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皆さんこんにちは。福岡工業大学の赤木紀之です。
大学生が卒業するには、卒業研究を進めなくてはなりません。これまで授業の一環として学生実験には携わってきたと思いますが、いよいよ卒業に向け「研究」に取り組むことになります。実験の経験はあるかもしれませんが、研究の経験はなかなか得られません。しかも1年を通して一つの課題に取り組むことになります。具体的にどのような姿勢で研究に取り組んだら良いでしょうか?この記事では、大学生や大学院生など、研究初心者に向けて私が思う「研究への取り組み方」を紹介したいと思います。
CONTENTS
学部生の卒業論文(あるいは、大学院生の修士論文や博士論文)について、まず、最初に把握してもらいたいのは「提出日」です。それをしっかり認識した上で、どういうスケジュール感で研究に取り組んだらよいか、逆算して考えてみましょう。
大学の卒業式は3月上旬から下旬です。皆さんが大学を卒業するには卒業論文の提出が必須だと思いますが、当然、その締め切りは卒業式よりもずっと前です。恐らく2月下旬くらいでしょう。
その締め切りに提出する前には、必ず指導教員による添削が入ります。年度末は、大学教員は入試業務を含め色々な仕事に追われています。そのため、添削する時間を確保するのも一苦労で、指導教員が学生さんに戻すまでには、とても時間がかかります。複数の卒論生や修論生がいる研究室はなおさらです。そう考えると、2月上旬には、「学生目線での完成形」として仕上げ、それを指導教員に確認してもらうのが理想です。「学生目線での完成形」というのがとても重要です。突発的な予期せぬ事情で指導教官が添削できなかったとしても、今の形式で提出しても問題ない論文に仕上がった状態を「学生目線での完成形」と捉えてください。
では学生さん自身が卒論を執筆して完成させるには、どれくらいの時間が必要でしょうか?おそらく1ヶ月程度は必要だと私は思います。そうすると1月には卒論を書き始めなくてはなりません。
つまり、その段階でほぼ実験が完了し、データが出揃っている必要があります。年末年始の休みを考えると、実験ができるのは12月までが現実的と考えて良いと思います。
4月に研究室に配属され、就職活動でほとんど研究に携われない時間を考えると、卒論に充てることができる時間は相当に限られていることがお分かりでしょうか。まずは卒論の提出日を把握し、自分の研究プランをしっかりデザインしましょう。
卒業に向けて逆算してから研究に取り組もう
実験を進める上で、研究者の命とも言えるのが「実験ノート」です。実験ノートには、実験を実施する日付を明確に記載し、その日に行う実験の手順(プロトコル)を記載します。実験を始める前にまずは丁寧にノートを書いて、記載した通りに実験をします。消しゴムで消せてしまう鉛筆ではなく、ボールペンの使用をお勧めします。実験が終わってからではなく、始める前にノートに記録してください。
特に注意して欲しいのは、実験条件を明確に記載してください。使った試薬の濃度、体積、反応時間、抗体の名称、希釈率、電気泳動の電流や電圧の数値など、自分の行う研究に必要な実験条件は明記して下さい。例えば「エタノールを加えた」とだけ書いてあるノートは不可です。「何%のエタノールを、何mL加えた」のかを詳細に記載して下さい。別の人がその実験ノートを見れば、同じ実験をそのまま繰り返して、同じ結果が出るようにしておく必要があります。
もし、ノートに記載されていないことや間違いがあった場合は、必ず何をどのように間違えたかを追記してください。修正液を使ってはいけません。実験ノート(プロトコル)に従っていない方法で行った時に、思わぬ大発見につながることがあります。例えば、本来は30分反応させる予定が、来客対応で2時間くらい反応させたとしましょう。「これは失敗だな」と思いながらも試しに結果を見てみると、今まで見たことのない新しい発見があるかもしれません。その時の「予定外の」反応時間を明確にノートに控えておけば、同じ実験を繰り返すことができます。
日々のラボミーティングの配布資料や卒業論文は、実験ノートを元に作成することになりますので、いつ何をどのように行ったかなど、全ての詳細をノートに残しておきましょう。
実験や観察の過程で出てきたデータを生データと呼びます。多くの場合、生データを元に、グラフや表を作成します。例えば、酵素活性や吸光度の値が感熱紙に印刷されて出力される場合、その数値をパソコンで整理し、グラフ化することが一般的です。そしてラボミーティングや学会発表、論文発表では、図表化した「綺麗なデータ」を紹介することになります。ここで重要なのは、図表化してデータを整理した後でも、必ず生データを保存しておかなければならないということです。生データは、「綺麗なデータ」の根拠となる重要なデータです。生データを失ってしまうと、その根拠がなくなってしまいます。生データをパソコンなどに入力する際には、ケアレスミスで入力ミスが生じる可能性があるため注意が必要です。データの解釈ミスなどがあった場合には、複数の人による生データの再検討が必要になる場合があります。実験機器から感熱紙で印刷されたデータや、付箋などにメモしたデータなどは、絶対に捨ててはなりませんので、そのままノートに貼り付けて保存しましょう。
実験を行う時には必ず対照実験(コントロール実験)が必要です。実験を初めて行う方にとって、コントロール実験という言葉は馴染みがないかもしれませんので、少し説明したいと思います。
