動を調査した研究も数多く報告されている。いくつかの研究から、嫉妬をしているときには前帯状皮質周辺の活動が高まることが報告されている。この領域は違和感を察知するとき働くものである。いつもと違う、ルールと違う、筋が通らない、そんな時には、心がざわつく感覚が立ち起こる。このざわつき感覚と関係するのが前帯状皮質である。この領域は嫉妬に先行して生じる違和感を反映しているのではないかと考えられている(Takahashiら, 2009年)
また私達の脳には報酬に関連して活動する領域がある。例えば腹側線条体と呼ばれる領域である。この領域は、お金や地位など価値があるものに対して反応するが、興味深いことに、自分が得をする時にも、相手が損をする時にも同じように活動する。
例えばある研究では、金銭ゲーム課題を行っているときの腹側線条体の活動を調べている。この実験では、絶対的な得(自分がお金を獲得する)、絶対的な損(自分がお金を損する)、相対的な得(対戦相手がお金を損する)、相対的な損(対戦相手がお金を獲得する)の4条件で腹側線条体の活動がどう違うかを調べた。すると、腹側線条体は絶対的な損得と相対的な損得に同じように反応することが分かったのだ(Dvashら, 2010年)。
Dvashら, 2010年、Figure 2aを参考に筆者作成;腹側線条体
Dvashら, 2010年、Figure 2bを参考に筆者作成;腹側線条体の活動
こういった結果から、他人の成功は苦々しく、他人の失敗が蜜のように甘いのは、私達の脳が絶対的な損得と相対的な損得を区別しないからではないだろうかと論じられている。
また前頭前野が嫉妬に関わるという報告もある。前頭前野の中でも背外側前頭前野と呼ばれる領域は知能との関連が高いことが知られているが、実はこの領域が嫉妬深さとも関連しているというのだ。華南師範大学の神経生理学者、Xiangらの研究グループは、嫉妬深さに関連する脳の特徴を調べている。すると知性の中枢である背外側前頭前野の体積が大きい人ほど嫉妬深いことが示された(Xiangら, 2017年)。
ただ幸いなことに感情的知性が高い場合はその影響が和らげられることも示されている。嫉妬はしばしば人生を焼き焦がすこともある。うまく生きていくためには、知能を高めるだけでなく、感情的知性を高めることも大事なのかもしれない。
嫉妬に関連するのは脳の大きさだけではない。オキシトシンと呼ばれる女性ホルモンも嫉妬を高めることが知られている。このホルモンは出産や子育てを行う女性で多く分泌され、人間を愛情深くさせ、社会性を高める働きがある。
ある研究では、オキシトシンを投与することで、金銭ゲーム課題を行っているときの嫉妬深さや悪意に満ちた満足感(他者の損失を喜ぶ心)がどう変化するかを調べている。結果として、オキシトシンが投与されることでより嫉妬深く、より意地悪になることが示されている(Shamay-Tsooryら, 2009年)。
つまり愛情と社会性を高めるホルモンは、嫉妬感情を高める働きもあるということになる。嫉妬を感じにくい私は体質的にオキシトシンが不足しているのだろうかなどと勘ぐってしまう。
このように嫉妬には様々な要因が関わっているが、嫉妬とうまく付き合えうためにはどうすればいいのだろうか。認知行動療法や自制心を高める訓練で嫉妬を軽減できるという報告はある(Leahy, 2021年、BaumeisterとExline, 1999年)。
また先に紹介したXiangらの研究では、感情的知性が高いほど嫉妬深さも弱まると報告されている。もしそうであれば感情的知性を高めることで嫉妬を手なづけられる可能性はある。
しかし問題になるのはコストである。嫉妬は苦しいが、他者を傷つけることで容易に喜びを得ることも出来る。誹謗中傷にかかるコストは低いが、自己修練のコストは高い。そう考えると、一体どれほどの人が、嫉妬を回避するために自己修練に取り組むのだろうとも考える。
では、ここまでの内容をまとめてみよう。
・嫉妬(envy)は、他人が持っているものを欲しい時に生じる感情である。
・幸福感の低さや、神経症的傾向、自己効力感の低さ、共感性の高さが嫉妬深さと関連する。
・前帯状皮質や腹側線条体、背外側前頭前野、オキシトシンが嫉妬深さと関連する。
・腹側線条体は、相対的な損得と絶対的な損得に同じように反応する。
結局のところ、私達はどのように嫉妬と付き合えばよいのだろうか。個人的には、嫉妬を感じることをやってみるのも一つではないかと考えている。
私は研究で誰かに嫉妬することはなくなった。というのも、博士課程で自分の才能のなさを理解できたからである。また自著を出版する人に嫉妬を感じることもあったが、それもない。というのも自分でも出版できることがわかったからだ(Kindle出版だが)。
嫉妬の影には可能性が隠れている。やってみて失敗すれば諦めも尽くし、うまくいったら嫉妬も消える。人生は短い。使える時間もエネルギーも限られている。誹謗中傷は嗜む程度にとどめて、悔いのないよう死を迎えたい。
澤田匡人, & 新井邦二郎. (2002). 妬みの対処方略選択に及ぼす, 妬み傾向, 領域重要度, および獲得可能性の影響. 教育心理学研究, 50(2), 246-256.
中野信子(2018).シャーデンフロイデ 他人を引きずり下ろす快感 幻冬舎新書
リチャード・H・スミス著、澤田 匡人訳(2018).シャーデンフロイデ 人の不幸を喜ぶ私達の闇 勁草書房