ウイルスによる水平遺伝子伝播の痕跡を線虫で探す(6月30日号 Science 掲載論文)

2023.07.20

ホスト由来のガン遺伝子を捕まえて自身の遺伝子としてコードしたレトロウイルスの発見がガン研究の突破口を開いたことは有名な話だが、これは水平遺伝子伝播の一つと言っていいだろう。


実際、こうして研究される様になったレトロウイルスは、人為的に遺伝子を導入するベクターとして使われている。


今日紹介するオーストリアの分子バイオテクノロジー研究所からの論文は、広い系統の線虫間での遺伝子伝搬に関わったマーベリックと名付けたウイルス用水平伝搬システムの発見で、6月30日 Science に掲載された。


タイトルは「Virus-like transposons cross the species barrier and drive the evolution of genetic incompatibilities(ウイルス様のトランスポゾンは種の壁を超えて遺伝的不適合性の進化に関わった)」だ。


ウイルスによる水平遺伝子伝搬は、バクテリアだけでなくヒトも含む後生動物でも知られており、珍しくないのだが、この研究ではマーベリック発見までに至る長い過程が面白い。


このグループは、異種線虫間の掛け合わせを行う際、F2レベルで一部の個体の発生が遅れる現象を発見し、これが卵子で発現している毒性分子とそれを解毒する遺伝子セットが種によって存在しないためであることを突き止めていた。


すなわち、卵子に毒を仕込ませることで、解毒作用をセットで持つ染色体だけが選択され、他の染色体を排除する仕組みを、多くの野生の線虫を用いて調べていた。


この研究では、まず日本種と標準種を掛け合わせてこの現象に関わる毒素分子と解毒分子を特定する話から始まっており、最終的にF2の発生を遅らせるセリンプロテアーゼ活性を持つ毒素の遺伝子を特定することに成功する。


普通はこれで終わりだが、このグループはこの毒素の周りの遺伝子を調べ、両端に繰り返し配列を持ち、中に遺伝子組み換えを誘導するトランスポゼース活性の存在に気づき、毒素遺伝子がウイルスにより水平伝搬した可能性を着想し、この新しいウイルスをマーベリックと名づけた。


事実、毒素分子の分布と配列を調べると、さまざまな属種の線虫に分布しているだけでなく、人間と線虫ぐらい進化的に離れたといえる属間でもほとんど相同であることから、独立に進化したとは考えられず、何千万年か前に別れた線虫から、現在広く研究されている線虫属へ水平伝搬したと考えざるを得ない。


次に、毒素遺伝子を含むマーベリックが実際の水平遺伝子伝搬に使われたことを調べるため、さまざまな線虫種でマーベリックが挿入された部位を調べ、マーベリックがコードする遺伝子の可能性を調べた結果、マーベリックはウイルス粒子をコードする遺伝子をはじめ、細胞と融合する分子、宿主細胞に組み込むインテグラーぜ、DNA合成酵素がコードされていることを発見する。


面白いことに、細胞融合分子はヘルペスウイルスの分子を利用しており、ウイルス自体がより効率に伝播できる様進化していることもわかった。


その意味で、このウイルスがたまたま取り込んだセリンプロテアーゼを、一種の細胞毒素と、その解毒分子へと進化させることで、自分のゲノムを他のゲノムより優先して存続できる様に利用した、まさに利己的遺伝子の例であることがわかった。


進化と利己的遺伝子の面白い話といえるが、このウイルスをベクターに仕上げてみようと思う研究者も現れる様に思う。

 

著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

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