例えば、試薬Aの細胞増殖能への影響を検討する実験をするとしましょう。この場合、単に細胞に試薬Aを処理して翌日観察するだけでは、コントロール実験が行われていない状態です。仮に細胞の増殖能に変化があっても、比較となる細胞がないので結果を解釈することができません。必要なのは、試薬Aを処理しない細胞を準備しておくというコントロール実験です。試薬Aが超純水に溶けていれば、コントロール実験として試薬Aの代わりに、超純水のみを添加する細胞を準備する、ということです。
コントロール実験を準備しよう
また「ポジティブ・コントロール(ポジコン)」と「ネガティブ・コントロール(ネガコン)」という考え方も重要です。
例えば、自分が培養している細胞Aにタンパク質 Xが発現しているか調べる実験をするとしましょう。この実験をする際は、タンパク質Xが絶対に発現している細胞Bと、絶対に発現していない細胞Cを準備する必要があります。細胞Bをポジコン、細胞Cをネガコンとします。そして、細胞A、細胞B(ポジコン)、細胞C(ネガコン)を同時に解析して、タンパク質Xが検出されるかどうかを検討します。「細胞B(ポジコン)では検出でき、細胞C(ネガコン)では検出できない。では自分の細胞Aはどうか?」という具合です。ポジコンとネガコンで同じ結果になると、実験系そのものに問題がある可能性があるため、まずは正しい条件を探すための取り組みから始める必要があります。必ずポジコンとネガコンを意識して実験を進めましょう。
ポジコンとネガコンを準備しよう
さらに実験では「再現性」がとても大切です。「AとBを反応させたら、Cが生じた」-こんな発見があったとします。同じ実験をもう一度繰り返したり、同じ実験を別の人がやったりしても、「同じ結果が出る」というのが「再現性がある」と言います。一方、何回か同じ実験を繰り返しても、同じ結果が得られないことを「再現性がない」と言います。再現性のあるデータでなければ、学会発表や論文発表は行えません。再現性のない実験結果は、たまたまその時だけその結果が出た偶発的なものであり、真実とは言えません。最初の一回だけ自分の期待する結果が得られ、次からはばらつく結果が得られることは頻繁にあります。最初のデータで論文を書きたい気持ちはよく理解できますが、そこは我慢が必要です。再現性の高い結果が得られる条件をしっかりと見つけましょう。誰が実験を行っても同じ結果が再現できるように、実験ノートには詳細な実験条件を記載してくださいね。
毎日実験をしていると、どんどんデータが溜まってきます。ノートに記録されたメモや、貼り付けた生データ、パソコンの中に溜まった電子データなどがそれに該当します。このような生データは、定期的に整理してまとめることが重要です。理想的には実験をやったその日のうちに、生データをグラフ化や図表化して欲しいところです。週に一度、ラボミーティングがある場合には、そのミーティングに向けてまとめるのも良いでしょう。
そして、そのまとめたデータを定期的に振り返ってみましょう。ラボミーティングで発表資料を作成する人は、その資料を振り返ることをお勧めします。たとえ数ヶ月の間であっても、意外とデータは蓄積されています。過去から現在までのデータを見直すことで、さらに必要な実験が見えてくることもあります。データの定期的な整理は、研究を進める上で重要な作業です。
一定の実験データが蓄積されたら、その内容を5-10分程度で発表できるプレゼンファイルを作成しましょう。ただし、このプレゼンファイルは単に実験データを並べただけのものではありません。ストーリー性を持たせ、背景、目的、方法、結果、今後の予定などの形式で構成しましょう。
「発表予定もないのに、なぜその準備が必要なの?」と思うかもしれませんが、断言します。必要です。それは自分自身に見せるためのものであり、他人に見せるためのものではありません。私はこのプレゼンファイルの作成を「思考の可視化」と呼んでいます。自分の頭の中を整理し、研究の全体像を把握するために、自ら手を動かして可視化することが重要です。
このようなプレゼンファイルを用意しておけば、自身の研究を紹介する機会が訪れた際に、上手に説明することができます。自分が現在取り組んでいることを効果的に伝えることは、研究だけでなく他の仕事でも非常に重要なスキルです。研究を通じてこのスキルを磨くことができるなんて、一石二鳥ですね。
どんなに優秀な学生でも、みんな最初は先生に指示された実験を行うだけで精一杯です。たくさん失敗もするし、予期しないミスも続出します。しかし経験を積んでいくと、「次はこの実験やってごらん」と言われた時に、試薬の場所や実験機器の使い方さえ教われば、一人で十分にこなせるようになります。
そして、経験が積み重なると、「あれ?もしかしてこの実験に新しい条件を加えると、もっと面白い結果が得られるのでは?」と、自分で気づく瞬時が訪れます。先生に言われる前に次の実験条件を考えられるようになると、自分自身で実験をデザインすることができます。
こうなると、もう研究は面白くて仕方ありません。実験結果をワクワクしながら待つ日々を過ごすことになります。そして、自分の仮説通りの結果が得られると、それはもう言葉には言い表せないほどの達成感を味わえます。これこそが研究の楽しさです。自分で実験をデザインするからこそ、この楽しさに出会うことができます。皆さんにも早くこの楽しさを体感できる日が訪れることを祈っています。
卒業のための義務感だけで実験に取り組むことは、決して面白くありません。大学の使命は「研究」と「教育」です。学生の皆さんも大学に入学した時点で研究に取り組む使命を担っています。研究に携わる貴重な機会が与えられているので、この絶好のチャンスを逃すわけにはいきません。また、研究活動を孤独な戦いにするべきではありません。指導教員や先輩、同級生の仲間たちとコミュニケーションを取りながら、情報を共有し、協力して研究を進めることが重要です。
さぁ、研究だ!